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第八章 彷徨う心

今回で2巻分が終わります。次の3巻分の投稿は日曜日になりそうです。

「これはすばらしいな」

 エレジタットが感嘆の声を上げたのは、ルトンの塔の惨状を見てだ。

「何がすばらしいんですか! 塔の面影すらも残っていないじゃないですか!」

 レシオンはそう叫んで、腕を振って塔を示した。

レシオン達は砂漠の一角にある、細長い塔の前にいた。

だが、塔は中程でへし折られ、塔の先端は砂漠の中に埋まっている。床や壁にはヒビが走り、完全に崩れ去っていた。崩壊という言葉がこれほど似合う光景はないだろう。

来る途中に見えていた塔の先端は、この砂漠に埋まっていた状態が見えていたんだな。

レシオンはなるほどな、と額を押さえた。

「いや、この壊しぶりはある意味、芸術的だぞ」

「でも、エレジタット様には及びませんけれどね」

「まあな!」

 フレデリカがそう言うと、エレジタットは胸を張って答えた。

「いや、そういう問題じゃないと思いますけれど・・・・・」

 完全に呆れたように頭をかきながら、レシオンは言った。

「遥か昔の過去の過ちは置いといて、今は『ルトンの塔』を直してルーンを過去に戻してあげることの方が先決でしょうが!!」

 今までの話をずっと黙って聞いていたテレフタレートは、むくれた顔のまま、不本意だと言わんばかりに噛みついた。

「そ、そうだな!」

 レシオンはとりあえず相打ちを打つ。

でも、遥か昔・・・・・って、そんなに昔じゃないんじゃないと思うんだけどな。

「あまりに貴様の破壊ぶりがすごかったので、危うく本来の目的を忘れるところだったな!」

 誇らしげに胸を張って、エレジタットは豪快に笑い始めた。

「本当ですね、エレジタット様」

 フレデリカが大仰に頷いた。

「もう、肝心なところを忘れないでよ!」

 ワハハと高笑いするエレジタットに、テレフタレートは不満げに口をとんがらせた。

「ともかく、『ルトンの塔』を直す方法を探すわよ!」

「どうやってだよ?」

嬉しそうに仕切り直すテレフタレートに、ソーシャルが水を差す。

 テレフタレートはムッとしてソーシャルを一瞬、睨みつけたが、すぐにそ知らぬ顔で答えた。

「そ、それは今から考えるわよ!」

「・・・・・それじゃあ、遅いだろう」

 ソーシャルは呆れ果てたように、がっくりと肩を落とした。

 レシオンは大きくのびをして言った。

「ここまで来たけれど、八方塞がりだな」

 すると、ファティがレシオンににこりと笑って答えた。

「きっと、何とかなるですよ!」

「・・・・・だといいんだけど」

「大丈夫です!」

「すごい根拠だな」

 レシオンとファティは顔を見合わせて笑った。

 だが、メイルは不安げにつぶやく。

「でも、アプリナの大丈夫は大丈夫じゃないけれどな」

「そんなことないですよ! メイル!」

 と、言われた当人は全く平然とした顔で答えた。

「きっと、大丈夫です! 大丈夫です♪ 全部、大丈夫です♪」

 そう言って、ファティは満面の笑みを浮かべた。

「おまえ、その根拠は一体どこから――」

「あっ! です」

思わず、メイルがそう言いかけた時だった。突然、ファティが言葉を挟んできたのだ。

「いきなり何だよ?」

メイルは不愉快そうに言いながらも、ファティを見つめる。ふと目を遣ると、彼女の視線は塔の瓦礫の前にいる女性にあった。

「ありしあさんです!」

 と、ファティは大きな声で言った。

「えっ? なんでこんなところに?」

振り返って、メイルはまた驚かされた。そこにはあの時、別れたはずのありしあがいたからだ。

何故、こんな場所にいるんだ?

少なくとも先に旅立ったはずの自分達よりも早くその場にいるはずがなかった。

いるはずがないのに、何故?

