フィルター
ハローワーク。
そこは一般的に、働きたい人が集まる場所。
実際のところは自主的に働きたい人が集まるのではなく、働かざるを得なくてハローワークに頼る。だからか、建屋内の空気はどことなく倦怠感が漂っていた。
そんな俺も前の会社が潰れ、急ぎ職を見つけなければ食べてはいけない身分だった。目の前のパソコン内に並ぶ求人をスクロールしているだけで、すでに二週間が過ぎていた。
大切なのは給与と休日。だけど月収18万以下が溢れるハローワークの求人で、条件が良いものは争奪戦になる。
『年収300万~』『休日120日以上』『駅から20分以内』
条件フィルターは大体この3つを選択する。フィルター後は10件残ればいい方で、その中で応募しようと思えるのは1件あるかないかだ。
今日も抽出された求人を流し見し希望ぴったりのものがなくてため息が出た。仕方なく『休日120日以上』を『休日100以上』に変更すると、それなりに求人が増えた。
増えたといっても、そのほとんどは応募しようと思えなかった。休日が減ってもその分給料が高くなるなんてことはなく、時給換算すればアルバイトの方がいいんじゃないと思い始める。
俺はただ現実的な給料で、せめて土日祝を休みたいだけなのに。
できれば簡単な仕事で、できれば高い給料で……。
「お兄さん、仕事探してるんだよね?」
急に聞こえてきた声に驚いて振り向くと、ハローワークにという場所には似合わない若く派手な髪色の女性がいた。しかしよくよく見るとスーツと名札があり、職員だとわかる。
「えぇ、まぁ……」
戸惑いながらも返事をする。何回か通っているが、話しかけられたのは初めてだった。
「なにかいいのありました?」
「いえ、なかなか条件に合うものがなくて」
「ふむふむ、『年収300万~』『休日120日以上』『駅から20分』……そのくらいは欲しいですよね~。でもねお兄さん、フィルターのもっといい使い方ありますよ」
「そうなんですか?」
もうアラサーな俺がお兄さんと呼ばれることに少し戸惑いつつ、職員は俺の代わりにマウスを手に取る。
「これはちょっとした裏技なんですけど、フィルターの部分、ドロップダウンリストになってるでしょ?」
ドロップダウンリストは、例えば給料部分を選択すると、『年収300万~』とか『年収400万~』とかあらかじめ設定されている数値を選択してフィルターを掛ける方法だ。
俺もその条件から選択して求人を探していた。
「でも実はこれ、リスト部分を自分で入力できるんですよ」
職員はそう言うと、年収300万~の部分をバックスペースで消して、自分で入力した。
「例えば、年収333万~とか詳細に検索できるんです」
「……なるほど」
たしかに、今まで選択するだけだったけど、これならより詳細な条件で絞り込める。
「あと、ちょっとした裏技もあって。内緒ですけど、特定の条件でしか出ない求人ってあるんですよ」
なんだそのゲームの裏技みたいな、と思ったけど、職員の言う通りに検索欄に条件を打ち込んでみる。
「『月休12日』、『年収440万』、『駅直結』?」
条件が良すぎる。
まさかと思いながらフィルターをかけると、一件の求人が出てきた。
業務内容は軽作業、基本的に立って行う作業らしい。詳しい業務内容は面接にて……場所は俺の家の最寄り駅だ。
ちょっと怪しい求人に少し疑問を持った。
「今決めないと、すぐに次の人に取られちゃいますよ」
その一言に、すぐに応募のボタンを押していた。
そこからは早かった。
面接は応募した3日後に設定され、面接は30分くらい雑談をしただけで内定。労働条件が書かれた紙を渡されよく読みこんだが、良すぎる条件以外特に不自然な点はなく、思うところがあるなら就業場所の見学ができなかったくらいだった。
「よし」
そしてあっという間に初出勤日。気合を入れてスーツと靴を新調して駅へ向かう。
駅構内のstaff onlyと書かれた扉を開け、長い廊下の先が就業場所だった。職業を一言で言うなら駅事務員か……?
この一瞬間で急に明るくなった明日に、うきうきしながらその廊下を進んだ。
「では、ここに入ってください」
「このカプセルですか?」
「はい、ここで消毒、滅菌処理を行って業務に入ってもらいます。この先は高度なクリーンルームとなりますので、必ず入ってからでないと業務ができません」
「わかりました」
「では、よろしくお願いします」
「『三十歳以下』、『独り身』、『生活困窮』と」
ハローワークの一室、職員である彼女がそうパソコンに入力すると、該当する人材がずらっとフィルターされた。
「お疲れ様ー、今月のノルマは?」
声をかけてきた同僚の女性が缶コーヒーを手にパソコンをのぞき込む。
「あと一人」
「早いねぇ、わたしはあと3人」
出てきた該当者をスクロールする。適当にクリックすると、その人のパーソナルな情報がより詳細に出てくる。
「ねぇ、結局なんの仕事してるんだろうね」
「……知らない、知りたくもないな。だってこの条件で、私達には毎月のノルマがあって、紹介したあとのフォローは一切なくていいって言われてるのよ? 私達はあくまで紹介するだけ。選択するのは本人なんだから、その先は関係ない」
「それはわかってんだけどね。でもどう考えても闇深だよね~」
同僚はそうしてコーヒーに口をつけながら席へ戻っていった。
パソコン上、今度は貯金の多さでフィルターをかける。すぐに登録されている人たちが並び替えられ、二束三文しか持っていない人が並ぶ。
大体の項目は指先一つで個人を並べることが出来る。どうやっているのか、知りたくもないけど。
ただ、急にいなくなってもわからない人を探したいときには、
「ほんと便利……」
彼女は一つ呟いて、ノルマ達成のために次の人選を始めた。