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タイヤキと協調性(ジャンル:ホームドラマ)

タイヤキはアンコ派。薄皮が好みです。

「あんたって変わってるよねぇ」


 白い皿に載っている苺のタルトの鮮やかな赤にウキウキした気分で席につくと、先に会計を終えていたサトミは開口一番にそう言った。人気の洋菓子店のテラス席で、ケーキを目の前にそんなことを言われると思っていなかった私は、その意味を考えながらとりあえず席に着く。紅茶のシュガーを取り忘れたことは後回し、私は友人の失礼な一言に抵抗することにした。


「いきなりなに? 忘れっぽい性格だとは言われるけど、変とは初めて言われたなぁ」


 サトミは私のケーキの乗ったトレイを見て、肩を竦めた。そして二本取っていたシュガーのうち1本を譲ってくれる。


「そういうことじゃなくてさ。クミコ、私をこの店に誘ってくれた時のセリフ覚えてる?」


 サトミは和栗のモンブランを小さく切って口に入れた。ほのかに口角が上がるのが確認できたので、どうやら彼女のお気に召したらしい。


「えっと……へーい彼女、栗のフェアがやってるから一緒にお茶しない? だっけ」

「まぁ、だいたいそんなところね」


 ちょっといろいろ付け足したけど、サトミは特に突っ込んではくれなかった。


「栗のフェアがやってるって言って誘っておいて、クミコが選んだのはイチゴタルトでしょ? こういう時は普通フェアのケーキを頼むもんじゃないの?」


 サトミの話を聞き流しながら、真っ赤に光るイチゴを口の中に入れる。少しすっぱめの甘味が口の中に広がり、思わず笑みがこぼれた。


「あんたのその顔見てると、なんかどうでもよくなってくるわ」

「イチゴのタルトだって美味しいでしょ。たまたまこれが食べたくなっただけだよ」

「まぁ、そうね。そういう時もあると思う。私も今日はミルク入れてみようかなって思ったのと同じ」


 コーヒーのカップに、白い渦が溶け込んでいく。そこにシュガーを一本入れてからサトミはコーヒーに口をつけた。いつもブラックを嗜む彼女にとっては確かに珍しい。


「まぁこれはちょっとした助言として受け取ってほしいんだけど、クミコが誘われた側だったら、今日みたいなことはしない方がいいよ」

「そう? 私はサトミが何を選んだって気にしないけど」

「気にする人だっているってこと」


 例えば、とサトミはフォークをモンブランに指す。中に入っている生クリームがちらりと見えた。


「私がクミコにさ、学食でラーメンフェアやってるから。食べに行こうって誘ったらどう?」

「どんなラーメンかなーって思う」

「でしょ。ラーメン食べるって思うもんでしょ。でもそこで私がオムライスを頼むわけ。クミコはラーメン頼んでるのにね」

「オムライスも美味しいよね」


 素直に感想をそう述べると、サトミはあからさまなため息をついた。


「いや、私はクミコのそういうところ好きだよ。楽だし気にしなくていいし。でもね、私が言いたいのはもう少し協調性を気にしたらってこと」

「協調性」


 学食のふわふわオムライスの想像を振り切って、私はそう返す。


「そう、そうやって誘ってくる人っていうのは、同じものを食べて同じ感想を言い合いたいもんなの。友達はもちろん、男だってそう。特に初対面では同じようなものを頼むのがベストよ」


 そう説明するサトミに、ほう、と私はなんとなく気づいた。それは決してサトミの言う協調性のことではなく、サトミが彼氏を途切れさせないための一つの方法なのではないかと。


「ところで、少しだけもらっていい?」


 有無を聞く前に、サトミのフォークは私のタルトに狙いを定めていた。その代わりに、モンブランが半分乗ったお皿が差し出される。


「ん、これも美味しい」

「でしょー?」


 私が思わずそう言うと、サトミはフォークをビシッと私に向ける。


「つまり、今みたいな事よ」


※  ※  ※


 サトミはまだ授業があると言って、大学へ戻っていった。


 私は先ほど言われたことをなんとなく考えながら、ふらふらと高いビルの合間を進む。思い返してみれば、サトミの言ったようなことは何回かあったかもしれない。

 焼き立てのピサが話題のお店に食事に行った時に、パスタを頼んだり(その時は他の全員がピザを頼んでいたので、ピザだけじゃあな、とシェアするために気を使った)、家族で外食する時も、家族全員が中華が食べたいと言っていたのに私だけ洋食を希望したこともある(もちろん中華もとても美味しかったけど)。


 だけど、私はそんなに協調性がないのだろうか。


 サトミにラーメンフェアがあると言って誘われれば、私はラーメンを食べると思う。それに、協調性という面では少し違うけど友人に誘われて履修した授業は、あんまり興味はなかったけど毎週欠かさずに出席している。

 そんな自分の中の協調性を吟味して、そんなサトミが言うほどじゃないのでは? と自分の中で結果を出す。サトミが言いたかったのは、やっぱり恋愛指南的なものかもしれない。確かにサトミから比べれば私は格段に男っ気がない。


 ふらふらとしているうちに駅までたどり着いていたようだ。帰ってもいいけど、まだ家に母親がいる時間だ。鉢合わせてしまってはなにか頼まれるかもしれないから、パートに出るまで時間を潰したいけど……。

