第二十一章 あの頃と今
半年ぶりの更新です。
かなり、遅くなってしまってすみません。
続きはまだ時間がかかりそうなので、しばらく更新が止まるかたちになります。
すみません。
「これからどうするですか?」
大路を行き交う人々のざわめきや、荷車の立てるガタガタという車輪の音。威勢のいい物売りたちの呼び声。
そうした喧騒に心地よく耳を傾けながら、ファティはメイルに訊いた。
「・・・・・エカさんとデューロさんを探すんだろう」
「あっ、そうだったですね!」
メイルの言葉に、ファティは納得したかのように手をポンと叩く。
そんな彼女に、メイルはすかさず突っ込む。
「・・・・・あのな、アプリナ」
だが、ファティが手に持ったままの街の案内図に気づいて、メイルは表情を険しくした。
「・・・・・それにしても、大道都市だったか。 こんな大きな街で、人探しなんてアプリナには無理じゃないのか?」
「えっ? 何でですか?」
「おまえ、方向音痴だろ!」
メイルがファティに人差し指を突きつけて、力強く言い切った。
静寂が辺りに満ちた。
だが――。
「それが、どうかしたですか?」
と、言われた当人は全く平然とした顔で答えた。
「大丈夫です! レシオンさんもいるから大丈夫です♪ 大丈夫です♪」
そう言って、ファティは満面の笑みを浮かべた。
「おまえ、その根拠は一体どこから――」
「あっ! です」
思わず、メイルがそう言いかけた時だった。突然、ファティが言葉を挟んできたのだ。
「いきなり何だよ?」
メイルは不愉快そうに言いながらも、ファティを見つめる。ふと目を遣ると、彼女の視線は足元に落ちている木の枝にあった。
まさか・・・・・・!?
「そうです! いつものように、この木を落として行く方向を決めるです!」
と、ファティが笑顔を浮かべて言った。
やっ、やっぱり・・・・・か。
メイルはガクッと肩を落とした。
「だめだからな! おまえ、ちゃんとこの街の案内図、持っているだろう!」
動揺して叫びつつも、メイルは両手を交差してバツのサインを出した。
「よし、まずはまっすぐです! さあ、行くですよ!」
ファティは木の枝を落とすと、メイルの言葉など聞こえなかったようにメイルから顔を背ける。
「おい! 無視するなよ!」
メイルは怒りのあまり、がむしゃらに拳を振り回す。
「ほら、メイル、早く早くです!」
「・・・・・あ、ああ」
有無を言わさないファティの言葉に、メイルはしぶしぶ頷いてみせた。
やっぱり、俺はアプリナには敵わないらしい。
そう思うと、メイルは哀しげに溜息をついた。
「はあ・・・・・」
その様子を無言で見つめていたレシオンは、メイルが見えないながらも呆れたように肩を竦めてみせる。
目を閉じ、再びゆっくりとまぶたを開くと、日差しが飛び込んできてレシオンは眩しく感じた。
「ここは、本当にエスタレート・・・・・なんだな」
レシオンはアルヴァナがあると思われる方向を振り向き、空を見上げた。
俺は本当に戻ってきたんだ。
アルヴァナに――。
そして、エスタレートに――。
でも、レシオンは自分が嬉しいのか悲しいのか、よく分からなかった。
故郷に――元の世界に戻ってこれて天に昇るほど嬉しいはずなのに、何故かどこか違和感があるのだ。
ここは、本当に俺の知っているエスタレートなのか?
身じろぎもせず、レシオンは探るように大道都市を見つめ続ける。
「ふふっ、随分大きいことを言うのね。 ラクト」
「まあな」
その時、レシオンの耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。
レシオン達がハッとして目をやると、そこには一人の少女が少年とともに仲睦ましげに歩いている。
レシオンより一つ年上くらいだろうか。白いケープマントがふわりと小鳥のように舞い、ベージュの裏地が見えた。頭の上の帽子についた白いの羽飾りもそれに合わせて揺れる。
帽子の下には切りそろえたピンクベージュの髪。そして、深いエメラルドのような深緑の瞳があった。
それは紛れもなく、インフェルスフィアの配下の一人であるレイチェルだった。
「・・・・・レ、レイチェルさん・・・・・と?」
気がつくと、レシオンはそうつぶやいていた。しかし、その後の言葉を口にするべきかどうか一瞬、迷った。
その間に、ファティはレシオンとレイチェルの隣を歩いている少年を交互に見返しながら、動揺をあらわにして言う。
「レ、レシオンさんが二人いるです・・・・・?」
「どうなっているんだ?」
苦い顔で、メイルもつぶやいた。
「何で、レシオンさんがもう一人いるんだ?一体、どうなって――」
「あっ! です」
思わず、メイルがそう言いかけた時だった。突然、ファティが言葉を挟んできたのだ。
「今度は何だよ?」
メイルは不愉快そうに言いながらも、ファティを見つめる。ふと目を遣ると、彼女の視線は街道沿いにいる一人の女性にあった。
「ありしあさんです!」
と、ファティは大きな声で言った。
「えっ? なんでこんなところに?」
振り返って、メイルはまた驚かされた。そこには行方不明になっているはずのありしあがいたからだ。
何故、こんな場所にいるんだ?
