この世の終わり
谷の向こうの街は、霧につつまれている。
その霧は雲のようだった。煙のように地面から沸き起こってくる。霧は土なのだ。固体として私たちを育んでいた大地は、気体となって私たちをつつみこもうとしていた。
建てかけの家が完成することはなく、新たな生活が始まることはない。カレンダーに書き込まれた予定は、空白となってその日を迎える。
霧の正体に気づいた何人かの里人が、霧から逃げようとして走っている。 霧が太陽をさえぎる。月のように冷たくなった太陽は、もう私達を暖めてはくれない。
寒い。これが世界の終わり。幻想的な感傷は遠くなり、終末の哀しさ、恐ろしさが身を凍らせてくる。地を這う虫の動きはぎこちなく、花も二度とは咲かない苦しみを知っているかのように暗い。
霧はもう間近。私のまわりはミルクのような空白につつまれている。すぐそこの地面から煙のように霧が沸き立つ。
私は自分の足先を見つめている。私のすわっている地面から霧が沸き立つ。
私の足が、まるで身体を支えることから解放されたとでも言うように、霧となって消えていく。
私の胸が霧になったとき、私は、世界のすべての空気が肺に吸い込まれたかのような爽快な感覚を味わった。
そして霧が眼にまで達したとき、私は世界のすべてを同時に見渡せるようになり、耳からは、世界の静寂のすべてを聞いた。
私の頭がすべて消え去ったとき、私という人間は消えた。
そして世界が私になった。