クーデター前夜
その夜のことを、カシアは忘れることができなかった。
自分の愛するバルファー王子が、殺されるかもしれない。そんな信じられないことが、起こる可能性があると思うだけで、安心して眠ることなどできはしない。
兄エントンは、あくまでも可能性だと言っていたが、あの夜からの兄の様子を見ていたら、現実に起こりうるのではと心配になる。
3日後に迫った自分のお披露目は、予定通り行われようとしている。兄は、バルファー王子から心配は要らないと笑って言われたらしい。
しかし、不安は募るばかりだ。『どうしてももう一度、お披露目当日までにお会いしなければならない』そんな思いが強くなっていく。
子供の頃から、嫌な予感は大体当たることが多かった。
皆が寝静まった夜、カシアは膝まずき神に祈った。そして星を見上げて星に祈っていた。
『私の命を捧げますので、どうかバルファーをお守りください』と。
1083年5月4日早朝、カシアはこれから仕事に行く兄を、玄関で捕まえて、手紙を差し出した。
「お兄さま、お願いがあります。どうしても殿下にお会いしたいのです。このままでは、私は倒れてしまうでしょう。ですからお願いです、明日までに殿下に渡してください」
カシアは必死の思いで、兄エントンに訴えた。
エントンは、わがままひとつ言ったことのない妹の訴えを、なんとか叶えてやりたいと思った。
同日午前、エントンはレイモン総司令官に呼び出された。
レイモンの部屋に入ると、隣には最近なにかと話題の男が立っていた。
「ビター少尉、今日から新しい任務に就け。非常に重要かつ失敗の許されない職務ゆえ、2人体制で仕事をしてもらう。もう一人は午後から来るので、その時に紹介しよう。それから、君たちの指揮を執るヤグルデ指揮官だ。これからは全て、ヤグルデくんの指示に従うように」
相変わらず嫌な奴が、もっと嫌な奴を紹介した。ヤグルデ指揮官は、ある公爵の義弟であることを鼻にかけ、長年王都ラミルで指揮官をしている。地方に異動することもなく、何の仕事をしているのかも不明で、ただ威張るだけのゴミだと先輩方から聞いていた。
「はい、ご指示に従います」
「少尉は地方ばかりで、本部のことは知らないだろうから、大事なことを教えておこう。これから出世したければ、私と総司令官様に従うのだ。期待通りの仕事をしたら、直ぐに中尉にしてやろう!だから失敗はしないことだ。分かったな?」
「はい、ヤグルデ指揮官。ありがたいお言葉感謝いたします。精一杯任務に励みます」
俺は、深く礼をとり、喜ぶ振りをして部屋を出た。
午後からやって来たもう一人の男スタミンは、王弟クエナの長男マヌルの学友だった男で、剣の腕は良かった記憶がある。確か1年間だけ、軍から上級学校に編入してきたエリートで、マヌルのお気に入りだったはずだ。
「エントン君は、バルファー王子と親しそうだったが、違ったのかな?」
疑うような厳しい目で俺に質問してきた。こんな所で俺と殿下の関係を知る者に出会うとは・・・正直焦ったが計画は変えられない。俺はスパイとして反逆者たちの中に居るのだから。
「親しい?俺が?やめてくださいよ!少しでも良い職に就こうと尽くしたのに、文官希望だった俺を軍に推薦したんです。しかもその理由が、城の中で俺の顔を見たくないから……だったんですよ。在学中もワガママ放題で、どれだけ尻拭いをしてやったことか・・・なのに、もう俺の顔を忘れたのか、先日偶然すれ違ったけど気付きもしませんでしたよ」
忌々しそうに言い、俺は唾を吐いた。
上司や目上の者に対し唾を吐くのは、我が国では許されない行為であるが、軽蔑する者に対し唾を吐くことは禁止されてはいない。しかし王子に対し唾を吐けば、罰せられるのが当然の行為であった。
「裏切られたということか……俺はマヌル様を選んで正解だった。お前もこれからはマヌル様の下につけばいい。さあヤグルデ指揮官からの指令を聞きに行こう」
恐らくスタミンは良い人だと思う。だが、マヌルに付いている以上敵側の人間だ。こんな状況での再会でなければ仲良くなれただろう。残念だ。
しかし油断はできない。まだ本当に信用されたとは思えない。用心に用心を重ねて行動するしかない。
俺たちはヤグルデ指揮官の部屋で、新しい指示を聞いた。
とうとう内乱が現実的になってきて、怒りが込み上げるが、立場上その怒りは国王様や殿下に向いていなくてはならない。
ヤグルデからの指示は、俺とスタミンは半日交替で殿下の行動を監視する。どこで誰と会い、城の外で連絡を取っている者がいないか、軍や警備隊で近付く者がいないかをチェックする。そして来るべき日に、殿下を討つ。という内容だった。
「早速今日から任務につけ。昼12時から深夜12時まではスタミンが、深夜12時から昼12時まではエントンが担当しろ。7日の王妃の誕生会はバルファーも動かないだろうから昼は休み、スタミンが深夜からに替われ。いいな?」
「「はい、了解です」」
俺たちは緊張した顔で同時に返事をした。
結局内乱の日がいつなのか判らなかった。迂闊に質問でもすれば怪しまれるだけだ。
深夜に備えて家に帰りたいが、カシアの伝言も伝えなければならない。どうしたらいいだろう・・・殿下にはスタミンという見張りが付いている。
思案していると、王妃様付きの侍女の姿が目に入った。顔見知りだからカシアからの手紙を託せそうだ。しかし誰に見られるか分からない。そうこうしていると、侍女の方が俺の視線に気付いたのか、俺の方に近付いてくる。
俺は靴の紐を直す振りをして、その場にしゃがんだ。
「声を出さないで!見張られています。手に持っている物を、挨拶する弾みで落としてください。拾う振りをして殿下への手紙を渡します」
そう小声で伝えると、侍女は手に持っていた本を落とした。
俺は拾いながら、本の間に素早く手紙を挟んで渡した。侍女は礼を言って立ち去る・・・と思っていたら、立ち止まって真っ赤になりながら、俺に何かを渡して走って行ってしまった・・・?
