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第六章 少年の戸惑いと少女の決意

今日からGWのお休みです。明日も投稿する予定です。

 ・・・・・ここはどこだ?!

 気がつくと、メイルはひとすじの光も差さない本当の闇の中で、ひとり漂っていた。

飛んでいる、とはちょっと違う。浮いている、という方が正しいかもしれない。でもそれは、いつもの浮いている感覚とは違っていた。何しろ、漆黒の闇なのだ。もっといえば、俺が今、まぶたを閉じているのか開けているのか、それさえもはっきりとした確認は持てないのだ。

「また、あの夢か・・・・・」

メイルはぽつりとつぶやいた。

 ――ファティと会う前から、メイルは繰り返し夢を見ていた。

それはいつも同じ夢で、まるで何も存在しない空間の中――、そう漆黒の闇の中に落とされてしまったかのような場所にメイルはいつもいた。

 それにしてもひどく味気ない場所だな。

 闇の中で、メイルはぼんやりと思った。

 ここが夢の中なら、もう少し華やかな場所にいる夢だったらどんなによかっただろう。

 いや、せめて一人ではなくアプリナがいればな・・・・・。

『・・・・・何でそこにいるの?』

 突然、暗闇の中に誰かの声が響いた。耳で聞いた、というより、心に直接響いてきた、という感じだった。

『あなた、何でそこにいるの?』

彼女がまた訊いた。

彼女・・・・・?

そう、その人物は女の人だった。

まるでこの地を照らす月の光のような美しい金色の髪。そして、アクアマリンのように淡く青い瞳がメイルのことを見据えていた。

「何で・・・・・って言われても、俺も分からないんだ」

『ここにはしか来れないはずなのに、どうして・・・・・?』

 わけわからんと思ったけど、それにメイルが応える前にメイルのよく知った顔がメイルのことをがばっと覗き込んできた。

「メ~イ~ルっ、いつまで寝てるのですかっ!」

「わあっ、アプリナっ!!!」

 慌てて起き上がると、そこには頬を膨らませてぷんぷんと怒っているファティの姿があった。


   


「また、変な夢を見たですか?」

「ああ」

 ファティは「どきどきするですね」「いつも同じ夢を見るなんて」と興味津々な様子で、何度も何度もメイルの顔を覗き込んだりしていた。

「・・・・・別に大した夢とかじゃないだろう。 それよりアプリナ、レシオンさん達の方はどうなったんだよ?」

メイルは不審のまなざしをファティに向けた。

「それがですね」

 ファティは慌てて、「何だか大変なことになってしまったみたいです」と言いながら、持っていたカードに目を落とした。

「・・・・・えっとですね・・・・・今、レシオンさん達は拘束されてしまったみたいです・・・・・終わりです」

「なっ!?」

 呆気からんに答えるファティとは対照的に、メイルは絶句してしまった。

「拘束ってどういうことだよ?」

「よく分からないです。 ただ、『イドラ』をインフェルスフィア達が手に入れてしまったら、大変なことになるらしいのです」

「だからって拘束はないだろう!」

 メイルは思わず感情的になって叫んでいた。

ファティに叫んでも仕方ない。そのことは分かっていたのだが、そうせずにはいられないほどメイルの心は高ぶっていた。

「もっともです・・・・・。 ・・・・・でも、きっと、お父様も考えがあって拘束しているんだと思うです! 私も前はお城から出してもらえなかったのですが今は自由に歩き回れています。 だからきっと、レシオンさん達もすぐに自由の身になれますよ! 今は少しでも早くレシオンさん達を解放してあげられるように、私は私のできることをするだけです!」

「アプリナ・・・・・」

 意外なところを突かれた、という顔をメイルはした。

 アプリナも、アプリナなりに考えていたんだな・・・・・。

 ・・・・・ん?

