偽王の死
1083年12月20日、警備隊総司令官ヤッデン病死の為、後任に副司令官を任命と公表された。
3日後の23日、事実確認のため軍本部に出仕したエントンは、とんでもない吉報を入手した。まだ公にされていない国務大臣カワノ死亡という極秘情報を、上司であるヤグルデから聞いたのだった。
そして同月26日、全ての部隊が揃ったバルファー軍は、レガート城完全包囲と、王都ラミル出入り口の街道(クエナ王の援軍警戒と逃亡阻止のため)封鎖に成功した。
◇◇◇ レイモン国防大臣 ◇◇◇
「どういうことだ!お前たちはいったい何をしていたんだ?!ヤグルデ、軍は任せたはずだぞ。ハグウェルお前を警備隊総司令官にしたのが間違いだった!!」
国防大臣兼国務大臣のレイモン公爵は、怒りのあまり机の上にあった物を全てぶちまけて叫んだ。
クーデター後に警備隊総司令官になったヤッデンは、最悪の上官と隊員たちから言われていた。貴族中心の人事になり、前警備隊総司令官ロイガを慕っていた者を地方へ飛ばし、不正を賄賂で揉み消すのも当たり前の警備隊にしていたからだ。
隊員たちは、街の人々から軽蔑されるような仕事をすることが、嫌で嫌で仕方なかった。警備隊員としての誇りを傷つけられ、仕事のできない上官の尻拭いをする日々に、本気で辞めようと思っていた。
最近ヤッデンが急死し、少しは良くなるのかと期待したが、後任は悪評高い副司令官のハグウェルだった。
辛うじて、警備隊本部で勤務している元ロイガの部下だったハージが新副司令官になり、辞めないように皆を説得していたので、隊員たちは思い留まっていた。
そんな時、バルファー殿下が蜂起すると街の噂で聞いた。
そして、バルファー軍総司令官が尊敬する元上司のロイガであると知ると、半数以上の隊員たちが、その時が来たら仕事を放棄してバルファー軍側に降ろうと決心したのだった。
「しかしレイモン様、私はつい先日ヤッデン殿の後を任されたばかりで、国王様からの任命状さえ頂いておりません。責任は副司令官にあると思います」
ハグウェルは、今にも剣を抜きそうなレイモンを恐れて、直ぐに逃げ出せるドアの前で弁解をした。
「その警備隊副司令官はどうした?なぜここに来ない?城の中の守りは警備隊の仕事のはず、私たちの身の安全はどうなるのだ?」
ヤグルデは、バルファー蜂起の責任が自分に来るのを恐れ、ハージを責めることにした。
「よいか、私はこれからマヌル殿下と対策を立てる。お前たちは、ありったけの兵士を外門に、城内の警備隊員を内門に配置しろ!」
レイモンは怒りを抑えて指示を出し、国王の部屋へと向かった。
『役立たずどもめ』
心の中で毒付きながら、なんとか冷静になろうと深呼吸をする。
国王は病に倒れ、カワノ国務大臣は亡くなり、頼りの上官も死んだ。よりにもよってこんな時にバルファーが蜂起するとは、全てが想定外のことばかりだ。
王宮の廊下を進んで行くと、城内は完全にパニックになっていた。途中でいろいろな人間が話し掛けてきたのだが、レイモンの耳には届かなかった。
◇◇◇ バルファー軍 ◇◇◇
「よし!完璧な配置だ。王宮内から勝手に誰も出すな!逃げ出してきた者は、エントン副総司令官が面通しされるから、全員本部テントに連れてこい。女であろうと知り合いであろうと全員だ。分かったか!!」
「了解しました!!!」
昨日、バルファー殿下から直々に、司令官に任命されたギニ教官の、きびきびした指示が飛ぶ。
「エントン副総司令官、逃げてきた看護師が重要な話をしたいそうです」
通用門担当になったマキ部隊のサーム指揮官が、看護師を連れてきた。
「分かりました。話を聞きます。あっ、それから私のことはエントンと呼び捨てで、敬語も無しでお願いします」
エントンは手を合わせて、大先輩にお願いした。
