第五章 この空の果ての果て
だいぶ時間が経ってしまったのですが、2巻と3巻が手元になくなったので載せていこうと思います。
「・・・・・あんた、誰よ?」
長い甘栗色の髪を二つに大きく分けている少女は人差し指をビシッと突き出し、言い放った。彼女が指差したのは、森の向こう側の小さな遺跡の入り口。そこには彼女より四つか五つ年上のエルフの青年がただすんでいた。
「・・・・・何だ? 名前を聞いているのか? ・・・・・俺はソクスデス=アワーだ」
「・・・・・あんたも冒険者なわけ?」
「・・・・・・・・・・おまえには関係のないことだ」
「何ですって!? ・・・・・ってちょっと待ちなさいよ!」
だがそう言うと、ソクスデスはもう彼女にも彼女の連れにも目もくれず、そこから立ち去っていった。
「ふふふふふっ・・・・・」
瞳を大きく見開き、心ここにあらずといった様子で、テレフタレートはつぶやいた。そんなテレフタレートの様子を見て、スカイブルーの髪の青年が不安げに腰に手をやって詰め寄った。
「・・・・・テレフタレート?」
「・・・・・決めたわよ、ソーシャル!」
ふいにテレフタレートは顔を上げて叫んだ。そして、誰もいなくなったはずの遺跡の入り口を凝視する。ソーシャルは思わず声をかけた。
「・・・・・何をだよ?」
「今からあいつは私達のライバルよ!!」
「はあっ―――?!」
ソーシャルは絶句した。
先程、遺跡で会ったばかりの人を――、しかも、魔物の集団に囲まれてピンチに陥っていた俺達を救ってくれた命の恩人だ。それなのに何故?
ソーシャルは叫んだ。
「な、何言っているんだよ? あの人は命の恩人だろう?」
「だからよ! 私の分析があいつを宿敵だと告げているのよ! 他に何か理由が必要なの?」
「あっ、いや、だからって・・・・・」
テレフタレートの放つ鉄壁の自信に気圧されて、ソーシャルは二、三歩後ろへよろめいた。
「見てなさいよ! ソクスデス=アワー!!!」
人差し指を空に突き出すと、テレフタレートは得意げな笑みを浮かべてそう絶叫した。
これが、テレフタレート達とソクスデスの初めての出逢いだった。
「お疲れ様」『海の秘宝』をダオジス達によって奪われ、やっとの思いで酒場に戻ることができたレシオン達に、酒場の主人がねぎらいの言葉をかけた。そして、壁に貼ってあるビラに示しながら言った。
「今朝の酒場の記事、もう見たか?」
「えっ、いや・・・・・」
「ああ、見たぜ!」
しどろもどろと言いかけたレシオンの代わりに、エレジタットが自信を持ってそう答えた。
「Gコードはいつ読んでも面白いな!」
持っていた新聞を見て、エレジタットは高らかに笑った。
「そんなの読む奴はあんたくらいよ! それに新聞のことじゃないわよ!」
憤懣やるかたないといった様子でテレフタレートが叫んだ。
「そんなことないですよ、テレフタレートさん。 毎回、私も楽しみに読んでいますです!」
「エヘヘ」と笑いながら、ファティはテレフタレートの抗議を受け止めた。
「ねえ、メイル?」
「・・・・・いや、そんなの読んでいるのはおまえ達だけだ」
満面の笑みで言うファティに、メイルは呆れたように溜息をつく。
その様子をしばらく見守っていた酒場の主人は、ほどなくしておどおどとつぶやいた。
「えっと・・・・・、は、話を続けてもいいのか?」
「あっ・・・・・はい。 か、構わないかと」
レシオンの言葉に、何となく勇気づけられた酒場の主人は話を続けた。
「海の秘宝の新情報が飛び込んできたんだ。 何でもまた、新たな『海の秘宝』が見つかったらしい!」
「えっ、『海の秘宝』が!?」
レシオンはそれを訊いて、驚きの表情をみせた。だが――
「この毎日、連載している天気図! これがいつ見ても泣けるな~」
「うっ、うっ、そうですね・・・・・」
