お伽的乙女ゲームの世界でグレーテルやってます!!
【あらすじ】
様々なおとぎ話が混在する世界が舞台の乙女ゲームの登場人物、『ヘンゼルとグレーテル』のグレーテルに転生しました。今日も私は兄さんの目を盗んで外へ出ようと思います。
乙女ゲームといっても、今は色々な種類がある。
王道の学園ものや貴族、騎士などが登場するものの他にも、妖怪、ミステリー、超能力、神様、歴史、アイドル、義兄弟 etc.
全国の乙女を飽きさせないように多種多様なジャンルがあり、日々進化している。
その中でも私がハマったのがこれ。『お伽の森のファンタジア』
どんなものかをざっくり説明すると、色んなおとぎ話のキャラクターたちが混在して生活している森にやって来た異世界人のヒロインが、攻略キャラとなる男性たちと愛を育む話。
私が思うこのゲームの最大の魅力は、通常なら絶対見れないおとぎ話のキャラクターたちの絡みが見れること。
例えば 白雪姫、シンデレラ、人魚姫の誰が一番美しいか論争や、三匹の子ぶたと七匹の子やぎによる狼撃退対策会議など。攻略対象者はもちろん、脇役にもそういうのが充実していてとても面白かった。
そんなメルヘン乙女ゲーム世界の住人『ヘンゼルとグレーテル』のグレーテルに転生しました。
前世の記憶が蘇ったのは十年前、兄さんと湖近くにピクニックに来ていた時のこと。テンションが上がってはしゃぎすぎた私は、足を滑らせそのまま湖へドボン。その瞬間に思い出した、ここが前世で好きだったゲームの世界だということに。
ゲームでのグレーテルは所謂ブラコンで、攻略対象者である兄のヘンゼルに近付くヒロインをヘンゼルの背後から常に威嚇してるような子だった。
それ以外に特にセリフも無く、設定も詳しく決まってなかったからか、前世ではよく"ヘンゼルの背後霊"って呼ばれてた。
でも、せっかくこんな素敵な世界に生まれ変われたのに背後霊なんてあんまりだ、つまらない。私だってもっと色んなキャラクターと交流したい!!
ということでこの十年間、私は兄さんの目を盗んではよく一人で外に出掛けている。
「……これでよし!」
今日は過保護な兄さんが珍しく外出している。
「勝手に一人で外に出てはいけないよ?」って言われても、もう私だって子供じゃないんだから、じっとしているわけがない。玄関に置き手紙を残して家を飛び出した。
不思議な形の雲、お菓子のなる木、辺りを飛び回る見たこともない変な生き物。
家を一歩出れば、ファンタジーな世界が無限に広がっている。お留守番をしているほうが無理でしょう?
あぁ、どうしよう。やりたいことは山ほどある、でもあまり家から離れると兄さんに外へ出たことがバレてしまう。あー!こうやって悩んでる時間も無駄だ!!まずは何から始めようかな?
