第二十二章 ネフライトと月の時計塔
今回も、更新がかなり遅くなってしまってすみません。
続きはまだ、時間がかかりそうなので、しばらく更新が止まるかたちになります。
すみません。
一口にニルヴァナの谷と言っても、谷と付くだけあって広く長い。
ニルヴァナの谷の裂け目から始まり、下へとしらみつぶしに探していく。見落としがあってはいけないから、分かれ道もひとつひとつ注意深く観察しなければならない。もちろんニルヴァナの谷にも多くのモンスターが住み着いており、ときにはそれらを排除しながら、レシオン達はネフライトを探しまわった。ありしあからネフライトを知らされた時にはまだ昼前だったはずなのに、いつしか太陽は地平線の向こうに沈みかけていた。
だが、その努力もついに実ることとなった。ファティがメイルの腕を引っ張り、突然前方を指差したのだ。
「・・・・・あったのです! ネフライトです!」
レシオンも見た。
ニルヴァナの谷の途切れた道の奥に、蒼い光を放つネフライトらしきものが落ちていた。
「テレフタレート=コルレリア! あなたを逮捕します!!」
というのが、銀髪のエルフの女性――ジュリア=アワーの第一声だった。
ソクスデスとギルドマスターである彼の妹、ジュリア=アワーの助力ゆえに、何とかソーシャルを救い出すことができたテレフタレート達だったのだが、オーダリ王国の彼女のギルドにて、いきなり彼女から人差し指を突きつけられてこう告げられたものだから、テレフタレートは激しく怒り爆発寸前になっていた。
「ちょっと、あんた、いきなりどういうつもりよ! どうして、私がまた、逮捕なわけ!!」
憮然とした態度で、テレフタレートはジュリアの言葉に応えた。
ジュリアは意外なことを聞かれたとばかりに苦笑を浮かべ、手にした自分のグラスを口元へと運んだ。そして、また口を開いた。
「うふふ、納得できないのかしら?」
「当たり前でしょ! どこのどいつが自分が罪人だって言われて、はい、そうですか、って納得できるって言うのよ!!」
テレフタレートのもっともな言い分に、ジュリアは小さく溜息をつき、首を横に振った。そして、懐から封筒らしきものを取り出した。
「仕方ないわね。 罪状を読みますか」
「って、そういうことじゃなくて!」
あくまでも無表情なままのジュリアに、テレフタレートはぷるぷると肩を震わせる。
だが、そんなテレフタレートの抗議など聞く耳持たずといった感じで、ジュリアは単調な口調にてその文面を読み上げた。
「テレフタレート=コルレリア。 罪状、リンフィ王国の王子を誘拐した重要警戒人物の娘により、孤島の塔に幽閉の刑に処する・・・・・以上・・・・・と」
「なッッッッッ!?!?」
あまりにもあまりな刑宣告に、テレフタレートは怒りを忘れて絶句した。
「なるほどな・・・・・」
ソクスデスが静かにぽつりとつぶやいた。
「・・・・・いつか、何かをやらかすと思っていたが、すでにやらかしていたとはな」
「ちょ、ちょっとあんた・・・・・!」
テレフタレートはムッと表情を曇らせた。その瞳に、いつもの鋭い怒りの光が戻る。
「やはり、ここまでくると、さすがに無罪を勝ち取るのは難しそうですね・・・・・」
フレデリカが悲しげに言う。
「いや過去の所業を考えたら、有罪なのは至極当然の結果だ」
エレジタットが当然のことだとばかりに言う。
「過去の所業って何よ! だいたい、今は『月の時計塔』に行って、レシオン達を救いに行かないといけないんだから!!」
むくれた顔のまま、テレフタレートは不本意だと言わんばかりに噛みついた。
「うむ、確かにな。あまりに貴様=『大悪人』説の説得率が高かったんで、危うく騙されるところだった!」
誇らしげに胸を張って、エレジタットは豪快に笑い始めた。
「本当ですね、エレジタット様」
フレデリカが大仰に頷いた。
「・・・・・・・・・・だ、誰が大悪人ですって!」
ワハハと高笑いするエレジタットに、テレフタレートは空恐ろしいほど鋭い視線を向けると不満げに口をとんがらせた。
「・・・・・冗談はほどほどにして、いい加減、話をしてやってはどうだ?」