ここは、レシオンさんがいた世界、エスタレートのはずだ。
いるはずがないのに、何故?
「ありしあさん! こんにちはです!」
メイルのそんな思いなど露知らず、ファティはにっこりと笑って言った。
だが、当の言われた本人であるありしあは、じっと街中を見つめているだけだった。
ファティはもう一度、恐る恐る笑顔で声をかけてみる。
「あの、ありしあさん、こんにちはです」
「・・・・・・・・・・・」
「あの、聞こえていますですか?」
「・・・・・・・・・・・」
「返事して下さいです! ありしあさん!」
「・・・・・・・・・・・」
「ううっ・・・・・です」
ファティは何度も何度も声をかけたが、それでも彼女は無言だった。次第に途方に暮れたように涙ぐむファティに、メイルは溜息をついた。
「ううっ、どうしよう? メイル!」
「そう言われてもな」
と泣きそうになるのを堪え、ファティはメイルの横に引っ付いていく。
メイルは困ったように再び、溜息をつきながら言う。
「ありしあさんに気づいてもらうのはそんなに簡単なことじゃ・・・・・」
「・・・・・何の用?」
「うわっ! です!」
「うわっ!」
突然、声をかけられ、ファティとメイルは思わず飛び上がってしまった。
ありしあは無表情のまま、訊いた。
「・・・・・あなた達、何か用?」
「・・・・・あっ、えっとです。 どうしてありしあさんはここにいるのかなと思ったのです?」
動揺して叫びつつ、ファティはその時、気がついた。彼女の視線が自分達だけではなく、レイチェル達にも向けられていることを。
「ここは一体、どこなんですか?」
ちらりとレイチェルの横顔を見て、レシオンは訊いた。
「ここは、記憶の狭間。『イドラ』であるあなたが見せている世界」
ありしあは何てことないように素っ気なく答える。
レシオンはさらに不思議そうに首を傾げた。
「えっ? 見せている世界って?」
「――って見せているって、もしかして・・・・・?」
ファティはそれを訊いて、血の気が引いたように顔を青ざめた。
「はっ!? です。 まっ、まさか、見せているって、エレジタットさんが前に言っていた宇宙から飛来した謎の生命体達が見せている立体映像のことなのでは・・・・・・!?」
「違うっ!! って誰だよ、そいつらは! ありしあさんが言いたかったのは、この世界はレシオンさんが見せている世界って言いたかったんだよ!」
「えっ、です?」
と、ファティは目を瞬いた。
「そのことなんですか!?」
「ああ・・・・・」
ファティの問いかけに、メイルは大きく頷いてみせる。
ファティはほっとしたような、がっかりしたような複雑な思いを撫で下ろすと用件を切り出した。
「レシオンさんが見せている世界ってどういうことですか?」
「正確には、ユヴェルが復活した影響で、『イドラ』であるあなた達の記憶が具現化した世界なの」
まるで何てこともないように、ありしあは答えた。
「そ、そうだったですか!?」
「うん・・・・・」
だからこの世界は、レシオンさんがいたエスタレートに似た世界だったんですね。
でも、その世界で何故、レシオンさんとレイチェルさんは一緒にいたですか?
ファティが珍しくかしこまって神妙な顔を見せるが、それを向けられたありしあは特に気にした顔も見せず、大道都市の街沿いを見つめている。
レシオンは先程から、ずっと気になっていることを訊ねてみることにした。
「あの、どうして俺はあのレイチェルっていう人と一緒にいたんですか?」
「さあ」
レシオンが人差し指で頬を撫でながら恐る恐る訊ねてみたのだが、ありしあからは無表情であっさりと即答されてしまう。
「あの・・・・・」
「えっ? です」
不意に、ありしあが、それまでとはがらりとトーンを変えた声を出した。
「・・・・・リパルの世界に戻る方法なら、私、知っているけれど」
「本当ですか?」
思わぬありしあの言葉に、レシオンは嬉しそうに顔を上げた。
「あるアイテムがあれば、この世界から出られるの・・・・・」
「アイテムですか!?」
ファティは目を丸くする。
レシオンはそれを聞くと、期待を込めて言い募った。
「あの、そのアイテムがあればここから出られるんですか?」
「・・・・・・・・・・うん」
ありしあは小さく頷いた。
そしてこう続けた。
「きっと、この世界から出られなくなって困っている・・・・・って思っていたから」
「あっ! もしかして、そのアイテムのことを伝えに来てくれたですか?」
ファティはぱあっと顔を輝かせた。
「ありしあさん、ありがとうです!」
「・・・・・う、うん」
ありしあはちょっとうろたえた。
心配だった。
ユヴェルの封印が解かれたあの時、『イドラ』である彼らは永遠にこの記憶の世界を彷徨い続けなくてはならないから、きっと困っているって思っていた。
だから、魔法で先回りをして彼らのことを待っていたのだ。
少しは役に立てたかな・・・・・?
