第二章 思いのカケラ 君のひとみ
第二章です。だんだん台風が近づいてきて心配になってきました
これは夢なんだ。
夢を見ているだけなんだ。
オレンジ色の髪の少年は、必死で目を覚まそうともがいていた。
だが、夢は少年を捕らえて離してくれない。
少年は暗闇の中を一人、漂っていた。周りを見回しても、辺りには何の存在も感じらない。
「ひっく・・・ひっく・・・・・」
その時だった。突然、少年の脳裏に何者かの声が響いた。それはとても寂しげで、しかし、何故か懐かしさを感じさせる声だった。
あの時、聞こえた声だ!
少年は直感的にそう思った。
「置いていかないでです・・・・・」
再び、声は少年の頭の中に響き渡る。
懸命に鉛のような足を動かしながら、少年は叫んだ。
「待ってろ、今、そっちに行くからな!」
そう叫んだ瞬間だった。突然、少年の視界が開け、目の前に一面の銀世界が広がった。エスタレートにも雪は降るが、これほどは降らない。
ふと、少年の視線は一人の紫色の髪の少女に注がれていた。
「あっ・・・・・です・・・・・」
大きな赤い瞳を瞬き、不思議そうに少年を見つめる。
「その・・・・・やっと会えたな」
言ってしまってから、少年は照れくさくなって頭をかいた。
少女は一瞬、驚いたような顔になったが、すぐに輝かんばかりの笑顔をみせた。
「うん! です」
それを見て、少年は軽く笑みを浮かべた。本当に嬉しそうな、とても素直な笑顔だった。
表情を改めて、彼は言った。
「えっと・・・・。 で、どうしておまえはここにいるんだよ」
「おまえじゃなくて、ファティ=リファナ=ルフィアです」
ファティは胸の前で手を組むと、にっこりと微笑んだ。
「いや、そうじゃなくて――」
「あのですね・・・・・」
少年の言葉をさえぎると少し目を細めて、ファティは言った。
「ん?」
「あなたのお名前・・・・・?」
「俺は・・・・・その・・・・・わからないんだ」
ファティの質問に、少年はしばらく考えてから答えた。
ファティは小首を傾げた。
少年の声はどことなく重苦しいものが漂っていたが、ファティにはその微妙なニュアンスまで読み取ることはできなかった。
「・・・・・そうなのですか?」
ファティは少年に諭すように言った。
「じゃあ・・・・・あなたのこと、メイルって呼んでもいいですよね? 私のことはアプリナって呼んでほしいですし!」
「はあっ!? どうしてアプリナなんだよ?」
メイルにはよくわからなかった。
何しろ、名前からは全く予想できない呼び名だったからだ。
メイルがそう言うと、ファティはにっこりと笑って言った。
「だって、アプリナの方が何となく響きがいいですもの! メイルもそう思うでしょ?」
「メイル・・・・・か」
ファティにそう言われると、レシオンは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「・・・・・それも悪くないな」
メイルは真剣な眼差しで、でも少し眩しそうな瞳でファティを見つめていた。
ドカーンと派手な破壊音を発して、壁が吹っ飛んだ。
その向こうから現れたのは、長い甘栗色の髪を二つに大きく分けている少女。
頭の上には変わった形のカチューシャーをしていた。夕暮れの空のオレンジと雲の白を基調した服は、肩と健康的に伸びた脚が惜しげもなくさらされた活動的な形で、彼女の活動的な性格を表しているように思えた。
「とうとう追いつめたわよ!」
少女は人差し指をビシッと突き出し、言い放った。
少女が通ったと思われる道先には、壁があったのだと思わせる複数の瓦礫が幾つも転がっていた。
唯一の武器である鍛え上げた拳だけを頼りにここまで道を切り開いてきたらしい。とは言っても、切り開いたというより、壊したと言った方が近いが。
「貴様は、テレフタレート=コルレリア!」
壁の中にいたのは醜悪な外観をした巨大な魔物。彼女を見てやばそうな声を上げる。
「この世界の守るため、あなたを倒す、極悪貧困魔物!」
「ふははははっ! 我の首を狙ってきたらしいが、人間ごときが我に勝てると思っているのか! 片腹痛いわっ! 返り討ちにしてくれる!」