エレジタットとファティは新聞の天気図を見ると、顔を見合わせて頷きあう。そして、瞳に涙を込めて泣き出した。
「もう! あんた達、人の話、聞いてるの! あれよ、あのビラよ!」
そんな二人を見て、テレフタレートの瞳にまたまた怒気の炎が立ち昇る。ビラの紙面には『新たな海の秘宝の行方が判明?』と大きく書かれていた。
海の秘宝の行方、途絶える。
――先日、海の秘宝を見たという情報がギルドに届いたが、その行方は完全に途絶えてしまった。そのため、実際に『海の秘宝』がそこにあったのかは不明のままである。
だが、また新たに海の秘宝が別の場所にて発見されたという情報が舞い込んできた。発見者であるソクスデス=アワーから詳しいことを聞き次第、随時、掲載していく予定である。
情報提供者 ジュリア=アワー
「新たな海の秘宝か・・・・・」
「やっぱり、まだ酒場には、あのダオジスっていう人が『海の秘宝』を手に入れたっていう情報は入っていないんですね。 それにしても、『海の秘宝』っていくつもあるんですか? ねえ、テレフタレートさん?」
ソーシャルのつぶやきを訊いて、レシオンは不思議そうにテレフタレートにそう問いかけてみた。
でもテレフタレートは、そんなソーシャルやレシオンの反応とは異なっていた。
「・・・・・・・・・・ふふふっ」
と笑みを浮かべながら、テレフタレートはレシオンの呼びかけにも答えず、ビラを凝視していたのだ。
ソーシャルは思わず声をかけた。
「・・・・・おい、テレフタレート?」
「――さあ、今すぐ、ソクスデスに会いに行くわよ!!」
確信に満ちた瞳で顔を上げると、テレフタレートは拳を掲げて高らかにそう宣言した。
「「いっ、今からっ!?」」
驚きのあまり、レシオンとソーシャルは異口同音に叫んでしまった。
「今度こそ、魔王城に戻るんじゃなかったのですか?」
あまりに意外な言葉に、フレデリカもそううめくしかなかった。
「もちろん、そんなの後回しに決まっているわよ! とっとと行って、このテレフタレート=コルレリアが、あのソクスデスから『海の秘宝』の行方を吐かせてみせるわ!」
「は、吐かせるって・・・・・」
レシオンはそれを聞いて、思わずガクッと肩を落とす。
だがその瞬間、酒場の人々が突然ざわめき始めた。
「テ、テレフタレート!!」
「テレフタレート=コルレリアだって!!」
酒場のあちらこちらから、動揺とも恐怖ともつかない声があふれ出した。
誰かが叫んだ。
「て。 テ、テ、テ、テレフタレートだってぇぇぇぇぇ! あのドラゴンにまれても平気だったというテレフタレート=コルレリアッッ!! しかも噛んだドラゴンに数百倍返しとか言って瀕死の状態に追い込んだ、あの極悪非道の破壊王がここにいるのか!!」
別の誰かも叫んだ。
「自称・可憐でビューティーフルなテレフタレート=コルレリア!! 自称・超一流の格闘家で、自称・世界一の賞金稼ぎ!! だが、どれもまったく当たっていないし関係ないのはあやしい!! そしていてもいなくてもいいような、いやむしろいない方がせいぜいする――、あのウザすぎるテレフタレートだとッッ!!」
さらに別の誰かも叫んだ。
「口から眼光線を出して、モンスターを一掃するっていう噂の・・・・・!」
また、別の誰かも絶叫した。
「額から触覚が伸びて、辺りのハエを捕食するっていうあのテレフタレートか!? やべえぞ! うかうかしていたら頭から食われちまうッッッッッ!!!!!!」
「・・・・・・・・・・あ、あんたらね・・・・・!」
酒場の人々の言葉に、テレフタレートはぷるぷると身を震わせる。そして、彼らに人差し指を突きつけると叫び声を上げた。
「こらぁっ! 言うにいてなんちゅう噂話よッッッッッ!!!!!」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」