見ると手紙だった。お互いが手紙を渡したことになる。しかし不味いな……誰かに見られなかっただろうか。
開いてみると、そこには思いもよらないことが書いてあった。
『エントン様、お慕いしております。1度会ってください』
はっ?これはなんだ?と首を捻っていると、後ろから突然声が掛かった。
「エントン少尉、君は王妃様の侍女と知り合いかね?」と。
そこには、マキの街にいたはずの元上司、ハグウェルが立っていた。そして俺の手から手紙を取り上げてしまった。
「何の手紙を貰ったのかと思えば、恋文ではないか!」
つまらない物を見てしまったと、ガッカリしながら手紙を突き返してきた。
「えっ!これは恋文なのですか?」
思わず声に出してしまった。
「フーッ、君はそんなことも分からないのか?残念な奴だな」
そう言うと、手を振りながら去って行った。
俺が殿下側の人間だとばれなくて良かったと、胸を撫で下ろした。さすがは王妃様の侍女だ、素晴らしく機転が利くなと俺は感心した。
(女心に疎いエントンは、名前入りの恋文を、意味もなく持ち歩く女なんていないことに気付かなかった)
◇◇◇ カワノ公爵 ◇◇◇
同日夜、ラミルの繁華街の少し奥、とある商人の倉庫に、20人の男たちが何処からともなく集まって来ていた。
「それでは、最終打ち合わせを始めます」
カワノ公爵が挨拶をすると、その場にいた全員から拍手が起こった。
では決定事項と、配置、注意事項について確認しますので、こちらをご覧くださいと言って、黒板を取り出した。そこには以下のように書かれていた。
1、決行日 5月O日 時刻 0時30分
2、国王担当 カワノ公爵以下4名
3、王妃担当 レイモン総司令官以下4名
4、王子担当、 ヤグルデ指揮官以下4名
5、エルフ公爵 ハグウェル指揮官以下4名
6、マサキ公爵 軍担当
7、マイヤー侯爵 警備隊担当
「我々の動きを察知し、国王派が動いていますが、間抜けな奴等は、地方から内乱が起こると考えています。明日、地方に出していた軍幹部や兵の半分を、ラミルに帰るよう国王が指示を出します。国王側は、およそ4~5日後に地方から内乱が起こると予測するはずです。帰還した軍を指揮して戦うつもりなのでしょう。しかし全ての部隊が帰った時、皆は知るのです。新しい王の即位とその新体制を!」
レイモン総司令官は、勝ちを確信して勝利宣言をした。
「ウオーッ!!我らの勝利だ!」
全員が拳を振り上げて、口々に勝利を叫ぶ。
「皆さんには、ギラ新教も付いています。神は正しい者にお味方くださるのです。正義のために戦いましょう!我々のクーデターは必ず成功するでしょう」
他国のクーデターを操るギラ新教大師ドリルが、低く通る声で宣言し、集会は解散した。
◇◇◇ ドリル ◇◇◇
1083年5月5日、ドリルは首都ラミルから少し離れた町に宿を取り、事の成り行きを見物することにした。
『多少時間が掛かりましたが、ほぼ完璧でしょう。あまりに簡単でつまりませんね。なにか楽しいアクシデントとか起こらないかなぁ……まあ、私の立てた計画は完璧ですが、手駒がきちんと働くかが問題ですかね・・・』
などと心の中で呟きながら、美しく整った顔で冷たく笑いながら、新しい体制の人事を考えていた。
◇◇◇ バルファー ◇◇◇
5日夜、バルファーはカシアからの手紙を何度も読み返していた。
明後日に迫ったカシアのお披露目前に会えるとしたら、明日の夜しかない。
明日の夜は、王族と親しい数名の領主たちだけで食事会をするのだが、その後は予定がない。
食事会も早めに終わるだろうから、こっそり抜けて会いに行けば大丈夫だろう。
ギニ先輩に護衛を頼めば安心だ。バルファーは、ギニ先輩にハヤマ(通信鳥)を送った。
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