極悪貧困魔物は配下の魔物たちに命じた。
「殺ってしまえ!」
長い爪を伸ばした魔物たちがテレフタレートに殺到する。
「ふん、甘いわね」
テレフタレートを山のように押し込んだ魔物たちがカッと光ったかと思うと、一斉に跳ね飛ばされた。その下から飛び出したテレフタレートが極悪貧困魔物に向かってジャンプした。
「行くわよ! 喰らえ! あんたのせいで死んでしまった私のデザートの分っ!!」
テレフタレートはそう叫ぶと、極悪貧困魔物に殴りかかる。炎を宿した拳が何発も極悪貧困魔物に叩きこまれた。
度重なる猛攻に、極悪貧困魔物は頭をのけぞらせた。
「グハァッ! ばかなっ! 我が人間ごときに敗れるはずはぁっ!」
よろめく魔物に、テレフタレートは指を突きつけた。
「あんたには分からないでしょ! 私がどれだけデザートの特製ふわふわなめらかプリンを食べるのを心待ちにしていたのか! そして、それを食べる寸前に、あんたのせいで消滅してしまったというこの無念さを!」
「プ、プリンだとォッ・・・・・!?」
「あんたのような悪は、プリンの名に滅びるのみよ! そうしなくちゃ、プリンが、いえ、私が報われないわ!!」
言い放つと同時に、テレフタレートは必殺の一撃を極悪貧困魔物に放った。
全身がバラバラになるほどの衝撃に襲われて、極悪貧困魔物が最後に思ったこと――
何故、我がプリンごときに?
そして、極悪貧困魔物は紙作りの人形のように吹き飛んだ。
「悪は必ず滅びるものなのよ!」
くるりとその場から背に向け、テレフタレートは人差し指を空へと突き出すと高らかにそう叫ぶのだった。
「またか・・・・・」
そんな彼女の様子を呆れたように見つめている青年と少女がいた。
「あのな、テレフタレート・・・・・」
魔物を吹っ飛ばして満足そうなテレフタレートに、スカイブルーの髪の青年が腰に手をやって詰め寄った。
「別にいいじゃない! ちゃんと目的の魔物倒しは果たしたんだし!」
「半分はプリンのためだろう・・・・・!」
自信満々のテレフタレートだが、青年は素っ気なく言い切った。
「まあ、そうとも言うわね!」
「あのな・・・・・」
「でも、さすが、テレフタレートだね! あの魔物を一撃で倒してしまうなんて!」
まだ不満げな青年の声をさえぎって、黄緑色の髪のエルフの少女が気さくな感じで話しかけてきた。
「えへへ、ルーン、ありがとうね!」
ルーンに誉められて、テレフタレートはさらに上機嫌になる。テレフタレートは声を弾ませて言った。
「それよりソーシャル、早く次の依頼を済ませようよ! 今度のも魔物退治なんでしょう?」
「・・・・・ああ、メイルの森にいるアードラ退治だ」
あくまでも反省の色がない彼女に小さな溜息をつくと、ソーシャルはそう答えた。
昔、エカが言ったことがある。
『大切なのは血のつながりじゃないの! 心のつながりだよ!』
あれは多分、デューロさんとエカと一緒に暮らし始めて少し経ったぐらいのときだ。何かの用事の帰りに立ち寄った宿で、食事をとっているときだった。レシオンはまだ、デューロとエカとうまく打ち解けることができずにいた。
「だからね、離れ離れになったってまた会えるのよ!」
「急に何言ってんだよ」
目の前のステーキとナイフで格闘しながら、レシオンは聞き返した。自然とぶっきらぼうな言い方になってしまった。
エカの方は特に気分を害した様子もなく、にこやかに言った。
「レシオンはもう独りぼっちじゃないよ。 私とデューロがこれからずっと――一生、あなたの家族なんだから!」
「・・・・・本気か」
「もちろん!」
と、エカは言った。
「ずっとず――っと一緒だもの! もし勝手にいなくなったりしたら、承知しないからね! 地平線の彼方まで追いかけてでも連れ戻すんだから!」
「・・・・・ああ、わかったよ」
「いい! 絶対だよ・・・・・!」
そうだ、約束したんだ。
『大切なのは血のつながりじゃないの! 心のつながりだよ!』
そうだなエカ、そのとおり。
想いには力がある。
願えば、それはきっとかなう。
だから、エカ、待っていてくれ。
必ず、元の世界に戻るからな!