「ありしあさん! こんにちはです!」

 メイルのそんな思いなど露知らず、ファティはにっこりと笑って言った。

 だが、当の言われた本人であるありしあは、じっと塔の瓦礫を見つめているだけだった。

 ファティはもう一度、恐る恐る笑顔で声をかけてみる。

「あの、ありしあさん、こんにちはです」

「・・・・・・・・・・・」

「あの、聞こえていますですか?」

「・・・・・・・・・・・」

「返事して下さいです! ありしあさん!」

「・・・・・・・・・・・」

「ううっ・・・・・です」

 ファティは何度も何度も声をかけたが、それでも彼女は無言だった。次第に途方に暮れたように涙ぐむファティに、メイルは溜息をついた。

「ううっ、どうしよう? メイル!」

「そう言われてもな」

 と泣きそうになるのを堪え、ファティはメイルの横にっていく。

メイルは困ったように再び、溜息をつきながら言う。

「ありしあさんに気づいてもらうのはそんなに簡単なことじゃ・・・・・」

「・・・・・何の用?」

「うわっ! です!」

「うわっ!」

 突然、声をかけられ、ファティとメイルは思わず飛び上がってしまった。

 ありしあは無表情のまま、訊いた。

「・・・・・あなた達、何か用?」

「・・・・・あっ、えっとです。 どうしてありしあさんはここにいるのかなと思ったのです?」

 動揺して叫びつつ、ファティはその時、気がついた。彼女の視線が自分達だけではなく、ルーンにも向けられていることを。

「あの」

 視線に気づいて、ルーンが不思議そうにぼつりとつぶやいた。

「どこかで会ったことがあったのかな?」

「・・・・・ううん。 会ったことはない。 知っているだけ」

 ありしあは何てことないように素っ気なく答える。

 ルーンはさらに不思議そうに首を傾げた。

「えっ? 知っているって?」

「――って知っているって、もしかして・・・・・?」

 ファティはそれを訊いて、血の気が引いたように顔を青ざめた。

「はっ!? です。 まっ、まさか、知っているって、あの本に書かれていた最強最悪の宇宙大王のことなのでは・・・・・・!?」

「違うっ!! って誰だよ、そいつは! ルーンさんが言いたいのは、どうして自分のことを知っているのかって言いたかったんだよ! それに本に書かれていたのはルーンさんのことだろう!」

「えっ、です?」

 と、ファティ。

「そのことなんですか!?」

「ああ・・・・・」

 ファティの問いかけに、メイルは大きく頷いてみせる。

 ファティはほっとしたような、がっかりしたような複雑な思いを撫で下ろすと用件を切り出した。

「ルーンさんのことを知っているってどういうことですか?」

「私のお父さんもルーンさんがいた時代から来たの」

 まるで何てこともないように、ありしあは答えた。

「そ、そうだったですか!?」

「うん・・・・・」

 だから、詳しかったんですね。

 ファティが珍しく神妙な顔を見せるが、それを向けられたありしあは特に気にした顔も見せず、塔の瓦礫を見つめていた。

「あの・・・・・」

「えっ? です」

 不意に、ありしあがそれまでとはがらりとトーンを変えた声を出した。

「・・・・・塔を戻す方法なら、私、知っているけれど」

「本当に!?」

 思わぬありしあの言葉に、テレフタレートは嬉しそうに顔を上げた。

「『海の秘宝』があれば、塔は元に戻るの・・・・・」

「海の秘宝ですか!?」

 ファティは目を丸くする。

 テレフタレートは驚いた顔で、ありしあに聞き返した。

「じゃあ、海の秘宝があれば塔は元に戻るわけ?」

「・・・・・・・・・・うん」

 ありしあは小さく頷いた。

 そしてこう続けた。

「きっと、塔が壊れていて困っている・・・・・って思っていたから」

「あっ! もしかして、塔のことを伝えに来てくれたですか?」

 ファティはぱあっと顔を輝かせた。

「ありしあさん、ありがとうです!」

「・・・・・う、うん」

 ありしあはちょっとうろたえた。

 心配だった。

 あの時、ルトンの塔が壊れていることを伝えていなかったから、きっと、困っているって思っていた。

 だから、魔法で先回りをして二人のことを待っていたのだ。

 少しは役に立てたかな・・・・・?

