王座奪還
1084年1月12日、王都ラミルでは、13年ぶりの雪が朝から降り始めた。
正午に掲がった半旗と白旗をもって、戦いは終了した。
バルファー軍総司令官ロイガを先頭にギルマ、ハージ、ギニ、サーム、タイガ他バルファー軍の司令官や指揮官、総勢20名が午後2時にレガート城に入城した。
マヌル(殿下)の案内で、国王クエナの部屋へと向かう。途中、料理人や医師、看護師、侍女など仕方なく留まっていた者十数名が、自分たちも処分されるのではと不安そうに広間に整列していた。
王宮に留まっていた(バルファー軍に投降を拒否された者を含む)50名足らずのクエナ派の家臣や王の側室、マヌルの正妻、側室は、王の部屋の前で泣き崩れていた。その中にはヤグルデ、ハグウェルの姿もあった。
「この部屋だ」そう言ってマヌルは、一際きらびやかで贅を尽くした扉を開けた。
部屋の中には、宝石を散りばめた天蓋付きの大きなベッドに、金糸の模様が入ったシルクの服を着て横たわるクエナ王の亡骸と、抜いたままの剣を持ったレイモン国防大臣が立っていた。
泣く訳でもなく怒る訳でもなく、ただ無表情のまま主君の顔を見ていたレイモンは、ロイガたちに気付くと力無く剣を落とし、カシャンと冷たく乾いた音が部屋に響いた。
「何故、何故攻めて来なかった!!もっと早くお前たちが攻めて来ていれば・・・」
「攻めて来ていれば何だレイモン。偽王にならずに済んだとでも言うのか?」
ロイガ総司令官は、低く、そして怒りに満ちた声で訊ねた。
「・・・クッ」
「クエナ様を殺したのはお前だ!お前とカワノが殺したんだ!クエナ様は王座など欲してはいなかった。それなのに・・・」
ロイガ総司令官は声を詰まらせた。長年王宮警備隊で働いていたロイガは、クエナが15歳の王子であった頃から様子を見てきた。少し気の弱いところはあったが、兄であるアナク様を尊敬し慕っていたのだ。
『ロイガ・・・父上は私のために、息子であるこの私のために王座を欲したのだ!』
マヌルは心の中で叫んだ。私がいたから父上は・・・そして唇を噛み締めながら、父親の死後初めて涙を溢した。
しばらくの沈黙の後、
「ロイガ総司令官、バルファー殿下からの御言葉を」とハージが声を掛けた。
ロイガ総司令官はマヌルの前に進み出て、バルファー殿下が記した〈勝利宣言書〉を読み上げた。
【 1084年1月12日、レガート国王クエナ・レガートは、在位9ヶ月足らずで病死した。レガート国民と前国王の息子バルファーは、クエナを【偽王】と認めざるを得ない。また偽王であるクエナの息子に王位継承は認められない。よって本日、バルファー・ル・レガートを正式な国王とする。偽王に味方し、またこれを助けた者は、罪の重さに拘わらず処罰されるものなり 】
バルファー軍20名はバルファー王に軍礼をとり、マヌルとレイモンはひざまずいた。
◇ ◇ ◇
午後3時、白銀の世界となった王都ラミルの街を、バルファー王を先頭に、エントン、教頭のハースが馬で、そして駆け付けた王都を包囲していた部隊が徒歩で、レガート城を目指して前進していた。
「バルファー王万歳!!」
「新国王誕生万歳!!」
「お帰りなさいバルファー様!!」
と、ラミルの人々が歓喜の声を掛ける。
バルファー王はにこやかに、沿道の人々に手を振って答えた。
一行は誇らしげに行軍しながら、レガート城本部テント前に到着した。
「王様、バルファー軍と国民に御言葉をお願いします」
エントンは、黒の革を金色の毛皮で縁取ったマントを、王の肩に掛けながら言った。
雪は止み、空には太陽が薄ぼんやりと姿を見せ始めた。時々積もった雪がキラキラと反射する。人々は新国王からの御言葉を、固唾を呑んで待っていた。
バルファー王は、レガート城の前に設置された演壇に上がり手を振った。すると直ぐに「ワーッ!!!」と、大歓声が湧き上がった。
皆、バルファーが国王となることを、心から喜んでいるようだ。
バルファー王が右手を上げると、辺りは一瞬で静かになった。
「偽王クエナは神の神判により病死した。私は今日、レガート国の言い伝えを守り、国王となる決心をし戻ってきた。私は復讐のために蜂起したのではない。国民が苦む姿も、不正が罷り通り悪を正せず苦しむ官吏の姿も、無能な高官が大きな顔をしてのさばる姿も、これ以上見続けることに我慢ができなかった。そんな私の考えに同意し、共に働いてくれる友がいた。そして仲間がいた。立ち上がらなければレガート国の未来はないと、皆が協力してくれた。ありがとう。本当にありがとう。今ここで誓おう!この白い雪のように私利私欲に染まらず、民の目線で政治をすることを!!」
雲の切れ間から、一筋の光がバルファー王に降りてきた。黒い革のマントを照らし、銀髪を照らし、瞳を輝かせる。長身で鍛えられた体が、まるで光のオーラに包まれたように、神々しく浮かび上がった。
人々は、声を出すことも忘れ、まるで奇跡のような光景に見惚れながら思った。
『これこそが王だ』『バルファー王は神に祝福されている』と。
エントンが1人、拍手を始めた。すると、我に返ったように皆も拍手を始めた。そして王都が拍手喝采に包まれた。
◇◇◇ マヌル ◇◇◇
国賓を迎える天章の間でぽつりと椅子に腰掛けて、バルファーからの処罰を待っていると、城の外から大歓声と拍手が聞こえてきた。恐らくバルファーがやって来たのだろう。
『なんて大きな歓声だろう・・・父上が王になった時はこれ程の歓声も拍手も無かった気がする。・・・どこで間違えたのだろう・・・?』
カワノ公爵は、貴族を苦しめレガート国をダメにする愚王は討つしかないと言った。民のことばかり考え国政を軽んじ、自国を危険にさらしていると言った。そしてそれは大臣たちや高官たちの総意でもあると。
結婚もせず仕事も放棄して遊び回っているバルファーでは、将来が不安だから、私の方が次の王に相応しいと皆が思っているとも聞いた。
アナク王は本当に愚王だったのか?バルファーは本当に仕事をサボっていたのか?