でもその前に――
この状況を何とかしないと――!!
レシオンは、瞳に涙を潤ませながらそう思っていた。
ひときわ大きい樹の軒に身を預け、レシオン達は辺りを見回した。乱れる息を必死で整えながら警戒する。木を取り囲む茂みが、レシオン達の姿を覆い隠してくれていた。
エレジタット達と一緒に旅立ってから、もう一週間ほど経っていた。もう魔王の城の近くまで来ているはずだ。これまでにも何度かの危機は乗り越えている。しかし、ここに来て最も危険な相手と遭遇していた。アードラと呼ばれる大鷹だ。その巨体は実に人の倍もあった。
はるか上空から一気に舞い降り、獲物と定めた者に鋭い爪やくちばしで以て襲いかかってくる恐ろしい魔物だ。
「ちっ」
エレジタットは舌打ちをして、空を見上げる。梢の隙間から見える空には、四羽の大鷹が悠然と円を描き飛び交っていた。
「せめて、二羽なら、俺の『邪魔者を排除する能力』で何とかなったんだが・・・・・!」
エレジタットは虚空を飛ぶアードラを見上げながら、そう怒りをぶちまけた。
「説得とかは無理かな? エレジタットさん達も一応、魔族だし・・・・・」
ここぞとばかりにレシオンが尋ねる。
「俺達で説得できる相手に見えるのか、貴様は!」
「あっ、いえ、全然見えませんけれど・・・・・」
がっかり肩を落とし、あっさりとあきらめの声をあげるレシオン。
「でも、このまま、ここにいるっていうわけにもいかないんじゃないかな」
レシオンが困ったようにそうつぶやくと、エレジタットは顔をしかめながらも考え込んだ。
いくら大鷹の魔物でも目は鳥目だろう。だからこのまま日が暮れるまでじっとしている手もある。しかし、夜がくれば、もっと手強い魔物が動き出すのだ。さすがに暗闇の中、郡で行動する魔獣達を相手にするわけにはいかなかった。
しばらくうつむき、考え込んでいたエレジタットが突然、顔をあげた。
「おい、レシオン」
「えっ?」
レシオンは空のアードラに注意を払いつつも、おずおずとエレジタットを見る。
「いい作戦があるぞ! ここから楽に、しかも安全に抜けられる方法がな!」
「本当ですか!」
自信ありげに言うエレジタットに、レシオンは目を輝かせながら聞き返した。
「ああ、俺様に二言はない!」
「素敵ですわ、エレジタット様!」
フレデリカが感激のあまり、両手を胸の前で合わせる。
エレジタットは笑みをふりまき弾んだ声でレシオンに言った。
「だから、しっかりとおとりは頼んだぞ!」
「はぁ・・・・・?」
「自分は何もせず、他力本願。 さすがはエレジタット様、素晴らしい作戦ですわ!」
・・・・・俺は、エレジタットさんのまさかの言葉にア然ボー然を通り越してまさに愕然。俺は虚空に旋回するアードラのことだとか、他力本願を誉めるフレデリカさんのこととか、そういうこともすっかり頭の片隅に放り飛ばして、ただただ思っていた。
エレジタットさんを少しでも信じた自分はバカだった――と。
「どこが楽で安全なんですか!」
思わず、そう突っ込むレシオン。
それしか言葉が見つからなかったのである。
「よーし、行ってこい!」
だが、エレジタットは不敵に笑うと、唐突にレシオンの体を押した。
ドンッ!
