3 作業開始
目の前の男を、僕は探るように睨み付ける。
こいつは侮れない奴だな。殺気?・・・ああそうだよ、僕はあのろくでなし親子を殺してやりたいよ。だけどそれは今じゃない。
「何を考えてるのか知らんが、バカなことは止めておけ。女の君が頑張ったところで、レガート軍トップの男は倒せないぜ」
其処らに居る腐った軍人とは違う様子の男は、真剣な顔をして僕に向かって言う。
「軍にも、あんたみたいな奴がいるんだな。じゃあ男なら大丈夫なのか?どちらにせよ、いつか必ずあの親子を地獄に落としてやるよ!この僕が」
僕はカツラを取り机の上に置き、袖口で口紅を拭きながら言う。
「僕?君は男なのか?えっ?」
「そーだよ!これでも女に見えるか?」
目の前の男は、大きく目を見開いてもう一度僕の顔をまじまじと見た。
「うっ、まだ見えるが……本当に?」
信じられない!!カツラも口紅も取ったのに何故だ?
僕は女装した時に、幼馴染みのフィリップが言った台詞を思い出した。
「アルダス・・・本当は女の子だったんだろう?」
直ぐ様蹴りを入れておいたが、ヨムの奴まで、
「アルダス、目の毒……俺の理性が崩壊するだろうが!」
と、訳解んないことまで言ってた。ほんと失礼な奴等だ。よく回りから女の子みたいだと言われてたから、ちょっと自信はあったけど、おじさんにはマジで通用したんだ・・・
そんなやり取りをしている内に、なんだかバカ息子を殺る気が失せてしまった。
『だけど、必ず彼奴らの首は獲ってやる。マレーヌ姉様、伯父様、伯母様そして父上、待っていてください』
「は~っ、もう帰れ。バカ息子には、旅の娘で既にこの街には居なかったと伝える」
妙に疲れた顔で、溜め息までつきながら帰れと言われた。
「帰る前に訊いておこう。何故そこまであの親子を憎む?」
机に右肘をつきながら、探るように鋭い目で訊いてきた。
「いつかまた、もしも会うことがあれば教えてやるよ」
僕はそう吐き捨てて、ドレスの裾を翻しながら取調室を出た。
そのまま帰ると、軍の詰め所の門の外で、仲間が心配して待っていた。
「良かった無事だったんだ!心配したよ~」
金色の髪を振り乱し、緑色の瞳からぽろぽろ涙を零しながら、シュノーが飛び付いてきた。秀才で日頃は冷静なのに、僕のことになると心配し過ぎなんだよな。よしよしと背中をポンポンしながら、僕はこれで良かったのかもと思った。
「バカ息子の報復に失敗したら、約束守るって言ったよね?」
腕組みして恐い目で僕を睨みながらソウタが言うから、他の奴等も詰めよってくる。
「分かったよ!約束通り皆で軍学校の試験を受けるため、来週王都に行くよ。行きゃあいいんだろ!」
皆に揉みくちゃにされながら、ふと、あの軍人の名前を訊いておけば良かったと思った。
◇ ◇ ◇
「どうしてここに居るのかって?あれから直ぐに軍学校の入試を受けて、そのまま入校したからだけど」
2人きりになった僕は、昨年のことを思い出しながら、ついタメ口で話してしまう。
「どうりで見掛けないはずだ。はっはっはっ!俺はあれから若い娘に出会うと、ついお前かと思って顔を確認する癖が付いたぞ」
タイガのおっさんは、嬉しそうに笑いながら言う。
「いや、女装したのはあの時だけだ。もう忘れろよおっさ・・・」
ヤバい。ついおっさんと言いそうになり、自分の口を手で塞いだ。
「それで、レイモン親子を憎む理由を教えて貰おうか?」
指令室のドアを開けながら、含みのある顔で振り返ってそう言うと、僕を部屋の中へ招き入れた。
『こいつ、忘れてなかったのか・・・何故そこまでレイモン親子を憎む僕に興味を持つんだ?敵か?』
部屋の中は殺風景なくらい整頓されていた。僕が知る限り上官の部屋とは、華美で自分の趣味の家具や酒などが置いてあったが、この部屋には無駄な物が置いてない。さすが出来る男と言われている奴の部屋だな。
「まあ座れ。たぶん俺はお前の敵ではない。むしろ同士に近いはずだ。だから問う。何故あの親子を憎む?そしてお前は何者だアルダス?」
「・・・」
はぁ?同士だと?しかも何者だと訊くのか?
