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第三章 青い星のワールドエンド

第三章です。次の第四章までが1巻部分になります。第五章からは2巻がなくなり次第、掲載していこうと思っています。

 ――かって、この星の片隅に、ユヴェルの地と呼ばれる世界があった。 この星のあまたに存在する無数の世界の中でももっとも辺境に位置する世界。そこには夢幻都市アドヴェンティアに存在していた十人の神々とは違う、一人の神がいた。封印の魔女ユヴェルと、その者を知る者たちからはそう呼ばれる神が、たしかにかって存在した。

 ユヴェルの地は実は今でも存在する。

 しかし、もはやそこには封印の魔女ユヴェルの姿はない。

 さかのぼること数百年前。

 ユヴェルの地の空は赤く染まり、ひとつの存在が大地に降り立った。

 暗黒神エンサイ=クロディア。 かって夢幻都市アドヴェンティアを滅ぼし、創造神ロードと生命の女神レミィによって封印された十人の神の一人。

 この星を創ったとされる創造神ロードでさえも封印することがやっとだったという神、そしてある日、忽然(こつぜん)と歴史の表舞台から姿を消した伝説の存在。

 その伝説の暗黒神が、長きに渡る沈黙を破り、ユヴェルの地に突如現れたのだった。


 この日を境に、ユヴェルの地から封印の魔女ユヴェルは姿を消え失せた。

 しかし、この戦いで暗黒神クロディアは封印の魔女ユヴェルによって滅ぼされたとされている。

 真実は定かではない。 だが幾年、封印の魔女ユヴェルを復活させようと画策する者が現れつつあるという。






「本当にここにあるですか?」

 半ば呆れ気味に、半ば恐怖を込めた表情で彼女はそう尋ねた。

 歳の頃は十六ぐらい。薄紫色の髪と赤い瞳を持った少女だった。だが、その赤い瞳は今は動揺の色で揺れている。

 月の森――。そこはかって妖精が存在していたとして知られている場所だ。そんな場所に彼女は一人でただずんでいた。いや正確には彼女の他に――。

「ああ、間違いないはずだ」

 と、他に人などいないはずの森に若い男の声が響いた。

「メイル」

 彼女は驚いたふうもなく、誰もいない空間に向かって答える。まるでそこに誰かが立っているようだ。ただ正確には、彼女にしか見えない存在だったりするのだが。

そこにはオレンジ色の髪に穏やかな顔つきをした少年が立っていた。身体にピッタリした服に赤いコート。歳は彼女より少し年下のように思えた。

しかし、生身の人間ではあり得ない。その少年は宙に浮かんでいた。

 メイル。

それは彼の本当の名ではなかった。彼女が勝手に決めた名前だ。

何でも初めて彼と出会った場所がメイルの森だったから、メイルという名前にしたらしい。 だが、実際のところ、メイルの方もなんだかんだ言いながらもこの名前が気に入っていたりする。

 ただ一つのことを――そう、森と同じ名前なことを除いては――。

「ここに月の時計塔があるんですね!」

「・・・・・あるんですね、じゃなくてあるんだよ・・・・・」

「あっ、そうですね!」

 メイルの言葉に、少女は納得したかのように手をポンと叩く。

 そんな彼女に、メイルはすかさず突っ込む。

「・・・・・あのな、アプリナ」

 だが、彼女――アプリナが(本当の名前はファティというのだが)手に持ったままの地図に気づいて、メイルは表情を険しくした。

「・・・・・それしても、行方不明者の捜索なんてアプリナには無理じゃないのか?」

「えっ? 何でですか?」

「おまえ、方向音痴だろ!」

 メイルがファティに人差し指を突きつけて、力強く言い切った。

静寂が辺りに満ちた。

何しろ、初めて出会った時、迷子になってしまっていたアプリナと共に森の出口を探し回ったのだから――。

まあ、そのおかげで俺はこうしてアプリナと一緒に入れるわけだれど・・・・・。

・・・・・いや、そうじゃなくて!