「どわぁ―――――っ!!!」
よろめき、たたらを踏んで、でもこらえきれず、レシオンはそのまま地面に転がり落ちてしまう。そしてそのまま、恐ろしく開かれた場所に飛び出してしまった。もちろん、空からは丸見えだ。
「なっ!」
絶句するのも一瞬だけだ。見れば、上空のアードラは降下体勢に入っていた。
「エレジタットさんのバカ〜〜〜っ!!」
半分泣き言のような調子で、レシオンはアードラ達を睨みつけた。
体を浮かせるための翼をたたみ、風の壁をすり抜ける体勢になって、弾丸のような勢いで一直線に飛んでくる。
「こんな所で――」
レシオンは拳を握りしめる。
もうレシオンに残されているのは、本当にあるのかも分からない、自分が持っているという『イドラ』としての力だけだった。だが、さすがに、どうすれば力を発動できるのか全く分からない未知の力にかけるのは、いかにも心許なかった。
「――死んでたまるかっ!」
巨大な影が覆いかかる。言葉とは裏腹に、レシオンは歯を食いしばった。だが、次の瞬間、横っ飛びにその影は吹き飛ばされるのだった。
「なっ!」
レシオンは驚きのあまり、声を上げて目を見開く。
天使が舞い降りたー―一瞬、本気でそんなことを考えてしまった。だが、そこに現れたのは小柄な人間の少女だ。
長い甘栗色の髪を二つに大きく分けている少女。歳はレシオンと同じくらいに見えた。
頭の上には変わった形のカチューシャーをしていた。夕暮れの空のオレンジと雲の白を基調した服は、肩と健康的に伸びた脚が惜しげもなくさらされた活動的な形で、彼女の活動的な性格を表しているように思えた。
「大丈夫?」
振り返った彼女の顔には、想像どおり元気の塊のような笑顔が浮かんでいる。
「あ、ああ」
レシオンは、内心の驚きを何とか取りつくろいながら立ち上がる。彼女のつぶらな瞳が、興味深そうにレシオンをのぞきこんでいた。
「よかった。 でも腕に覚えがないなら、外出はやめておいた方がいいわよ」
「いや、その・・・・・」
レシオンが何か言うより早く、エレジタットが少女の前にずいっと進み出る。
「なかなかやるではないか、貴様」
「あんた、誰よ?」
少女が怪訝そうにエレジタットを見る。
「何者? 何者だと!? フフフ、よくぞ聞いてくれた!」
エレジタットはその場で意味もなくターンを決めた。まるで理解不能な行動をとった後、エレジタットは少女をびしりと指差し叫んだ。
「我こそは、神速の剣豪・エレジタット!! 剣を使わず、『邪魔者を排除する能力』で敵を倒す、一撃必殺の剣豪だ!!」
少女は、背後で残りのアードラ達との戦闘を終え、駆けつけてくる青年とエルフの少女を見た。
ますます得意げな顔になるエレジタットに、後からやってきた青年の方が進み出て、申し訳なさそうに問いかけた。
「・・・・・えっと、それって、剣豪って言わないんじゃないかな・・・・・。 剣を全く使わないんじゃ・・・・・」
「うぐっ!?」
エレジタットの顎が大きく落ちた。
エレジタットの様子に驚き、フレデリカは慌てて駆け寄った。
「ど、どうしたのですか!? エレジタット様!」
「俺が一番、気にしていることを・・・・・」
エレジタットは、両膝をついてその場に崩れ落ちた。
「や、やっぱり、まだ気にしているんだ・・・・・」
その一連の様子を、レシオンは呆れたように見つめていた。
と、その時――。
『君を呼んでる・・・・・』
「・・・・・ん?」
ふと気がついて、レシオンは辺りを見回す。
「あの、どうかされたんですか?」
その様子を見て、フレデリカが不思議そうに訊ねてきた。
レシオンは振り返り、問いかけた。
「なあ、今、誰か、何か言わなかったか?」
「いいえ?」
「何も聞こえんが」
フレデリカはエレジタットと顔を見合わせて頷きあった。
「でも、本当に聞こえたんだ」
言いながら、レシオン自身も耳を澄ませてみた。
『・・・・・やっと、会えたね。 ずっと待ち続けていたよ・・・・・』
「ずっと、待っていた・・・・・?」
「・・・・・って、何も聞こえないわよ」
独り言のようにつぶやき続けるレシオンに、少女は不満そうにボソリと漏らした。
「そういえば、結局、あなた達は誰なんですか? 見たところ、ランリールの街の人とかには見えないんですが・・・・・」
