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それ以外のホワイトクリスマス

広場にある時計を見上げると、すでに21時を回っていた。

白い息を吐きだして手を温める。手袋をもってこなかったことを後悔した、まさかこんなに待つとは思わなかったから。

いや、これはもう待っているといっていいのか、俺にはわからないけど。

待ち合わせ時刻は18時だった。彼女は会社が終わったらすぐに行くと連絡があったけど、それは2週間前の話で、最近はクリスマスの確認をしてもどこか上の空だった。俺の家に来ることもなんとなく避けられていたし、プレゼントの要望も未だ聞けていない。今日の結末は彼女の中ですでに決まっていたものなのかもしれない。

クリスマスの夜、待ち合わせ場所の定番とあって周りは寄り添って歩く人ばかりだった。俺も何かを間違わなければ、今ごろ少し奮発したレストランで食事をして、鞄の中にあるプレゼントを渡すはずだったのに。


「あの」


考えれば考えるほど後悔が押し寄せる。俺のどこがいけなかっただろうか、彼女にもっとしてあげれることはなかっただろうか、クリスマスの夜にこんな惨めな――


「あ! の!」

「はいっ!」


大きな声に思わず返事をした。目の前にはいつのまにか女性がこちらを不満そうに見ている。


「もう諦めませんか?」

「え、あっ、諦めるって」

「待つのですよ。来ない人を待つのを」


誰とも知らない人のその言葉でも、自分の中に少しだけ残っていた希望が潰えた気がした。


「……そうですよね。もう、諦めますか」

「寒いですし、そこのカフェで一杯どうですか?」


と言うが早いか、彼女は俺のコートを引っ張って歩いていく。

「というか、あなたは?」


「あなたと同じく3時間待ったお仲間ですよ」


  ☆  ☆  ☆


暖かいコーヒーは体に沁みた。熱が喉を通るのがはっきりわかって、鬱な気持ちも少しは和らいだ。

隣でココアを飲む彼女は、俺と同じようにパートナーを待っていたらしい。なかなか来ないし連絡もつかないから、同じように待ち合わせしているようだった、俺がいなくなるまで待とうと考えていたのだが――


「まさかそれから2時間も待つと思わなかった」


恨み節のように言われるが、それは俺のせいではないような気がする。勢いで奢ってしまったけど。


「はぁ、もう最悪のクリスマス。こんなことになるならさっさと暴露しちゃえばよかった」

「暴露って?」

「わたしの彼氏、浮気してるの。そうわかってたんだけど、クリスマスを一人で過ごすのは私の中でどうしても許せなくって、そのままにしてた。まぁ結果がこれだから、馬鹿みたいなんだけど」


ん、と彼女のよこした視線は俺の番だともいいたいようだった。もうどうでもよいか、と俺も今までを思い出す。


「俺の彼女も、きっと浮気してたんだろうなぁ、確証はないけど、最近は家にもなかなか来てくれなくなったし、前はデート代も半々だったけど、いつの間にか奢らされるようになったし、会う時の服装も気が抜けていたし」

「なに、そこまで気づいてたのに浮気を調べなかったの?」

「怖いんだよ。俺は決定的なことが起こるまで気づきたくなかった。……彼女を信じたかったんだ」

それを聞いた彼女は大きなため息をついた。

「信じたい、ねぇ。私は100%彼氏を信じたことなんてないわ。全部信じなければ、こういうことになってもある程度覚悟ができるし……だからかもしれないけど、あなたみたいに気を落ち込むんじゃなくて今は怒りの方が勝ってるわね。今目の前に現れたら間違いなく全力で殴ってるところ」


こわ。

俺の彼女とは違い、かなり攻撃的な性格らしい。まぁ俺もこのくらいずばずば言えた方がいろいろと上手くいったのかもしれないとも思う。


「ね、プレゼント持ってる?」


ふぅ、と握った拳を下ろして、彼女は自分の鞄の中を探し始めた。


「あぁ、彼女に似合うと思った――」

「ストップ! 中身は言わないで。よかったら私のと交換しない?」


彼女の小さなバッグから、丁寧に包装されたプレゼントが出てきた。


「オークションで売るよりは、お互いに建設的だと思わない?」

「……あぁ、そうだな」


俺も鞄の中に大切にしまっていた小さな箱を取り出す。この日のために選んだブレスレットだったが、確かに家に持って帰る気は起きなかった。


「私はこれがサンタさんからのプレゼントだと思えば、そんなに悪い気もしないかな」

「俺もそうかもしれない。一人で家に帰るよりは」


受け取ったプレゼントは大きさの割りに軽かった。そしてさっきまでの気分とは別の、この中身はなんだろうと期待してしまう自分も確かにいた。

クリスマス、世の中幸せな恋人達ばかりがフォーカスされてしまう。だけど俺達みたいな人も必ずいるはずで――そんな人達でもお互い寂しさを共有できれば、少しはマシなクリスマスになる。

俺はそんなことを気づかせてくれた彼女に、まとまらない気持ちをなにか伝えたくなった。


「あの、なんて言えばいいかわからないんだけどさ」

「コウイチ……」


小さな呟きが、彼女の口から洩れる。

彼女の視線は、ガラスの向こう、店の外へと伸びていた。水が出ていない噴水の前で、一組の男女が幸せそうに寄り添っている。そしてその女性の服装はどこかで見たことがあった。


「うっそだろ、あれミユか?」


その言葉は、隣にいた彼女にも聞こえたのだろう。すぐに状況を把握し、コートを羽織る。


「本当のクリスマスプレゼントはこれからみたい」


彼女の拳はすでにしっかりと握られていた。


「ほら、あんたも行くよ。台無しにされたクリスマスの恨みを晴らしてやらなきゃ」


その言葉に、俺は空しいとか悔しいとかそんな気持ちよりも、なんだか楽しくなってきた。俺のクリスマスはすでにめちゃくちゃだ、その原因を作ったミユにも俺の気持ちを分けてやりたかった。


「そうだな、パーティーはこれからだ」


そうして俺と彼女は雪がちらちらと舞う、ホワイトなクリスマスの中にとび出した。


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