あっ、いや、そうなんだけど・・・・・。

――じゃなくて、違うっ!!

そこでメイルはハッとして頭を横にブンブンと振った。そして、自問自答になっていた自分の考えを改める。

とにかく、それだけじゃない。

この間、魔王の腹心とも言われている魔将軍から、彼女と同じ『イドラ』としての力を持つ者を探し出してくるように、との命を受けてエスタレートという世界を赴いた時にも、従者の人達とはぐれたばかりか迷い迷い続けて何故か元の世界に戻ってきてしまったのだ。『ネフライト』もないのにどうして戻って来れたのかは、いまだに不明だったりするのだが。

とにかくいい加減、自分が極度の方向音痴だと認めてほしい。

メイルは思った。

 でも・・・・・。

「それが、どうかしたですか?」

 と、言われた当人は全く平然とした顔で答えた。

「大丈夫です! ほら、大丈夫です♪ 大丈夫です♪」

 そう言って、ファティは満面の笑みを浮かべた。

「おまえ、その根拠は一体どこから――」

「あっ! です」

思わず、メイルがそう言いかけた時だった。突然、ファティが言葉を挟んできたのだ。

「いきなり何だよ?」

メイルは不愉快そうに言いながらも、ファティを見つめる。ふと目を遣ると、彼女の視線は足元に落ちている木の枝にあった。

まさか・・・・・・!?

「そうです! この木を落として行く方向を決めるです!」

 と、ファティが笑顔を浮かべて言った。

 やっ、やっぱり・・・・・か。

 メイルはガクッと肩を落とした。

「だめだからな! おまえ、ちゃんとここの地図、持っているだろう!」

動揺して叫びつつも、メイルは両手を交差してバツのサインを出した。

「よし、まずは右です! さあ、行くですよ!」

ファティは木の枝を落とすと、メイルの言葉など聞こえなかったようにメイルから顔を背ける。

「おい! 無視するなよ!」

 メイルは怒りのあまり、がむしゃらに拳を振り回す。

「ほら、メイル、早く早くです!」

「・・・・・あ、ああ」

 有無を言わさないファティの言葉に、メイルはしぶしぶ頷いてみせた。

 やっぱり、俺はアプリナには敵わないらしい。

 そう思うと、メイルは哀しげに溜息をついた。





 月の時計塔の失踪事件――-。

ファティとメイルがその話を聞いたのはランリールの街の酒場だった。

「・・・・・行方不明? ですか・・・・・」

 ファティの言葉に、酒場の主人は頷く。

「ああ。 つい最近のことだ。 ここより南西に『月の時計塔』と呼ばれている場所があるんだが、そこを訪れた者達はみな行方不明になっているそうだ」

「何も手がかりとかないのですか?」

 ファティは不思議そうに、酒場の主人にそう問いかける。

「ああ。 私の知る限り、そこから戻って来た者はいないからな。 何がどうなっているのか、さっぱり分からんよ」

 酒場の主人は、微笑みを絶やさず、よどみなく答える。

「しかも、そこには封印の魔女ユヴェルが眠っているっていううわさもある。 まあ、そんな場所には近づかないのが幸いってものだ」

 ファティはその言葉を訊くと、独り言のようにぶつぶつとつぶやく。

「月の時計塔で行方不明なのですね。 何か面白そうです」

 そんなファティに、酒場の主人は真剣な面持ちで告げる。

「明らかに危険な場所だ。行くのはやめた方がいい」

 ファティは人差し指を立てると、不思議そうに首を傾げた。

「・・・・・えっ? 何でですか?」

「何でって、おいっ!」

「城に戻る前に、まずはそこに行ってみるです!」

 ファティはそう言って拳を突き上げる。

そして酒場の主人の言葉など無視して、言いたいことだけ言い放つと、二階の宿へと階段をのぼっていった。

「・・・・・大丈夫なのかね」

 その様子を見守ると、酒場の主人は困ったように笑顔でポリポリと頭をかいていた。






 次の日の朝、早々に月の森行きの準備を整えたファティとメイルは、行方不明者の捜索のため、ランリールの街を後にした。幸いにして、快晴だったので道ははかどり、ランリールの街を離れて昼頃には月の森に辿り着くことができた。