と、不思議そうに青年の方が問いかけてきた。
エレジタットは奇妙なポージングを決めながら、青年に向かって言い放った。
「貴様らの方こそ一体、何者だ!」
「あっ、俺はソーシャル=コルレリアです」
エレジタットに言われて、ソーシャルは慌ててぺこりとお辞儀した。
甘栗色の髪の少女より二、三歳年上の真っさらな空のようなスカイブルーの髪が印象的な青年である。
ソーシャルがそう言い終わると、間一髪入れずに次を引き継いだのはウキウキ気分を隠そうともしていない先程の少女。
「で、私は自称・可憐でビューティーフルな妹のテレフタレート=コルレリア! 自称・超一流の格闘家で、自称・世界一の賞金稼ぎよ!!」
「全部、自称・・・・・なんですね」
「まあね!」
呆れたように溜息をつくレシオンに、テレフタレートは自慢げににこっと笑った。
そんなレシオンに、もう一人の彼女と同じ年頃くらいのエルフの少女の方がにっこりと笑いかけた。
「私はルーン。 ルーン=アイルンだよ。 この時代より遥か過去の時代から来たんだよ!」
「えっ、過去・・・・・?」
レシオンは思わず首を傾げた。
それにしても、《過去の時代から来た》とは少々おかしな言い回しである。しかし、レシオン達のそんな些細な疑問に気づいた様子もなく、黄緑色の長い髪をなびかせながら、ルーンは声を弾ませて言った。
「それにしても、先程は危なかったね」
「・・・・・ああ、助けてくれてありがとうな」
「えっへん! まあね!」
レシオンの言葉に、テレフタレートは得意げに胸を張ってみせた。
「あのな・・・・・」
ソーシャルは、はあっと溜息まじりにボソリとつぶやいた。
そんな二人を見て、楽しそうにルーンはくすくすと笑う。
「ううん、いいよ。 私達もちょうど、アードラ退治に来ていたから」
「アードラ退治・・・・・?」
レシオンは問いかける視線をルーンに送った。
頷きながら、ルーンが答える。
「私達、こう見えても冒険者なの!」
「そうそう、結構、名の知れた冒険者なのよね!」
「悪い意味での、な・・・・・」
嬉しそうに『名の知れた』という言葉を強調するテレフタレートに、ソーシャルが水を差す。
テレフタレートはムッとしてソーシャルを睨みつけるけれど、ソーシャルはそ知らぬ顔でレシオン達に問いかけた。
「ところで、あなた達はどうしてこんなところにいるんですか? このメイルの森は今、アードラが出没するから立ち入り禁止になっているはずなのに・・・・・」
「・・・・・あっ、その、実は――」
かくして、今度はレシオンがこれまでのいきさつを説明する番となった。時折、エレジタット達が口を挟みながら、自分がこの世界の人間ではないことなどをテレフタレート達に話して聞かせた。全てを聞き終えた後、ソーシャルは感心と呆れの成分が絶妙にブレンドされた溜息をついた。
「へえー・・・・・じゃあ、レシオンさんはこの世界とは別の世界から来たんですか」
「で、その魔王さんに元の世界に戻してもらおうっていうわけね!」
「まあ、そんな感じかな・・・・・」
期待を込めた眼差しで見つめるテレフタレートに、レシオンは困ったように顔をしかめてみせる。
それを聞いたテレフタレートは、満面の笑顔でルーンを見た。
「聞いた? ルーン。 その魔王さんに会えば、ルーンも元の時代に帰れるかもしれないわよ!」
「えっ、本当に!」
テレフタレートの言葉に、ルーンは心の中で笑みをこぼした。
これで元の時代に帰れる。そうすれば、ソディと再会できるかもしれない。また、ソディと一緒にいれるのだ。
その可能性を想像しただけで、ルーンの胸は高鳴った。
「魔王さんに会えば、ソディに会えるかもしれないんだね! ねえ、私達も一緒に行ってもいいかな?」
ドキドキワクワクしているルーンに、レシオンは不安げにつぶやいた。
「あ、あのー、それはまずいんじゃ・・・・・」
「えっ、どうして?」
レシオンは横目でエレジタットを見つめた。ルーンもエレジタットを見つめる。
レシオンとルーンに見つめられて、エレジタットがひとしきり晴れやかな笑顔を見せる。それを見て、ルーンもほっとしかけて――。
むぎゅっ!
