お正月は異世界の王子様と共に(続・クリスマスの贈り物は異世界から)
あけましておめでとうございます。
本年も皆様に幸多からん年になりますように。
ハッピーニューイヤー
皆様、新年おめでとうございます。
お年玉はもうもらいましたか?
私? 私はもらっていません、なぜって親の方針で高校卒業と共に打ち切られたから。
なんて、ついつい現実逃避をしてしまいました。
だってね、クリスマスにうっかり竜にねだってしまった異世界の王子様が炬燵に入ってスマ○ラをプレイしているんですから、誰だって現実逃避の一つや二つ、したくなると思うんですよ。
この一週間ばかり、本当に大変でした。
蔦でぐるぐる巻きにされながらも、陸にあがった魚のようにびっちびっちと跳ねて暴れていた王子様ですが、3時間も放置すると静かになりました。でも近づくとね、威嚇するんですよ、血走った目で。蔦を解いたら確実に殺される。そう直感した私は、翌朝までほっとくことにしました。
仕方ありませんよね。か弱い女の一人暮らしですから。
ぐっすり休んで目覚めてみたら、王子様は青い顔をして脂汗を浮かべてました。
最初はどこか具合が悪いのかと心配したのですが、もそもそと足をすり合わせる様子を見て、ぴんときました。どうやら王子様は自然の呼び声を我慢しているらしかったのです。
迷いました。
だって蔦を解いて、トイレに案内すれば終わった瞬間に殺されそうですから。
でも放置して漏らされても困ります。
仕方なく私は腹を決めました。
――王子様のトイレの介助をすると
そうと決めたら、決心が鈍らないうちに実行に移さねばなりません。
まずは梱包用の紐を用意しました。
蔦の上から紐を巻き付け、強度を確認してから、下半身を覆う蔦を切ります。
抵抗する気力もなかったのか、それとも暴れたら漏れそうだったのか、王子様は大人しく従ってくれました。
ところが、トイレに連れて行き、ごちゃごちゃと飾りのついたベルトを外そうとしたところで、王子様が断固として拒否するんです。壁に張り付いて、離れてくれません。
ひょっとしたら、ここが用を足す場所だと分からず、いかがわしい事をされると思っているのかもしれない。そう思った私は、イラストを描いて見せました。幸い絵は得意です。分かりやすく四コマ漫画仕立てで仕上げたそれを見せました。……なのに、王子様は壁から離れてはくれません。きっと私に介助されるのが嫌なのでしょう。
私だって昨日会ったばかりの男性のトイレの手伝いなんて嫌なのに……
ちょっと腹がたってしまいまして、また小一時間ほど放置しました。
丸まりながら「ダダール」「ダダール」と呻いていた王子様ですが、いよいよ、我慢できなくなったのでしょう。思いのほかあっさり白旗をあげました。
仔細は王子様の名誉の為に伏せたいと思いますが、王子様は無事、小を済まし……部屋の隅っこで数時間壁と向き合ってました。
気持ちは分かりますので、そっとしておきました。
それからの王子様は劇的に従順になりました。
トイレ後の数時間を壁と向き合って過ごすのは変わりませんが、介助も受け入れてくれるようになりました。
しかし、まだ油断はできません。
バイトや、王子様の下着の調達や、食材の買い出し時には、作り付けの家具に括り付けて出かけました。
帰宅したら、ご飯を食べさせ、トイレに連れて行き、清拭をして、夜は炬燵に押し込んで、とこれを4日ほど繰り返したところで、跳ねる事も、睨みつけてくる事もなくなりました。
やりました。調教完了です。
……違いました。調教してどうするんだって話です。
ここにきて、私は目的がずれてしまっていることに気付きました。
このままではいけない。
そう思った私は、調教の成果を……ではなく、寝食を共にして育まれた信頼関係があると期待して、縄を解くことにしました。
同じ釜の飯を食った仲です。仕方がなかったのだと王子様も分かってくれているはず。そう信じました。ところが……
