第十八章 夢の名残歌
5巻の続きです。
5巻分が終わったら、また、しばらく更新が止まるかたちになります。
続きは、執筆がなかなか進まず、時間がかかっているのですが、出来次第、載せていくつもりです。
「マインド・クロス」と新作の更新の合間に、出来次第、更新するかたちになると思うのですが、どうかよろしくお願い致します。
「さすがに、今回ばかりはそこに行かれるのはお止めになられた方がよいと思われますが」
月の森行きの準備を整えていたダオジスに、ルイヤ家の執事がそう進言した。
すでに事前の調査によって、『月の時計塔』に訪れた者達はみな行方不明になっているのが分かっていたからだ。誰が考えても、そんな危険な場所に足を踏み入れるのは無謀にも等しい行為だった。
だが、ダオジスは執事の忠告に耳を貸さず、イルニスと二人、月の時計塔へと向かった。これまでだって、ダオジスはずっとそうやってきたのだ。ルイヤの当主となってから三年間、ダオジスは自ら進んで危険な場所へと赴いていた。ダオジスは当主になるまでの経験で、自らを危機に追い込むことで望むべき力を手に入れることができると、半ば盲目的に信じていたのだった。
それに、と『月の森』へ向かう道沿いの中でダオジスは自分に言い聞かせた。これまでだって、同じように不可能だといわれる仕事に挑んで、そして自分は生き延びてきた。その経験が今の自分を作ったのだ。だから、今回も大丈夫だと思っていた。
しかし、大丈夫ではなかった。月の森に到着するなり、森の奥へと進んでいったダオジス達だったが、すぐに自分の失敗を思い知らされた。
月の森の地図を持ってきて地図どおりの道を歩いてはいたのだが、やはり迷ってしまったのだ。迷ってしまっただけではよかったのだが、そこに住む多くの魔物達がひしめしあい、彼らに突如、襲いかかってきたのだ。
それでも、ダオジス達は数時間にわたって奮戦した。疲労で腕が鉛のように重くなろうとも、ダオジス達は奮闘し、五十匹近くの魔物の息の根を止めるのに成功した。――そして、そこまでがダオジス達の限界だった。
だから、「・・・・・大丈夫ですか?」という女性の声が聞こえた時、ダオジスは自分の耳を疑った。そして魔物達の群れの後ろに、金色の髪の女性達が近づいてくるのを見た時、ダオジスは自分の目を疑った。
そのうちの一人、黒いコートの男がダオジスに言った。
「・・・・・おまえが、ダオジス=ロイド=ルイヤか?」
今度こそ、ダオジスは自分の正気を疑うことになった。
彼ら五人は、その風貌と口調とは全く似つかわしくない迅速さで、突然、魔物達に襲いかかったのだ。それは全く、襲いかかるという表現がふさわしかった。赤いコートの女性は大きく右手を上げ、そしてその手を勢いよく振り落とした。その瞬間、彼女の全身からごう、と魔力が放たれた。ダオジス達の横をすり抜け、衝撃波が地面を揺らす。無表情のまま、黒いコートの男は全くの予備動作なしに、突然、両手から光弾を放った。イルニスが、そしてダオジスも息を呑んだ。そばで見ていたダオジスにもまるでわからなかった。いつのまにか気がつけば、多くの魔物達の屍が地面に横たわっていたからだ。
ダオジス達が呆気にとられている間に、戦闘は終了していた。
辺りには、もうダオジス達と彼女達以外には動いている生物の姿はなかった。
呼吸を整え、力を搾り出して、ダオジスはゆっくりと質問した。
「・・・・・貴様らは何者だ?」
そしてもう一言付け加えた。
「何故、このような場所にいる?」
柔らかな笑みを浮かべたまま、白いコートの女性はダオジスにこう言ったのだ。
「初めまして、ダオジス=ロイド=ルイヤよ。 私の名はインフェルスフィア。 あなたの力を、私達にお貸し頂きたくてここまで訪れました。 私達の力になって頂きたいのです。 そして、どうか、ユヴェル様の復活のためにその力を尽くてほしいのです」
「これって一体・・・・・」
レシオン達が呆気に取られている中、インフェルスフィアはますます視線を鋭くし、下唇をかんだ。
「インフェルスフィア様・・・・・。 これは――」
「・・・・・あなた方は私の後ろに下がりなさい」
「どういうことですか?」
唐突なインフェルスフィアの発言に、レイチェル達は思わず目を剥いた。
「この力は召――」
「遅いっ!」
インフェルスフィアの台詞を遮るように、国王が叫んだ。
その瞬間、ソーシャルと国王の呪文詠唱と合わせて、ゴーレムは右拳にパワーを溜め、一気にその力を解き放った。
巨人の突き出した青白い閃光が周囲を包みこむながら、とぐろを巻くように突き進み、そしてインフェルスフィア達とダオジス達がいた場所に激突した。
その瞬間、閃光が弾け、世界は真っ白に染まった。
理解を超える破壊と爆発のせいで、視覚も聴覚も全く役に立たなくなった。ただ、もの凄いパワーがインフェルスフィア達とダオジス達がいた場所にて破壊の限りを尽くしているのが分かるだけだ。
戦いの途中から危険を察したファティとルーンの力によって守られていたレシオンが、感服したようにつぶやいた。