「グレーテル!!」
家の前でうだうだと悩んでいると、私を呼ぶ声が聞こえた。この声は……
私は足元を見回し、その姿をみつけた瞬間に思わず破顔した。
「王子様っ!」
呼ぶと、ジャンプして地面から私の肩に乗ってきた。相変わらず凄いジャンプ力。
「久しぶりだねグレーテル、会いたかったよ」
「私もだよ王子様」
再会のハグ……は出来ないから、代わりに額と額を合わせて会えた喜びを分かちあう。
なかなか自由に外に出れない私にとって、王子様は親友とも呼べる唯一の存在。この世界にいるってことは、王子様も何らかのキャラクターなんだけど
……お気づきだろうか?実はこの王子様、『カエルの王子様』の主人公。つまり、今はカエルの姿に変えられてしまった、とある国の正統な王子様。でもちゃんと人間の言葉を話せるし、王子様というだけあってとっても優しい。人間になったら絶対イケメンだと思う。
「ヘンゼルが外出を…許してくれるわけないか」
「うん……このことは絶対兄さんに言わないでね!?」
「もちろん!さぁ、時間が勿体ないよ。今日は一体何をするんだい?」
「え、っと……」
そういえばまだ決めてなかった。
う~ん…と首をひねると、ふととある人物の顔が脳裏に浮かんだ。
「そうだ!!今日は帽子屋の所へ行こう!」
「え……ぼ、帽子屋?」
「そう。あの人ならほぼ年中"誕生日じゃない日"を祝ってお茶会開いてるから、ケーキをご馳走になろうかなって」
「う、ん……いいと思う、よ」
我ながらナイスなアイディアだと思ったんだけど、どうやら王子様はあまり気乗りしないらしい。表情はあまり読み取れないけど(カエルだから)、声に覇気がない。
……まぁいいか!今日は私がやりたいことをするんだ。
私は肩の王子様が落ちないように手を添えながら、森の中へ走っていった。
森へ入ってすぐ、大きなどんぐりの木の下が彼のお気に入りスポット。
『不思議の国のアリス』の登場人物である いかれ帽子屋は、何故か"誕生日じゃない日"を祝うため、三月うさぎ等と一緒にここでお茶会を開いてる……はずだったんだけど。
「何で今日はやってないの!?」
綺麗に片付けられ、何も乗ってないテーブルの上を見て思わずそう叫んだ。
そんな私に、帽子屋は申し訳なさそうに苦笑しながら言った。
「悪いね、今日は私の誕生日なんだ」
「あ、そうなんだおめでとう」
いや!おめでたいけど!!けどね!?素直に喜んであげられないっていうね!?
「帽子屋のケーキ、食べたかったな…」
やっと自由に外出出来たんだ、次はいつになるかわからない。
はぁ……とため息をついた時
「仕方ない」
バサッと目の前に真っ白なテーブルクロスが広がった。
「えっ」
ポットやカップを取りだし、お茶会の準備を始めた帽子屋に、私は呆気に取られた。
「……もしかして、用意してくれるの?」
帽子屋という男は私が知る限り、"いかれ帽子屋"の名が示すように変わり者で曲者。間違っても自分の信念を曲げることのない人だ。
だからこそ、今繰り広げられている光景が信じられずに尋ねた。
すると帽子屋は
「特別だよ?せっかくグレーテルが来てくれたんだ、お茶も出さずに帰せるわけないじゃないか」
三月うさぎにはナイショにしてくれよ?と人差し指を口元にあてて、いたずらっ子のように笑った。
「……ありがとう!!」
美味しそうな紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。なんだか嬉しくなって、満面の笑みでお礼を言った。
「……おい帽子屋、グレーテルにお礼を言われたからって調子に乗るなよ?」
「……小さな騎士は空気が読めないのかな?」
何故か突然険悪な雰囲気を醸し出す二人を横目に、帽子屋が用意してくれたケーキを頬張る。美味しい…!!これならいくらでも食べれちゃうな。兄さんにも食べさせてあげたかったかも。
あっという間に平らげ、先程から王子様とにらみ合いを続けている帽子屋に紅茶のおかわりを頼もうと席を立つと
「やぁ!久しぶりだね♪」
目と鼻の先に突如男の顔が現れた。しかも逆さま。
「……ピーター、驚かせないで」
カップを落としそうになったじゃん!と抗議すると、ケラケラ笑った彼はフワフワと浮いて私の隣に降りてきた。