 少しだけ嬉しそうな顔をして、ありしあはそう思った。

「ありがとうです! 本当にありがとうです!」

 ファティがそう言って、日だまりのような笑顔を浮かべた。

「・・・・・うん」

ありしあは嬉しそうに小さな笑みを浮かべた。そして、小さく「またね」ってつぶやいた。

 小さく呪文を唱えると、ありしあはその場から姿を消した。

「――って何者よ! あの子!?」

 突然、姿を消してしまったありしあに、テレフタレートは目をぱちくりさせる。

「ありしあさん、すごいです♪」

 だが、当のファティは感激のあまり、瞳をきらきらと輝かせていた。

 メイルは不可解そうに首を傾げた。

「一体、何者なんだ?」

「きっと、ありしあさんは大親友の私を助けに来てくれたのです!」

メイルの疑問に、さもありなんといった様子でファティは答えた。

そんな彼女に、メイルはすかさず突っ込む。

「・・・・・いつから、大親友になったんだよ!」

「今、さっきです!」

 ファティはきっぱりと断言した。

おい、勝手に決めるなよ。

 というか、それはアプリナだけが思っていることなんじゃないのか?

 メイルはひたすらそう思った。だがこれ以上何も反論できなかったのは、きっとファティの言った中身ではなく、一気にまくし立てられた勢いに呑まれたせいだろう。

 レシオンは真剣な表情を浮かべて言った。

「どういうことなんだろう? 海の秘宝があれば、塔が元に戻るって?」

「つまりだな」

 と、エレジタットが間一髪入れずに答えた。

「今回のことは全てこの俺様がいたおかげだということだな!」

エレジタットは傲然と胸を張って言い放った。

「そうだったのですか! さすが、エレジタット様です!」

「いや、それは関係ないと思うけれど・・・・・」

 フレデリカさんの歓声にかぶせるように、レシオンはほそっとつぶやいてみせた。


   


「何だか、寂しい光景だな」

 からんころんとドアの上についているベルが鳴ってドアを開いたレシオンが見た光景は、まるで何かの終末を思わせるほどはかなく荒涼たるものだった。

 店内の客の数はまばらで空席の方が目立ち、かろうじてやってきている人達の背中から悲哀が抑えきれずにみ出ていた。

「いつもはこんなんじゃないんだけどな」

「本当よね!」

 テレフタレートは憮然として、ソーシャルの言葉に応えた。

「これじゃ、海の秘宝の情報を聞こうにも聞けないじゃない!」

 テレフタレートはやたらと不機嫌そうな顔をして、グラスをテーブルの上に置いた。グラスの中のパインジュースが、大きく波打ち零れ落ちそうになった。

 レシオン達がいるのは、オーダリー王国の城下街にある少しさびれた感じの酒場だった。『海の秘宝』について何か情報収集しようと思い、立ち寄ったのだ。

 この酒場は、オーダリー王国の中でも一、二を争う人気店で美味い酒と安い料理と誰でも楽しめるアットホームな雰囲気を誇り、この国の誰もがこの店を愛し、店は熱気に包まれていたらしい。だが今は、客はまばらでどう考えても忙しそうな様子はない。

「どういうことなんだろう?」

 レシオンが怪訝そうにしていると、ルーンは苦笑して手にしたグラスを口元へ運んだ。そして口を開く。

「どうしてこんなに誰もいないのかな?」

「なんだ? あんたら、知らないのか?」

「どういうこと?」

 投げやりな酒場の主人の言葉に、テレフタレートは食事の手を止める。

「今、この国の港はダオジスの手によって封じられてしまっているんだ。 何でも、この国の海域に『海の秘宝』があるとかでその調査が終わるまでは港は閉鎖されてしまっているらしい」

