内乱の動き
◇◇◇ エントン ◇◇◇
1083年4月、俺は指揮官ハグウェルに呼び出されていた。
レガート軍北方部隊に配置転換されてから3ヶ月、カルート国との国境に近いマキの街にいた俺は、指揮官の部屋の前に立っていた。
「エントン・ファヌ・ビター少尉であります」
俺は、新しく赴任してきたハグウェルが苦手だった。なんだか底の読めない男で、軍人でもないのに指揮官なのも気に入らない。どんな用件かは知らないが、とっとと終わらせて帰郷したいものだ。
「入りたまえ」
中から偉そうな声が聞こえてきた。
俺は「失礼します」と言ってドアを開け中に入り、ハグウェルの前で礼をとった。
ハグウェルは40手前くらいの歳だろか、軍隊では珍しい小太りの体型で、最近急に警備隊書記官から、軍に異動してきた。地方公爵の縁者らしく、指揮官と言っても事務方で、主に通信と金庫番をしていた。
「少尉は明日から休暇に入るそうだな?」
俺のことを探ってでもいるのか、全身をじろじろ見ながら訊いてくる。
「はい、そうです」
無表情で答えて、目を合わせないように少し焦点をずらした。
「それでは、この書類を首都ラミルの本部に届けてくれ。届け先は表に書いてある。それから、もしかしたら新しい任務に就くことになるかもしれん。荷物は全て持って帰るように」
意外にも用件はそれだけで、書類袋を受け取ると解放された。
また異動か・・・最近やけに軍や警備隊の異動が多いな。それにベテランの指揮官や上官たちが、やたらと地方に異動させられる。他国からの侵略を考えての異動らしいが、肝心の王都が手薄になっている気がする。
『よし、帰ったらギニ先輩に会ってみよう』
俺は下宿先のレストランで荷物をまとめる前に、妹カシアへの土産を買うことにした。
兄である俺は、これまで妹の身なりや持ち物を、気に掛けてやったことなどなかった。
「カシア様が、あまりにもかわいそうです!これまでだって、お友達に誘われて、社交界デビューの話はたくさんあったんです。普通なら15歳でデビューし、18歳までに良い殿方を見付けるものです。だけど着ていくドレスも、身に付ける宝石も無いので、デビューできなかったんですよ」
そうドッター婦人が涙ながらに訴えたのは、殿下の求婚日だった。
俺はカシアに、ずいぶんと苦労させたようだ……せめて今回の給金で、装飾品を買ってやろう。王家に嫁ぐ身には、何もかも足りないのだろうが、これまでの詫びと、幸せを願ってプレゼントしよう。
マキの街は火山が近いので、宝石類が安く手に入る。俺は店主に、黒い髪に映える宝石を頼んだ。ペンダントと髪飾りがセットの物を包んで貰った。
ドレスや靴は、殿下や王妃様がたくさん贈ってくださったらしい。
妹カシアを伴って、初めて王宮に挨拶に行った時、心配していた国王様の反対はなく、王妃様は「やっと結婚してくれる!」と安堵の涙を流された・・・
王宮官吏や上位貴族たちの間で「殿下は時折、男友達とは会っているらしいが、王宮内でも外でも女性と会っている気配が全くない。女性には興味がないらしい」と、噂が流れていたらしく、王妃様はたいそう心配されていたようだった。
まあ、その男友達とは俺のことで、途中からは妹に会いに来ていた訳だが、妹は、社交界デビューしていなかったので、王宮でも貴族の間でも全くのノーマークだったらしく、存在さえ知られていなかった。
母親がいない上に、社交界デビューさえしていない事情を知った王妃様が「お披露目の後は張り切って教育するわよ」と言って、腕をまくり上げたとか上げなかったとか・・・
「私の誕生会でお披露目するまで、カシアさんのことは極秘にしておいて、噂している者たちをギャフンと言わせてやるわ!フッフッフッ」
王妃様はすごく嬉しそうに言いながら笑い、カシアさんをレガート1の女性にして、皆に見せ付けてやると張り切っていると殿下が話していた。
宿に帰り、もしかしたら帰ってこれないかもと主に告げると、山のような土産を持たせてくれた。主はうちの管理人ドッターの兄で、本当によくして貰った。
この時はまさか、また直ぐに大切な人が世話になるとは思っていなかった。
レガート軍本部に着いて直ぐ、渡された書類を届けに行った。
表書きの宛名は、ハラト・グ・レイモン。レガート軍総司令官だった。
レイモン総司令官は、キシの街の領主であり、レガート国にある7公爵家中の1つの主だった。
これまで平和だったレガート国において、軍の役割は、他国の情報収集や国境警備、国内の不穏分子の排除、災害時の救援や暴動の鎮圧、有事に備えての訓練や砦の修復、道路整備、各都市の治安維持だった。
そんな、戦争など体験したことなどない軍の総司令官は、キシ領民からの評判も、軍人からの評判もすこぶる悪かった。
仲間から聞いた話によると、自分の領地内のごたごたを、軍人に始末させようとするらしい。しかも領主にとって都合のいいように領民を罰したり、逆らう領民を、国への反逆罪として投獄させたりと、軍人を自分の使用人のように扱うらしいのだ。
