神(見習い)のお仕事
私は地球の神(見習い)になった。
めでたく28歳会社員から神(見習い)にジョブチェンジを果たした私は、それでも副業として会社員を仕方なーく続けていた。
膨大なメールに返答し、上司の無茶ぶりをなんとかいなし、言うことを聞かない新人を叱らないように注意しながら毎日を終える生活。
そんな今日も、家に着いたのはぎりぎり金曜日という形を保っている時刻だった。
化粧も落とさずにベッドへ倒れこむ。着替えないと、とりあえずシャワーに、いや一番はビールかとかまとまらない思考をぐるぐるとしながら、最優先にチェックしなければならないことを済ますことにする。
指で宙をなぞると空中にスクリーンが浮かび上がる。ぼんやりとした青い光は、電気をつけてない部屋を青く照らした。
メインの画面には丸い地球がまるで模型のように浮かんでいて、いくつかの小さな数値がリアルタイムで変わっていく。
地球の中心『地核』、地球の外皮『地殻』の状態、マントルの流れ込みのスピード。海の温度や潮の流れ、北極南極の氷の総量。大気の状態、オゾン層の厚みなどなど、地球を俯瞰した映像がそこに浮かんでいた。
ざっと流し見して特に異常がないことだけを確認すると、次は自分がいる場所をピックアップする。その真下にあるマントルを少しだけ動かすと、部屋のどこかがミシッと鳴り、横たわっているベッドがぐらぐらと揺れ出した。
震度3程度の地震、これくらいなら日本人の日常はほとんど変わらない。車に乗っていれば気づかない人だって多いだろう。
自分がいる地域のエネルギーを適度に放出し、数値が下がったことを確認してスクリーンを消す。
時刻はすでに12時を回っていた。貴重な休日が始まったことを心の中で祝杯を挙げながら、私は夢の中へと落ちていった。
★ ★ ★
神(見習い)になった、というとまるで全知全能のようなイメージだけど、全然そんなことはなくて、実際になってみて感じたのは『地球の管理人』だった。
夢の中で前神から神託? があり、事細かな説明を一方的にされた。前神にも寿命がきたから、生きている人間から適正のあるものをピックアップし、先に神の力にある程度慣らす必要があるらしい。
神にも寿命があるんだ、とか私に神の適正が、とか思ったことはたくさんあったけど、初めてあった神様は話すだけで、私はそれを聞くだけだった。
肝心の仕事、私にはそれが地球のガス抜きと把握した。
地球はなにもしないとエネルギーを蓄える傾向にあるらしい。それは熱とか光とか運動エネルギーとかまぁいろいろあって、適度に放出してあげる必要がある。
地球の許容量をオーバーすれば勝手にエネルギーを放出されるけど、限界まで貯めてから放出するのは地球のダメージを大きく、それを何度も繰り返すとやがてが自壊してしまう。
それを防ぐためにこまめに地球の状態を確認し、限界を超える前に少しずつ放出してあげる。それが神(見習い)の仕事だった。
そしてどうやら管理するのは北半球だけでいいらしい……。自分が住んでるから?
夢の中で説明されたからもちろん最初は夢かと思ったが、起きたら操作スクリーンが宙に浮かんでいるものだから驚いた。最初はどうやっても目の前から消えなくて、突っ込み前提でそのまま出社したけど、私以外にはスクリーンが見えていないみたいで、普通に仕事をして一日を終えた。(よくよく見たらスクリーンの端っこに消す表示があった)
この仕事に特に報酬なんてものはない。強いて言うならば、百歳まで確実に生きれること(それが神様になる一つの条件らしい)と旅行をするときに天候を操れるくらいだ。
もちろん給料も有給もないから、神(見習い)になってもおなかは空くしお金は無くなる。もしもなんでも願いが叶うなら~なんてありがちな妄想だけど、いざ神(見習い)になっても現実がこんなに世知辛いなんて思いもしなかった。
★ ★ ★
起きたら時計の針が12を指していて、すでに午前中が終わっていた。
着ていた服を脱いで、洗濯機を回してからシャワーを済まし、食パンにチーズを乗せて焼いただけのお昼ごはんを食べながらスクリーンを呼び出す。
平日は副業(会社)が忙しくて簡単なチェックしかできないから、土曜日はしっかり確認することにしていた。ロシア、カナダ、アメリカのような面積が大きい国から、イタリア、フランスなどのヨーロッパまで大気の状態を確認する。特にアメリカ側は大気のエネルギーが溜まりやすく、油断しているとすぐに規模の大きいハリケーンになってしまう。
