「泥猫」の話 1
俺の名前はない。
物心ついたころには親と呼べる奴はいなかった。
まわりには同じような境遇のやつらしかいなかった。
周りからは「泥猫」と呼ばれているがそれが名前ではないこと知っている。
この町では「住民」として登録されないと「名前」が貰えないらしいが、「名前」がなくても特に困ることは無い。
親代わりのやつもいた。
そいつは俺と似たような境遇のガキを拾って育てていたらしい。
そいつにも名前はなかったらしいが、みんな「先生」と呼んで慕っていた。
「先生」は俺らに食料の他に言葉や知識を教えてくれたが、去年の魔物の大氾濫で死んだ。
その時に周りにいたみんなも散り散りに逃げた。
一緒に逃げれたのは妹分の「泥犬」だけだったが、街は広いしみんなどこかでやり過ごしたんだと思う。
大氾濫のあとは「泥犬」と一緒にあばら家に住み着くことにした。
あばら家の住人はもともといなかったのか大氾濫でいなくなったのか帰ってくる気配はない。
妹分や弟分の面倒は兄貴分が見るのが務めだと「先生」に教えられた。
散り散りになったみんながどうなったかはわからないけど、せめてこの妹分だけでも面倒を見るのが兄貴分としての務めなんだとこれまでやってきた。
今日も市場へ食料を獲りに行く。
捕まればひどい目に合うけど、妹分の面倒を見るためにも必ず食料を獲って帰らないといけないし、なにより「泥猫」である俺がそう簡単には捕まったりすることもない。
今日はどこから食料を獲りに行こうかな・・・。