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予言の紅星1 言い伝えの石板  作者: 杵築しゅん
レガート内乱 編

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バルファーの恋 

 1081年夏、国王アナクの長男であり皇太子であるバルファーは、親友のエントン・ファヌ・ビターと、久しぶりに釣りに来ていた。

 バルファーとエントンは上級学校の同期生で、卒業後も時々こうして会っていた。


「軍隊はどうだ?新しい指揮官は優秀か?」


バルファー殿下は、のんびりと針に餌を付けながら質問する。


「どうかな、のんびりした人だから、ギニ先輩の方が頼れるくらいだ」


一向にあたりが来ない竿を、軽く上下に動かしながらエントンは答える。

 ちなみにギニ先輩は2つ上の先輩で、上級学校時代に、エントン、バルファー、ギニの3人で共に課題をこなした学友であった。


「まあ、レガート国は平和が長く続いていて誰も戦争経験はない。実際きちんと戦えるのか心配な人たちばかりだろう」


「いえ殿下、昨今の近隣諸国の動きを見ていると、そんな悠長なことは言ってられないはずです。特にハキ神国の動きは心配ですよ」


 3ヶ月に1度くらいの頻度で、お互いの情報交換をして、これからのレガート国の未来について、熱く語り合う2人だった。が、何故かあまり魚は釣れたことがなかった。


 バルファー殿下は、艶のある銀髪を後ろで括り、整った顔立ちで背も高く、22歳になっても独身な為、貴族の女性たちから常に熱い視線を集めていた。

 エントンはレガート軍少尉で、銀髪を短く切り、濃いグレーの瞳は知的で冷静なイメージを与えている。背も高くガッシリ体型で、子爵家の当主であった。 



 今日も釣れそうにない上、上空の雲はどんどん暗くなって、雷鳴まで聞こえ始めた。


「こりゃひと雨来そうだ。馬車はどこに待機してるんです?」


辺りをきょろきょろ見回しながら、エントンが尋ねる。


「そんなもの、とっくに帰した。今日はのんびりしたいからと、近くの町で待つよう指示しておいた」


それがどうかしたのか……と、相変わらずのマイペース振りだ。


「今日に限って馬車無しとは・・・濡れるのを覚悟して、私の屋敷まで走りましょう」


 そう話していると、ポツポツと雨が降ってきた。

 近くに落ちていた石をエントンが拾うと、2人は顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべた。そして空に投げた石が地面に落ちたのを合図に、丘の向こうにあるビター邸まで、競争しながら走り始める。


「殿下、体力が落ちてますよ!そんなことでは有事の時に、先頭に立てませんよ」

「現役軍人と比べるなよ!これでも毎日、剣の稽古はしているし、鍛えてるつもりだ」


 雷雨の中、学生だった頃を思い出しながら、2人は笑いながら走った。


「お前の屋敷に来るのは久しぶりだな」


びしょ濡れになった皇太子バルファーは、エントンからタオルを受け取り、レガート王家では珍しい銀髪を拭いている。

 学生時代は、同じく銀髪のエントンとペアを組んで、【双璧の銀髪】と呼ばれていた。


「管理人に風呂を頼んだから、少し待っててください。着替えを取ってきますから」


エントンは風呂の場所を教えた後、自分の部屋に2人分の着替えを取りに行った。

 しかし、気の早いバルファーは、まだあまり温まっていない風呂に、さっさと入ってしまった。






「あーもう濡れちゃった。誰かいるー?お兄様ー?」


たった今馬車が到着し、降りてきたエントンの妹カシアは、リビングのドアを勢いよく開けて叫んでいた。


「エントン様はお風呂ですよ。今し方びしょ濡れで帰られたんです」


管理人のドッター婦人に教えられ、カシアもタオルを取りにお風呂に向かった。


「お兄様ー、入るわよ」


カシアはノックもせずにドアを開けた。(淑女としては如何なものだろう……)エントンは既に入浴中のようで、浴室からは湯を浴びる音が聞こえた。脱衣場の棚のタオルを取ると、カシアはその場で自慢の黒髪を拭き始めた。

 すると突然浴室のドアが開いて、中から兄が出てき……??