エレジタットが思い切り、ルーンとテレフタレートの頬をつね上げた。
「何寝ぼけたことを抜かしている!? 誰が『魔王さん』だ。 そんなたわけた言葉を吐いたのはこの口か、この口かっ!?」
「いっ、いたたっ・・・・・!」
「いたたた、痛い、ちょっとっ! 何するのよ?」
「エレジタット様は魔王様のこと、心酔なさっていますから」
フレデリカがそう言って、にっこりと笑う。
「えっー、そうなの? 魔王さんの・・・・・」
さらに驚きの声をあげるテレフタレートに、エレジタットはますますムッとなる。
「まだ言うか、貴様」
むぎゅむぎゅむぎゅっ!
エレジタットはさらにデタラメに、テレフタレートの頬をこねくり回す。
「痛い、痛いってば――!」
「うるさいうるさい! 問答無用だ!」
「痛いって言っているでしょうがっ!」
ばきっ!
長年、武道家として鍛え上げてきた習慣とは恐ろしい。テレフタレートはバックステップでエレジタットの手を避けると、無意識のうちにがら空きになったエレジタットの顔面に、右拳を叩き込んでいた。
「ぐわぁっっ!?」
と叫んで、エレジタットは地面に大の字にひっくり返り、そのままピクピクと痙攣した。
「エレジタット様っ!」
フレデリカが悲鳴を上げて、エレジタットに駆け寄る。
その様子を、テレフタレートは少しぶつぶつと自己嫌悪に陥りながらもじっと見つめていた。
「あっ、あはは・・・・・」
「あのな・・・・・、テレフタレート・・・・・」
「何よっ! 私は悪くないのよ! 悪くないんだからねっっ!!!!!」
唖然とするソーシャルを尻目に、テレフタレートは途方に暮れたようにそう絶叫するのだった。
メイルの森から出ると、そこには懐かしい光景が広がっていた。真っ青な空に、慣れ親しんだ人並み。ランリールの街に初めて訪れた時には戸惑いを感じたというのに、今では故郷のアレアの町よりも親しみを感じるから不思議なものだ。
テレフタレートはそんなことを思った。
「あっ、あいつは――」
テレフタレートは、周辺の様子がいつもと違うことに気がついた。
謎の大行列が、街の道沿いに発生している。
しかも、その列をなして順番を待っている最前列には一人の見慣れた青年の姿があった。
「やっぱり、ソクスデス!」
彼女が指差したのは、街の向こう側の小さな酒場。そこには彼女より四つか五つ年上のエルフの青年がただすんでいた。
「・・・・・また、おまえか」
出会いはいつも唐突。
彼女にボソリとそう言ったのは、そっぽを向いたままの銀髪のエルフの青年。彼女より四つか五つ年上の年齢だろうか。
テレフタレートはつかつかと列の先頭に回りこんできて、眉を吊り上げて言った。
「何しているのよ?」
「おまえには関係のないことだ・・・・・」
「なっ、なんですってっ!」
今にも彼に襲いかかってしまいそうなテレフタレートの剣幕に、レシオンは思わず、目をぱちくりさせてしまう。
「あの・・・・・、誰ですか?」
レシオンの言葉に、ソーシャルは困ったように微笑む。
「えっと、彼はソクスデス=アワー。 テレフタレートのその・・・・・ライバルってやつかな」
「腐れ縁・・・・・ってやつですか」
レシオンはぽつりとつぶやいた。
俺とエカみたいな関係なのかな――?