連れてこられた看護師は、元王妃様担当だったベテラン看護師で、妹のカシアと城に上がった時に会っていた。
「エントン様、やはり貴方はバルファー様のお味方だったのですね。憎いヤグルデの下で働いておいででしたので、お声も掛けられませんでしたが・・・信じていて良かった・・・クエナ国王は重病で明日をも知れぬ状態です。反逆者カワノとヤッデン、他にも数名が同じ病で既に亡くなりました。巡行で病に罹ったようですが病名も原因も判りません」
途中涙でつまりながらも、はっきりと最高機密を伝えてくれた。
「重要な情報をありがとうございます。ええと、お名前は?」
「マージです」
「マージ、すまないが貴女に重要な仕事を頼みたい。私はこれから殿下にクエナ王重病を伝えてきます。それでこれから王宮内から逃げてくる人間を、クエナ派かバルファー殿下派かを見分けて欲しいのです。そして殿下派だけ逃がしてください。1人では大変でしょうから、貴女が信用できる人を選んで協力して貰ってください。できますか?」
「もちろんです。あ、ありがとうございます。これで・・・これで少しは亡くなられた王妃様に償うことができます」
マージはポロポロと涙を零し、泣きながら協力を約束してくれた。
『やはり国王は重病だった。王都での作戦は間違いではなかった』
エントンは一瞬ガッツポーズをして、ギニ先輩の元へと向かった。先輩に情報を伝えて、自分の代わりに本部テントに詰めて貰うよう頼み、殿下がいる軍学校まで馬を飛ばした。
「殿下、看護師マージからの情報によると、クエナは重病で、カワノ公爵、ヤッデン、他にも上官数名が、同じ病で既に死んだようです。ここ数日で行った作戦は間違いではありませんでした」
エントンは馬から飛び降りて、バルファー軍作戦本部になっている軍学校の武道場に駆け込むと、叫ぶように情報を伝えた。
「了解した。では作戦Z《言い伝えにより偽王確定しました》に切り替える。至急ギニ司令官にハヤマ(通信鳥)で連絡するよう指示を出せ」
「承知しました。それでは殿下、今宵は皆に少しだけ酒を振る舞いましょう!」
バルファーとエントンは握手をし、右手の拳同士を軽くぶつけた。
「やったー!本当に無血決戦での勝利を目指すんですね!」
「無血決戦万歳!!」
作戦本部にいた全員から、歓喜の声が上がった。そして殿下とエントンを真似して、右手の拳を周りにいる者同士でぶつけ合った。(この時から、勝負に勝ったり嬉しいことがあった時に、拳を合わせるのが一般的になっていく……)
エントンが去った後の作戦本部では、昨日新レガート軍司令官に任命されたヤマノ部隊上官のギルマと、新警備隊司令官に任命された現警備隊副司令官ハージが、20日から到着していたキシ部隊のタイガから、王都での作戦について説明を受けていた。〈注釈 新レガート軍、新警備隊はバルファー軍の中での組織〉
エントン副総司令官は20日の作戦会議で、隊員や軍本部、ハージ殿から集めた情報を元に、国王が重病ではないかと推論して、王都中に2つの噂を意図的に流すよう指示していた。
1つ目は、【クエナ王は重病で死にかけている。やはり偽王であった】という噂で、2つ目は、【1月末頃、国民を苦しめるクエナ王を討つために、バルファー殿下が蜂起するらしい。総司令官はロイガ様のようだ】という噂だった。
そして、残り6つのバルファー軍部隊の内、王都の外で待機していたヤマノとミノスの部隊を、カワノ国務大臣からの緊急招集という名目で25日に王都に行軍させた。エントン作戦で噂が広まっていた軍本部では、カワノ国務大臣が危険を感じて、早目に地方から部隊を招集したものと勝手に判断してくれた。死人に口なしという訳だな。