絶対的な恐怖に陥る酒場の人達に、少し表情を引きつらせつつ、レシオンはソーシャルに訊いた。
「・・・・・すごい噂ですね。 って、本当にドラゴンに噛まれたことがあるんですか?」
「・・・・・ああ。 あの時はドラゴンの方が痛そうだったな・・・・・」
ソーシャルは両肩をすくめて溜息を漏らした。
なんていうか、本当に悪い方で名が知られているんだな・・・・・。
「ってか、何よ、その『口から眼光線を出して、モンスターを一掃する』とか『額から触覚が伸びて、辺りのハエを捕食する』って言うのは!!」
ちっちっち、とエレジタットが指を振った。
「ふふふっ・・・・・。 さすがは俺が流布した正確無比な情報。 既に一般市民にまで行き渡っていたか!!」
「って、あんたが噂の発生源か!!」
ばきっ!
テレフタレートの拳が、それも裏拳がエレジタットの顔面に直撃した。悲鳴をあげてのた打ち回るエレジタットに、抑制の効いた声でファティは言う。
「大丈夫ですよ、テレフタレートさん。 ささいなことにも驚いてしまうのは人として当然のことなのです! 眼光紙背に徹するのですよ!」
全然、違うだろうが・・・・・!
メイルはしみじみとそう思った。
「見つけたわよ、ソクスデス!!」
「・・・・・また、おまえか」 テレフタレートにボソリとそう言ったのは、そっぽを向いたままのエルフの青年。ソクスデス=アワーだ。
「さあ、吐きなさいよ! あんた、新たな『海の秘宝』を発見したんでしょう!! ほらっ! さあっ! さあっ!」
拳を振り上げたテレフタレートがソクスデスに迫り寄る。一歩、また一歩とまるで死刑執行人のように。
「あの、ソーシャルさん・・・・・。これって、いわゆる尋問って言うんじゃないかな?」
「・・・・・う、うーん」
頭を抱えながら言うレシオンに、ソーシャルは困ったように首をひねった。
はあっ・・・・・。
・・・・・確か、前にエレジタットさん達にこれと同じことをされたんだよな。
「・・・・・見つけた、だと?」
ソクスデスはテレフタレートを見据えて言った。
「・・・・・何のことだ?」
「何のことですって! しらばくれる気! 酒場にあんたが『海の秘宝』を見つけたってきっちりしっかり書かれていたわよ!!」
テレフタレートとソクスデスの視線が空中でぶつかった。
「・・・・・あいつの仕業か。 嘘も方便というが、勝手なことを」
「あるなら、さっさと出しなさいよね!」
とテレフタレートは叫んで、そして顔を背けた。
「・・・・・おまえは『海の秘宝』とは何だと思う?」
「・・・・・い、いきなりなによ?」
ソクスデスが誰にともなくつぶやくと、顔を背けたままのテレフタレートがそう訊いた。
「ふっ、俺は『海の秘宝』と聞いただけで」
エレジタットは掛け値なしに真剣な顔で、テレフタレートに言った。
「何かあるんだなと! 分かるな」
「そんなの誰でも分かるわよ!」
テレフタレートはエレジタットをにらみつけた。
「そんなことよりどういう意味よ! それ!」
そう叫ぶと、テレフタレートは身を乗り出した。
「・・・・・・・・・・イドラ」
「・・・・・イドラ?」
唐突にソクスデスから出た単語に、テレフタレートは首を傾げた。いや、テレフタレートだけではない。レシオンも、そしてファティもその場にいた彼以外の誰もが息を呑んだ。
ソクスデスは言った。
「・・・・・この『海の秘宝』は、『イドラ』と関係があるのかもしれない」
「どういうことよ?」
テレフタレートは顔をしかめた。
「・・・・・そもそも『イドラ』とは、封印の魔女ユヴェルの遺産だ。 そして、『海の秘宝』の噂が流れ始めたのもちょうどその頃だ。 何か因果関係があると思うのが当然の理だ」
レシオンは言葉を失った。ソクスデスの台詞はこれ以上ないというぐらい的を得ていた。
『イドラ』が、その封印の魔女ユヴェルの遺産――?