「エントン着替え・・・?・・・えっと、だれ?」


バルファーはエントンが来たと思ってドアを開けたが、そこには黒髪を拭く美少女が立っていた。


「きゃーっ!あなたこそだれ?」

「・・・」

「きゃーっ!」


カシアは慌てて脱衣場を飛び出した。するとそこには、着替えを持った兄エントンがきょとんと立っていた。


「カシアどうした?!」


叫び声を上げながら近付いてくる妹に、エントンんは驚いて声を掛けた。


「お、お、お風呂に知らない男が!」


カシアは、とんでもない光景を見て、気が動転したまま兄の腕にすがった。


「えっ?もう入ってたのか?」


エントンは左手を頭にあて、がくっと俯いて、ふーっと息を吐いた。


「俺の友達だ。怪しい者ではない。怪しい者ではないが……見たのか?」


兄エントンが、なんとも言えない顔で妹を見て問う。


「きゃー。お兄様のバカ!」


カシアは、エントンの顔にタオルを投げつけて、走っていってしまった。




「おーいエントン、今の誰だ?」


何事もなかったかのように、バルファーは素っ裸のまま、脱衣場から顔を覗けた。


「誰だじゃないでしょう!少し待っててくれって言いましたよね?」


エントンは投げ付けられたタオルを拾いながら、語気を強めた。


「いや、だって、な、夏だから、ぬるくても大丈夫だろう?」


ちょっぴり反省して、バルファーの声は段々小さくなっていった。


「はい、着替えです。私は風呂に入りますから、リビングで待ててください。それから、あれは私の妹です。早くに母を亡くしたせいか、淑やかさが足りません」


フーッと再び息を吐き、やれやれと首を振った。




 バルファーはリビングのドアの前をうろうろしていた。なんだかばつが悪いし、よく考えたらここは王宮ではない。いつもの自分の部屋のような振る舞いは、すべきではなかった。


『嫌われただろうか?』


 しかし、可愛い、いや美しい娘だったな。しなやかな黒髪に、黒い瞳(濃いグレー)は気が強そうだった。エントンに妹がいるとは聞いていたが・・・あいつ俺に1度も会わせなかったな・・・


『確か今18歳で、上級学校の生徒だったはず。婚約者がいるのだろうか?』

 

 貴族の家に生まれた女性は、12歳~15歳の頃に仮婚約することが多い。そして中級学校を17歳迄に卒業して、正式に婚約するのだ。例外として女子上級学校に進学した者は、17歳~20歳までに婚約をする。上級学校を卒業するのが早い者で18歳、遅い者で25歳なので、結婚は卒業が決定してからになる。



「何をなさっているのです?まだリビングに入ってなかったのですか?」


エントンは、リビングのドアの前をうろうろしながら、ぶつぶつ独り言を言っているバルファーを見て、呆れて声を掛けた。


「お、お前を待っていただけだ。ところで、妹の名前は?それから婚約・・・」


バルファーが質問していたら、リビングのドアが開きドッター婦人が出てきた。


「まあ、本当にお客様だったのですね。先程おっしゃってくださったら良かったのに……カシア様がびっくりされてましたよ。今お茶を持って参ります」


そう言って、ドッター婦人はキッチンへと下がって行った。


 リビングに入ると、カシアがお茶を飲んでいた。顔を真っ赤にしながら、視線を合わせようとしない。まだ怒っているのだろうか?


