第二十章 不思議な夢枕
これで5巻分の投稿は終わりです。
続きはまだ時間がかかりそうなので、また、しばらく更新が止まるかたちになります。
すみません。
「マインド・クロス」の番外編と新作のサイドストーリーは、1月中旬頃から開始する予定です。
どうかよろしくお願い致します。
「貴様の企みもここまでだ! ユヴェル!」
エレジタットはつかつかと玉座の間の前へと進み出た。荘厳な顔つきで、真面目に語り出す。声も普段とは違う、真剣そのものだ。
「エレジタット様・・・・・」
フレデリカは両手を組んだまま、遠くを見つめるような眼差しで熱に浮かされたような調子でエレジタットを見つめた。どこか憂いをびたような表情で。
「ユヴェル様の邪魔はさせません」
ユヴェルの傍らに立つインフェルスフィアはきっと目つきを変えた。その背後に控えるレイチェル達にも緊張が走る。
「まさに慨嘆だな。 だが、しかし、貴様らの悪行もここまでだ! この神速の剣豪、エレジタット様が成敗してくれる!! ・・・・・ん? これでは俺様の方が悪役ではないか。 いや、ここは貴様らの野望もここまでだ、の方がいいな!」
「そうですね、エレジタット様」
「あーっ、もういい! もういいわよ!」
テレフタレートが慌てて手を振ってエレジタット達を止めさせた。
「なんだ? まだ始まったばかりだぞ? これから、俺様の完璧なファティ様とレシオンの救出劇が始まるところだったというのに」
エレジタットは書類の束をめくって言う。まだ序盤だ。分厚い束がまだまだ残っている。
「これから、俺様はユヴェルと壮大で熾烈な戦いを繰り広げてだな――」
と、エレジタットはあっけらかんな調子で淡々と続けた。話し出せば、いつまでも終わりそうもなさそうな雰囲気だ。
「さすが、エレジタット様ですわ!」
そんな彼にパチパチと拍手を送ったのは、フレデリカと呼ばれた黄緑色の長い髪の女性だ。
「素晴らしいです!」
「どこがよ!?」
その台詞に、テレフタレートがすかさず反論した。
「だいたい、どうしてここにあんた達がいるのよ! あんた達はレシオン達を助けに『月の時計塔』に向かったんじゃなかったの?」
そんなエレジタット達を尻目に、テレフタレートは訝しげに尋ねた。
つい、先程、彼らはオルファスとともに『月の時計塔』に向かったはずだった。
それなのに、どうしてここにいるのかな?
ルーンは不思議そうに首を傾げた。
テレフタレートにそう聞かれた途端、エレジタットは渋い顔をして言葉を濁した。
「それがだな。 実は何だったか、あい・・・・・何とか、いや、違うな。 あし・・・・・何とか・・・・・」
「足手まといです。 エレジタット様」
フレデリカがそう言って、にっこりと笑う。
「うむ、それだ! 足手まといだからと言われて、俺様達はここに連れ戻されたというわけだ!」
「・・・・・もう、勝手に押し付けないでよね!」
げっそりとした表情でガクッと顔を俯かせたテレフタレートとは正反対に、エレジタットは目を輝かせて言った。
「つまり、オルファスは真の主役は後から行くべきだ、と告げたかったわけだ!!」
「そうだったのですね、エレジタット様!」
「そのとおりだ!」
フレデリカがそう言うと、エレジタットは胸を張って答えた。
「そんなわけないでしょうが!」
テレフタレートは、むくれた顔のまま、不本意だと言わんばかりに噛みついた。
だが、当のエレジタットとフレデリカは喜々爛漫として語りをやめようとはしなかった。
「まさにこれぞ、愛の革命劇だな!」
「愛なのですね!」
「そうだ! 愛だ!!」
「・・・・・・はあっ、もう、何でもいいわよ」
テレフタレートはもはや何かを言う元気もなくして、溜息をつくのだった。
「ううっ・・・・・です」
ファティは何度も何度も魔方陣にきらきら星を描き続けたが、それでも魔方陣には何の影響もなかった。当然の結果ではあったのだが、次第に途方に暮れたように涙ぐむファティに、メイルは溜息をついた。
「ううっ、どうしよう? メイル!」
「そう言われてもな」
と泣きそうになるのを堪え、ファティはメイルの横に寄っていく。
メイルは困ったように、溜息をつきながら言う。
「だいたい、魔方陣に落書きしても意味がないだろう・・・・・」
「――えっ、です?」
ファティはそれを訊いて、血の気が引いたように顔を青ざめた。
「はっ!? です。 まっ、まさか、水性マジックではなくて、彗星からの落とし物である油性マジックを使わなくてはいけなかったのですか・・・・・・!?」