 月の森。それが、アプリナ達が向かった森の名前だ。

 この月の森は、かって妖精が存在していた場所として知られている。妖精が住んでいる、といえば、リサンブルク大陸の南方の大陸内にあるリンフィ王国が有名だったりするが、ここは、そのリンフィ王国と繋がりがある場所として知られている。ここの妖精は、リンフィ王国からこの月の森にやってきたというのだ。それが本当なのなら、この森とリンフィ王国をつなぐ道があるのだろう、と伝えられている。

 ただし、これは広く人に伝えられたおとぎ話としてのことだ。その伝承が本当のことか、嘘のことか、真意は定かではない。

「・・・・・すごいですね、すごいですね!」

ファティは、先程拾った木の枝を落として方向を決めると、月の森へとどんどん足を踏み入れていった。

 ここはいくつかの森の中でも異色の存在だろうけれど、それでもやはり森は森なんだなということを、メイルは探索を始めて間もないうちに、身を持って知った。つまりこの森にとっては、ファティ達は「招かれざぬ客」だということを認識してしまったのだ。

「・・・・・森の入り口はどこです~~!」

 数時間も迷ってしまった頃には、ファティのやる気は既にどこかに消え去ってしまったらしい。

「この森、どこまで続いているんだ?」

 メイルもうんざり気分でうつむいたまま、トボトボと歩いていた。

「・・・・・誰?」

 確かに逆光でよく見えなかったけれど、そこには一人の小さな女の子が木の陰からこそっと僕達を見つめていた。

「あ、あの、あなたって――」

 ファティは恐る恐る声をかけてみる。だが、彼女からの返事はない。

 仕方なく、ファティは、黙って彼女とそのまま、じっと見つめ合っていたけれど、やがて彼女はファティに背を向けて、その場から姿を消してしまった。

「あっ、待ってくださいです!」

 慌てて、ファティが追うけれど、森から丘に飛び出した時には、人の姿などどこにもいなかった。

 でも、ようやくあの森から出られた喜びからか、ファティは勢いよく丘の頂上へと駆け出していった。そこで、黄色い小さな花がひっそりと咲いているのを発見する。

「・・・・・これって、何ていう花ですか?」

「月の花だよ」

 ファティは自分の後ろに人の気配を感じて、思わず振り向く。そして、怪訝な顔をする。

 そうつぶやいたのは、そこにいるはずのない人物。先程までファティが追いかけていたはずの少女が姿を現していた。

 彼女は目の前の月の花を指差すと、語りかけるようにファティに言った。

「月の花を辿って来て・・・・・」

 彼女はファティにはにかんだ笑みを浮かべると、その場から再び、立ち去っていった。

「行くしかなさそうです」

 ファティは間一髪入れずにつぶやく。

「大丈夫・・・・・なのかよ?」

「大丈夫です。 ほら、胸に手を当ててみて下さいです。 感じるです。 木の枝よりもはるかに感じる暖かなありふれた愛を」

 ファティが両手を胸の前にあわせて言うと、メイルは後ずさって身構えた。

「それって、何かのお呪いか?」

 ファティはにこにこしたまま、メイルを見つめる。

そして、穏やかな笑顔のまま、こう続けた。 

「それに、あの子は多分、怪しい人物じゃない気がするです。 信用してもいいと思うのです」

 ファティがそうつぶやくと、メイルはびっくりして目を丸くする。

「す、すごい根拠だな・・・・・」

「そうですか〜。 普通だと思いますけれど。 はうう〜〜」

 自問自答するように、ファティは遠い目で空を見つめていた。

 ・・・・・信じていいような気がするです。

「・・・・・行ってみるですよ」

 ファティは笑顔で頷くと月の花を頼りに、少女が言ったとおり月の花を辿り始めた。






「すごいです・・・・・。 まるで夢の世界――」

 丘を出て、ファティとメイルを感嘆させたのは、その風景だった。青空に湖、緑の森と草原の道。周囲のぐるりと囲む山脈の山頂を除き、地表は緑に被われている。

 その草原の道に続く場所には小さな塔があった。

 ファティの感想に、メイルが同意する。

「あ、ああ。 でもこれは夢じゃないぞ。 どうやらあの塔が『月の時計塔』みたいだし・・・・・」

「何ですか! これ! ここって、本当にあの森の奥なのですか?」 

 ファティが怪訝そうな顔で、辺りをキョロキョロと見回す。

「そうみたいだな」

 メイルは神妙な表情で頷いてみせる。

「で、あれが『月の時計塔』なんですね! 時計塔なんだから、時計型みたいにはなっていないのですか?」

「当たり前だろ・・・・・」

 呆れた声でつぶやくと、メイルはファティに言った。

「とにかく、あの塔に入ってみるか」

「うん! です」

 メイルの言葉に、ファティは元気いっぱいに返事をした。



「いけぇ! いけぇ!」

 出会いはいつでも唐突である。

「えっ? です」

「なんだ?」

 ファティとメイルが声に驚いて見上げたところに、先程の少女が、すくっと胸を張って立っている。

 ファティがエスタレートの世界に行く時に出会った、従者の一人のエレジタットという男の城の建物の最上階からの登場というのにも驚かされたが、この現れ方に比べたら充分にマシに思えてくるから不思議だ。

 エレジタットが最上階からなら、この少女は、時計塔の上からだ。・・・・・う―ん。いや、マシというより、いい勝負なのかもしれない。

 しかも、どうやら、そこで俺達のような冒険者を待ち構えていたらしく、彼女は颯爽とした登場の仕方だった。

「あっ、さっきのあの子です!」

「そうだな」

 ファティの言葉に、メイルは苦笑しつつ頷いた。だが。

「――って、おいっ!?」

 メイルが時計塔を見上げたその時、遥か上から赤い光線が土砂降りのように降ってきた。見ると、少女がライフルを構えて乱射してきている。

「ちょっと、メイル、何とかして下さいです!」

「俺が何とかできるわけがないだろう!」

 逃げまどうファティとメイルだが、かわしきれるわけがない。銃撃に巻き込まれて吹っ飛ばされる。

「ど、どこが怪しい奴じゃないだ! 木の枝よりもはるかに感じる暖かなありふれた愛を持った奴じゃなかったのか!?」

「わ、私に任せて下さいです! 私があなたにありったけの愛を教えて――」

「意味がないからするな!」

 目を輝かせていうファティに、メイルは怒りをぶちまけた。

「それより、この状況を何とかしろ!」

「走って逃げるですか?」

 ファティがえへへと弾んだ声を出した。

「もう、それはやっているだろうが!」

 ファティの提案に、メイルは呆れたように吐き捨てた。

「そ、そうなのですか?!」

 ?マークを出しながら、ひたすら首を傾げながら、ファティは叫んだ。

 わ、わかっていなかったのか?