だから、キシの街への異動だったら嫌なのだが、俺は【殿下の目】としての役割もあるので、状況を調べて報告するのも有りだと思っていた。
「失礼します。ハグウェル指揮官からの書類を届けに参りました」
俺は通された部屋で、総司令官に礼をとった。
そこには、噂のイメージぴったりの男が座っていた。歳は50前くらいで貴族特有のグレーの短髪に、グレーの瞳、神経質そうにやや痩せた体つき、じろりと観察する目付きは、相当プライドが高そうである。
軍の部屋とは思えない豪華な設えに、辟易しながら指示を待つ。
書類に目を通して、「こいつか」と呟いた後、
「これから暫く、王宮担当を命ずる。少尉は上級学校でバルファー殿下を見たことがあるかね?」
じろりと俺を見て、明らかに探りを入れてきた。用心せねば・・・
「はい、お見掛けしたことはあります」
どうしてそんな質問をするのだろうか?俺は疑念を抱きながら出方を伺う。
「単刀直入に尋ねるが、殿下をどう思うかね?」
ワイングラスを磨きながら、いかにも怪しい質問をしてきた。
俺は少し考えて、目の前の男の望む答えを探りながら答える。
「私のような下級軍人が、殿下をどうこう思うことはありません」
「フン!つまらん答えだな」
と吐き捨てて、昼間だというのにワインをグラスに注ぎ、気取って飲み始めた。
「今、この国は危機的状態にある。王は農地改革に忙しく、殿下は女嫌いの上、マヌル様に劣る。王は我々貴族のことには関心が無いのだ。少尉の家は裕福か?」
「いえ、私は両親を亡くしていますので、かなり貧乏です」
想像を越える失礼な物言いだが、なんとなく、この男の言わんとすることが見えてきた。ここは賭けに出てみるべきだろうか・・・
「そうだろう!我々貴族は、このままでは生活さえできなくなるのだ」
バンッと机を叩いて、目の前の男は怒りを隠そうともしない。ワインが回ってきたのだろうか。
「はい。私もかねがねそう思っておりました。しかしどうすることも、できないのではありませんか?」
俺は、悔しそうに話してみる。
「少尉の気持ちは分かった。悪いようにはせんから、時が来るまで指示を待て」
そう言うと、悪そうな顔で口角を上げた。
『王様は立派な方だ!殿下がマヌル様に劣るだと・・・何一つ劣ってなどいない!それどころか、弓くらいは勝たせてやらねばと、わざと負けられるくらいだ。勉強だって、ひとつ歳上のマヌル様より、上級学校では優秀だった』
俺はかなり頭に来たが、無表情で本部を出た。そして、その足でギニ先輩がいる軍学校へ向かった。
そこで、とんでもない話を聞いてしまうのだが。
「エントン、軍の中で、間もなく内乱が起こると噂が流れている」
ギニ先輩は、王都ラミル近郊にあるレガート軍の軍学校で、武術教官をしている。
実は俺とギニ先輩は、殿下から頼まれて軍に入隊していたのだ。
ギニ先輩は教官となり、地方に送り出した新兵や、信頼できる先輩や後輩たちから集まってくる、様々な情報を中央でまとめて報告するのが役目で、俺は各地に赴任して、地方の様子や軍の様子を探るのが役目だった。
「今夜お前の家に行くから、詳しいことはその時に。これからは、より慎重に動かなければならない」
ギニ先輩は小声でそう言うと、昼休みが終わったので仕事に戻って行った。
『内乱……では先程の総司令官は敵側ということか・・・』
色々考えているうちに、家に辿り着いてしまった。
混乱する頭を切り換えて、玄関ドアを開ける。カシアと管理人のドッター夫妻が笑顔で迎えてくれた。少し見ない間に、カシアはまた美しくなったようだ。
カシアとドッター夫妻に土産を渡し、3ヶ月間の様子をあれこれ聞きながら、お茶を飲んだ。やはり我が家は落ち着く。
カシアは、プレゼントのペンダントと髪飾りを凄く喜んでくれた。お披露目の日に、家から王宮まで身に付けて行くんだと言っている。
日が落ちてから、ギニ先輩がやって来た。直ぐ手前の町まで馬車で来て、その後はわざわざ歩いて来たそうだ。
「そこまで慎重になるような事態なんですか先輩?」
そう言いながら、先輩をリビングに案内して、ドッター婦人に食事を運んで貰った。カシアには、軍の話があるので外してくれと頼んだ。
俺たちは夕食をとりながら、互いの情報のすり合わせをした。そして、ひとつの結論を導き出す。
「内乱の首謀者は軍のトップと、数人の高位貴族。もちろん警備隊も加わっている。狙っているのは王の首と殿下の首。または王室の転覆だろう」
ギニ先輩は忌々しそうに言うと、右手の拳を握り締めて、自分の左手の手のひらに打ち付けた。
「ではもしも王様と殿下の首が目的なら、王弟クエナ様か息子のマヌル様が、首謀者ということになるんですか?」
俺は立ち上がって、つい大声でギニ先輩に疑問をぶつけてしまった。
その時、廊下でガチャン!と食器の割れる音がした。
ドアを開けると、青い顔をしたカシアが、震えながら立っていた。
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