「グレーテルが来たって噂は本当だったんだね、森の精たちが騒いでいたよ」
『ピーターパン』の主人公である彼は精霊が見えるらしい。そして、いつまでも子供心を忘れない人で……
「これ、グレーテルにプレゼントっ!!」
「え、いらな……うわっ!?」
ピーターが指を鳴らした瞬間、持っていたカップがとぐろを巻いたヘビに変わった。ビビって手を離すと、ピーターは愉快そうにお腹を抱えて笑い出す。
「あっはははっ!グレーテルってば怖がり過ぎ!ただのオモチャなのにー!!あははっ」
むっ……。子供っぽいイタズラを仕掛けるピーターに腹が立つ気持ちと、それにまんまと引っ掛かってしまった自分に対する恥ずかしさとで、頬を膨らまして眉間に皺を寄せた。
そんな私を見て慌てたピーターは
「ご、ごめん!これで機嫌直してっ!?」
私の唇に何かを押し当てた。
押し付けられるまま口に含むと途端にそれは溶け出し、口内に甘さが広がる。
「……飴?」
「そう!俺が好きな飴、グレーテルにも食べて欲しくて…」
舌の上でころころと転がしていると、どんどん味が変わっていく。不思議だけれど、とても美味しい。
不安そうにこちらを伺うピーターの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫で回した。
「もう機嫌直った、だから安心して」
「本当?」
「うん」
問いかけに首を縦に振って頷くと、「グレーテル大好きだぁー!!」とピーターが飛びついてきた。実際はその前に帽子屋と王子様によって阻止されたけど。
ピーターって時々犬みたいだよね。
最後にもう一杯紅茶を飲みたかったけど、カップもヘビに変えられたしまぁいいか。
さて、次はどこに行こうかな?と歩き出そうとするが、ガシッと何者かに力強く腕を掴まれて前に進めなかった。
「……何してるの、グレーテル」
普段の優しく穏やかな姿からは想像も出来ないほど低い声が辺りに響いた。
凄く嫌な予感がする。壊れたロボットのようにギギギとゆっくり振り向くと、口は笑っているけど目が笑ってない兄さんがそこには居た。
「わ、わぁ…兄さんだ…………ヤッホー」
「……もう一度聞くね?何してるの、グレーテル」
あ、ダメだ。とても怒っていらっしゃる。冷や汗ヤッバいんだけど、ナニコレ。
「あの……玄関に置き手紙を」
「あぁ、これ?」
そう言って兄さんがポケットから取り出したのは、グシャグシャになった置き手紙。
おかしいなー、私の置き手紙はもっと綺麗な状態だったはずなのに。
「ねぇグレーテル、これを見たときの俺の気持ちがわかる?」
「えっと……ち、ちょっとよくわからないかな~……あ、嘘!わかる!だから怒らないで!?」
不穏な気配を感じて慌てると、兄さんがその整った顔に苦しそうな、泣きそうな表情を浮かべた。
ほどよく筋肉のついた腕が、ぎゅうっと私を抱き締める。
「グレーテル…大切なんだ、何よりも君が」
「……兄さん?」
少し掠れた弱々しい声。すがり付くように更に腕に力が込められる。
「俺には……君しか居ないんだ」
その言葉を聞いた途端にフラッシュバックする、あの日の記憶。
両親に捨てられ、暗い夜道を二人で歩いてたどり着いたお菓子の家。そこにいた悪い魔女から命からがら逃げ延びた。
あれからずっと二人で、二人だけで支えあって生きてきた。
いくら兄さんの過保護が度を越していても、嫌いになれるわけなんてない。"グレーテル"はヘンゼルが大好きだから。
結局、私も兄さんに依存しちゃってるんだよね。
「大好きだよグレーテル」
「私もだよ…………あ、でももう少し自由が欲しいな」
「ダメ。グレーテルは可愛いから悪い虫がつく」
「心配性だな、私のことを好きになる物好きなんていないって」
「「「…………」」」
これは、ヒロインがやって来る一年前の話。
―――――――…
―――――……
目が覚めると、そこには知らない光景が広がっていた。
ここはどこ?森のようだけれど……
???「目覚めたみたいだね×××」
「!?」
何処からか声が聞こえる。
???「ここはたくさんのおとぎ話が混在する“お伽の森”……さぁ、君は誰との物語を紡ぐ?」
⇒ ヘンゼル
カエルの王子様
いかれ帽子屋
ピーターパン