少しだけ嬉しそうな顔をして、ありしあはそう思った。
だけど、そんな行為をした妹を、姉の――インフェルスフィアはきっと許さないだろう。
「ありがとうです! 本当にありがとうです!」
ありしあがぐっと唇を噛みしめていると、ファティはそう言って日だまりのような笑顔を浮かべた。
「・・・・・あっ」
その笑顔を、ありしあは心から愛おしいと思った。彼女の笑顔には、不安も迷いも微塵もない。
良かった。
本当に良かった。
ありしあは自分に言い聞かせた。
リブレックの街で、彼女に出会えて本当に良かった。
もし彼女に出会えていなければ、自分はいまだにリブレックの街で何の目的も持たないまま、過ごしていたのたろうから。
こうして、自分のことを、友人と呼んでくれる人から感謝されることもなかったのかもしれない。
「・・・・・うん」
ありしあは嬉しそうに小さな笑みを浮かべた。そして、小さく「アイテムの名前はネフライトだから」ってつぶやいた。
小さく呪文を唱えると、ありしあはその場から姿を消した。
「ネフライトですか~」
ありしあの言葉に、ファティは目をぱちくりさせてしまう。
「ネフライトって確か、どこかで聞いたことがあるような・・・・・・・・・・あっ!?」
そこまで言って、レシオンはハッとした。
そうだ・・・・・。
エレジタットさん達がニルヴァナの谷で落としてしまったと言っていたアイテムの名前だ。
それってつまり、ニルヴァナの谷の何処かにあるネフライトを探し出さないと帰れないってことになるんじゃないのか。
驚愕するレシオンを尻目に、ファティはあくまでも明るく言った。
「ありしあさん、ありがとうです♪」
ファティは感激のあまり、瞳をきらきらと輝かせていた。
メイルが不可解そうに首を傾げた。
「インフェルスフィアとはまた違うかたちで、不思議な人だな」
「きっと、ありしあさんは大親友の私を助けに来てくれたのです!」
メイルの疑問に、さもありなんといった様子でファティは答えた。
そんな彼女に、メイルはすかさず突っ込む。
「・・・・・それ、何度目だよ!」
「まだ、二度目です!」
ファティはきっぱりと断言した。
とにかくいい加減、自分が置かれている状況を見極めてほしい。
というか、それはアプリナだけが思っていることなんじゃないのか?
メイルはひたすらそう思った。だがこれ以上何も反論できなかったのは、きっとファティの言った中身ではなく、一気にまくし立てられた勢いに呑まれたせいだろう。
レシオンが真剣な表情を浮かべて訊いた。
「ニルヴァナの谷の何処かにあるネフライトを探すって、かなり大変なことなんじゃ?」
「大丈夫です! この世界のことに詳しいレシオンさんもいるから大丈夫です♪ 問題ないのです♪」
そう言って、ファティは満面の笑みを浮かべた。
「いや、だから、大丈夫じゃないって・・・・・」
レシオンは悲しげにガクッと肩を落とした。
「ちょっと、これからどうするのよ!」
テレフタレートは掘り出したままのごつごつした岩の壁をガンガンと叩いていた。ここは前に何度も、閉じ込められたことがある牢屋だ。今回は床に結界が張ってあり、以前のように穴を掘って逃げることもままならなかった。
そんな彼女を見て、ルーンがたまりかねたように割り込む。
「落ち着いて、テレフタレート」
「なに言っているのよ! ルーン! この状況で落ち着けるわけないじゃない!!」
いらだつ心のまま、テレフタレートは声を限りに叫んだ。
・・・・・そうだよね。
ルーンは溜息をついた。
ソーシャルを助けに来たはずだったのに、また、私達はこのリンフィ王国の牢屋に囚われたのだ。救いに行く事も、ここから逃げ出す事もできない。まさに最悪の状況だった。
それに、とルーンはテレフタレートをちらりと見る。
レシオンさんとファティさんを助けにいかないといけないのに、ソーシャルを助けることさえもままならない。
そのことが、テレフタレートの心に重くのしかかっているのだろう。
『私達も、ソーシャルを助けたらすぐに行きます! レシオンさんとファティさんをお願いします!』
あの時、オルファスに告げた言葉が、ルーンの脳裏に過ぎる。
テレフタレートとエレジタット達を眺め、ルーンは心がぐらぐら揺れているのを感じた。
私は元の時代でも、未来の時代でも何もできていない。
誰かが傷つくのは辛くて悲しい。
きっと、ソディにいっぱいいっぱい、心配をかけているのだろう。
悲しませてしまっているのだろう。
そう思うと、ルーンの胸がきりきりと痛んだ。
そして今度は、テレフタレートが――ソーシャルが、みんなが悲しんでいるというのに何もできない。傷ついているのに、何もできない。
ルーンはきゅっと唇を噛みしめた。
だけど、どうしたらいいのか、分からない。
何だか、真っ暗なトンネルの中に放り込まれてしまったかのような不安が、ルーンを襲っていた。
「どうしたら、どうしたら、いいんだろう・・・・・」
ルーンがそうつぶやいたのとほぼ同時に――。
ドッカァァァァア――――――ン!!!!