「すごい・・・・・!」
「やるじゃん! ソーシャル!」
同じく彼女達に守られていたテレフタレートが右拳を突き出して歓声を上げる。
だが、ソーシャルは悔しげに唇を噛み締めた。
「いや、だめだ・・・・・」
「えっ? どういうこと――」
テレフタレートはそうつぶやきかけて、すぐにハッとした。
心臓が凍りつくほどの衝撃に、テレフタレートはいや、レシオン達は襲われていた。予期していたような、そう先程のような短距離のテレーポートによる回避も何一つ行われていなかった。インフェルスフィアはただ、何気ない仕草で右手をあげただけである。ただそれだけ。とくに力を込めた様子も見えなかったのに、巨人が放った一撃はインフェルスフィアのその右手に至極あっさりと受け止められてしまった。
巨人はというと、その一撃を放った後、すぐに異次元に吸い込まれるように姿を消してしまった。
その様子を見て、顔をひきつらせたテレフタレートがソーシャルに指摘した。
「ちょっと、どうするのよ? インフェルスフィアにもダオジスにも全く効いていないじゃない!」
「あの攻撃が効かないとなると、さすがに打つ手がないんじゃ・・・・・?」
つぶやくレシオンの顔色は、若干青ざめていた。
巨人が放った強力な一撃を食らったのにも関わらず、無傷で立ち尽くしている姿を目の当たりにしたのだから、当然といえば当然だ。
一方問われたソーシャルは真剣な表情でこう言った。
「・・・・・いや、ダオジスには効いている」
ソーシャルの言葉通りだった。
避ける暇もなく、巨人の一撃をまともに受けてしまったダオジスとイルニスは大地に叩きつけられていた。ぐったりと倒れたまま、イルニスは動かない。
だが、巨人の一撃を食らいながらもいまだ意識を保っているダオジスが、地面を這いながらうめいた。
「・・・・・ぐぅぅぅぅ・・・・・おのれ・・・・・!」
恨めしげな目をソーシャルと国王に向け、ダオジスは言った。
「・・・・・何故だ? ・・・・・『海の秘宝』の力を使って、私は全てを超越した存在となったはずだ。 いや、少なくとも、私とインフェルスフィアは同格の力の持っていたはずだ。 なのに何故、インフェルスフィアはしのげたというのに、私は――」
ダオジスの台詞をあざ笑うかのように、ストラは人差し指をぴっと一本立てて、はきはきとした口調で言った。
「本当に何も知らないっていうことは、ラッキーなことだったな! 『海の秘宝』はユヴェル様が造りだしたもの。 つまり、『海の秘宝』はユヴェル様でなくては真の力を発揮しないのさ!」
笑いながらそう告げるストラに、ダオジスは一瞬で顔色を変えた。
「真の力だと?」
「その他の者が使っても、所詮、一時的な力が発揮されるだけ。 ただ一度だけの限られた使いきりの力だということさ!」
「・・・・・な、なんだと?」
ダオジスの驚きは当然だった。
ダオジスは今まで『海の秘宝』を手に入れるため、あらゆる手段と時間をかけてきた。それなのに、それらが全て無駄だったと告げられたのだ。肝心の『海の秘宝』は限られた時間のみの力だった。うわべだけの力だと告げられたのだ。
だが、インフェルスフィアはそれを否定せず、ダオジスにゆっくりと近づいていく。
「ありがとうございます。 ダオジス=ロイド=ルイヤ。 あなたのおかげで、私は久しぶりに本気を出すことができました」
インフェルスフィアは白いコートの端を軽く持ち上げ、頭を下げた。感情の抑えられた、澄んだ綺麗な声だった。
不意に顔を歪めると、ダオジスは怒鳴った。
「本気だと? 今まで、私を謀っていた貴様がそういうのか? 『海の秘宝』を手に入れた時でさえ、貴様の力には届かなかった私に対しての侮蔑か?」
憎しみを隠さない瞳で、ダオジスはインフェルスフィアを睨みつけた。
「そうではないのです。 あなたが力を貸してくれたおかげで、私達はユヴェル様の復活の儀式の準備まで滞りなく行うことができました。 全てはあなたのおかげなのです。 私達だけでは儀式に必要なものをすべて揃えるのは不可能でした。 ですが、あなたが力を貸してくれたことで、それも可能となったのです」
「私を利用するだけ利用したということか?」
ダオジスが冷たくつぶやいた。
「・・・・・否定はしません。 ですが、あなたも私達を利用するつもりだったのでしょう?」
「・・・・・・・・・・」
ダオジスは悔しげに、奥歯をぎりっと噛んだ。
「さあ、『イドラ』よ。 インフェルスフィア様がお待ちかねだ。 一緒に来てもらおう」
言いながら、黒いコートの男はレシオン達へと一歩踏み出した。オーラに気圧されて、レシオン達は無意識のうちに一歩下がってしまう。
「問答をするつもりはない。 無理やりにでも貴様らを連れていく」
淡々とした物言いで、黒いコートの男は言った。
冷たいものがレシオンの背中を流れ落ちた。ぬけぬけと言い放つ男の顔は、自信の塊そのものだった。同時にレシオンには不吉の象徴のようにも映った。
この目の前にいる男は・・・・・、いや、インフェルスフィアはダオジスをも凌駕する力を持っている――!!!!