 ふと気がついて、メイルはファティに訊いた。

「なあ、どうして俺達はそんな大変なことになっている時に、こんなところにいるんだ?」

「それはメイルがここに着いた途端、突然糸が切れたように眠ってしまったからなのです! エレジタットさん達に後を任せて、私の部屋に連れてきたんですよ!」

「俺のせいかよ・・・・・」

 あくまでもマイペースに言うファティに、メイルは頭を抱えこんだ。


 翌日、ファティ達はお城の近くにあるリブレックの街にある一つの店を訪れていた。

「お邪魔しますです♪」

 ファティは大きな声で言った。

 そこは、街がある高台から階段で降りたところにある広場に面しながらも、その片隅にひっそりと、誰も寄りつかないほどひっそりと建っている一軒の店だ。表には『ありしあのお店』と何の飾りもない看板がかけられているのみ。

ファティ達には、一体何の店かすら、外から見ただけでは分からなかった。

 メイルも、街の人に教えてもらうまで、そこにお店があることなど全く気付かなかった。だけども、それはファティも同じだったらしく、ファティも「これって、お店ですか!?」と言って目を丸くして驚いていた。

店の中はさらに薄暗かった。まだ昼間だというのに厚いカーテンを閉めきって、まるで陽の光を嫌うように店の中を暗くしていた。足元を照らすのは獣油で作ったろうそくの明かりだけだった。

「ねえ、メイル、誰もいないみたいですよぉ?」

 ファティは不安で語尾が震える。

 外は天気のいい、しかも真昼だというのに、店の中には客が一人も入っていない。

本当にここはお店なのですか???

「・・・・・何の用?」

「うわっ! です!」

 背後から声をかけられ、ファティは思わず飛び上がってしまった。

「だっ、誰だっ!?」

 振り返って、メイルはまた驚かされた。店にいたのは、いつもメイルの夢の中に出てきたあの女性だったからだ。

「お店の人ですよね!」

ファティは嬉しそうに顔を上げる。

そんなファティを見て、不思議そうに彼女は首を傾げた。 

「・・・・・あなた達、何か用?」

「・・・・・!? もしかして、あなたってメイルのことが見えているのですか?」

 動揺して叫びつつ、ファティはその時、気がついた。彼女の視線が自分だけではなく、メイルにも向けられていることを。

「アプリナ、あいつ、俺のことが見えるのか・・・・・?」

 メイルがぼつりとつぶやいた。

「そうみたいです・・・・・。 ――って、あっ、あいつってもしかして・・・・・?」

 ファティはそれを訊いて、血の気が引いたように顔を青ざめた。

「はっ!? です。 まっ、まさか、あいつって、果てしない宇宙の彼方からやってきたという宇宙人留学生の番長、その名は――」

「違うっ!! って誰だよ、そいつは! 俺が言いたいのは、目の前にいるあの人が俺のことを見えているのが気になるって言いたかったんだよ!」

「えっ、です?」

 と、ファティ。

「そのことなんですか!?」

「ああ・・・・・」

 ファティの問いかけに、メイルは大きく頷いてみせる。

 ファティはほっとしたような、がっかりしたような複雑な思いを撫で下ろすと用件を切り出した。

「えっとですね、ここに特別な本があるって聞いてきたのですが・・・・・?」

「・・・・・うん」

 ファティらに振り向きもせずに店の奥に戻ると、彼女は一冊の本を手に取りひもときはじめた。しかも、ページがめくりにくいだろうに、薄い手袋をはめたままだ。

メイルが掛け値なしに真剣な顔で、彼女に訊いた。

「俺のことが見えているんだよな?」

 だが、返事はなかった。

それでもファティは、笑顔で彼女に対して自己紹介をする。

「あのね、私はファティです。で、こっちがメイルです。 よろしくです」

「そう」

 彼女は本から目を上げることすらしなかった。

 でも、多分、怒っている・・・・・わけではないみたいです・・・・・。

 ファティは必死になって続けた。

「えっと、あなたの名前は何っていうですか?」

「ありしあ」

「特別な本ってあるんですよね?」

「別に、何も」

「宇宙人留学生の番長のこと、何か知らないですか?」

「さあ」

「何かお手伝いできることはないですか?」

「別に」

 とりつく島がない。

それが初めて出会った時のありしあさんの印象だった。


 どさどさっ!

