4 キシ領の現状
土砂崩れ現場の仕事も最終日、午前中に仕事は終了する予定だ。後は道路脇に避けて盛った土が固まるのを少し待って、順調に固まり始めれば終了となる。
残りの仕事をそわそわしながら仕上げている皆の姿を見て、もう少しして弁当(パンに干し肉を詰めた物)を食べたら、キシの街へ繰り出すべきか、近くを散策するべきかと思案していたら、村長さんと孫娘(14歳)がやって来て、お礼に昼食を村でご馳走したいと申し出てくれた。
僕は、キシの街はまた次の機会もあるからと皆を説得して、村人たちの好意に甘えることにした。
みんなブーブー文句を言うかと思ったら、孫娘のアーリーが凄く可愛かったので、鼻の下を伸ばしながらオッケイしてくれたのだった。
村人たちは、本当に暖かいもてなしをしてくれた。貧しそうな村なのに、かえって申し訳ない気がする程だ。
昼食の途中で、なんだか違和感があったのだが、それが何か分かったのは、ソウタが村長にある質問をしたからだった。
「あのー、若い男性が少ないですがまだ仕事中ですか?」と。
すると、俯いたまま金髪の三つ編みを触りながらアーリーが答えた。
「秋の収穫が2週間前に終わって、領主様に納めに行ったら、規定よりも少ないと難癖をつけられ、その分を労働で納めよと命じられたの。だから父も兄も村の男の人も、レイモンの屋敷の塀を新しく造らされているわ。国王様がこの前来て減税すると言われたはずなのに」
話し終えるとアーリーは、青い瞳からポロポロと涙を零した。
女の子の涙に慣れていないホイ、ブルネ、ドグ、オーエンたちは立ち上がっておろおろする。
「あのクズ、まだそんな勝手なことをしてたのか」
僕は怒りのあまり、つい皆の前で軍のトップであるレイモンのことを、クズ呼ばわりしてしまった。
「滅多なことを言うもんじゃない!誰かに聞かれたら大変じゃ」
村長の言葉で俯くと、ヨムが僕を援護するように堂々と言った。
「僕たち4人はキシの街の人間です。クズでなければゴミですね!キシの領民は全員そう思ってますよ」
「おいおい、何だそれ?国防大臣ってどんだけ嫌われてるんだ?」
意地悪5人組リーダーのホイは、僕と幼馴染み3人、アーリーや、村人たちの怒りの顔を見ながら驚いたように訊ねた。
「前の領主キシ公爵様は本当に尊敬するお方じゃった。しかし濡れ衣を着せられた上に殺された。後に残った嫡男モリス様は7歳と若かった為、後見人として公爵様の従兄弟にあたるレイモンが、全ての実権を握ったのじゃ。本来ならモリス様が15歳になった時、正式に公爵家を継がれるべきなのだが、病弱を理由に何故かレイモンが公爵になった」
「そうなんです。それからというもの悪行も不正もやりたい放題です」
村長とアーリーの母が唇を噛み締めながら言うと、村人からは啜り泣く声が聞こえた。
「警備隊はどうしたんです?文句を言わないんですか?軍は?軍は助けてくれないのですか?」
今度はクラーの手下組リーダーのヤレバが、村長に質問する。
「何を言っとるんじゃ。レイモンは軍のトップ、汚いことや尻拭いは軍の人間にやらせるんだ」
「・・・」
軍の実状を聞いて、僕たちキシ組以外のメンバーは、凄いショックを受けたようだ。みんな俯いてしまった。
「でもお爺様、1年前に来られたタイガ様は、私たちの味方だわ。そしてバルファー殿下も見守ってくださってるし」
アーリーが涙を拭きながらそう言ったので、皆はやっと顔を上げることができた。
『この村長は何者だ?どうしてそんなことを知っている』
僕は幼馴染みのヨム、ソウタ、シュノーの方を見た。そして視線が合うとヨムが村長に訊ねた。
「村長はどうしてそんな詳しいことをご存知なのですか?」
村長は暫しの沈黙の後、辛そうな顔をしてこう言った。
「わしは、前のキシ公爵様の時に、屋敷の庭師をしていたんじゃ。30年間な」
「では、白いバラ園を造った庭師の方ですか?」
僕は思わず訊いてしまった。いつも母が楽しそうに懐かしそうに話していた、素敵な庭のことを思い出して。
「はて・・・確かに白いバラ園を造ったのはわしじゃが、どうしてそれを知っていなさる?」
村長は緊張した顔で、逆に訊ね返してきた。
「こいつの母親が昔、少しの間屋敷に奉公していたんです」
ソウタは慌てて僕の代わりに答えてくれた。
村長は僕の顔をまじまじと見て、「イレーヌ様?……いや、そんな、そんなはずはない」と小さな声で、独り言を言った。
僕は、母の名は聞き漏らさなかったが、村長からの視線は逸らしてしまった。
これ以上の長居は不味いと判断して、僕はグループの皆にある提案をした。
「なあみんな、もう少し時間があるから、村の入り口のでこぼこの道に、土を運んできて綺麗に舗装しないか?」と。