わずかなタイムラグの後、突然、エレジタットの後ろの壁が爆発し、吹き飛んだ。
続けて、誰かの素気ない声がした。
「・・・・・こんなところにいたのか」
突然の爆発に巻き込まれ、うめいていたエレジタットは爆発とともに姿を現したエルフの男――ソクスデスを見て鷹揚に頷いた。
「わははははっ! ここに貴様が助けに来るのは、まさに俺様の読みどおりだ!!」
「そうだったのですね! 素敵ですわ、エレジタット様!」
フレデリカが感激のあまり、両手を胸の前で合わせる。
「嘘つくなっ――!!!」
テレフタレートは怒りのあまり、地団駄を踏んで叫んだ。
だが、すぐに矛先を変えると、テレフタレートはソクスデスに食ってかかった。
「・・・・・どうして、ここにいるのよ!」
テレフタレートは人差し指をビシッと突き出し、言い放った。
「どうして、ここにあんたがいるのよ!」
「それはこっちの台詞だ」
彼女が指差したのは、崩壊したリンフィ王国の牢屋の壁。そこには彼女より四つか五つ年上のエルフの青年――ソクスデスがただすんでいた。
「いい! 私達はね、早く、ここから脱出して、ソーシャルを助けて、レシオン達を救いに行かないといけないんだからね!」
「それもそのまま返そう」
憮然とした表情でソクスデスは答えた。
「何よ? あんたも、牢屋に入っていたわけ?」
「えっ? ソクスデスさんも、牢屋に入っていたんですか?」
怪訝そうに首を傾げて訊ねるテレフタレートに、ルーンが不思議そうにつぶやいた。
「・・・・・ジュリアが、おまえ達に話しておきたいことがあるらしい」
言い捨てて、ソクスデスはプイと横を向く。
「えっ?」
「・・・・・一緒に来るのか?」
きょとんとしたテレフタレートに、ソクスデスがぼそっとつぶやくと、彼女はオーバーアクションで疑いの眼差しを向け始めた。
「どういう風の吹き回しよ! いつもは関係ないとか言ってくるくせに!」
「・・・・・どうせ、ほっといても貴様のことだ。 ユヴェルが復活したから月の時計塔に行かないといけないからと言って、あちらこちらで騒ぎを起こすつもりなのだろう」
「なっ、なんですってっ!」
今にも彼に襲いかかってしまいそうなテレフタレートの剣幕に、ルーンは思わず、目をぱちくりさせてしまう。
「ええっ!? ユヴェルが復活してしまったんですか? それに、『月の時計塔』のことも知っているんですか?』」
ソクスデスの意外な言葉に、ルーンは心底困惑したようにつぶやいたが、道はエレジタットのこんな一言で開かれた。
「ふふふっ、なら貴様が何故、月の時計塔のことを知っているのか、この俺様が確かめてやる!」
あまりにも意外なその台詞に、レシオン達は一斉にエレジタットを見た。
・・・・・いや、別に意外ではなかったのだが、ただ誰も突然、そんなことを言い出すとは思っていなかっただけなのかもしれない。
かくして、エレジタットは言った。
「ずばり、貴様はインフェルスフィアの刺客なのだろう! そして、俺様の実力を察して討伐しにきたというわけだな!」
「・・・・・こいつはいつもこうなのか?」
「そうよ!」
問いかけるような声で言うソクスデスに、憤懣やるかたないといった表情でテレフタレートが叫んだ。
「ところで、他の連中はどうした?」
「そうよ! それどころじゃなかったのよ! ソーシャルを助けにいかないと!」
かくして、今度はテレフタレート達が事情を説明する羽目になったのだった。