どういう意味なんだろうか?
俺やファティさんが持っている力と、何か関係があるんだろうか?
「・・・・・もっとも、それが何を意味するのかは謎だがな」
それだけ告げて、その場を去ろうとするソクスデスの背中にレシオンは声をかけた。
「待って下さい!」
「なんだ?」
振り返りもせず、ソクスデスは答えた。
「まだ、何かあるのか?」
「当たり前でしょ! さっさとその『海の秘宝』を――」
人差し指を突き上げて叫ぶテレフタレートをさえぎって、レシオンは言った。
「『イドラ』って何なんですか?」
「・・・・・さあな。 そんなことは知らん」
背を向けたまま、ソクスデスはわずかに首を傾げた。
「あと、ついでに言っておくが、俺は『海の秘宝』を手に入れていない。 おまえ達が見たビラは、あいつが――ジュリアが勝手に流したデマだ」
「ジュリアって誰よ?」
「ジュリア・・・・・って確か、ビラに情報提供者って書かれていた人ですよね?」
怪訝そうに首を傾げて訊ねるテレフタレートに、ファティが今思い出したかのように手をポンと叩く。
「・・・・・俺の妹だ」
「はあ・・・・・?」
その台詞に、その場にいた全員が一瞬、ぴしりと凍りつく。
だが、ソクスデスはそれだけを告げると、もうレシオンにもテレフタレートにも目もくれず、その場から立ち去っていった。
すぐに我に返ったテレフタレートが「ちょっと、レシオン!」とか「邪魔しないでよね!」とか叫んでいたけれど、レシオンはひとり、深く溜息をついた。
『イドラ』が、封印の魔女ユヴェルの遺産――?
何故か、そのことがひどく心に残った。
「・・・・・あのさ、ところでこれからどこに行くんだ? ソクスデスさんを追うんじゃないのか? ――ってあれ、こっちってソクスデスさんが行った方向とは逆みたいだけど?!」
レシオンの声が自然と高まった。
レシオンの質問を全く無視して、ソクスデスに怒りの咆哮を上げていたテレフタレートがさっさとどこかへ歩き出していたからだ。
「うるさいわね! 決まっているでしょ! 魔王の城に行くのよ!」
振り向きもせずに言ってから、テレフタレートはこうつけ足した。
「『海の秘宝』をソクスデスが持っていないんなら、追ったって仕方ないでしょ! ・・・・・それにいい加減、ルーンを元の時代に戻してあげたいしね」
「・・・・・・・・・・テレフタレート」
照れ隠しのように髪をクルクルと絡めるテレフタレートに、ルーンは心の中で笑みをこぼした。
本当はきっと心の中ではソクスデスさんのことが気になっていて、今すぐにでも追いかけたいはずなのに・・・・・。
ありがとう、テレフタレート。
ルーンには、そんなテレフタレートなりの優しい気遣いが嬉しかった。
「じゃあ、ようやく帰れるですね!」
満面の笑顔で喜ぶファティだったが、レシオンは逆に不安げにつぶやいた。
「魔王の城か・・・・・」
今までいろいろありすぎて忘れていたけれど、魔王が『イドラ』としての力を持つ者を連れてくるようにって、エレジタットさん達に命令したんだよな。
俺やファティさんが持つ『イドラ』としての力――。
あの時、ソクスデスさんが言っていた封印の魔女ユヴェルの遺産っていうのと何か関係があるのかもしれないな・・・・・。
「ちょっと、何してるの! ほら、行くわよ、レシオン!」
「あ、ああ――」
レシオンはそう応えると、慌ててテレフタレート達の後を追って走り出した。
「何とか無事にたどり着きましたね」
フレデリカがしみじみとつぶやいた。
――まあ、なんていうか、エレジタットさん達の案内があったからこそだろうか?
