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三題噺:黒猫 ハンカチ ハッカのど飴 (ジャンル:ホームドラマ)

 少年は困っていた。

 目の前でグネグネと寝返りを打つ飼い猫は少年の困りごとなど少しも察していないようだったが、少年にとっては深刻な問題だった。

 発端は夕方見ていたテレビ番組だ。猫の特集をしていて、猫好きの少年は熱中していたゲームをほったらかしてテレビにくぎ付けになった。テレビの中では小さく可愛い猫や、毎朝新聞を取りにいく猫などが紹介されていて、僕の猫もなにか特技があればな、となんとなく思っていた。

 そんな中、テレビに出ていた知らないアイドルはこんな発言をした。

『黒猫が横切ると不幸が訪れるってよく言うじゃないですかー』

 アイドルはなんの悪気もなく、ただ話題の種としてそう言ったのだろう。実際テレビの中ではアイドルに少しの不幸が降りかかり、それを笑い話として済ませていた。しかし、少年には笑い話で済まされない。

 寝返りが終わり、体勢が落ち着つかせた猫を恐る恐る見る。それは見事に真黒な猫だ。黒じゃない場所と言ったら尻尾の先だけ白くなっている部分と、金色に光る目くらいしかない。

 少年がじっと見ていると、猫もその視線に気づいたようだ。ゆっくりと体を起こし、少年の方に寄ってくる。いつもなら少年は膝の上に乗せ、喉をごろごろと言わせてやるところだが、今日はそう素直に膝に座らせるわけにもいかない。なにせ不幸が振りかかるかもしれないから。

 さっと立ち上がり、夜ご飯を作っている母の元へ隠れる。母は特に気にせずキャベツを刻んでいた。母の後ろから黒猫を観察していると、黒猫は少し当てが外れたように少年を見たが、すぐに興味を無くし居間から出て行った。少年は安堵の息を吐く。


「どうしたの?」

「……なんでもない」


 母はそう問いかけるが、少年は理由を口にしなかった。その代わり、少年はある事を閃いて、母の後ろから出て行った。

 黒猫は廊下の端で寝ていた。そこは姉の部屋の扉の前で、黒猫が好んで寝ている場所だった。姉からはいつも踏んづけそうになるから不評であるが、黒猫にはそんなの関係ない。

 少年は白いハンカチを握りしめ、そっと黒猫に迫った。黒猫は少年の気配を察知し少しだけ金色の目を開けるが、その姿を確認するとすぐに瞼を落とす。

 少年は気づかれていないと思い、そっと黒猫に近づくと手に持っていたハンカチを黒猫の体に掛けた。幸い、眠さが勝っていた黒猫は身動きせずにそのハンカチを受け入れる。

少年は猫が動かないことを確認し、じっとそのハンカチの様子を観察する。


「あんた何してんの?」


 少年が顔を上げると、眠そうに目を擦っていた姉がいた。どうやら夜ご飯まで寝ていたらしい。

「白猫になってもらうの」

 少年はそう言ったが、寝ぼけている姉には理解されなかったようだ。少年は姉に不幸が移ってはいけないと思い、テレビでの話を話す。


「それでそのハンカチにはどんな意味が?」

「これに黒を移すの。お母さんがこないだ洗濯物してる時に移ったっていってたから」


 それは母にとって白いシャツと色モノの服を一緒に洗った時に起こった小さな悲劇だったが、少年は白には色が移る、と言う内容だけ切り取って記憶していた。姉もそのことはなんとなく理解できたが、真剣に猫を見ている少年をいちいち正したりはしない。


「んー……とりあえず不幸か試してみる?」


 姉が差し出してきたのは缶だった。パッケージには宝石のような色とりどりの飴が描かれている。

 少年が反射的に手を出すと、姉は缶を振る。がしゃがしゃという音と一緒に少年の手に落ちたのは白い飴だった。少年は黒猫の事なんて忘れたように、すぐにそれを口に含む。


「っん~!」

「あは、本当に不幸に当たったみたいだね」


 それは少年の想像した甘い味とは全く違うものだった。口の中がスースーして冷たくなり、思わず手の中に吐き出した。


「あと一粒しかなかったハッカを引き当てるとは……本当に不幸になるのかも」


 姉は少年の手の中に吐き出された飴をティッシュでくるんでゴミ箱に捨てる。少年は黒猫を恨めしそうに睨んだ。ハンカチを捲るもそこには少しも黒が移っていない。

 姉がそうしたのが悪いのか、それとも少年の運の悪さかわからないけど、でもその怒りは黒猫に向けられていた。黒猫もなんとなく少年の恨めしそうな視線に気づいたのか、少し不機嫌そうに一鳴きして居間に戻っていった。


「二人ともー、御飯よー」

「はーい」


 少年は真っ白のままのハンカチを握りしめて、居間へと戻った。


◇  ◇  ◇


 その夜、少年は夢を見た。

 それは黒猫が少年の願った通り、白猫になる夢だ。白猫は不幸を運ばない、幸運を運んでくれる。夢の中で少年はとっても幸せだった。でも手の中にあるその猫はいつのまにか白いハンカチの塊となって手からはらはらとこぼれ落ちた。それは確かに白猫だったけど、少年の飼っている猫ではなかった。黒猫は不幸、でも少年が生まれた時から一緒に飼われ始めたその黒猫はいつだって少年と一緒にいたはずで、それは少年にとっては決して不幸などでは無かった。

 少年が目を覚ますと、すぐ隣では黒猫が丸くなって寝ていた。いつもは母のベットで寝ることが多くて、そんな夢を見たと思ったら隣にいたから少年は少しだけ驚いた。

 少年がその猫をゆっくりと撫でる。耳をぴくぴくと動かすその猫を撫でているうちは、少なくとも少年の中に不幸のかけらも無かった。

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