「違うっ!! って何だよ、それは! 俺が言いたいのは、水性だろうが、油性だろうが、落書きしても意味はないだろうって言いたかったんだよ!」
「ええっ~、そのことなんですか!?」
「ああ・・・・・」
ファティの残念そうな問いかけに、メイルは大きく頷いてみせる。
ファティはほっとしたような、がっかりしたような複雑な思いを撫で下ろすと、レシオンに話を振った。
「レシオンさんはどう思うですか? この作戦――、つまり、魔法陣を変えてしまおう作戦は意味があると思うですか?」
「そう言われても、な」
突然話を振られて、レシオンは思わず、返答に困った。
「そもそも、俺にはメイルさんの言っていることが分からないから何とも・・・・・っ!」
言いようがないと言いかけ、レシオンは慌てて口をつぐんだ。代わりに、顔を凍らせる。同様に、メイルも顔を引きつらせたのだが、感情移入したファティは気づかなかった。そして、レシオンとメイルの視線が明らかに扉に釘付けになったことも。
「私は意味があると思うのです!」
ファティはたっぷりと間を取った。
「何故なら、ロマンがあるからと思うのです」
そう告げて、ファティの声は熱烈さを増していく。
だが、マジックでの落書きに、どんなロマンがあるというのだろう?
「魔方陣に素敵な星さんをたくさん描くのです! そしたら、どんな夜景よりも綺麗になると思わないですか? まさに、満天の空模様なのです! ねえ、メイル、どう思うですか?」
ファティはそこに至って、ようやくメイルが悲愴な表情で何かを訴えようとしていたことに気づいた。
妄想に夢中になってしまっていたファティはまるで気づかなかったのである。扉の前にいつのまにか、インフェルスフィア達が立っていることを。
ファティは口をパクパクさせながら、ぽつりとつぶやいた。
「・・・・・い、インフェルスフィア・・・・・さん・・・・・」
「・・・・・ようやく、気づきましたか?」
インフェルスフィアが前に出て静かに告げた。
こんな状況でも平然としているインフェルスフィア達に、メイルは場違いとは思いながらも感心した。
「では、儀式を始めましょうか」
インフェルスフィアがそう告げると、インフェルスフィアと黒いコートの男は緊張した面持ちで並び立った。その背後に、少し離れたところで見守るレイチェル達の視線を感じた。
まず、黒いコートの男が呪文を唱え始める。どんな呪文なのか分からないが、厳かながら力強い響きの呪文だ。
インフェルスフィアも、慎重に別の呪文をつぶやき始めた。呪文とともに、インフェルスフィアの体から清くまばゆい光が溢れていく。
ばちっ!
レシオンとファティの体を中心にした放射状に、漆黒のボールが六つ、地面からじわりと浮かび上がってきた。それらは闇色の火花を散らしながら、レシオンとファティの周りをふぅっと動いていく。
あるものは曲線、あるものは直線とそれぞれの軌道をたどる漆黒の珠。
「こ、これって・・・・・!?」
自らの状況を察したレシオンは、慌てて外へと手を伸ばした。だが、今度は電撃にはじかれ、レシオンは苦悶の声を上げた。
「まずいのです!」
ファティは動揺して声を張り上げた。
「このままでは、まずいのです! メイル、何とかして下さいです!」
「俺に振るなよな!」
メイルは呆れたように、溜息をついた。
「だったら、メイル、こういうのはどうですか?」
ファティはパンッと胸を叩いた。
「宇宙人さん達に『助けてほしいのです!!』と念波をひたすら送り続けるのです! エレジタットさんも、前に言っていたのです! 『宇宙より飛来した謎の生命体。 誰もが気づかぬうちに、その生命体はこの地へと降り立っていたのです! 迫る宇宙船の着陸音と豪風! 銀河を埋め尽くす銀色の飛行物体!!』 そんなのが飛来すれば、まさに鬼に金棒なのですっ!」
名案とばかりに、ファティは誇らしげに胸を張った。
「この非常事態に、よくそんな能天気な考えが思いつくな・・・・・」
逆にメイルはこめかみを押さえ、がっくりと肩を落とした。
「誉められると照れるのです~❤」
「全く、誉めてないから!」
目を輝かせていうファティに、メイルは怒りをぶちまけた。
「それより、この状況を何とかしろ!」
「飛んで逃げるですか?」
ファティがえへへと弾んだ声を出した。
「そんなことできないだろうが!」
ファティの提案に、メイルは呆れたように吐き捨てた。
「そ、そうなのですか?!」
?マークを出しながら、ひたすら首を傾げながら、ファティは叫んだ。
わ、わかっていなかったのか?