魔王城に向かい始めてから数日後には、さしたるトラブルもなくレシオン達は魔王城の門前までたどり着くことができた。
「ふう・・・・・」
魔王城の門前で、レシオンは大きく息をついていた。
それはとにかく巨大な城だった。エスタレートにいた頃、エカ達とともに行った大道都市も大きな街だなと思ったけれど、あれに勝るととも劣らない、いや、下手したらあれよりももっと大きいんじゃないかという巨大さだった。ただ、大道都市とは違ってこちらはお城だけど。
森の小道をてくてく歩くこと小時間。扉から城までは思ったより距離があった。
「至急、魔王様に謁見を申し入れたい!」
ようやく城の手前まで着くと、エレジタットはそう告げて門番に取り次ぎを申し出た。
「じゃあ、ここで待ってて下さいです!」
ファティはそう言うと、エレジタットとフレデリカを連れて城の中へと入っていった。
彼らを待っている最中、テレフタレートが不満げに言葉を漏らした。
「それにしても、ここって門から城までの道のりが長すぎるわよ!」
「やっぱり、魔王の城だけあって道のりは長いんだな・・・・・。 でも、テレフタレートさんは冒険者だし、結構、歩くのは慣れているんじゃないのか?」
レシオンの質問に、テレフタレートは不快げに眉根を寄せた。
「・・・・・その前に気にいらないんだけど」
「何がだよ・・・・・?」
「いい加減、『さん』づけで呼ぶのやめてよね!」
レシオンは言い直した。
「・・・・・じゃあ、テレフタレート」
「うん、よろしい♪ ・・・・・いい。 それにはふか―い深い事情ってものがあるのよ」
テレフタレートが抱える事情・・・・・。
レシオンはごくりとを飲み込んだ。
「私達はね、魔物退治ばかりしてきたのよ!」
「・・・・・・・・・・はあっ?」
レシオンが声を発するまでに、しばらくの時間がかかってしまった。
「冒険者なのに、魔物退治ばかりしていたのか!?」
「何言っているのよ!」
テレフタレートはそう叫ぶと地団駄を踏んだ。
「冒険者って言ったら、魔物退治は基本でしょう!」
「・・・・・遺跡探索は退屈だから嫌、というのが本音だろう」
嬉しそうに『基本』という言葉を強調するテレフタレートに、ソーシャルが水を差す。
テレフタレートはムッとしてソーシャルを睨みつけるけれど、ソーシャルはそ知らぬ顔でルーンに言った。
「元の時代に戻る方法が見つかるといいな」
「うん。 ありがとうね、ソーシャル」
ルーンはにっこりと微笑んだ。
「まあ、一応、レシオンも元の世界に戻れるといいわね」
テレフタレートが不適な笑みを浮かべて言った。
「一応は余計だろう・・・・・」
かすかに微笑みながら、レシオンは毒つく。
「別にいいでしょう!」
不機嫌そうにそう言うと、テレフタレートは頬をぷうっと膨らませた。そして、ぷいと横を向く。
何か子供ぽい仕草だな、と呆れて、レシオンはぷっと噴き出した。
でも、レシオンのこの喜びもルーンの喜びも扉をぶち破る勢いでやってきた衛兵達がもたらした知らせによって、あっという間に吹き飛んでしまうことになる。
その衛兵達は、肩で息をしながらこう言い放ったのだ。
「レシオン=オラクル。 魔王様の命により貴様を拘束させて頂く!」
「ちょっと、どういうつもりよ!」
テレフタレートは行く先々の通路の壁をガンガンと叩いていた。