「カシア、紹介しよう。上級学校の同期でバルだ。ほら、時々釣りに行く友人だよ」


エントンは、バルファーをバルと紹介した。公式な場所以外で皇太子だとばれると、危険だし混乱を招くので、学生時代の呼び名を使っていた。


「改めて、バルです。先程は大変失礼しました。こんな素敵なレディーがいらっしゃると分かっていたら、気を付けたのですが申し訳ありません」


バルファーは女性に対して行う、正式な礼をとって詫びた。

 カシアはまだ、社交界にデビューしていなかったので、正式な礼をとられたことがなかった。慌てて立ち上がり、両手でドレスを掴んだ。


『やめてー!そんな挨拶、心の準備ができてないのよー』


「カシアと申します。よろしく」


顔を引きつらせながら、それでもなんとか笑顔で、正式な礼をとった。


「はーはっは、何を改まってるんだ?とにかく座ろう」


2人の様子を見ていたエントンは、笑いながら椅子に座った。向かい側に座ったカシアに睨まれているが、いろんな部分で鈍い兄は別に気にもしなかった。


「ところでエントン、こんな素敵な妹がいるなんて、俺は聞いてなかったが?」

「はぁ?妹がいるって言いましたよね?」


今更何を言ってるんですか殿下、という目でバルファーを見る。


「だから、こんな美人の妹だとは言ってないよな?」


バルファーは興奮気味に言いながら、カシアに熱い視線を送る。


「殿……バ、バル、目は大丈夫か?」


エントンは真面目な顔でバルファーに訊ねた。


「お、お兄様ひどいです!」


カシアは思いっきり、頬を脹らませて拗ねる。


『そう言えば、今まで女性の話なんてしたことなかったな……俺は軍隊だから縁も無いが、バルファーは皇太子なのに、まだ婚約もしていない・・・』


「カシアさんは、まだ社交界にデビューしてませんよね?もう決まった婚約者がいるのですか?」

「私がまだデビューしてないと、どうして分かるのですか」


何故そんなことを聞くのだろう?もしかしてバカにされてる……?


「僕はわりとパーティー等に出席する方なので、お会いしていたら忘れるはずがありません」

「・・・」


もしかして、凄い女好きなのかもしれないとカシアは思った。


「バル、妹は変わり者で、パーティーに行くより勉強の方が好きなんだ。それに婚約者はまだいない。うちのような貧乏子爵なんて、なかなか声も掛からないよ。俺が早く出世するしかないが、軍隊の中に良い奴がいたらとは思っている」


『よし!まだ婚約者はいないんだ。デビューしてたら男どもが、放って置くわけがない。良かった!』


バルファーは、心の中でガッツポーズをとりながら、グレーの瞳を輝かせた。


「お兄様の見付けてくる方なんて嫌です。心配してくださらなくても私、この夏休みに友人宅のパーティーに出席する予定なの。伯爵家のパーティーだから、実質的にデビューになるわ。自分で素敵な男性を見付けますから!」


そう言うとカシアは席を立ち、部屋を出て行こうとドアの方に歩きだした。


『お兄様もバルさんも失礼しちゃうわね。あーもうなんだか腹が立つ』


 すると、バルファーも席を立ちドアの前に立ちはだかり、カシアの前に進み出た。


『えっ、なに・・・』

 カシアが驚いて立ち止まると、バルファーはカシアの濃いグレーの瞳をじっと見詰めながら、


「カシアさん、私と付き合って頂けませんか?」


と、右膝をつき右手を差し伸べた。


 カシアは、バルファーの澄んだグレーの瞳から、視線を逸らすことができなかった。冗談で言っている様子でもないが、あまりにも突然すぎたし、告白なんてされたこともなかったので、驚いて固まってしまったのだ。


「ちょ、ちょと待ってください!バ、バル、今何て言いました?」


カシアより驚いたであろうエントンが、飛んできて尋ねる。


「うん、だからカシアと付き合いたいんだエントン」


少なくとも、バルファーの目は真剣な気がする。気がするがそうじゃないだろう!


「いや、貴方ならたくさんの候補がいるでしょう!冗談なら止めてください。心臓に悪いですから」


エントンは、とんでもない申し出に口を挟んだ。


「冗談?エントン、お前は冗談で申し込みをするのか?私はこれまでたくさんの女性に会ったが、まだ1度も好きだと思う女性に会ったことがなかった。こんな気持ちになったのは初めてだ!」


バルファーは、エントンに冗談と言われてムッとしたが、それよりカシアの返事が気になって、もう一度カシアに視線を移す。


「えーっと、先程からお2人の話を聞いていると、バルさんは伯爵家のご子息かしら、それとも、もしかして侯爵家?どちらにしても私、家柄にはあまりこだわらない主義だし、よく知らない男性とは、お付き合いできません」


カシアはきっぱりと言い放った。


「分かりました。それならば、私のことをもっと知ってください。それに私の裸を見たんだから、全く知らない関係ではないでしょう」


バルファーは笑いながら言った。断られた訳ではないと判断したのだ。


「・・・」


カシアは真っ赤になりながら、リビングを出ていった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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