王子様は拘束を解くやいなや、脱兎のごとく逃げやがりました。
ちょっと裏切られた気分でしたが、気持ちは分からないこともありませんので、放置しました。
正直、これでいつもの日常に戻れるとほっとしたのもありました。
なのに、王子様は半日も経たずに帰ってきました。
ひどく怯えた様子でした。恐らく故郷とは全く違う様子に驚いたのでしょう。意外と根性がありません。
そんなわけで王子様は私の部屋に居つき……今や立派な引きこもりニートなわけです。
烏の濡れ羽色の髪に、驚くほど青い瞳。精悍なのに色っぽい顔立ち。そんな輝かんばかりの美貌に、安売りセールでゲットしたスウェットが死ぬほど似合わない。
「あのー、そろそろ出て行ってもらえませんか?」
スマブ○に勤しむ王子様に、私は幾度目かの提案をした。しかし彼の返事はいつも同じ
「ア イデン イリヤ ルンデ ラグーノ」
なのだ。
うん、まったく分からない。
でも分からなくても、このままでは困ります。
子蜥蜴ほどではないにしても、王子様はよく食べる。食費の他にも、被服費に水道光熱費と、貧乏学生の私に二人分の生活費は荷が重い。
なんだって、美形の王子様がよかっただなんて口にしてしまったんだろう。
誰か王子様、引き取りにきてくんないかなあ……とため息を吐いた時だった。
部屋の中にもうもうと白い煙が立ち込めた――
ハッピーニューイヤー
皆様、あけましておめでとうございます。
もう、お節は食べましたか? 私は食べていません。
何故って、全くお正月を祝うどろこじゃないですから……
もうもうと立ち込めた白い煙は、「火事!?」と取り乱す間もなく引いていった。
煙の引いた後には、どういうカラクリか見慣れぬ男の子が立っていた。
年のころは7~8歳だろうか。
さらさらの藍色の髪と、くりっとした金の瞳が愛らしい。
男の子は部屋の中を物珍しそうに見回した後、縦長の瞳孔で私を捉えると、ぱああと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ママ!」
言うなり飛び跳ねて、私に抱きつく。
王子様がぎょっとした顔で私と男の子を見詰めていたので、必死に首を振った。
誓って私の子供じゃない。
男の子はぎゅうと私を抱きしめて、すりすりと頬を摺り寄せる。
「ママ、ずっと会いに来られなくてごめん。お母様が、ママの世界に竜はいないから、人化が出来るようになるまでは駄目だって」
竜、人化、二つのキーワードから導き出される答は一つしかありません。
「貴方、ひょっとして、子蜥蜴!?」
男の子はぷうと頬を膨らませた。
「蜥蜴じゃないよ、竜だし。それにちゃんとゼノって名前だってあるんだ。ママ、僕大きくなったでしょ? ママはちっとも変わってないね」
子蜥蜴……じゃなくてゼノはすぐに機嫌を治して、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
確かに大きくなったのかもしれないが、以前の姿が子蜥蜴だっただけに、比較が難しい。
驚きがすぎると、腰を抜かすこともできないらしい。私は、対応に困りながら、ゼノの頭を撫でた。
「下の部屋から苦情がくるから、跳ねちゃダメ」
それでなくても、一週間前の王子様の連続海老ジャンプで心苦しい思いをしていたのだから。
「はーい」とゼノが良い子に返事をする。そこにさっきまでコントローラーを握っていた王子様が割って入った。
「イヤ マハール イヤ マバル ヴューグ ハルラ トリクー!」
懇願するように、ゼノの前に膝を付き、私には意味不明な言葉で訴える。
自分をここへ連れてきた竜の子供だと気付いたのだろうか。
「えー、だってお前は贄だってお母様が」
ゼノの声は子供ながらの無邪気な残酷さに溢れていた。
王子の顔が見る間に真っ青になっていく。
「ちょ、ちょっと、この人を贄にされても困るから。っていうか王子様の言葉が分かるの?」