「ふーんだ! あんたなんか、私の足元にも及ばないんだからね!」
腰に手を当ててそう言い放つテレフタレートに、ソクスデスの眉がぴくりと動く。
「・・・・・それはおまえだろう」
「何ですってっ!」
ソクスデスの台詞に、テレフタレートの頬が小刻みに痙攣した。
「そっちこそ、後で負け惜しみしたって知らないんだから!」
「・・・・・それより、酒場にあったあの情報は見たか?」
「えっ!?」
テレフタレートは絶句した。
ソクスデスの言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
考え込むかのように顔をうつむかせる。
酒場にあった情報?
一体、何のこと?
ひょっとして何かの依頼とか?
テレフタレートが顔を上げたときには、すでにソクスデスは酒場を出て、こちらに背を向けて歩き出していた。
「ちょっと、どういうことか説明していきなさいよね!」
「・・・・・自分で見るんだな」
テレフタレートとソクスデスはお互いにバチバチと睨み合う。
結局、テレフタレートは、歩き去るソクスデスにくるりと背を向けて言った。
「ふ、ふーんだ! 誰があんたに聞くものですか! もちろん、そうするわよ!」
そう言い放つテレフタレートを尻目に、ソクスデスはそのまま、無言で立ち去っていった。
その様子を見つめていたレシオンには、目の前で一体、何が起こっているのか理解できなかった。
ただひとつ、理解できたのは――
「えっと、それってこの大行列に並べってことか?」
「そ、そうかも・・・・・」
レシオンの言葉に、ルーンは苦笑してみせた。
「とんでもない情報が舞い込んできたんだ」
長蛇の列を並び、何とか酒場に入ることができたレシオン達に、驚きの声を隠さずに酒場の主人が興奮気味に壁に貼ってあるビラに示しながら言った。
ビラの紙面には『謎に包まれていた海の秘宝の行方がついに判明!?』と大きく書かれていた。
海の秘宝、ついにとらえる。
――先日、海の秘宝を見たという情報がギルドに届いた。
海の秘宝――。
それは、冷たい海の底、深海で誕生する宝石である。
海の秘宝は世界の海を大きく回遊し、再び生まれ故郷である深海に帰っていくという言い伝えがある。
発見が極めて難しいことから多くの伝説に彩られた秘宝である。 その伝説の海の秘宝がインリュース大陸にて発見されたというのだ。
「ついに見つかったんだな」
「へえ―、そんなのがあるんだ。 ねえ、テレフタレートさん」
ソーシャルとレシオンはどよめいた。
でもテレフタレートは、そんなソーシャルやレシオンの反応とは異なっていた。
「・・・・・・・・・・ふふふっ」
と笑みを浮かべながら、テレフタレートはレシオンの呼びかけにも答えず、ビラを凝視していたのだ。
ソーシャルは思わず声をかけた。
「・・・・・おい、テレフタレート?」
「――さあ、今すぐ、海の秘宝を探しに行くわよ!!」
確信に満ちた瞳で顔を上げると、テレフタレートは拳を掲げて高らかにそう宣言した。
「「いっ、今からっ!?」」
驚きのあまり、レシオンとソーシャルは異口同音に叫んでしまった。
「魔王城に戻るんじゃなかったのですか?」
あまりに意外な言葉に、フレデリカもそううめくしかなかった。
「もちろん、そんなの後回しに決まっているわよ! 大急ぎで行かないと誰かに先を越されてしまうわ!」
レシオンはそれを聞いて、思わずガクッと肩を落とす。
・・・・・いや、分かっていたんだよ。テレフタレートさんなら、絶対、そう言うってことは。
分かっていたんだけど、ちょっとだけ先に魔王の城に行ってくれるかなと期待してしまった分だけ、凄く脱力感が・・・・・。はあ―、一体いつになったら元の世界に戻れるんだろう?
落ち込むレシオンを、おもむろに眺めてエレジタットは言った。
「このまま、ずっと、ここにいてもいいのだぞ?」
――!!!!!! や、やばい!! 本当に何とかしないと、本当に帰れなくなりそうだ!!
レシオンはこの日、真剣にそう思ったのだった。