そんな彼女を見て、ソーシャルがたまりかねたように割り込む。
「落ち着けよ、テレフタレート!」
「なに言っているのよ! ソーシャル! この状況で落ち着けるわけないじゃない!!」
いらだつ心のまま、テレフタレートは声を限りに叫んだ。
・・・・・まあ、無理もないよな。
レシオンは溜息をついた。
あの後、いきなり捕らえられ、一切の説明もなく、俺達はここまで連れて来られたのだ。これでこの状況を受け入れる者がいるとすれば、そいつはただのバカだろう。
衛兵達が案内した先は、謁見の間だった。
「あ、あの、一体、どこまで行くんですか?」
「どこまで連れていくつもりよ!」
などとぼやきながら衛兵達についていったレシオン達は、中を覗き込んで我が目を疑った。
謁見の間には三人の魔族と巨大な魔物がいたのだ。
そのうちの一人、壮年の魔族の男がレシオンを目指して歩いてくる。
「お待ちしていた」
「あなたは・・・・・?」
「本物の魔将軍様だ!」
「えっ、ええっ!?」
レシオンは目を丸くした。レシオンだけではない。テレフタレート達もまた、驚きに目を白黒させていた。
レシオン達が驚いたのは、巨大な魔物の姿や魔将軍と呼ばれた男の発言ではない。
まあ、最も彼の意味深な台詞も巨大な魔物のことも気にならないといえば嘘になるが。
『魔将軍』、彼のことをそう呼んだ魔族の男とその傍らにいる魔族の女性に、レシオン達は驚かずにはいられなかったのだ。
そう・・・・・。
それはエレジタットとフレデリカだった。
「ちょっと、あんた達、これはどういうつもりよ!」
彼らの姿を目にした瞬間、テレフタレートはがしっとエレジタットの胸ぐらをつかんだ。
「いきなり拘束とか言って、こんなところまで連れてきたりして!!!」
「まあ、こちらにもいろいろとあるってことだ!」
怒り狂うテレフタレートとは対照的に、エレジタットはあくまでも上機嫌で答えた。
「見事、『イドラ』の少年を連れてくることも出来たし、俺達も生きていることが証明できたし、まさに渡りに船だったな!」
――そう。エレジタットはようやく証明できたのである。
自分達が生きているということを。
すべてはファティとともに魔王城に戻ってくることが出来たことが勝因だった。エレジタット達が予想し、そして願った通り、エレジタット達は自分達の生存を証明することができたのである。
だが。
そこから事態は思わぬ方向へと展開をみせる。
何故、生きているエレジタット達が死亡してしまったことにされてしまったのか?
当然のことながら、その辺の事情に調査が入り、そして判明したのだ。
「それについては、私から説明させて頂く」
魔将軍は真剣な表情を浮かべた。
「元々、『イドラ』の捜索には私がファティ様とともに行くつもりだった」
「だったら何でこいつらが一緒だったのよ!」
テレフタレートは怒りに燃える声で叫んだ。
「私の偽者が偽の命令を出し、我々をかく乱させた後、『イドラ』を捕獲する。 それこそが奴らの策略だった」
「・・・・・・・・・・奴ら?」
レシオンは首を傾げた。
「インフェルスフィア・・・・・。 奴を筆頭に封印の魔女ユヴェルの復活を目論む組織のことだ」
「ふ、封印の魔女ユヴェル・・・・・!?」
それはあの時、ソクスデスが告げた人物の名だった。レシオンは訊いた。
「封印の魔女ユヴェルって何者なんですか?」