「こ、断る!」
勇気を振り絞って、レシオンは叫んだ。
「私もです!」
それに同意するかのように、ファティも黒いコートの男の要求をはねのけた。
「前にも言ったはずだ。 貴様らに選択権はない、と」
無表情のままそう告げると、黒いコートの男は全く予備動作なしに、以前してみせたように両手から光弾を放った。レシオンとファティの回りが、瞬間的に黒いドーム状の球体に包まれる。
「・・・・・・・・・・っ!?」
ソーシャルが、ルーンが、そしてテレフタレートも息を呑んだ。以前と同じように、そばで見ていたテレフタレートにもまるでわからなかった。いつのまにか、音もなくレシオンとファティが黒い球体に包まれていたのだ。
「戻るぞ、レイチェル、ストラ」
「・・・・・はい」
「ああ!」
黒いコートの男はレイチェルとストラにそう告げると、インフェルスフィア達と黒い球体とともにその場から姿を消した。
声もなく、事態の推移を見守っていたテレフタレートが切羽詰まった声を出した。
「何が一体、どうなっているのよ?」
「俺に聞かれてもな・・・・・」
ソーシャルが困ったように溜息をつくと、エレジタットは焦れたように叫んだ。
「ええい! さっきからごちゃごちゃと! どういうことか、はっきりしろ!!」
「本当ですね、エレジタット様!」
「あんた達は何も考えていないでしょうが!」
言い様に怒りながら、テレフタレートは続けた。
「とにかく、これからどうするかでしょう!」
その時、ダオジスが起き上がるのを見て、ソーシャルはテレフタレート達のそばを離れ駆け、剣を突きつけた。
それを見たダオジスは、ふっと唇を緩ませる。
「・・・・・以前の仕返しというわけか? 構わん。 これで我々の作戦はすべて水泡に帰した」
「一体、どういうつもりだったんだ?」
「決まっている。 『海の秘宝』の力を使って、私は全てを超越した存在となるつもりだった。 そうすれば、インフェルスフィアも、そしてユヴェルも、もはや私の敵ではなくなる!」
「それって、『海の秘宝』の力を使って強くなりたかったっていうこと?」
テレフタレートの指摘に、ダオジスは頷いた。
「そうだ。 奴らはユヴェルの復活の儀式に必要なものをすべて揃えるため、私達を利用した。 すべては奴らの思うままだったということだ。 私はこのままでは奴らの足元にも及ばないと思った。 だからこそ、力を求めた! 奴らを打ち砕く圧倒的な力を!!」
ダオジスはソーシャルの剣を気にせず、立ち上がった。
「どこに行くんだ?」
ソーシャルはそう聞いたが、斬りつけるつもりはなかった。
「時間がない。 このままではユヴェルは復活してしまうだろう。 その前に奴らのもとへ乗り込まなくては」
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
そのまま、その場から立ち去ろうとするその背中に、テレフタレートは慌てて大声を上げた。
テレフタレートの声に反応して、ダオジスは再び、テレフタレート達の方を振り向いた。特に自分が睨みつけられているわけでもないのに、ソーシャルとルーンは背筋が冷たくなるような感じがした。彼はその目でテレフタレートを一瞥すると、再びこちらに背を向けて歩き出した。
「こらっ! 無視するなぁぁぁぁぁ!!」
と、テレフタレートはまたその背中に絶叫した。
「結局、ユヴェルって何者なのよ? それにユヴェルの封印って、本当に『イドラ』の力がないと解けないわけ?」
テレフタレートの台詞の最後の部分に、彼は足を止めた。
「・・・・・そうだ」
「なら、今から月の時計塔に行けば、何とかなるんじゃ!」
テレフタレートの自信満々の台詞に、しかし、ダオジスは首を振った。
「無理だな。 インフェルスフィア達の居城までどのくらいの距離があると思う? 例え、たどり着けたとしても、到底、間に合わないだろう。 もはや、貴様らにできることなど・・・・・何もない」