「わわわっです!」

 大量の商品が崩れ落ち、ファティは悲鳴を上げて転倒した。これで既に今日、五回目の失敗である。

 翌日、ファティ達はありしあの仕事を手伝うことにした。何より、特別な本がどこにあるか分からなかったし、メイルのことを本当に知らないのか確かめたかった。

 大きな戸棚に商品を並べていたメイルが、呆れたように駆け寄ってきた。

「また、失敗したのか?」

「そうみたいです♪」

 そう言って、ファティはてへへと笑みを浮かべる。

 笑い事じゃないだろうと心の中で突っ込みながら、メイルは訊いた。

「ところで、その特別な本があれば、レシオンさん達を助けてあげられるのか?」

「分からないです」

「はあっ!?」

 崩れた商品を元通りにしていたメイルは、ファティの意外な一言にうめいた。

「じゃあ、何でその本を手に入れようとしているんだよ!」

「その本には、ルーンさんのことが書いてあるみたいなんですよ」

「そ、そうなのか?」

 遠い目をするファティに、メイルは驚愕する。

「だから、その本を見つければ、ルーンさんが元の時代に戻る方法が分かるかもですっ! それにもしかしたら、レシオンさん達もルーンさんに同行するというかたちなら、拘束から城から開放してもらえるかもしれないです! いえ、きっとそうです!」

 口にしながら、ファティは我ながらいい考えだと目を輝かせた。

「メイルもそう思うですよね?」

「そうだな・・・・・」

 「期待はしていないけれど」と囁き、メイルは床に散らばった商品を拾い上げた。

 ここでの仕事は、確かに単純極まりないものだった。要するに店番。ただカウンターの奥に座ってやってくるお客さんの相手をするだけだ。それも繁盛している店ならそれなりに忙しいのだろうが、ここは物覚えの悪いファティでも、一日でやってくるお客さんの顔を覚えられるほど暇だった。

 この店の名前は『ありしあの店』という。

最初、ファティ達は業種だと思っていたけれど、れっきとした屋号なんだってありしあさんは言っていた。あまりに意味のない名前に、かえってそこには難解な何かが込められているのではないのかな、とメイルは無駄な詮索をしてしまった。

 業種としては調合屋になるらしい。調合とは、魔法を使えない人間が、魔法をて産み出した技術だ。魔力を消費する魔法とは違い、ある物に薬品や他の物を組み合わせて魔法と同じ効果がある物を作り出すという作業になる。

 調合という技術は、今現在、ありしあさん以外に使える人はどこにも存在しないらしい。

でも、元は魔法を参考にしているだけに、メイルも少しは店番などではなくもっと難しい仕事で役に立てるかなと思ったのだが、棚に陳列されている商品を見ても何をどうすればいいのか全く分からなかった。

メイルが分からないのだから、もちろん、ファティに至ってはノーコメントだったりする。 ありしあさんはもっぱら店の奥にこもって読書三昧で、店に現れるのはファティ達が商品のことで質問した時くらいだ。とはいえさぼっているわけではなく、店の商品が売れると次の日にはちゃんと少なくなった分が補充されている。恐らくファティ達が帰った後、一人で調合しているのだろう。

う―ん、すごいかもです。

 ありしあさんはファティと同じく魔族という立場だけど、それでもこうして自由に外を歩いたり、お店を開いたりすることはできるらしい。まあ、とはいえ、ファティ達は全くといっていいほど、彼女が外にいるのを見たことはないが。

 崩れた商品を全て片付け終わると、メイルはぽつりとつぶやいた。「とりあえず、まずはその本を探すか。 話はそれからだな」

「よぉーし、今日こそはルーンさんのことが書かれた本を見つけてみせるですよ!」

 ぐるんぐるん腕を回しながら、ファティは気合充分、メイルの後を追った。

 そして探し始めていくらも経たないうちに――

「メイル、メイル。 なんかこれ、ルーンさんのことが書かれているみたいですよ!」

 ファティの弾んだ声が店内に響いた。


 ファティとメイルは仕事を一段落つけると、ありしあに部屋を借りてその本を読んでみることにした。

 その本は、ルーン自身が書いた本のようだった。そこには彼女のソディに対する想いが片っ端から書かれていた。こんなことを語り明かしたとかこんなところに心惹かれたなど、ふわふわして温かな内容が書かれていた。

