水わたり
山のバイトって、何だよ〜〜‼︎
完全に騙された〜。
絞め殺しのツタを、引っ張ってくるだけなのだが。
重いし長いし、切られてるくせに、そこらの木や土に、引っ掛かるのだ。
切り口からは、水が出る。
山は、霧も出るし、小雨も降る。
すぐに、手の皮が、剥けた。
『昼メシだぁ。こっち来〜い。』
やったーー。
ツタをぶん投げて、声の方に走る。
あれ?
誰もいない…。
ツタの元にスゴスゴ戻った。
「あらら、山小僧に、騙されたか。
普通引っ掛かるのは、童だべ。」
「にいちゃんは、まだまだ山じゃ、こまい童なんだべさ。」
山のオヤジさん達に、笑われるというより、苦笑いの中、なんとなく慰められていた。
前払いの良さに、浮かれて、やって来た山のバイトだったが、振り込まれたギャラを使うところもなく、一週間が過ぎた。
時々、オヤジさん達の言う【山小僧】ってのに、騙されが、まあまあ、慣れた。
俺が珍しいのか、からかって来るのだ。
知ってるやつの声真似をして来る時もあり、ついつい応えてしまう。
怖いと言う気持ちは最初からなく、知り合いにからかわれたぐらいの感じで、今日はいなかったな〜と、思う日もあった。
ツタは、切られても切られても、倍々に増殖しているようだったが、2週間後、俺の担当地区は、サッパリとした。
樹々の間に木漏れ日が落ち、枝を渡る野鳥が、目に止まるようになった。
下草も柔らかく、何かの花が咲き、風が奥の山の匂いを運んだ。
「聞いて良いですか。」
夕飯時に、ご飯と宿泊でお世話になっている柏田のオッチャンに聞いた。
「なんで、ツタの根っこ、掘ってしまわないんですか。あそこから、新芽が、出てましたよ。」
オッチャンは、茶碗酒を揺らして笑った。
「にいちゃん、都会の子だわ。
他所は知らん。この中峰地区では、昔から、絞め殺しのツタの根っこ切った奴は、絞め殺されるって、言い伝えがあんだべ。
馬鹿が、根っこ掘り起こすと、なんかかんかに巻きつかれて、死ぬっつう話だべ。」
「本当すか。」
真顔でじっと俺を見ていた、オッチャンが、酒をこぼしながら、豪快に笑い飛ばした。
「都会のにいちゃんが、田舎の迷信ば、信じっかや。」
オッチャンが、酒を注いでくれた。
「でも、山小僧、居ますし。」
「暇な奴に、からかわれてるだけだべ〜。」
俺の不安は相手にされず、酒の肴に、されただけだった。
2ヶ月のバイトが、終わった。
山仕事のオヤジさん達と、柏田のオッチャン、オバチャンに、見送られ、村を後にした。
楽しかった。
仕事は辛かったし、きつかったが、手応えがある。
あの山を綺麗にしたのは、俺たちだぞ、と、言える仕事だ。
使い道のなかった村なので、ギャラは、丸々手付かずだし。
『三年後に、又来るだよ、お前。』
あの声だ。
モノマネしてない、山小僧の声だ。
バスは、最寄りのJRの駅についた。
降りるしかないのだか、後ろ髪が、引かれる。
三年後、自衛隊に入った俺は、災害地に派遣されていた。
豪雨と地震が山間部を襲ったのだ。
集中豪雨は、猛威をふるい、山を削り、下の民家を押し流し、地形も川の形も変えてしまっていた。
俺の部隊は、土砂に埋まって、寸断された道の復旧だった。
大小のブルトーザーを駆使して、道は通った。
あの道だ。
上の村に、道が開通した事と、水、食料を届けるため、トラックが、走った。
俺も乗ってる。
カーブを幾つか曲がると、景色が一変した。
泥水や岩や土に、真っ黒くなっていた山々が、緑に輝く。
風が気持ちの良い、静かな山村が、現れたのだ。
知り合いのオヤジさん達も柏田のオッチャン、オバチャンも無事だし、ニコニコしている。
俺の事を褒めてくれた。
いらんと言う食料を押し付けて、帰る事になり、部隊の隊長も、首を傾げていたが、災害がなかったのだから、と、無理無理、納得して、帰路についた。
水は、不味いと返されていたが。
村が見えなくなると、俺はウトウトして、半分眠っていた。
そんな中、山小僧の声がした。
『お前に、見せてやるべ。』
それは、村の山々に降る大雨だった。
やっぱり、ここも降ったんだ。
すると、絞め殺しのツタが、木から離れて、一斉に天を向いた。
地面に落ちる前の水を、ツタからツタへと、渡らせていく。
水の塊が、龍のように虹のように連なり、山を越え出す。
雨の降ってない場所に来ると、水は、その殻を破り、ザーッと、山肌に降り注ぐ。
そして、豪雨が去ると、山々は、緑に、光始めた。
『水わたりだべ。』
呆気にとられている間に、被災地に着いた。
ここは、水わたりが、なかった場所だ。
俺たちは、川を直し、道を作る。
あの山村へは、これが終わったら、行こう、旨い酒を持って。
今は、ここまで。