「とにかく、攻撃だ。 アプリナ、カードだ!」

「うん! です」

 ファティは一枚のカードを取り出すと、それを空に掲げた。次の瞬間、カードから赤い閃光が放たれる。

「やったっ~♪ です」

 ファティは喜び勇んでメイルに駆け寄る。

「なに、それ?」

 が、少女は怪訝な顔でファティを見た。ダメージどころか、攻撃を受けた跡もない。

「あ、あれ? です」

 ファティはひたすら?マークを出した。不思議そうに首を傾げる。

 メイルはファティを鷹揚(おうよう)に呼びつけた。

「おい、アプリナ」

「ううっ・・・・・、めっ、メイル・・・・・」

 メイルに手を差し伸べて、ファティは泣きそうな顔でつぶやいた。

「おまえ、今、一体、何のカードを使ったんだ?」

「と、灯火(ともしび)のカード・・・・・」

 言うなり、メイルはガクッと肩を落とした。

 灯火のカードは、(あか)りをつけるためのカードだろう。

 意味ないだろうが・・・・・。

 アプリナにはカードに書いたものを実現させる力がある。何でも、それがアプリナが持っている『イドラ』と呼ばれる力らしいが、あまり役に立ったことがない。何故なら、当の本人が使うカードを間違って出してしまうという、とぼけた性格だからだ。でも『イドラ』の力の使い手がそんなんでいいのか、謎でもある。