まだ3年くらいしか神様業務をしていないが、だんだんと各大陸の状況がわかってくる。雨が降りやすい場所、地震が起きやすい場所、海の影響が出やすい場所など……適した調整がある。それを気づいてからはちょっと楽しく操作をしていた。
一番最後に、日本の南にあった大気をくるくると小さくまとめる。明日には台風発生のニュースが報じられるだろう。そのまま放っておくこともできるけど、そうすると強い災害になる可能性がある。
台風も地球にとってはそんなに問題ない、けれど住む人にとっては大災害だ。あまり大きくならないうちに細かく分けておくことで、それを防ぐことができる。
その後も貯まったエネルギーを放出する作業を続けた。
温くなったコーヒーに口をつけると、すでに15時を回っている。あぁ、これで本当に無報酬とはなんとも悲しい……。
「せめて夜ご飯だけでも外に食べにいくかな」
ぱぱっと簡単な化粧をして、部屋に落ちている服を着て出かける。外とはいっても行くのは近くの居酒屋だ。呑んで帰ったら今日は終わりだろう。
まったく休んだ気のしない土曜日だと思いながら、サンダルを履いて家を出た。
★ ★ ★
次の日、ネットニュースで南アメリカ大陸、チリやアルゼンチンの下半分が大規模な地震によって水没したことを知った。
度が過ぎるニュースにまさかと思ったが、テレビでも同じニュースが報じられ、これによる二次被害の可能性をテレビでは報じていた。
すぐさまスクリーンをひらくと、北半球にも少し影響が出ていた。地盤が変化した分、引っ張られたり縮んだりした部分の力を軽く逃がしておいて、その後画面の端にあった使っていなかった機能を引っ張り出す。
『何やってんの⁉ チリとアルゼンチン半分なくなったよ⁉』
それは、もう一人の神に向けたメッセージだ。特に知らされてはなかったが、私が北半球を担当する神(見習い)ということは、きっと南半球を担当している神(見習い)がいるはず。
返信はすぐに来た。
『間違った。こんなことになると思わなかった』
返信はいわゆる見たことがない言語、いわゆる神語だったが、神同士なら理解が出来る。
『それで何万人も死んでんだからね。もっとちゃんと仕事しなさいよ!』
『どうやるかわからない。教えて』
「わからないって……」
確信した、こいつは神としての仕事を一切していない。
『とりあえず、他の場所でやばそうなところはない?』
『どういうところが危ない?』
と聞かれても北半球はわかるが南半球はまったくわからない。仕方なく火山、地震、大気の状態を示す数値を参考程度に送る。
『三か所危ないかも』
「三か所か……」
思わず口に出た呟き。場所の詳細も規模も、どんなことが起きるかわからない。ただ短い神様経験の中で私に分かるのは、それ以上溜め込んでしまうとさらに規模が大きい災害になってしまうことだった。
悩んで悩んで、でも方法は一つしかない。
『全部解放して』
地球を楽にするため、でも人にとっては災害の始まりかもしれないスイッチを、私は知らない神の代わりに押した。
★ ★ ★
空港を出ると、熱帯の空気が体にまとまりついた。
やっと会社が閑散期……普段よりちょっとマシな時期になってから、貯まっていた有給を使って一週間休みを取った。上司にめちゃくちゃ嫌みを言われたから上司の分だけお土産を買わないことだけは決定していた。
到着したのはアフリカ大陸、普段なら旅行の選択肢になんて上がらない小さな国だ。
空港を乗り継いでの弾丸旅行、距離と移動手段の関係で日程はぎりぎりだ。小さな空港の外を見回すと、目的の人物はすぐにわかった。
そして、南半球がよく管理されなかった理由も。
『着いたよ』
スクリーンからそうメッセージを送るとその子は辺りを見回した。
視線がぶつかると、怯えた様子を見せながらもこちらへ向かってくる。
『あなたが神様?』
『あんたもね』
短いメッセージ。私たちに言葉はいらない、まぁ話されても分からないんだけど。
『時間がないから、今日からみっちり神様研修をするよ』
まるで私が神様みたいなセリフだが、それが目的で来たんだから仕方ない。
私は新人研修の時のことを思い出しながら、目の前の小さな子供を前に、どう教えていくかを思案していた。