「・・・・・かって、この星の片隅に、ユヴェルの地と呼ばれる世界があった。この星のあまたに存在する無数の世界の中でももっとも辺境に位置する世界。そこには夢幻都市アドヴェンティアに存在していた十人の神々とは違う、一人の神がいた。 それが封印の魔女ユヴェルだ」
「・・・・・あ、あの、夢幻都市アドヴェンティアって? ・・・・・それに十人の神々って一体?」
レシオンが素直にそう尋ねると、一瞬、宙を見上げてからフレデリカがつぶやいた。
「そういえば、レシオンさんはこの世界のことをまだあまり知らなかったんですよね」
「つ・ま・り!」
「う、うわっ!」
ここぞとばかりにレシオンに向けて人差し指を突き出すと、テレフタレートはいたずらっぽく笑った。
「平たくいえば、この星『リパル』には複数の世界が存在しているのよ! まあ、私達が、今いるこの世界が一般的には『リパル』の世界って言われているんだけど―。 で、夢幻都市アドヴェンティアっていうのは、かって神々がいたとされるその名のとおり、夢幻郷ね! 今はないけれど」
「い、今はないって?」 レシオンが訊くと、テレフタレートはふと遠い目で頷いた。
「遠い昔に滅ぼされたのよ! 暗黒神クロディアによってね!」
「暗黒神クロディア?」
「十人の神々の一人だ」
レシオンのその疑問には、魔将軍が答えた。
「この星『リパル』には十人の神々がいる。 暗黒神エンサイ=クロディアもその一人だ。 かって夢幻都市アドヴェンティアを滅ぼし、創造神ロードと生命の女神レミィによって封印された存在。 この星を創ったとされる創造神ロードでさえも封印することがやっとだったという神だ」
「そんなすごい存在なんですか・・・・・」
魔将軍は無言で頷いでみせた。
「しかも、そんな暗黒神クロディアを倒したのが、その封印の魔女ユヴェルって言われているからさらに驚きよね!」
「ええっ!?」
何気ないテレフタレートの一言に、レシオンはまた驚かされてしまう。
暗黒神クロディアを封印の魔女ユヴェルが倒したって?
一体、どういうことなんだろう?
そんなレシオンの疑問に答えるように、ルーンは言った。
「うん。 私もよく分からないんだけど、この時代ではそういう風に伝わっているみたいだよ! 私のいた時代では、封印されたとまでしか伝わっていなかったんだけどね」
「・・・・・ともかくだ」
不意に魔将軍が、それまでとはがらりとトーンを変えた声を出した。
「えっ?」
激しい混乱の中をさまよっていたレシオンは、いつのまにかうつむいていた顔を上げて魔将軍を見た。
「おまえにはここにいてもらう」
魔将軍はレシオンに告げた。
「どういうことですか? 元の世界に戻してくれるんじゃないんですか?」
「そうよ! そうよ!」
当然のことごとくレシオンは抗議した。テレフタレートもそれを訊いてムッとする。
「今、おまえを元の世界に戻すわけにはいかない」
レシオンとテレフタレートの抗議もどこ吹く風という感じで、魔将軍は無感情にそう言った。
「ここまで無理やり連れてきて、来たら来たらで帰さないなんてちょっと無責任すぎるんじゃない! だいたい、あんたじゃなくてその魔王に会わせなさいよ! 一切、姿を見せないなんてずるいわよ!!」
「そこにおられるではないか」
魔将軍はテレフタレートに言った。
思わず、レシオンは首を傾げた。
えっ?
