第十章 二人のイドラ
昨日は投稿できなかったので、今日、投稿しました。
「・・・・・さま・・・・・・・・・・エ・・・・・ジタットさま・・・・・」
「・・・・・う・・・・・・・・・・うぅ・・・・・」
「・・・・・様! エレジタット様!」
「――う、うがっ!?」
誰かが強く身体を揺さぶっていた。耳元で絶え間なく甲高い声で彼の名前を呼び続ける。その衝撃とその騒音に耐えかねて、彼はうっすらと目を開いた。
「!!! 目が覚めたのですね! エレジタット様! 良かったです・・・・・っ!」
彼の目に最初に飛び込んできたのは、涙を流している慣れ親しんだフレデリカの顔だった。そしてその背後に見える綺麗に磨き抜かれた純白の天井。顔を横に向けると開け放たれた窓から心地よい風が吹き込み、カーテンがゆらゆらと舞い踊っている。
「俺は・・・・・俺様は・・・・・」
彼は自分がどこかのベットに寝かされていることを知った。目覚めたばかりでまだ思い通りにならない身体をゆっくりと起こしながら、彼は――エレジタットは涙をぼろぼろと流しながらこちらを心配そうに見つめるフレデリカに訊ねた。
「俺は一体、どうしたんだ? ここはどこなんだ?」
「大変だったんです、エレジタット様! いきなり敵に襲われて、慌てて二階のベットに運びこんだのですが、エレジタット様は三日も眠ったまま、目を覚まさなかったのです。 それにレシオンさんとファティ様が敵の手に渡ってしまって・・・・・!」
「な、なにぃ!?」
だんだんエレジタットの記憶が戻ってくる。『海の秘宝』の手がかりを求めてジュリア=アワーに会いに行ったこと。その最中に謎の爆発が起こったこと。その後の記憶が何故か、全くないこと。
エレジタットは叫んだ。
「そ、そうだ!! あれはドッキリ!! あれはドッキリじゃなかったのか!? ちくしょう、ドッキリで本当に俺様を殺しかけやがって。 製作会社に早速、損害賠償請求を――」
「ち、違います! あれはドッキリなんかではありません! あれはインフェルスフィアの配下の者の仕業なんです!」
フレデリカが慌ててそう答えた。
「・・・・・な、なにぃ!? そうだったのか! ・・・・・なるほど、俺がこの中で一番やばい人物だと知って不意打ちを仕掛けてきたというわけか!」
エレジタットはベットから跳ね起き、壁にかかっていた紫のマントを装着して、すっかりいつもの剣豪気分に戻っていた。
「よし、神速の剣豪・エレジタット様、大復活だ! 行くぞ、フレデリカ! すぐにでもファティ様とレシオンの救出に向かうぞ!」
ところが部屋を出ようとしても、フレデリカは顔を伏せたまま席を立とうとしない。
どうしたのかとエレジタットが訊ねると、ようやくフレデリカは悲しげに首を振った。
「ファティ様とレシオンさんの居所がいまだに分からないんです・・・・・。 それに――」
「それに、なんだ?」
エレジタットが促すと、フレデリカは無言でサイドボードの上に置いてあった新聞を手に取り、エレジタットへと差し出した。
「そこの記事を見て下さい。 下の右端に書かれている記事を」
何のことかわからなかったが、言われるがままにエレジタットは新聞に目を走らせた。
「!!!!!」
その記事を視界に入れた瞬間、エレジタットは心臓が止まるほどのショックを受けた。足元が音を立てて崩れていくような恐怖を覚えた。もっとも、そんな恐怖を覚えたのはこれで二度目だったのだが。
新聞を持つ手をわなわなと震わせ、顔中の血の気が引いていくのを自覚しながら、エレジタットは舌をもつれさせながらフレデリカに問いかけた。
「な、な、なんだ!? これは!?」
フレデリカは首を振った。
「私にもどうしてこうなったのか、分からないんです・・・・・」
エレジタットが目にしたもの。それは、新聞の隅にほんの小さく書かれた《自称、神速の剣豪、エレジタット、オーダリ王国のとあるギルドにて暴動に巻き込まれ、爆死》というふざけた記事だった。
フレデリカは言った。
「何でもジュリアさんが面白半分で書いた記事が通って、そのまま、新聞に載ってしまったらしいんです。 でも、テレフタレートさん達はそれでもいいかなと納得して、一階でジュリアさん達と話しあっています」
「な、なんだと――――!?!?」
どうやら彼が意識を失っている間に、またもや世界はどこか捻じ曲がってしまったらしい。エレジタットは両膝をついてその場に崩れ落ちた。
ちなみにこの後、エレジタット達が生きていることを証明するまでにかなりの時間がかかったことは言うまでもない。
「・・・・・で、どうなのよ? 何か、分かったの?」
テレフタレートは不機嫌極まりない様子で、ジュリアに訊いた。
「分からないわ」
と、無情にもジュリアはそう答えた。
「まあ、そんなに簡単にインフェルスフィアの居場所が分かったら、私達も苦労しないわ!」
「あんた、ギルドマスターでしょうが!」
「仕方ないでしょ。 だいたい、インフェルスフィアの居場所が最初から分かっていたのなら、私達もあいつらの好きにさせていないわ!」
「うっ・・・・・!?」