そう言い残すと、ダオジス達の体は光に包まれ、消えた。
そして、ソーシャル達は返す言葉を持たなかった。一部を除いては。
「そんなことないわよ! 見てなさいよ! 必ず、たどり着いてみせるんだから!」
テレフタレートはそう叫んで憤った。
ちっちっち、とエレジタットが指を振った。
「ふふふっ! 甘いな、ダオジス! 俺様にかかれば、その程度のこと、朝飯前、いや夕飯前か!!」
「素敵ですわ、エレジタット様!」
エレジタットの放つ鉄壁の自信に、フレデリカは感激のあまり、両手を胸の前で合わせた。
エレジタットは笑みをふりまき弾んだ声でテレフタレートに言った。
「というわけで、しっかりとおとりは頼んだぞ!」
「はあ? 何よ、おとりって?」
「決まっているだろう? 貴様が奴らの居城近く――つまり『月の時計塔』で暴れれば、奴らも儀式どころではなくなる。 どうだ、フレデリカ? 俺の素晴らしい作戦は!!」
「自分は何もせず、他力本願。 さすがはエレジタット様、素晴らしい作戦ですわ!」
「どこが素晴らしい作戦よ! だいたい、『月の時計塔』に行くのなら、そんな作戦より、オルファスの能力を使った方がいいでしょうが!!」
むくれた顔のまま、テレフタレートは不本意だと言わんばかりに噛みついた。
「あっ! 本当だね・・・・・!」
ルーンはどよめいた。
「なるほど、その手があったか! あまりに貴様が『極悪非道の破壊王』のイメージが強かったんで、危うく騙されるところだった!」
誇らしげに胸を張って、エレジタットは豪快に笑い始めた。
「本当ですね、エレジタット様」
フレデリカが大仰に頷いた。
「誰が『極悪非道の破壊王』よ!!」
ワハハと高笑いするエレジタットに、テレフタレートは不満げに口をとんがらせた。
「ともかく、アレアの町に戻るわよ!」
「事情徴収のことはどうするんだよ?」
嬉しそうに仕切り直すテレフタレートに、ソーシャルが水を差す。
テレフタレートはムッとしてソーシャルを一瞬、睨みつけたが、すぐにそ知らぬ顔で答えた。
「もちろん、そんなの無視するわよ!」
「・・・・・・・・・・いや、それは無理だと思うな」
悲痛なソーシャルの声に応えたのは、扉をぶち破る勢いでやってきた重武装の兵士達がもたらした知らせだった。
その兵士達は、肩で息をしながらこう言い放ったのだ。
「テレフタレート=コルレリア。 陛下の命により貴様を拘束させて頂く!」
と。
「やあ、確か、ソクスデス君・・・・・、だったかな。 ・・・・・すまないが、ここらでファティ様とイドラの少年達を見なかったか?」
「・・・・・また、あいつらか」
オーダリ王国の街中で、魔族の男――オルファスにボソリとそう言ったのは、そっぽを向いたままのエルフの青年。ソクスデス=アワーだ。
そっけない返答だったのだが、オルファスはオーバーアクションで喜び始めた。
「おおっ! もしかして、君は彼らがどこにいるのか知っているのか! 彼らは今、どこにいるんだ? 頼む! どこにいるのか教えてくれないか? 緊急事態なんだ! ほらっ! 早くっ! 頼むから!」
両拳を握り締めたまま、オルファスがソクスデスに迫り寄る。一歩、また一歩とまるで死刑執行人のように。
そっぽを向いたまま、ソクスデスは不機嫌そうに吐き捨てるように言った。
「リンフィ王国で見た、とあいつは・・・・・ジュリアは言ってたな」
ソクスデスはそれだけを告げると、もうオルファスには目もくれず、その場から立ち去ろうとした。
「おおっ!! リンフィ王国!! では、早急に向かわなければな!! まさにここは、正面突破で行くしかない!!」
あまりにもオルファスの無謀無策ぶりに、立ち去ろうとしていたはずのソクスデスは足を止めて眉間の皺を深めていた。
「・・・・・あいつの周りはいつも騒動で溢れているな・・・・・」
誰に言うでもなく、ポツリと感想を漏らすと、ソクスデスはそのまま、その場を後にした。