 私が電車の電光掲示板とにらめっこしていると、すぐ後ろを人が通った。ほんの少し体をかすめたようで、その方向を見ると、灰色のスーツを着たサラリーマンがいそいそと改札へ走っていた。どうやらあと数分で来る電車に乗りたいらしい。確かに次の電車は20分ほど時間が空いている。

 20分も待てないとは、社会人というものは大変なことで。と、数年も経たないうちに私もそうなるかもしれない事を棚上げし、本屋でも行こうとその光景から目を離すと、足元に財布が落ちていることに気づいた。

 その黒い長財布は結構使い込まれているように見えた。端は白く擦れてしまっているし、表面も傷だらけだ。財布を拾い、もしやと思って改札へ目を向けると、先ほどのサラリーマンはまだ改札を抜けていない。そして分かりやすくポケットやカバンの中を探している。

私はその慌てようがコミカルにみえて少し笑ってしまいそうになったが、我慢して話しかける。


「あのー、これ落としました?」

「あぁ! そうです! 私のです! よかったぁー」


 まるで小躍りでもするのかと思うほど、そのサラリーマンは喜んでくれた。思ったより若く見える、私より少しだけ年上くらいだろう。

 彼は喜んだと思ったらハッと電光掲示板を見上げる。どうやら目的の電車は行ってしまったらしい。


「あぁー……ありがとうございます」

「い、いえ、どういたしまして」


 語尾につれて下がっていくお礼に、そんな残念そうに言われてもと思ったが、役目は終えたので私もその場を去ることにした。


「あのー、私もあんまり時間ないですが、お礼をさせていただいていいですか? あそことかになりますけど」


 時間がないのは見ただけでわかっていたが、お礼をしてくれるとは予想外だった。サラリーマンが指さしたのは、改札からすぐのタイヤキ屋さんだ。


「あそこの餡子が有名でですね。私もよく頂いてるんですよ。……よろしければですけど」


 お礼にお食事でも、と言われるより私はその弱気そうな発言に好感を持った。私も少し時間があるし、ご馳走になることにする。


「じゃあ、頂きます」


 そうしてにこやかに、サラリーマンに笑いかけた。サラリーマンも安心したのか(何にかはわからないが)タイヤキ屋の前まで先を進んでくれる。

 店前にはメニューがいくつも並んであった。オーソドックスな餡子からクリーム、パンプキンにずんだ、変り種であればハムチーズにピザなど、さながらコンビニのお饅頭のようなラインナップだ。

 なににしようかなーと思った矢先、どこからか先ほどの声が響いてくる。


 少し協調性を気にしたら――


 そんなサトミの言葉に、私はメニューが上手く頭の中に入ってこなくなってしまった。

 そういえば、この灰色のサラリーマンは先ほど餡子が有名と言っていた。でもメニューがこんなにあるなんて知らなかったから、どれもこれもおいしそうに見える。普通の餡子なんていつでも食べれるから、餡子以外が気になるところだけど、有名と言われればあんこも食べてもみたいし。でも協調性、協調性だ。……と思ったけど、私がここで協調性を発揮することでこのサラリーマンは嬉しく思うのだろうか。財布が見つかった時点で十分嬉しそうだったしなぁ……。


「お客さん、なんにすんの?」


 いつのまにか私の順が来ていたようで、仏頂面のおばさんが目の前にいた。


「えっ? あっ、じゃあ白玉ミルククリームで……」


 私は思わず、期間限定! とでかでか書かれたメニューを頼んでしまう。


「おー、期間限定ですか。じゃあ私もそれを一つ」


 タイヤキはすぐに出てきた、薄い紙に入っていて、渡されるとほんのりした温かみが指に伝わる。


「こんなお礼しかできなくて、本当にすいません」


 店先でサラリーマンは人前でも気にせず頭を下げていた。いいですよ、と言いながら私は手にあるタイヤキの方が気になって仕方なかった。先ほどの正解は果たしてどう答えれば正解だったのか、サトミならどうしただろうか。

 いつまでもタイヤキと見つめ合ってても仕方ないので、一度その問題を保留にして、私はタイヤキの頭からパクリと一口頂いた。


「ん、美味しー!」


 その白玉ミルククリーム入りのタイヤキは、今まで考えていたことを全部吹き飛ばすくらいの美味しさだった。カスタードクリームよりしつこくなく、かつほんのりミルク風味のクリームが程よい甘さで、熱で柔らかくなった白玉は舌の上でとろけるような触感だった。


「あー、いいですねぇ。これは美味しい。餡子ばっかり食べてましたけど、今まで損したような気分です。いろいろ試してみるものですねー」


 隣ではサラリーマンももぐもぐと口を動かしていて、電車が来るまでの時間、二人でタイヤキ談義をしていた。

 そしてサラリーマンに何回目かのお礼を言われ、改札に向かう後ろ姿を見送っているうちに、私はサトミの言われたことなんてどうでもいいかと思っていた。別に頼みたいものを頼めばいい。今日みたいにそのおかげで、新しいものに出会えたり、発見があったりするんだから、それで協調性云々言われる筋合いはないのだ。


 軽く鼻歌を歌いながら、私はもう少し駅ビルを散策することにした。




 その次の日、私は昨日の発見について、自慢げにサトミに話した。するとサトミは、

「それはただそのサラリーマンに協調性があっただけでしょ」

 と呆れ顔で言われて、私はぐぅの音も出なかった。

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