ソクスデスがそう言うと、ジュリアは頷いてみせた。
「そうね」
「じょ、冗談ですってっ!?」
ソクスデスの言葉に、別の怒りを覚えたテレフタレートだった。
「落ち着けよ、テレフタレート」
その様子を今まで傍観していたソーシャルが、呆れた調子でそう言った。
「今は、それどころじゃないだろう!」
「そ、そうよ! 大切なことはこれからどうするかよ! こんなことなんかに構っている場合じゃないわよ!」
やるかたないといった様子で、テレフタレートはそう叫んだのだった。
「・・・・・で、『月の時計塔』についてだったかしら?」
テレフタレートは何も言わず、未練がましそうにジュリアを見ていた。
当然、先程の恨みがはれないのだろう。
「知っているとは思うけれど」
と、ジュリアは続けた。
「ユヴェルが復活してしまったの」
「じゃあ、レシオンさんとファティさんとメイルさんは・・・・・?」
「・・・・・インフェルスフィア達は今、魔王軍、そしてダオジス達と戦いにはなってはいるが、ユヴェルが復活したことで戦況は一進一退と呼ぶのが精一杯の状況だ。もっとも、彼らの行方については分かってはいない」
ソーシャルの問いに、ソクスデスがあっさりと無情なことを告げた。
「だけど、魔王軍、ダオジス達と戦っている今が付け入るチャンスだと思うのよね。 ギルドマスターとしての私は」
「付け入るチャンス・・・・・ですか?」
唐突にジュリアの口から出た単語に、ルーンは首を傾げた。
「とても、そうは見えないよな」
ソーシャルは唖然としてしまう。
ジュリアは人差し指を立てると、さらに言葉を続ける。
「そもそも『イドラ』は封印の魔女――いえ、あなた達の話では封印の魔女とユヴェルは全くの別人なのよね。 『イドラ』はユヴェルの遺産。 やっぱりこれって、何かの因果関係があると思うのが当然でしょう」
「因果関係ですか?」
「レシオンくんしか聞くことができなかった声。 そして、ファティさんしか見えない少年。 明らかに不思議な現象よね」
ソーシャルの問いに、あくまでも真剣にジュリアは答えた。
少し考えて、ソーシャルは口を開いた。
「・・・・・どういうことですか?」
「ユヴェルを倒すことができるのはーー」
その時、突然、上空に巨大な衝撃波を感じて、ジュリア達、そしてテレフタレートははじかれたようにハッと空を見上げた。
「エレジタットさん、そこ、危ないです!」
「分かっているさ!」
ルーンの悲鳴に、エレジタットが鷹揚にそう応えた時だった。
何の前触れもなく、
突如、外からの攻撃を受け、ギルドの天井が吹っ飛んだ。
「な、何よ、これっ!?」
テレフタレートが慌てて、上空を見上げる。
そこに浮かんでいたのは、月の時計塔。
先程の砲弾は、そこから行なわれたらしい。
それは時間としては、ほんの数分の出来事だった。
だが、その間にギルドは砲撃され、テレフタレート達は何もすることもできないまま、その場に立ち尽くしているしかなかった。
「・・・・・どうするのよ!」
その場に募る沈黙の重さに耐えかねて、テレフタレートが口を開く。
「肝心の『月の時計塔』が何故か、空に浮かんでいるじゃない! こんなところでぼっーとしている場合じゃないでしょうが! ねえ、ちょっと、フレデリカ、何かいい手とかないわけ!」
「そ、そう言われましても・・・・・。 あ、あの、エレジタット様・・・・・どうしましょう?」
そう言いさしたフレデリカの隣で、エレジタットはものの見事に気絶していた。
「ああっ!? エレジタット様っ――――!!!!」
フレデリカが悲痛な叫びを上げる。
まぶたを見開いて、ソーシャルがエレジタットを見つめる。
「・・・・・エレジタットさん、もしかしてあの爆発に巻き込まれていたのか?」
「・・・・・もう、だから、ルーンが逃げろって言ったのに!」
憤懣やるせないといった表情で、テレフタレートはそう言い放った。
そんな中、ジュリアは先程、口にすることができなかった言葉を紡ぐ。
「ユヴェルを倒すことができるのは、恐らく『イドラ』である彼らだけなのかもしれない」
ジュリアは深い溜息とともに愚痴をこぼしたのだった。