結局この作戦により、王都に居たレガート軍兵士と警備隊員たちは、事前にバルファー軍に加わる決心をすることができた。だから蜂起と同時に、新しいレガート軍旗(バルファー軍旗)の下に大勢の人間が集まったのだ。
恐らく、その人数は日に日に増えるだろう。現時点で既に、クエナ王側の軍勢より我々の方が、3倍以上の軍勢となっている。もう勝利は確定していた。
「なによりも、クエナ王が偽王であるとするなら、正義はバルファー殿下にあることになる。偽王に味方することは、すなわち反逆者と成りうるのだ。そんな危険を冒してまで戦う者はいないだろう。殿下の【無血決戦】を可能にしたのは、エントンの作戦と、命の泉の神の神判のお陰だな」
3人(ギルマ、ハージ、タイガ)の話に割って入ってきたのは、ロイガ総司令官だった。
「命の泉の神の神判って何なんですか?」
3人は同時に質問した。そして周りに居た人間も興味を持って集まってきた。
「その質問には、私が答えよう」
そう言って、皆の前に立ったのはバルファー殿下だった。
「命の泉というのは、ヤマノの街から王都ラミル方向に少し行った所にある、ソンヤ村にある泉のことだ。正直者がその水を飲めば10年寿命が延び、悪人が飲めば3ヶ月以内に死ぬと石板に書いてある。神の神判とは、泉に住む寄生虫が極まれに、飲んだ人間の体の中で羽化し、成長しながら臓器を食い荒らすという、想像しただけでも恐ろしい罰を、泉の神が悪人に下すというものだ。俺は時々、国王巡行の跡をつけて様子を視ていたので、ソンヤ村に寄って村長から、国王や国務大臣等が泉の水を飲んだと聞いていた。それも神の神判があると知らずに飲んだらしい……」
淡々とバルファーは話したが、聴いていた全ての者は恐怖で背筋を凍らせていた。
皆「自業自得!」、「神様ありがとう!」と叫んでいたが、「俺は絶対飲まないぞ」という残念な声も聞こえた。
「そこで作戦Zなのだ。我々が直接クエナを討つのではなく、言い伝えと神の神判によって病死してこそ【偽王】として証明され、我々の蜂起が正当化されるのだ。しかも1滴の血も流さない無血決戦での勝利は、国民に税や徴兵の負担を掛けずに済む。だからこのまま包囲を続けてクエナの死を待つという、作戦Zを実行するのだ!」
「ウォー!!」と全員が拳を挙げて叫んだ。
年を越しても、クエナ王に味方して王都に馳せ参じる貴族はおらず、バルファー軍は静かにクエナの病死を待っていた。もしかして長期戦になるのかと思っていた1月7日、王宮からマヌル王子の代理としてヤグルデが話し合いを申し出てきた。
「バルファー王子は何処だ?直接話がしたい」
レガート城前の本部テントに姿を現したヤグルデは憔悴していた。無理もない。そろそろ食糧も尽きる頃だし、いつ攻めてくるのかと不安な日々を過ごしていたのだろうから。
「お前ごときがバルファー殿下と話ができると思っているのか?」
「・・・」
ロイガ総司令官は、冷たく言い放った。
「このままでは、王宮内の者は飢え死にしてしまう。攻めてくるなら早く攻めてこい!さっさと王を討てばいいだろう!」
はぁー。ロイガ総司令官は失望と侮蔑の混じったため息を吐いた。
「今から日没までの5時間だけ、投降を認めよう。投降後は当然捕縛され投獄されるが食事は与える。それから大事なことを言っておこう。もしも自決する者あれば、その家族一同全員処罰すると伝えろ」
ロイガ総司令官はそう言うと、同じことが書かれた通達をヤグルデに手渡した。
日没までに投降してきたのは100名程だった。信じられないことに、投降者の中にハグウェルが居たが、残った者が飢え死にしない量の食糧を持たせて、供の者と一緒に城の中にお帰り願った。
1084年1月12日、激痛に苦しみ抜いて、クエナ王は病死した。
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