「そんな、もうこれ以上申し訳ないです」
アーリーがそう言うと、ヤレバが前に出てきて言う。
「ご馳走のお返しと、軍が迷惑を掛けたお詫びです」
ヤル気満々で右腕を上げ、腕の筋肉を自慢する。釣られたように他の筋肉バカ、いやいやマッチョな皆も筋肉自慢を始めた。
うん、アーリーに気に入られるよう必死なんだねみんな。まあ結果オーライだけど。
こうして初めの任務は無事終了した。僕たちは気付かなかったけど、レポル教官は、毎日仕事ぶりを遠くからチェックしてたらしい。そして村長にも僕たちの感想を訊いていたらしい。
実は後から判ったことなんだけど、3回行った道路整備は、タイガ様が事前に村長や町長から陳情を受けていて、学生にやらせると約束をしていたらしい。ただし、その事を僕たちには気付かれないようにと指示されていたらしい。
あの人らしいと僕は思ったが、いろいろ気付かされたことも多かったし、思わぬ出会いもあった。
『どうやら敵ではないらしい。むしろこの国の腐敗ぶりや、レガート軍のこれからを、僕らに考えさせているようだ。しかし考えるだけではどうにもならない!真の目的は何だ?』
1083年12月9日、キシの街に来て2週間が過ぎた。
明日からは筆記試験が始まる。どんな課題が出るのか楽しみでもある。今夜は、キシの街に遊びに行っても良いと許可が出たので、みんな大はしゃぎだ。
街の案内はヨムとシュノーに任せて、僕はタイガ様と向き合わなければならない。
ソウタはどうしても残ると言う。僕の護衛として本来の役目を果たすつもりだろう。
ソウタは伯爵家の3男で、代々我が家の護衛として仕えていた家の子供である。
「アルダス様、どうされるのですか?真実を話すなら素性も知られてしまいます」
グループの全員が街に出掛けて2人きりになると、軍学校に入る前の呼び方に戻って僕を心配する。
1番心配性のフィリップも伯爵家の次男だが、今回は本人がグループのリーダーになってしまったので居ないが、もしもここに居たら絶対に付いてくるだろう。
ヨムとシュノーは子爵家の長男だったが、レイモンによって爵位を奪われてしまった。
「ソウタはどう観る?」
「確かに敵ではないでしょう。レイモンに従う気が無いようですし、前国王派であることは間違いなさそうです」
ソウタはこっそり用意した剣を鞄に忍ばせながら答えた。
「そうだな、先に向こうの目的を聞き出すしかないな」
僕は覚悟を決めて部屋を出た。ソウタは1歩下がって付いてくる。向かうは指令室。
指令室の前に来ると、ソウタにここで待つように指で指示し、ドアをノックして自分の名前を告げた。
「タイガ様、アルダスです。入っても宜しいでしょうか?」
ゴクリと唾を飲み込む。僕らしくもない、何故だか緊張してきた。
「入りなさい」
タイガ様の声がして、失礼しますと言ってドアを開けた。
中に入ると、タイガ様以外にもう一人男がいた。その男はドアの方に背を向けて椅子に座っているので、顔を見ることはできない。
「この男のことは心配要らない。私の最も信頼できる人間だ」
タイガ様はそう言うと、僕を目の前の椅子に座るように指示して、熱いお茶を3つのカップに淹れている。ハーブの香りが部屋中に広がる。
爽やかな香りとは裏腹に、僕は後ろ姿の男が出している空気というか、威圧感というか、オーラのようなものに恐怖に似たものを感じていた。
タイガ様は机の上に僕の分のお茶のカップを置くと、にやりと笑ってこう言った。
「俺は、いや俺たちはレイモンを倒す!お前はどうしたい?」
突然の話に一瞬意識が飛んだが、直ぐに立て直して答えを考える。
レイモンを倒す・・・それは願ってもないことだが、今レイモンは王都ラミルだ。
僕らは間もなくラミルに帰るが、タイガ様はキシの上官。勝手には動けないはずだ。
「軍の上層部を討つことが目的ということでしょうか?しかしタイガ様はキシの上官、軍を抜けてラミルに入るのは得策とは思えません。確かに私はレイモンが憎いし殺したいです。でも、ただ殺したのでは、あいつの罪は明らかになりません。私は、私はあいつを罰したいのです!」
僕は立ち上がり、両手をぎゅっとっと握って叫ぶように言った。
「なるほど、タイガの言う通り面白い人材だ。私もレイモンを罰したいと思っている。国務大臣のカワノもだ。そして真に討つべきは偽王クエナだ」
そう言うと、背を向けて座っていた男は立ち上がり、ゆっくり僕の方に振り向いた。
「君が本当の名前を言ったら、私も名乗ることにしよう」
一段と強いオーラを放ちながら、その男は真っ直ぐ僕の目を見て言った。
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