本当に侮れない奴だ。でもここで真実は話せない。まだ信用できる人間なのか判らないからな。真実を話すということは、自分の出生まで話さなければならないことになる。
「タイガ様、貴方の目的は何ですか?それがただの興味であるなら、上官の命令でも話せません。同士である証拠もありませんし」
僕は敢えて毅然とした態度で答えた。
「やはりお前は面白い。言えないということは、それだけ深い事情があるということだろう。ならば、これからの卒業試験で俺を信用できると思ったら言ってくれ。できれば2週間で答えを出せ。もう時間が無いんでな」
そう言うと立ち上がり、僕に握手を求めてきた。少し戸惑ったが一応握手をしておく。含み笑いをしながら視線を送ってくるタイガ様に軍礼をして部屋を後にした。
無理強いせずに待つと言うのか・・・大した自信だな。時間がないとはどういう意味なのだろうか?まあいい。そっちがそのつもりなら、リーダーの責務を果たしつつ、僕はしっかりタイガという人間を見せて貰うだけだ。
指令室を出て皆の所へ戻りながら、基地の様子を観察する。そして歩きながらいつものアルダスの顔に戻していった。
翌日から道路整備の任務に就いた。
キシの街から南西に延びるマサキの街へ向かう街道を、2キロくらい行った所から近くの村に続く道が、土砂崩れで半分使えなくなっていた。
「いいか!今日から3日間で、ここを馬車が通れるようにする。3日間で作業を終えられたら3ポイントゲットだ。これから最低3ヶ所は回る。全部の箇所を予定日数で完了できたら合計9ポイントになる。1ヶ所終わったら2日間は部隊の仕事を体験する。6日間の体験で合計6ポイント。そして最後の5日間で課題を2問出す。グループで解答を書いて提出して、満点なら5ポイント。キシ部隊が与えられるポイントは合計20ポイントとなる。後は、教官のチェックポイントが10ポイントある。総合計30ポイントが最高得点となる!」
モスリブ大尉は道路整備のスペシャリストで、レガートで1、2を争う技術力を持っているらしい。貴族特有のグレーの瞳と髪を持ちガッチリ体型だが、全く威張ったところがない。なんか好い人っぽい。
「質問してもよろしいでしょうか?」
僕は手を上げて訊いてみた。
「いいぞ。ああ、それから忘れてた。作業中に通る人には必ず挨拶しろ!」
モスリブ大尉は、皆の分のスコップを荷車から下ろしながら返答する。
「卒業試験の名目はバルファー捜索でしたが、それはどうしたら良いのでしょうか?」
「それは必要ない。最近その者は隣国カルートで目撃された。付け加えて言うが、昨日タイガ大佐が言われていたように、お前たちは作業しながら国民の声を、意見を聴け!但し反論するな!分かったな!」
「はい、了解しました」
僕たちは軍礼をとり、指示通り作業を開始した。
それにしても道路整備が任務だなんて、人手不足解消の皺寄せか?挨拶しろとか訳が判らない。皆は不満と疑問を抱えたまま作業をするためか、直ぐに疲れたと言っては休みたがる。
通行人はジロリと見ながら通り過ぎて行く。挨拶するが返事がない。そんな村人の態度を見ると、余計に疲れを感じてしまう。
「アルダス、もう良いだろう?3分の1はやったぞ。帰ろうぜ」
午後3時、クラーの手下のデキが疲れた顔で言い出した。途端に全員がそれに同意する。弱っちい奴等め。
「あのさー。もしも今日と明日凄く頑張って、明後日の午前中に作業が終わったら、キシの街に繰り出さないか?僕はキシの街の出身なんだ。案内するよ。どう?僕の提案は」
「えっ、遊びに行くのか?でも叱られないかなぁ」
直ぐに食いついてきたのは、クラーの手下のルカヨだ。他の皆も瞳に輝きが戻ってきた。
「たぶん大丈夫だと思うよ。タイガ様って理解有りそうだったし、街がダメでものんびりはできる。とりあえず、オッケイだった時のことを考えて、もう少し頑張ろうよ!」
僕が説得し始めると、幼馴染みのヨム、ソウタ、シュノーが「やっぱ行くならバローダの店だよな、女の子がみんな美人だし飲み物も旨いぜ」とか「いいお土産屋もあるよな」とか「秘密の花園もある」とか、これ見よがしに煽る煽る。
「う~、なんか面白そうだな」
「それ賛成。早く終わればいっぱい遊べるよな・・・」
「じゃあ、みんな賛成で良いかな?」
「おう!!!」
良かった。単純な奴等ばかりで。ところでシュノー、秘密の花園って何・・・?