「じゃあ、どうするですか・・・・・?」
目をぐるぐる回しながら、ファティは唸った。だが、いくら考えても答えは出そうもない。
あくまでものんきなファティの声に、レシオンは慌てて絶叫した。
「そんなことよりも、この状況を何とかできませんか? ファティさん」
「そんなことではないのです!」
ファティが瞳を輝かせてそう力説した瞬間、漆黒の闇と空間を塗りつぶすほどの閃光が混じり合い、うねり、柱となって天へと突き刺さった。ファティの力強い声とともに、レシオンとファティは黒と白の力の奔流に呑みこまれていく。
ぉぉぉぉ・・・・・ん・・・・・。
それはレシオン達の叫び声だったのか、気流の音なのか。どちらともつかない唸りをあげて、流れは空へと消えていく。まるで天へと昇る竜のように――。
「・・・・・くっ、やはり、間に合わなかったか」
儀式の間へと続く通路の先から、オルファスは悔しげに唇を噛みしめた。その背後には途中で合流した魔将軍とその部隊達も控えている。
「だが、このまま、すべてを終わらせるわけにはいかない! こうなったら、魔王様の助力の上、ユヴェルを止めるだけだ!」
オルファスはそこまで告げると、小枝のようなしなやかさでふんぞり返り、高らかにこう宣言した。
「必ず、我々が勝つ! 何故なら、愛と正義の名の下に俺達が勝つことは決まっているからだ!」
オルファスはあくまでも自分の言葉を貫き通しながら、通路を走り抜けていった。
「レシオン、早く起きてよ!」
金髪の少女は、レシオンの顔を覗き込むようにかがむとムッと頬を膨らませた。
「起きてってば!」
「わわっ! ご、ごめん、エカ――って、あれ・・・・・?」
ゆっくりとまぶたを開くと、日差しが飛び込んできて眩しい。繰り返される波音は、いつも同じで、レシオンの心を優しく揺さぶる。
レシオンは身体を起こすと、大きく伸びをした。
どこまでも続く青い空、そして海。
それがレシオンにとって、世界の全てだった。
ここはアルヴァナ。海に浮かぶ小さな島。
「・・・・・あ、あれ? 夢だったのか。 何だか、長い夢を見ていた気がするけれど?」
何だか不思議な夢を見た気がする。
不思議な夢・・・・・?
ううん、あれは夢じゃなかったような気もする。
あの世界。あの感じ。
それに今までの出来事。
――あれは本当に夢だった?
「レシオンさん!」
「わわっ!」
突然、目の前に現れた薄紫色の髪と赤い瞳を持った少女に、レシオンは跳ね起きた。
「大丈夫ですか?」
「ファティさん!?」
突然、声をかけられて、レシオンは我に返った。
気がつくと、目の前にファティが立っていて、瞬時に今までのことが現実だったのだとレシオンは理解した。どうやら、ファティさんも、そして恐らくメイルさんも無事だったらしい。
レシオンはしばらくじっとファティを見つめていたが、ややあって質問した。
「あれから、どうなったんですか?」
レシオンの問いかけに、ファティはうつむいて顔を曇らせた。
「分からないです。 気がついたら、いつのまにか、ここにいたのです」
「ここって、アルヴァナだよな? ・・・・・ってことは――」
その言葉を口にするべきか、一瞬、迷った。しかし、こらえきれなくなって、レシオンは言った。
「ここは、エスタレート・・・・・なのか!?」
レシオンはアルヴァナの港がある方を振り向き、空を見上げた。
俺は本当に戻ってきたんだ。
アルヴァナに――。
そして、エスタレートに――。