「え? ママ分からないの? あー、そっか。ヒトは言語が変わっちゃと駄目なんだっけ。お前、ママに苦労をかけなかったろうね?」
言うなりゼノは王子様の頭に手を伸ばし、髪を掴んで引き抜いた。
ブチッと、痛そうな音がして、王子様は頭を押さえて悶えた。
「あれ。いっぱいとれちゃった」
テヘペロで誤魔化すゼノにちょっぴり引いていると、彼は私の手首をとり、たった今むしり取った王子様の髪を一本、結んだ。
手首にひたりと据えられた、ゼノの金色の瞳が淡い輝きを放つ。
すると髪はすうっと私の手首に吸い寄せられていき、一本の黒い線となって張り付いた。
「え? え?」
思わず、指でひっかこうとするが、髪の感触がない。王子様の髪は刺青のように肌と一体化していた。
「古の叡智、大いなる竜よ。お願いです。私を国へ帰して下さい!」
……それは王子様の声だった。手首にはりついた髪のせいなのだろうか。王子様の言葉が理解出来る事に驚いて、顔を上げ……そっと伏せた。
毟られた跡が、十円ハゲになっている。
見てはいけないものを見てしまった気がして俯く私の耳に、ゼノの冷たい声が飛び込んだ。
「お前、さっきからうるさいよ。僕はママと話してるのに」
不機嫌なゼノの声に、王子様の呻き声が混じる。
慌てて顔をあげると、ゼノは王子様の髪を鷲掴みにして、冷たく見下ろしていた。
やばい。このままでは十円ハゲが五百円ハゲになってしまう!
「ま、待って、ゼノ」
「なあに、ママ!」
名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、ゼノが無邪気な笑顔で振り返る。
子供特有の丸くてすべすべの頬や、きらきらとした好奇に溢れた瞳が可愛くて、ほやんと和みかけた時、また王子様が割って入った。
「ゼノ様! お願いです。どうか!」
「誰がお前に名を呼ぶ許しを与えた」
ちっと舌打ち一つ。忌々しげに吐き出された言葉。金の瞳が色を増し、平素から縦長の瞳孔がさらに細くなる。
王子様は青い顔をして、黙り込んだ。
――お母様、子蜥蜴にどんな教育を施したんですか!?
裏表があるんだか、ないんだか。瞬時にして清々しいまでに表情を変えるゼノ。
私はまたしてもちょっぴり引きながら、ゼノに話しかけた。
「あ、あの、ゼノ。私からもお願い。この人、置いとかれると私も困るから」
「えー、そうなの? ママの希望だってお母様が仰っていたんだけど……。お前、やはりママに不快な思いをさせたね?」
やや拗ねたような口調で上目使いに私に甘えたあと、ゼノは王子様を睥睨する。
――お母様、たったの一週間で、どうやったらこんなに高圧的なお子様に仕上がるんですか。
根性なしの王子様は、ゼノの迫力に竦み上がるかと思いきや、気丈にも立ち上がって、私に指を突きつけた。
「女! お前が元凶なのか。この身に受けた数々の屈辱、忘れんぞ!」
あらら。……この手首に巻き付いた痣の翻訳機能は双方向なのね。
射殺されかねない視線が懐かしい。
「ちょっとした誤解で……」と私が弁解を始めた途端、王子様はいきなり床に突っ伏した。轢死したカエルの様に腹ばいになって床に張り付く王子様。
ゼノの金の瞳が怪しく光っている。何をしているのかまるで目に見えないが、彼が王子様をそうさせているのは明らかだった。
「ごめん、ママ。これは廃棄して新しい美形の王子様を連れてくるから」
しょぼんと肩を落とし、申し訳なさそうに告げるゼノ。
私は悲鳴を呑みこんで、ゼノの両手をとり握りしめた。
「ち、違うよ、ゼノ。確かに私がリクエストした通りの美形の王子様だったから。けど、なんというか、性格の不一致? みたいなもので……」
仲裁に入ってみたものの、依然として王子様は床に張り付いたままだ。ゼノは贄の不心得に大層憤慨しているらしい。
「分かった。次はもっと大人しそうなのを選んでくるね」
分かってない! 君は何も分かってない!