それからの皆の頑張りようと言ったら凄かった。黙々と頑張る頑張る。やればできる子ばっかりでラッキー!
次の日は、タイガ様のお許しが出たので、朝から作業の効率が倍に上がった。
「凄いよねぇ~、ブルネ、イターロ、ナイヤ、ホイ、トナ(意地悪5人組)、どうしたらそんなに力持ちに成れるの?」
この5人、3人はただのマッチョな力持ちで、2人はマッチョな体術派で、5人とも残念ながら脳は鍛えていなかった。
「アルダス、それは日頃の鍛え方が違うのさ」
そう自慢しながら、鍛えられた腕や腹筋を見せてくれた。僕は「成る程ねぇ」と感心しながら答えて、少し先で作業している4人組の所へ歩いて行く。
土砂崩れは100メートル位の距離、幅は1メートルから2メートル位で土や石が道を塞いでいた。その為、僕たちは3つのグループに分かれて作業をしている。
2日目の昼には土砂が山側に避けられた。午後からは、石灰や粘土、水を練って固める作業だ。
「ねえオーエンたち、午後からの練り作業だけど、体力も気力も1番の君たちがやってくれたら、きっと皆喜ぶと思うんだ。君たち以外に重要な練り作業を任せられる人がいると思う?」
クラーの手下のマッチョな力持ちルカヨ、オーエンと、まあまあ知能もある細マッチョなヤレバ、デキの4人組に話し掛ける。
「たぶんいねーな!知力と筋力を兼ね備えている俺らしか無理だろう」
オーエンの返事に、他の3人もウンウンと頷いている。
「だよね!じゃあお願い。僕は他のみんなと避けた土を細かくしたり、小石を集めて持っていくね。だから先に昼食とって待っててね」
「おう!!!」
そんなこんなで頑張って、土砂固めが半分位できた頃、村人が3人何かを持ってやって来た。
「あんたら軍人かい?」
「いいえ、僕たちは軍学校の学生です」
何だろうと思いながらも丁寧に答えた。
「ああまだ軍人じゃないんだな。軍人が道を直してくれる訳がないと思とった。だから昨日は何の気まぐれなのかと思ったんじゃ。本当に助かるよ。ありがとう。これ皆で食べなさい。わし等からの感謝の気持ちじゃ」
そう言って、バスケットに入ったクッキーやら果物を渡してくれた。
昨日まで無視していた村人たちの変貌ぶりに全員が戸惑った。
「あのー、1つ質問してもいいですか?なぜ軍は道路を直してくれないと思われたのですか?」
僕はリーダーとして、皆の疑問を代表して訊いてみた。
「知らんのか?軍のトップでありキシの街の領主であるレイモンが、道路整備など軍の仕事ではない。もしも民を手伝って道路整備をした軍人が居たら罰するという法令を出したんだ」
怒りと悔しさを滲ませて、村長らしき人が教えてくれた。供の2人も腹が立っているのだろう「死ねレイモン」とか
「バルファー様がきっと帰られる」とか言っている。聞いてはいけない言葉を聴いてしまった!
「・・・」
僕らは言葉を失った。軍の仕事ではない?いやいや今までは軍がやってたじゃん。
皆より正気に戻るのが少しだけ早かった僕は、村の人たちにお礼を言って、頂き物をヨムとソウタの手に載せ、バスケットをお返しした。
思わぬ国民の声と意見(怒り)を聞いて脱力している皆を見て、「おやつの時間にしようか」と笑って言った。
おやつという魔法の言葉で、みんなは直ぐに正気に戻った。
おやつを食べながら、僕らは今のレガート国のことを話し合った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