そんな話を、カワノやレイモン以外の者から聞いたことがあったのか・・・?
いろいろ考えるが、記憶は曖昧でしかない。あの頃の自分は、財務大臣である父上の補佐として経済の勉強をしていた。王宮に出仕することは月に2、3回だったから、それほど多くの大臣や上官との交流もなかった。
『最後に父上は、国王になったことを後悔されたのだろうか?言い伝えの石板の前で、良い王になろうと決心されていた。そして私に名君になれと言われた・・・父上』
◇ ◇ ◇
12月22日に、街でいろいろな噂が流れていると会議で聞いた。あれだけ誰にも知られないようにしていた父上の病のことと、バルファーが蜂起するという噂だった。
不安になって質問してくる大臣たちに、レイモン国防大臣は笑いながら言った。
「国王様は、カワノ国務大臣と数名の高官、小隊を連れ、巡行で回れなかった場所へ視察に行かれているのだ。年末には帰られるご予定だったが、昨日カワノ大臣から、王様が温泉に行ってみたいと言われたので、寄り道して帰るかもしれないと知らせがあったところだ。それからバルファーが蜂起するなど有り得ない話だ。軍も警備隊も私の手中にある。辞めた者がいれば報告が来るが、そんな報告は受けていないし、逃げ出した者がいるとの報告もない。バルファーはいったい何処から兵を集めるのだ?民か?傭兵か?そんな金が何処に有るのだ?!」と。
しかし、父上の病状は悪くなるばかりだった。
そして12月26日、突然レガート城が包囲された。
しかも、レガート軍によって・・・そこに警備隊も加わった。王宮で働いていた者は逃げ出し、王宮内に残ったのは僅か150名あまりだった。
父上は発病以来、時々襲ってくる激痛に意識が無くなることもあったが、26日の夕方だけ奇跡的にはっきり意識が戻った。そして信じられない命令を私とレイモンにされた後、また意識を失われた。
「よいか、この私を病死させてはならない。今すぐにでも私を殺すのだ。国王乱心のため、皇太子マヌルの命により国防大臣が王を討ったことにせよ。私を殺せば、その瞬間からマヌルよお前が国王となる。お前の指揮でバルファーと戦うのだ。もしもそれができぬなら、バルファーに私の首をくれてやれ。どのみち討たれて命を捨てねばならない」
父上の命令から今日まで、何度もレイモンは父上を討とうとしたが、剣を抜くだけで降り下ろせなかった。レイモンから「殿下がお討ちください」と剣を渡されたが、そんなことできるはずもなかった・・・
1月6日、とうとう城の備蓄食糧が底をついた。
翌7日、なかなか攻めてこないバルファーに挑発してこいと、国防大臣レイモンが軍総司令官のヤグルデに命じた。
しかし、バルファー側からの返答は「日没までに投降せよ」だった。
どうせ負けるなら自決しようとの声が、年明け頃から上がっていたが、バルファー側からの返答に「自決した者は、その家族一同罰する」との追記があった。
皆が私の決断を待った。父上や私を信じて仕えてくれた者たちを、無駄に死なす訳にはいかない・・・
イントラ連合国にいる弟ハキルや、大臣たちの家族も守らなければならない・・・
「希望者は皆投降せよ!今までありがとう。よく仕えてくれた」
私は投降するよう命じた。後は餓死するしかないのかと思っていたら、バルファー側から食糧が渡された。どうやらバルファーは、父上の病死を本気で待つようだ。
私に残された道は2つになった。
1つは、父親を殺してまでもその名誉を守り、自分が王として死ぬ道。
もう1つは、ただこのまま父親の死を待ち、[偽王]の息子として捕らえられ死ぬ道。どちらの道でも私の命はないだろう。
1月12日、王医師から昼まではもたないだろうと宣告される。
「レイモン国防大臣、国王様からの最後の命令に従うのだ。さあ、剣を抜け!」
もう本当に後がない。私は自分の剣をレイモンに渡し命令した。
せめて最後まで手を握っておこうと、父上の右手を両手で包み込み、ふと窓の外を見た。
「父上雪です。ラミルに雪が降っています。母上が生きていらした時に、雪遊びをしたのを覚えています。母上が好きだった雪ですよ……見えますか?」
窓の外をボーッと眺めていると、あまりの静けさに全ての音が消えたような気がした。雪だからなのか・・・?
視線を父上に移すと、あれだけ苦しそうだった呼吸の音が消えていた。
『そうか・・・レイモンは間に合わなかったんだな・・・もう苦しくないですか王様?』
レイモンの方を見ると、剣を振り上げたまま涙を流している。
私は王の部屋を出て、半旗と白旗を掲げるよう命じた。
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