息が出来ないのか、王子様の顔が紫に変色している。
「そ、そうだ。異世界! 異世界ってどんなところ? 行ってみたいな~」
「ママ、あっちの世界に行きたいの?」
ゼノはきょとんと首を傾げた。
「そうそう、そうなの。この人の故郷見てみたいから、連れてって! あ、だから、この人殺さないでね。ほら、案内人が必要でしょ!?」
『女子大生の部屋から身元不明の男の変死体発見!』なんて見出しが躍る週刊誌を想像して、私は必死に言い募った。
とにもかくにもこのアパートから脱出しなければ。
「ママがそう言うなら、いいよ。……お前、命拾いしたな。ママのおかげで拾った命だ。せいぜいママの為に尽くせ」
にっこり微笑んでから、ゼノは王子様を解放した。
目に涙を浮かべながら、げっほげっほと咳き込む王子様。
「それじゃ、出発するよ! ママ、僕に掴まって! ……寄るな、触るな、下郎め」
ゼノの瞳がこれまで見たことがないほど眩く光る。
白い煙が足元を満たしていき……胃を押し上げるような浮遊感に包まれる。
いざ、異世界に行って、王子様をリリースですよ!
ハッピーニューイヤー
皆様、初詣はすませましたか?
私? 私はまだです。
なぜって、異世界にいるのですから、神社仏閣などあろうはずもありません。
正直、異世界に行きさえすればどうにかなると思ってた。
王子様なんだから、きっと探している人がいて、すぐに引き取りに来てくれるに違いないって。
ところが……
「……どこだ、ここは。……なんなんだ、この町は。……我が国はルチアディスはどこに」
異世界についてから、王子様はずっとこれを繰り返してる。
「ねえ、ゼノ。私、王子様の故郷がみたいんだけど」
ここは小高い丘の上。
呆然と眼下の街並みに目を向ける王子様の隣。上機嫌でとってきた木の実を磨いているゼノに耳打ちする。
「え? ここがそうだよ。ほら、あそこに運河に囲まれた大きな広場があるでしょ? 昔はあそこに城があって、そこからお母様が持ってきたって仰ってたから」
……おかしいなとは思っていたのだ。
一週間やそこらで、あの可愛かった子蜥蜴がここまでひねくれるなんて。
「ほら、ママ、これ、ニコの実。美味しいから食べてみて」
ゼノは見るからによく熟れた真っ赤な木の実を私の掌に載せた。
「ありがとう……。ところでゼノ、こっちとあっちでは時間の流れが違ったりしちゃったりなんてことは」
「うん、違うよ? こっちではもう3百年経ったし」
三百年!? つうと背中を嫌な汗が滑り落ちた。
これはまずい気がする。王子様が我に返る前においとましなければ!
しかし一歩遅かった。
「さん……びゃく……ねん?」
王子様の掠れた声が聞こえる。
「さん……びゃくねん?」
「そ、そうなんだって。ほんの少し未来に来ちゃったみたい。浦島太郎みたいだね! 未来の世界を見れるなんて素敵! わー、楽しそうー!」
私は出来る限り王子様の気持ちを盛り上げようと頑張った。
精根尽き果てた様子だった王子様は、次の瞬間、怒りに燃える青い瞳で私を見据えた。
「その通りですね……。時代は違えど我が故郷に変わりはありません。ご所望通りご案内させていただきます。――たっぷりと!」
「え? ……あの、私この実を食べたら帰ろうかなーなんて……」
「なに、御心配召されることはありません。こちらで少々時を過ごされても大丈夫ですよ。あちらに戻ればほんの瞬きをする程度の時間しか流れていないでしょうから」
お前のせいでこうなったのだから、少しぐらい付き合え。
そう、王子様の瞳は物語っていた。
「それもそうだね。わーい。嬉しいな。ママ、僕の故郷も見せてあげるよ。お母様もママに会いたがってたし」
いつの間にか背中に羽を生やしたゼノが、周囲を飛び回る。
ここで拒否する勇気は私にはありませんでしたよ……
へたれと呼んでくださってかまいません。だって一介の女子大生にしか過ぎない私に、怒髪天を衝く王子様と、底知れない力を持つ竜に異議を唱えるなんて、無理ですからね!
ああ、どうしてこうなってしまったんでしょう……
皆様も、クリスマスのプレゼント選びはくれぐれも慎重に!
「ダダール」の意味は「殺す」です。