 お皿のウインナーをフォークに突き刺したまま、ファティが動きを止めた。

「それで、そのダオジスさんは今、どこに・・・・・」

「無理だからな」

 ファティが言い終わる前に、メイルは口を挟む。もちろん、ファティはすぐさまメイルに言い返す。フォークに突き刺したウインナーを一口食べてからだが。

「何が無理ですか? メイル」

「ダオジスを説得するとか言うんだろう? 無理だからやめとけよ」

「何言っているですか! いきなり無理なんて決めつけていたら何もできないです! きっと、事情を話せば『海の秘宝』を譲ってくれるはずです! だから・・・・・」

 また、メイルは最後まで言わせない。

「この間、いきなり、あの巨大魚と戦わされただろう? 説得なんて絶対に無理だ」

 その言葉に、ファティはぐっと不満そうに押し黙る。ファティとメイルとの何度目かの舌戦は、ついに彼に勝利をもたらすかに見えた。けれど、それは一瞬のことだった。

「大丈夫ですよ! メイルが私を護ってくれるです♪」

 ファティがにこにこしたまま、メイルを見つめた。メイルは呆れたように、でも照れ隠しのようにそっぽを向く。

 テレフタレートは拳を突き上げると自信満々に告げた。

「さあ、ダオジスをぶっ飛ばしに行くわよ!」

「いや、それは無理なんじゃないか。 前に・・・・・」

 レシオンの『負けているし』、という語尾は、尻すぼみになって消えてしまった。睨みつけてくるテレフタレートの目つきがとてもとても怖かったからだ。

「さあ、行くわよ! レシオン!」

「あ、ああ」

 レシオンは大きく溜息をつくと、何か言いたげに横目でテレフタレートを見つめていた。


「見つけたわよ! ダオジス!」

「また、貴様らか」

港に着くと、ダオジスとイルニスの二人の真っ赤ながレシオン達を射すくめた。彼らはレシオン達を一瞥すると、こちらに背を向けて歩き出そうとした。

「あっ、待ちなさいよ!」

 そのまま立ち去ってしまおうとするその背中に、テレフタレートは慌てて声をかけた。

 テレフタレートの声に反応して、ダオジスは再び、レシオン達の方を振り向いた。特に自分が睨みつけられているわけでもないのに、レシオンは背筋が冷たくなるような感じがした。彼はその目でテレフタレートを一瞥すると、再びこちらに背を向けて歩き出そうとした。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 と、テレフタレートはまたその背中に声をかけた。

「何であんた達がまた、『海の秘宝』を探しているのよ! この間、手に入れたって言っていたでしょうが! ちょっと逃げる気!」

 テレフタレートの台詞の最後の部分に、彼は足を止めた。

「逃げる・・・・・だと?」

「そ、そうよ! あんた、私達と戦うのが怖いんでしょう!」

 レシオンはこの時、ずいぶん突拍子もないことを言い出したなと思った。

前にあっさり一掃した相手に、何を怖がることがあるんだろう?

 というかむしろ、俺達の方が恐れているような言い回しのような感じがするんだけど。

じっと黙ってテレフタレートの言葉を聞いていたダオジスは、突然「ふふふっ」と笑い出した。

「なっ、何がおかしいのよ!」

「私は恐れはしない。 インフェルスフィアにも、もちろん封印の魔女ユヴェルにもだ」

 まだ笑いながら、ダオジスはテレフタレートに歩み寄り、突然、右手を突き出し魔法を放った。はらりとテレフタレートの前髪が少し切られ、地面に落ちた。テレフタレートは驚きのあまり、息を呑んだ。

 彼は続けた。

「実にくだらんな。 私は何も恐れはしない。 『海の秘宝』さえ全て手に入れれば、私は全てを超越した存在になる。 そうなれば、インフェルスフィアも封印の魔女ユヴェルも私の敵ではない」

