わたしはわたし(ホームドラマ)
消えかけた焚き火から、最後の力を振り絞るように火花が跳ねた。火花は地面に落ちるとすぐに消えてしまう。
わたしは近くに落ちていた枝を手に取り、焚き火を突く。白く燃えた木の枝が崩れ、大きな枝は真二つに割れた。手に持った枝を思いっきり投げると、暗闇の中にまぎれてしまう。同じ枝を見つけることはきっと難しいだろう。
なんでこんなところに来てしまったんだろう。暗闇を見ていると飲み込まれてしまいそうだったから、消えかけた火を見つめる。火を見つめていると、今までしてきたことがなんとなく頭の中を駆け巡った。
少し体の弱かった学生時代、病院通いが日課だったわたし。大学生になってやっと体の免疫力が追いついてきたのか、いろいろなことが出来るようになった。それは気分の問題かもしれなかったけど、そんなことはどうでもよくて、なんでも出来ると思えたことはなにより大事だった。
深夜に開いている居酒屋やバーを巡って、お酒を一杯だけ頂く。友達と一緒に、海でナンパされるのを延々と待ってみる。陶芸教室に通って、自分用のカップを作る。就職した後は、日付が変わっても会社に残って、いくつもの企画を上司に提案した。そのどれもが、まるで初めて手にした宝石のように、きらきらと光輝いていた。
なのに、楽しむわたしを外側から見る、もう一人のわたしがずっと心の中には巣食っていた。気づかないフリをしていたけれど、わたしはいつでも、必ずわたしの中にいた。わたしは、輝くわたしには何も言わない。ただわたしを見るだけ、じっと、憐れむような目で――
その視線に我慢できなくなった時、いつのまにか山の中にいた。ここまでどうやって来たかは覚えていない。興味が合って始めたけど、結局体に合わなかったタバコの箱に入ったライターで付けた火を、朽ちかけた小屋の前で囲んでいた。
折れてしまったヒールを、先程の枝と同じように暗闇の中に投げ込む。買った時はとても綺羅びやかだった赤のヒールは、暗闇の中にあっという間に飲み込まれる。その暗闇は、きっと輝いていたわたしも簡単に飲み込むことができるだろう。
いや、もしかしたら、すでに飲み込まれた後なのかもしれない。ここにいるのは、学生の時と同じ、病弱なわたしだ。したいことを、十分に出来なかったわたし。結局やってみても、身につかなかったわたし。
別に涙は出てこなかった、だってそれがわたしだって、最初から分かっていたから。だから、全然不満なんてない。全部わたしで、わたしのせいで。
体育座りのまま、腕に顔を押し付ける。
オレンジ色の光が一筋指していた。いつの間にか眠っていたらしい、固まって痺れる体をゆっくりと動かす。首を動かしていたら、思わぬ光景が目に入った。
「……はぁ」
そりゃため息だって出る。だってそこは、わたしの実家のすぐ裏だったから。
わたしの実家は山奥の田舎で、信号は一本もないし、街灯だって数えるほどしかない。コンビニエンスストアなんてもっての他だ。こんな田舎が嫌で、わたしは近くの私大ではなく、もっと栄えた都会にある大学に入学したんだ。
朽ちた小屋だと思っていたものは、父が日曜大工で建てた山小屋だった。中にはもう使わないけど、捨てられないものがたくさん入っているはずだ。小さい頃、ここに物を運ぶ際は、父とわたしの役目だった。なんの役にも立たないわたしを、父は無理やり連れて行って、帰りは必ずおんぶされて戻ってくる。そこから見た景色はよく覚えていて、それは今でも少しも変わっていない。
立ち上がって、汚れてしまったスーツの汚れを申し訳程度に払う。陽はまだ出たばかりのようだったけど、光はわたしに道を作るように差し込んでいた。
そういえば、いろいろやったけど、走ることはしてなかったな。
そう思うのが早いか、わたしの足は進み始めていた。一歩踏み出して、足の指先に痛みが走る。明らかに走ることに適していない靴だ。だけど、わたしはもう片方の足を出す。
わたしは、昔からわたしで、それは絶対に変わらない事実だ。……でも、だから、わたしが思ったことを信じて進もう。それが、無駄だったとしても。
視界の端に、鮮やかな赤が見えた。だけど、わたしは足を進める。