 ルーンさんって本当にソディさんのことが好きなんですね。

ファティは胸元で指をからませると、ほうと夢心地でつぶやいた。

「素敵です・・・・・!」

 私もメイルから『一緒に行こう。これからもずっと、この世界を一緒に冒険しよう』なんて言われてみたいです。

 えへへです~♪ 

 ちらっとメイルを見ると、ファティは頬を染めてくすっと微笑んだ。メイルは何で笑っているのか分からず、首を傾げている。

だが読み始めてから数十分後、ある箇所を目にした途端、ファティの手が止まった。


『ルトンの塔』

「ねえ、メイル、『ルトンの塔』って前にお父様が話してくれたあの『ルトンの塔』ですよね!」

 ファティはごくんと息を呑み、思い切って訊ねた。

「うん、そう。 あのルトンの塔のこと」

「ふひゃあ! です!」

 突然、声をかけられて、ファティは慌てて慌てて慌てまくった。あまりに動揺したせいか、何もないのにその場にひっくり返ってしまった。

 ごちんといかにも痛そうな音に、メイルは大慌てでかがみこんだ。

「だっ、大丈夫か? アプリナ」

「う、うん・・・・です」

 ファティがそう言ってそっと顔を上げると、そこにはありしあの姿があった。

 恐る恐るファティは訊いた。

「も、もしかして『ルトンの塔』のこと、知っていたりするですか?」

「・・・・・うん。 『ルトンの塔』には時を越える力があるの・・・・・」

 ファティが持っている本を見て、ありしあは哀しげに目を逸らした。

まるでそのことには触れられたくないかのようだ。

ファティは訊いた。

「時を超える力ってどういうことですか?」

「『ルトンの塔』で、ある魔法を使うとそういうことが起きるの・・・・・」

「ある魔法ですか?」

「『ヘルクラウド』という特殊な魔法を使うとそうなる・・・・・」

 そこでファティはあることに気がついた。

「もしかして、ありしあさんも過去から来たんですか?」

「・・・・・違う。 お父さんがそうだっただけ・・・・・」

「・・・・・お父さん? ありしあさんのお父さんは過去から来たですか?」

 ありしあは急に黙りこくってしまった。

こんなにしゃべったのは初めてだったですけれど、聞き流した方がよかったですか?

ファティがそう後悔し始めた頃――

「・・・・・行ったら最後、元の時代には帰って来れないけれど」

 話題は変わっていたが、ありしあがもう一度しゃべってくれてファティは安心した。ありしあはファティの持っている本の中の『ルトンの塔』と書かれている箇所を指差している。『ルトンの塔』の話のことだとファティは気づいた。

「それでいいですよ!」

「えっ・・・・・?」

 ファティの言葉に、ありしあは顔を上げた。

「ルーンさんを過去に帰してあげたいんです! ルーンさん、その魔法を使えますし、元々、過去から来た人だから大丈夫ですよね?」

「え、ええ、多分・・・・・」

 呆気に取られたような顔でありしあは頷いた。

ファティはくるりとメイルの方に振り返ると笑みをこぼした。

「じゃあ、早速、ルーンさんのところに行くですよ!」

「ああ!」

 メイルも力強く返事をする。

 すぐにもルーンのところに行こうと駆け出そうとしたファティだったが、何かを思い当たったのか、くるりとありしあの方に振り向いた。

「ねえ、ありしあさん、これからもここに遊びに来てもいいですか?」

「・・・・・う、うん」

 ありしあはちょっとうろたえた。

 遊びに来たい。

 好き好んでここに来たいなんて言われたのは初めてだった。

 客としてなら、多くの人達がやってくる。でも、大抵は欲しい物を購入したら、すぐに店から立ち去ってしまう。

 何度も足を運んでくれる客なんて、本当にまれだった。

 だから遊びに来たいなんて言ってくれた人は、今まで誰もいなかったのに・・・・・。

 さびしそうな顔をして、ありしあはそう思った。

「よかったです! じゃあ、また、来るですね!」

 ファティがそう言って、日だまりのような笑顔を浮かべた。

「・・・・・うん」

ありしあは嬉しそうに小さな笑みを浮かべた。そして、小さく「待っている」ってつぶやいた。


 その頃、当のルーンはというと――

 目の前の光景に驚いていた――。

 ばきぃっ!