「ふふっ、随分大きいことを言うのね。 ダオジス」

 突然、誰かの声が響き渡った。

レシオン達がハッとして目をやると、そこには一人の少女がダオジスに向かい合うようにして立っていた。

レシオンより一つ年上くらいだろうか。白いケープマントがふわりと小鳥のように舞い、ベージュの裏地が見えた。頭の上の帽子についた白いの羽飾りもそれに合わせて揺れる。

帽子の下には切りそろえたピンクベージュの髪。そして、深いエメラルドのような深緑の瞳があった。

 あのダオジスが動揺をあらわにして問いかけた。

「貴様はレイチェル・・・・・!?」

「お久しぶりね。 あなたがインフェルスフィア様を裏切って以来かしら?」

「茶番はやめてもらおう。 何しに来た?」

 レイチェルの声をさえぎり、強い調子でダオジスは言った。

「貴様も『海の秘宝』を狙ってきたのか?」

 レイチェルはただ首を横に振った。

「そんなものに興味ないわ。 何も意味はなさないし。 今日、私がここに来たのは『イドラ』を捕獲するためよ」

「ふふっ、『イドラ』だと・・・・・! それこそくだらんな」

「あなたが何も知らないだけ」

 静かにそう告げるレイチェルに、ダオジスは一瞬で顔色を変えた。

「何だと? 貴様、何を知っている?」

 ダオジスの疑問に、レイチェルは笑みで答えた。

「そんなこと、あなたに話すと思う? それに、今はあなたではなく『イドラ』に用事があるの」

「・・・・・イルニス、行くぞ」

 と、ダオジスは言った。

「よろしいのですか? ダオジス様」

 イルニスが辺りの様子を見て言った。

「放っておいて構わん。 今は『海の秘宝』を見つけることが先決だ」

 ダオジスは強い調子で続けた。

「戻るぞ」

ダオジスがそう告げると、彼らはその場から姿を消した。

「あっ、待て! こらっ! 卑怯者っ!!」

 テレフタレートが右拳を突き上げて叫ぶ。

「さてと」

 レイチェルは軽く笑みを浮かべて、レシオン達を見た。

「はっ! 見つめられた? さては貴様、俺様のことが好きなのか!?」

「ええっ! そ、そうなのですか!?」

 エレジタットの茶化しにも、フレデリカの悲鳴にも、レイチェルはろくに反応を返してこなかった。

「あなたがイドラね」

「・・・・・えっ?」

 もつれる舌を必死に叱咤して、レシオンはレイチェルに呼びかけた。

「お、俺は――」

 言いかけて、その時何かがレシオンの記憶巣を刺激した。

 あれ?

 とレシオンは首を傾げた。

「あれ?」

 と今度は勝手に言葉がレシオンの口をついて出た。

レシオンは不思議に思った。

 どうして俺に対してだけに言うんだろう?

 ファティさんも俺と同じイドラのはずだ。

 なのに何故、『あなた達』ではなく『あなた』なのだろう。

「どうして俺に対してだけに言うんだ? ファティさんも『イドラ』なのに?」

 レシオンがそう質問をぶつけると、レイチェルは吐き捨てるように答えた。

「魔王の娘なんて関係ない! それに」

「えっ? です。 それってどういうことですか?」

 レイチェルがなんと続けようとしているのか予測できず、ファティは首を傾げた。

 彼女は言った。

「ユヴェル様を封印した魔王の娘がイドラなんて私は認めない!」

「そ、そうなのですか? お父様が封印の魔女ユヴェルを封印したのですか?」

 なおもファティが疑問をぶつけようとすると、レイチェルは溜息をついた。

「・・・・・そう。 何も知らないのね、あなた」

 先程までの剣幕が嘘のような物静かな彼女の表情に、テレフタレートは思わず首を傾げた。

「どういう意味よ?」

「暗黒神クロディアをからくも倒されたユヴェル様を封印したのが魔王よ」

「倒した?」

 レシオンも含め、何人かが鸚鵡返しにつぶやいた。

「そうよ」

 レイチェルは頷いた。

「だから――」

 レイチェルは大きく右手を上げ、そしてその手を勢いよく振り落とした。その瞬間、レイチェルの全身からごう、と魔力が放たれた。レシオン達の横をすり抜け、衝撃波が海の波を揺らす。

「なにこれ? すごい魔力・・・・・」

 ルーンが驚愕の声を上げた。魔力に圧されて体勢を崩し、膝をつく。

「何よ! いきなり!」

テレフタレートも慌てて戦闘態勢に入ろうとするが、それさえままならないようだった。

「何なんだ? これは?」

 ソーシャルも驚きの声を上げる。

 これが彼女の魔法なのだろうか?