 エスタレートという世界にいるというもう一人の『イドラ』の使い手は、もう少しまともな奴であってほしい。

「それで何とかなると思っていたのか?」

「うん! です」

 ファティの返答に、少女は呆気にとられたように目を丸くし、メイルはメイルで「あのな」と頭を抱えた。

 いい加減、もう少し、まともに戦ってほしい・・・・・。

 頭を抱えながらも、投げやりにメイルはファティに言った。

「もう一回、やり直しだ!」

「うん! です」

 ファティは一枚のカードを取り出すと、それを空に掲げた。次の瞬間、カードから再び赤い閃光が放たれる。赤い閃光は炎の塊へと変換し、時計塔へとほとばしる。

「やった! です」

「あああ・・・・・っ!!」

 ファティとメイルは同時に叫んだ。

ファティは少女に顔を向けて言った。

「私の勝ちです♪」

だが、その後ろからペチリとメイルに叩かれた。

「『炎のカード』を使って時計塔を燃やしてどうするんだ! 行方不明になっている人達がいるかもしれないのに!」

「戦いっていうのは、諦めなければ何とかなるものです! メイル、知らないのですか?」

 いや、さっぱり。

ビシッ!! と音がしそうなほど人差し指を突き出し、ファティは言った。

「行方不明になっている人達はここにはいないです!! さっき、そう思ったのです!!」

「・・・・・なんだ、すごい自信だな。 何か、根拠でもあるのか?」

「・・・・・根拠? ううん、そんなものないです。 もちろん、何となくです!!」

「はあっ?!」

 メイルは絶句した。もしかしたら、行方不明になっている人達を巻き込むことになっていたのかもしれない。その可能性に気づき、メイルの顔が青ざめる。メイルは叫んだ。

「おっ、おいっ!? 何の根拠もないのにやるなよ!」

「ここにはいないのです。 何となく私にはそう思えたのです。 それとも、他に何か理由が必要なのですか?」

「えっ? あ、いや、そういうわけじゃ・・・・・」

 ファティの放つ鉄壁の自信に気圧されて、メイルも敵である少女も二、三歩よろめいた。

「私が言うんだから、絶対に大丈夫です!! だから、今は目の前の敵を倒すことにのみ、集中するです!」

 ファティにしては至極まっとうな意見だった。あまりにまっとうすぎて、メイルは熱でもあるのかとファティの顔をまじまじと見つめてしまった。

「それってつまり、私に勝つ自信があるってことかしら?」

「もちろん、ないです!!」

 ・・・・・いや、ないのなら得意げに言わなくても。

 メイルはしみじみと思った。

「行くですよ、メイル!」

「ああ」

ファティはカードを取り出すと再び、それを空に掲げた。今度はカードから青い閃光が放たれる。

「――なんのつもり? ・・・・・なっ!?」

 それを見て、少女は疑問とわずかな不安の声を上げた。

 ファティが強烈な氷の渦と化したカードを少女に向かって撃ち出したのだ。

瞬く間にファティが放った氷の渦は、彼女の身体もろとも月の時計塔をも貫いていく。

「こ、こんなはずはッ!? もっ、申し訳ありませんッッ!! インフェルスフィア様ッッ――――!!!」 断末魔の叫びを残し、彼女は雲散霧消した――





「インフェルスフィア・・・・・って言っていたよな・・・・・、あいつ。 結局、インフェルスフィアはあの場所で何をしようとしていたんだろうな?」

「さあ? です」

 メイルの疑問に、さもありなんといった様子でファティは答えた。