痛いところを突かれて、テレフタレートは反論に詰まった。
「まあ、もし、奴らの居場所を知っている者がいるとしたら、ダオジス達くらいなものでしょうね・・・・・。 でも、一つだけ分かったことがあるわ!」
「・・・・・なによ?」
訝しげに、テレフタレートは眉を寄せた。
「あなた達の話を聞いて思ったんだけど、魔王が護っていたファティさんとは違って、インフェルスフィア達はもっと早くから、レシオンくんをらの場所に連れてくることが出来たはずよね? でも、それをしなかったということは、それができなかったと考えるのが普通よね?」
「そ、そういえばそうね」
テレフタレートはハッとする。
「要するに、彼を連れ出すことができなかった要因があるってことよ! まあ、エスタレートに行けなかったと考えることも出来るけれど、それだと魔王がイドラを捜索しろなんて言わないだろうし・・・・・ね。 だったら、こう考えることが出来るんじゃないかしら?」
エレジタットがいたら、怒りそうなことを言いながら、ジュリアは人差し指を立てる。
「それって・・・・・!」
核心に迫りそうなジュリアの話に、思わずテレフタレートは身を乗り出した。
はたして、ジュリアは言った。
「つまり、彼らは今まで何かをしていて、表立って動けなかったということよ! そう・・・・・、例えば封印の魔女ユヴェルの復活のための儀式の準備とかね!」
「じゃあ、あいつらはその儀式の準備とかをしていたから、今までレシオン達に手を出してこなかったっていうわけ?」
「そういうことね」
ジュリアが頷いた。
「確かレシオンって、エスタレートでは義兄と義妹と一緒に暮らしていたって話していたわよね? でも、あいつらと会うまでは、特にそれまで何も変わったことはなかったみたいだし・・・・・。 つまりそれってイドラを手に入れるのは、儀式の準備が整ってからでも充分だとインフェルスフィア達が判断したってことでしょう? そして、その準備ができたから、『イドラ』であるレシオンを手に入れに来たってことなのよね? それってやばいんじゃ――!?」
「そうだな・・・・・。 それに魔将軍の偽者を用意していたりしていたのは、やっぱり、その時にもう一人の『イドラ』であるファティさんも狙ってきたって考えるべきなのかな?」
テレフタレートとソーシャルの切羽詰まった言葉に、ジュリアはあっさりとさあね、とだけ答えた。
「それはインフェルスフィア達に聞かないと分からないけれど」
「あの――」
ルーンは右手を上げて、発言を求めた。
テレフタレートが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたのよ? ルーン」
「エレジタットさん達に聞いたら、何か分かるんじゃないのかな?」
「あ」
最初にレシオンと出会ったのは、エレジタットとフレデリカの二人だった。その時に先程言っていた出来事に関して何か知っている可能性があるのだ。
「そうよ! さすが、ルーン! あいつらなら何か知っているかもしれないわね!」
テレフタレートはなるほどとばかりにそう叫んだ。
「まだ、そのことをエレジタットさん達が知っているかどうかは分からないだろう?」
「絶対に知っているに決まっているわよ!」
唖然とするソーシャルを尻目に、テレフタレートは自信満々に言い切った。
「あのな、テレフタレート・・・・・」
あっさりとそう結論を出して満足そうなテレフタレートに、ソーシャルが腰に手をやって詰め寄った。
だがそ知らぬ顔で、テレフタレートは声を弾ませて告げた。
「さあ、ルーン、ソーシャル、とっととあいつを叩き起こすわよ!」
「・・・・・・・・・・おい」
あくまでも反省の色がない彼女に小さな溜息をつくと、ソーシャルはそうつぶやくのだった。
「知らんな」
エレジタットの口から閉口一番に飛び出たのがその言葉だった。
エレジタットの返答に、テレフタレートはつかつかとエレジタットが座っているベットの先端部分に回りこむと、眉を吊り上げて言った。
「そんなはずないでしょうが! さあ、言いなさいよ! あんた達、何か知っているんでしょう!! ほらっ! さあっ! さあっ!」
テレフタレートは人差し指を突きつけて、力強く言い切った。
そして、ランリールの街でソクスデスにしてみせた尋問のごとく、一歩、また一歩とまるで死刑執行人のように迫り寄る。
満としてエレジタットは答えた。
「わははははっ! 知っているわけがないだろう! 何故なら、エスタレートでは俺様達はずっとあちらこちらの街や村、そして谷を彷徨い歩いていたのだからな!!」
「威張って言うな――!!!」
テレフタレートは怒りのあまり、地団駄を踏んで叫んだ。
「――フレデリカ、さすがにあんたは何か知っているんでしょうね?」
不快な目でこちらを見るテレフタレートに、エレジタットがフレデリカの代わりに答えた。
「ふっ、知っているわけがないだろう! 何故なら、フレデリカはエスタレートでは俺様とともにずっとずっと彷徨っていたのだからな!」
「だから、威張って言うなぁぁぁぁぁっ!!」 どごごっ!