「ぐわぁぁぁっ!」

 テレフタレートの三倍はあろうかという巨体の魔物があっさり吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされた魔物はぴくりともしない。

 ルーンはそれを見て目を輝かせた。

「わあっ! すごいね、テレフタレートは!」

「えへへ♪ ありがとうね、ルーン」

 拳を高々と突き上げ、テレフタレートは勝利をアピールする。

「あのな、テレフタレート、目立ってどうするんだよ・・・・・」

ソーシャルは呆れた調子でそう言った。

「いいじゃん、こっちの方が楽らし〜」

 テレフタレートはぱちんとウインクして、笑みを浮かべた。

 レシオン達は脱獄を決意した。――決意したとは言っても、一方的にテレフタレートが決めたに過ぎないのだが。

 一階の廊下の角で辺りを窺ってから、レシオン達は一息に走り出した。

 途中、何度も魔王の配下らしき魔族や魔物に出くわしたが、とっさに柱に隠れてやり過ごしたり、今みたいに吹っ飛ばして気絶させていた。 

 しかし、そう順調にはいかなかった。まだ、建物から出ていないうちに、テレフタレートが吹っ飛ばしたはずの見張りの魔族の声が城内に響き渡った。それに応え、追っ手の魔族達がすぐに飛び出してきた。

「奴らが逃げたぞ!」

「追え!」

「わわわわわっ!」

 もうコソコソしても仕方ない。

 レシオン達は全速力で城を飛び出し、城門を目指して駆けていった。

「魔王様、よろしかったのですか? 彼らを行かせて」

 魔王城を去っていくレシオン達とそんな彼らに合流するファティやエレジタット達を見つめながら、魔将軍は魔王に訊いた。

「ファティは行くなと言っても聞くような娘ではない・・・・・」

「いつも姫様には甘いですね」

「それに、ファティには私の直属の部下のオルファスが護衛している。 護衛の対象をファティだけではなくあの少年にも広げてもらおう」

 ファティとメイルは気づいてはいなかったのだが、ファティが自由に動き回れるようになってからもオルファスという人物が彼女を護衛していた。

 そしてそれはエレジタット達とともにエスタレートの世界に来たときも続いていた。あの時、大道都市の酒場で、エレジタット達にレシオンが『イドラ』だと教えたのも彼だった。

「オルファスの奴から、また文句が飛びそうですね・・・・・」

 魔将軍は苦笑した。

「魔王様は最初から彼らを拘束するつもりはなかったのですね?」

 「いや」と、魔王は首を横に振った。

「最初はそのつもりだった。 だが、仕方あるまい。 ファティにあれほど頼まれてはな・・・・・」

 ファティはあの後、城に戻ると、間一髪入れず、ルーンが書いた本のことと『ルトンの塔』の話を魔王や魔将軍達に淡々と語って聞かせたのである。

 ファティが勢い込んで、

「だから、レシオンさん達を解放してほしいのです!」

 と言うと、魔王や魔将軍は駄目だと口を開きかけた。

 しかし、それを阻止するようにファティはすぐさま言葉を継いだ。

「大丈夫です! ありしあさんのお父さんが過去から来たのですから、きっと、ルーンさんも過去に戻れますよ!」

 と、ファティが半ば強引に決めてしまったのである。

 魔将軍は相好を崩した。

「やはり、姫様には甘いのですね」

 腕を組み、魔王はあらぬ方向を向いた。耳先まで火照らしたままで。まんざらでもないようだ。

 不意に、魔将軍は真剣な表情で魔王に意見を求めた。

「しかし、インフェルスフィアやダオジスらを相手に、オルファスだけではやや荷が重すぎるのでは?」

「我々も動くまでだ」

 魔王は魔王城を去っていくレシオン達をしっかりと見据えた。

「やれやれ、厄介な役回りですね」

 魔将軍は苦笑混じりに、魔王に視線を送った。


   