 混乱のうちに終わった『月の時計塔の失踪事件』から一夜が明けた。 

 その際、行方不明になっていた人々を月の時計塔の中で発見することができた。もっともその時には既に、ファティの『炎のカード』のせいで皆黒こげになっていたが。そして再び、月の森をさ迷い歩き(!?)、何とかランリールの街の宿屋まで戻ってきたファティとメイルは、そのままベットに倒れこんでいた。

翌日、ギルドから今回の報酬を受け取るとすぐに、ファティ達は依頼の話を聞いた酒場を訪ねた。もっとも、ここは酒場と宿屋が一緒になっているので、戻ってきたという方が正しいのかもしれない。

「そういえば、あんたがいない間にとんでもない情報が舞い込んできたんだ」

 酒場の主人が壁に貼ってあるビラを示しながら言う。

 ビラの紙面には『謎に包まれていた海の秘宝の行方がついに判明!?』と大きく書かれていた。



 海の秘宝、ついにとらえる。

 ――先日、海の秘宝を見たという情報がギルドに届いた。

 海の秘宝――。

 それは、冷たい海の底、深海で誕生する宝石である。 海の秘宝は世界の海を大きく回遊し、再び生まれ故郷である深海に帰っていくという言い伝えがある。

 発見が極めて難しいことから多くの伝説に彩られた秘宝である。

 その伝説の海の秘宝がインリュース大陸にて発見されたというのだ。



「もっとも、昨日の夕方に舞い込んできた情報だから、もう既に誰かが手に入れてしまっているかもしれないがな」

 酒場の主人は真剣な表情を浮かべて言った。

「ねえねえ、メイル」

「だめだからな」

 目を輝かせて言うファティに、メイルは間一髪入れずに言った。

「えっ? まだ、私、何も言っていないです」

「・・・・・言わなくても分かる。 どうせ、海の秘宝を探しに行きたいとか言うんだろう?」

「わあっ!? メイル、すごいですっ――!! よく分かったですね!!」

 ファティは言った。どこか笑みをたたえた瞳で、メイルを見つめて。

 バレバレだろうが・・・・・。

「とにかく、だめだからな! だいたい、アプリナは考えなさ――」

「いいのです!! この、歩くルールブックである私が決めたんだからいいのです!!」

 ファティはメイルが何かを言おうとする前に、そうはっきりと宣言する。

 いつから、歩くルールブックになったんだ?

 というか、これは昨日の日付だから、もう誰かが見つけてしまったのではないのか?

 メイルはひたすらそう思った。だがこれ以上何も反論できなかったのは、きっとファティの言った中身ではなく、一気にまくし立てられた勢いに呑まれたせいだろう。

「はい! これ、宿代です♪」

先程の依頼でもらった報酬の全額を出して、ファティはにっこりと笑みを向けてみせた。

「うげぇっ! ちょっと、あんた、この大金は一体!?」

 酒場の主人兼宿屋の主人も受け持っている彼はその金額を見てうめいた。

「さあ、メイル! 海の秘宝を求めてインリュース大陸に行くですよ!」



 いきなり話を振られて『ああ』とも『おう』とも反応できず、「うえっ!?」とわけの分からない返事をしてしまった。

 もっとも、この言葉の指すところが海の秘宝を探しに行くことに対してなのか、報酬を全額出してしまったことに対してなのかは、当の俺にもよくわからなかったが・・・・・。


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