ここにいるのは、俺とテレフタレートとソーシャルさんとルーンさんとエレジタットさんとフレデリカさん、それに魔将軍と巨大な魔物しか――。
「・・・・・まさか・・・・・」
「気づかれたようだな」
表情を消したまま、魔将軍は言った。
「このお方が魔王様だ」
「ななあああああッッ?! 魔王だって?! この巨大な魔物が?!」
「そうだ」
レシオンの悲鳴を、魔将軍は強い口調で抑えつけた。
「あはは、あははははは。 確かにすごいですね。 以前、戦った巨大魚の何倍あるかな~。 あははははは」
と乾いた笑いを上げて誤魔化してはみても、やっぱり恐怖を消すことはできなかった。レシオンは笑いを収め、魔将軍に叫んだ。
「って反則です!! デカすぎます! 握り潰されたら瞬殺じゃないですか!」
当然のレシオンの叫びに、「本当にそうだね」とルーンはさらりと答えた。
「私が以前、ソディとともに戦ったのよりもはるかに強そうだよね」
「ここここんなの勝てないって!」
「逃げる必要なんてないわよ!」
回れ右をしようとしたレシオンの背に、テレフタレートの一喝が浴びせられた。
「私の力があれば、こんな魔物なんかに負けないわよ!!」
「・・・・・魔物じゃなくて魔王なんだけど・・・・・。 それに、いくらテレフタレートでも勝てる相手じゃないって・・・・・」
レシオンはぼそりと言ってみたが、テレフタレートの耳には届かなかったらしい。
テレフタレートはレシオンから巨大な魔王が見える方向へと向き直り、そして大音響で言った。
「例え魔王だとしても、所詮、私の敵じゃないところを証明してあげるわ!! 聞こえているか分からないけれど、これだけは言っておくわよ!!!!」 ピシリと指を立て、テレフタレートは巨大な魔王が――恐らく顔がある方向を指差し叫んだ。
「いい!! レシオンは私達の仲間よ!! どうしてもって言うんだったら、私を倒してからにしなさいよね!!」
・・・・・レシオンは驚いていた。恐らく、ソーシャルさん達も驚いていただろう。あのテレフタレートが俺のことを仲間だと自ら認めてくれたのだ。しかも、俺のためにあの巨大な魔王と戦おうとしてくれるなんて・・・・・。
・・・・・テレフタレート、ありがとうな・・・・・。
「喰らえ――――ッッッ!!!! 必殺、フェルナル・アエルグン!!!!」
雄たけびを上げながら、テレフタレートは右手に光をため、それを勢いよく魔王に叩きつけた。閃光は見事に魔王に炸裂し、辺りに爆音が響き渡った。
「どう。 自称・超一流の格闘家で、自称・世界一の賞金稼ぎの私の実力は?」
テレフタレートは勝利を確信して、威勢よく言い放った。
「・・・・・すごい。 すごいけれど――」
「・・・・・けれど、何よ?」
テレフタレートが不機嫌そうに訊くと、レシオンはうめいた。
「・・・・・全く、効いてないみたいだ」
「なっ!?」
再び魔王に振り返った時、テレフタレートは心臓が凍りつくほどの衝撃に襲われていた。
無傷だった。しかも、微塵も動いた形跡がない。
もちろん、テレフタレートは自分の戦闘能力に自信を持っていた。テレフタレートの最終目的は父親のような世界一の賞金稼ぎになり、母親のような超一流の格闘家になることだった。そのために物心ついたときから血の滲むようなを積んできたのだ。自分の能力に自信を持っていないわけがない。だが、その自信を持っているはずのテレフタレートの攻撃が、魔王には全く通用しない。
エレジタットがにやっと笑みを浮かべた。
「ふっ。 貴様なんかが魔王様に勝てるわけないだろう!」
「うっ、うるさいわねっ!! 戦いはまだ始まったばかりでしょうが!!」
テレフタレートはエレジタットに叫び返すと、彼方にあるはずの魔王の顔を睨みつける。
「う、運がいいわね・・・・・。 だけど、今度はそうはいかない―――」
「ああっ?!?!」
レシオンは悲鳴をあげた。
話しているテレフタレートめがけて、遥か上から赤い光線が土砂降りのように降ってきたからだ。着弾するやドーム型に炎が膨らみ、高温を発する。
「こっ、こんなの絶対に絶対に信じないんだからッッッ!!!!!」
光線を喰らって、テレフタレートは後方に吹き飛ばされた。
魔将軍が無表情にレシオン達に訊いた。
「さて、どうする?」
答えるまでのない質問だった。レシオン達は無言のまま、ただ頷くしかできなかった。