「じゃあ、早速、その『ルトンの塔』ってところに向かいましょ!」「向かうって行っても、その場所って確か、おまえが・・・・・なあ?」

 ハイテンションでしゃべるテレフタレートとは対照的に、ソーシャルはふうっと溜息をついてかくんと肩を落とした。

「・・・・・何よ?」

 そのテレフタレートの問いには、ソーシャルではなくルーンが答えた。

「・・・・・う、うん。 前にテレフタレート達と一緒に行ったことがあるんだけど・・・・・」「そうだったっけ?」

 テレフタレートはいまだに何のことが分からないらしく、辺りを見回して小首を傾げる。

 ソーシャルは呆れたように溜息をつくと、きっぱりと言った。

「ほら! おまえが『ルトンの塔』の長蛇の階段を見て『こんなの昇れないわよ!』って言って、階段ごと塔をぶち壊したあの事件だ!」

「あっ・・・・・! そ、そんなこともあったわね・・・・・」

 痛いところを突かれて、テレフタレートは反論に詰まった。

「うむ。 なるほどな・・・・・!」

 エレジタットは納得したように何度も何度も頷いてみせた。

「まさか、貴様、自らがその塔を壊していたとはな!」

「うっ・・・・・! うるさいわよ!」

 テレフタレートは唸った。唸ったが、事実が事実なだけに言い返す言葉がない。

 エレジタットは胸を張って、テレフタレートを示した。「それに加えて、破壊の限りを尽くす凶暴性、辺りの迷惑を考えない無分別、笑って済まそうとする理不尽さ、それらを総合的に判断したからこそ、あの酒場の連中は貴様を『極悪非道の破壊王』だと断定したのだ!」

「なッッッッッ!?!?」

 あまりのあまりの暴言に、テレフタレートは怒りを忘れて絶句した。

「なるほどな・・・・・」

 レシオンが苦しげにぽつりとつぶやいた。

「・・・・・それじゃ仕方ないです」

 そう言ったファティには、どこか痛ましいものを見るような表情が浮かんでいた。

「ちょ、ちょっとあんた達・・・・・!」

テレフタレートはムッと表情を曇らせた。その瞳に、いつもの鋭い怒りの光が戻る。

「それだけ状況証拠がそろったら無理もないですね・・・・・」

 フレデリカが悲しげに言う。

「それに過去の所業を考えたら、当然といえば当然か」

 エレジタットが当然のことだとばかりに言う。

「過去の所業って何よ! だいたい、今は『ルトンの塔』に行ってルーンを過去に戻してあげることの方が先決でしょうが!!」

 むくれた顔のまま、テレフタレートは不本意だと言わんばかりに噛みついた。

「あっ、言われてみればそうだな・・・・・!」

 レシオンはどよめいた。

「あまりに貴様=『極悪非道の破壊王』説の説得率が高かったんで、危うく騙されるところだった!」

 誇らしげに胸を張って、エレジタットは豪快に笑い始めた。

「本当ですね、エレジタット様」

 フレデリカが大仰に頷いた。

「もう、肝心なところを忘れないでよ!」

 ワハハと高笑いするエレジタットに、テレフタレートは不満げに口をとんがらせた。

「ともかく、『ルトンの塔』、目指して行くわよ!」

「壊れた塔はどうするんだよ?」

嬉しそうに仕切り直すテレフタレートに、ソーシャルが水を差す。

 テレフタレートはムッとしてソーシャルを一瞬、睨みつけたが、すぐにそ知らぬ顔で答えた。

「行ってから考えるわよ!」

「・・・・・それじゃあ、遅いだろう」

 ソーシャルは呆れ果てたように、がっくりと肩を落とした。

 レシオンは大きくのびをして言った。

「俺は一体、いつになったら元の世界に戻れるんだろうか?」

 ファティが、レシオンににこりと笑って答えた。

「きっと、すぐですよ!」

「・・・・・だといいんだけど」

「大丈夫です!」

 レシオンとファティは顔を見合わせて笑った。そして、遠くで彼らを呼んで待っているテレフタレート達に向かって走っていった。

 

真実を知ろうとするのならば、それを受け止めるだけの勇気も必要になるかもしれない。

それでも――。

レシオン達は手を握り、それぞれの帰るべき場所へと歩き始めたのである。


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