「私は『イドラ』を手に入れなくてはいけないの。 ――絶対に! 邪魔はしないで!」レイチェルの声は氷のように冷たかった。

ピシリと指を立て、テレフタレートはレイチェルを指差し叫んだ。

「だ・か・らっ! 前にも魔王に言ったけれど、レシオンは私達の仲間よ!! どうしてもって言うんだったら、私達を倒してからにしなさいよね!!」

「・・・・・そう。 なら、そうさせてもらうわ」

 小さな笑みを浮かべ、レイチェルはふいにレシオン達に対して魔力の光弾を撃ち放った。

「うわあっ!?」

「きゃああっ!?」

 ソーシャルとルーンがそれに巻き込まれて悲鳴を上げる。

「そっちがその気なら、喰らえ――――ッッッ!!!! 必殺、フェルナル・アエルグン!!!!」

 高く飛び上がり、雄たけびを上げながら、テレフタレートは右手に光をため、それを勢いよくレイチェルに叩きつけた。

「どう。 自称・超一流の格闘家で、自称・世界一の賞金稼ぎの私の実力は?」

 テレフタレートは勝利を確信して、威勢よく言い放った。

「・・・・・すごい。 すごいけれど――」

「・・・・・けれど、何よ?」

 テレフタレートが不機嫌そうに訊くと、レシオンはうめいた。

「・・・・・当たっていないみたいだ」

「なっ!?」

 再びレイチェルに振り返った時、テレフタレートは心臓が凍りつくほどの衝撃に襲われていた。

 無傷だった。どうやら、あの一瞬の間にテレフタレートの攻撃を避けたらしい。

 テレフタレートは憤慨した。

「何で、私の必殺技が魔王だけじゃなく、あいつにもあっさり避けられるのよ!!」

 それを見ていたメイルは慌てて叫んだ。

「とにかく、俺達も攻撃だ。 アプリナ、カードだ!」

「うん! です」

 ファティは一枚のカードを取り出すと、それを空に掲げた。次の瞬間、カードから黄色い閃光が放たれる。

「やったっ〜♪ です」

 ファティは喜び勇んでメイルに駆け寄る。

だが、よく見るとダメージどころか、攻撃を受けた跡もない。

「あ、あれ? です」

 ファティはひたすら?マークを出した。不思議そうに首を傾げる。

 メイルはファティを鷹揚に呼びつけた。

「おい、アプリナ」「ううっ・・・・・、めっ、メイル・・・・・どうしてです~」

 メイルに手を差し伸べて、ファティは泣きそうな顔でつぶやいた。

「おまえ、今、何のカードを使ったんだ?」

「ふ、封印解除のカード・・・・・」

 言うなり、メイルはガクッと肩を落とした。

 封印解除のカードは、宝箱をあけたり、弱い封印の扉を開けたりするためのカードだろう。

 今、この場で使っても何の意味もないだろうが・・・・・。

「それで何とかなると思っていたのか?」

「うん! です」

 ファティの返答に、メイルは「あのな」と頭を抱えた。

 頼むから、もう少し、まともに戦ってほしい・・・・・。

 メイルはしみじみと思った。

「てぇい!!」 

 光弾を時護りの腕輪で防ぎ、レシオンはレイチェルの元まで何とかたどり着くと、彼女の右手首を掴み止め、叫んだ。

「これなら、もう攻撃はできないはずだ!」

 覗きこむように、レシオンはレイチェルに顔を近づけた。

 その瞬間、レイチェルはハッと顔を青ざめた。何故か、驚いたように目を見開き、息を呑む。もちろん、初対面だ。なのにそこには懐かしさと哀しみが入りまじっているように思えた。

彼女は顔を俯かせて叫んだ。

「やめてっ! そんな目でみないでっ! ラクト」

「えっ?」

 レシオンはきょとんとした表情で首を傾げた。その隙に、レイチェルは彼の手を引き離し、距離をとった。

 レシオンは思わず声をかけていた。

「誰なんだ? ラクトって」

「弟よ・・・・・。 私の・・・・・」

 レイチェルはそう言った。決して泣いてはいなかったが、代わりにその表情は乾いていた。

「もしかして、その弟のことがあるから、君はインフェルスフィアに従っているんじゃ?」

 レシオンの言葉に、レイチェルは激しくかぶりを振った。

「関係ない! ほっといてよ! 私は私はラクトにもう一度、会いたいの!そして、元の世界に戻りたい! そのためには、インフェルスフィア様にもユヴェル様にも力を貸すわ!」

 レイチェルはその叫ぶと、レシオンの前から姿を消した。


   


 外はまだ夜。

 先程の邂逅から一刻と過ぎていない。

 あの戦いの後、レシオン達は休息を取るため、一端、宿に泊まることにした。レシオンは一人、オーダリー王国の宿屋のベランダに立っていた。

 分からないことだらけだった。

本当に分からないことだらけだった。

 『イドラ』が、封印の魔女ユヴェルの遺産?

 『海の秘宝』と『イドラ』は何か関係があるのだろうか?

 何故、ダオジス達は『海の秘宝』を求めるのか?

 インフェルスフィア達は『イドラ』を求めるのだろうか?

 そして、何故、あのレイチェルっていう少女は俺を見てあんなに驚いたのだろうか?

 レシオンは港の方を振り向き、空を見上げた。

 何だか、真っ暗なトンネルの中に放り込まれてしまったかのような不安が、レシオンを襲っていた。











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