テレフタレートがいきなり拳をベットに叩きつけた。たちまちベットと床がえぐり取られ、無残な穴が開いた。エレジタットは・・・・・かろうじてベットにつかまっているらしい。
ソーシャルは呆れた調子で言った。
「あのな・・・・・、テレフタレート・・・・・」
「何よっ! 私は悪くないのよ! 悪くないんだからねっっ!!!!!」
唖然とするソーシャルを尻目に、テレフタレートは途方に暮れたようにそう絶叫するのだった。
「・・・・・・・・・・うわぁっ!? ・・・・・ってあれ?」
何かひどく恐ろしい夢を見た気がして、レシオンは飛び起き、途端、背中に鈍い痛みが走り、何があったかを思い出した。
「レシオンさん、やっと目が覚めたですね?」
声とともにベットに駆け寄ってきたのはファティだった。ゆっくりと辺りを見回すと、そこは見覚えのない部屋でファティ(とメイル)の他には誰もいなかった。
「ここは?」
痛みを押して、レシオンはベットを飛び降りると扉に駆け寄った。だが、一向に開く気配はない。
「・・・・・分からないです。 あの後、気がついたらこの部屋にいたんです」
顔を曇らせて言ったファティを、レシオンは振り返った。
「一体、何がどうなったんだ? 俺達はあいつらに襲われてそれで・・・・・」
「・・・・・私達は捕まったみたいです。 でも、何故か牢屋とかではなくてこの部屋に閉じ込められたみたいなのです」
「そうなんですか・・・・・」
静かな声で、レシオンは言った。
「・・・・・ひとまず、状況を整理してみる必要がありそうだな」
「そうですね。 メイル」
メイルの言葉にファティは頷くと、近くの椅子を引いて座った。レシオンもそれに習い、先程のベットに腰かける。
「まず、俺達の状況の確認から。 ・・・・・俺達はオーダリ王国のギルドであのインフェルスフィアの配下の者達に襲われた。 そしてここに連れて来られたんだ」
「ここは一体、どこなのですか?」
ちらりとレシオンの横顔を見て、ファティは訊いた。
「・・・・・分からないけれど、ただ前に『月の時計塔』の事件の話を聞いた時に、『月の時計塔』には封印の魔女ユヴェルが眠っているっていううわさがあるって言っていた。 もしかしたら、ここはあの『月の時計塔』があった場所の近くなのかもしれないな」
「そうですね」
納得したように、ファティは頷いてみせる。だが、すぐに首を傾げて、メイルに訊いた。
「あれ? です。 でも確か、あの塔は燃えたはずですよね?」
「ああ、おまえが燃やしたからな! ・・・・・多分、ここはあの塔とは別の場所なんだろうな」
「そういえば、そうだったです!」
メイルの言葉に、ファティは納得したかのように手をポンと叩く。
どうやら、『月の時計塔』を燃やしたことを忘れていたらしい。
そんな彼女に、メイルはすかさず突っ込む。
「おい、忘れるなよな!」
メイルははあっと溜息をつくと、気を取り直して話を元に戻した。
「とにかく、ここに連れて来られたことは、封印の魔女ユヴェルを復活させるためにイドラが必要だということに関係しているんだと思う。 『イドラ』をインフェルスフィア達が手に入れてしまったら、大変なことになるって魔王様も告げていたからな!」
ファティは神妙な表情で頷いた。
「そうですね」
「あ、あの、できれば、説明してもらえると助かるんですが・・・・・」
一人会話に参加できず(メイルの声が聞こえないため(汗))話が全く分からないレシオンは、膝の上で拳を強く握り締めながらファティに恐る恐る問いかけた。
「俺にはその・・・・・何が何だか分からないんですが・・・・・?」
「あっ、そういえば、レシオンさんにはメイルは見えなかったですね。 実はですね――」
そう言って、ファティが先程の話を簡単に説明してみせると、レシオンは思わず、顔をしかめた。
「――そんなことがあったんですね。 でも、それって一体――」
その時、部屋の扉が開いて入ってきた男を見て、レシオンは思わず時護りの腕輪に触れた。その男はあの時、一瞬でレシオン達を拘束した黒いコートの男だったからだ。
黒いコートの男は態度で外に出るように促した。
「・・・・・ついて来い」
その男のあとに従って部屋を移ると、そこにはレイチェルと、そして同じくコートを羽織った者達が何事かを話し合っていた。彼らはレシオン達に気づくと話を中断し、振り返った。
「・・・・・ようやく、目覚めましたか?」
白いコートの女性が前に出て静かに告げた。
その女性の容姿を見て、ファティとメイルは驚きの表情を浮かべる。特にメイルは驚かされた。何故なら、彼女はありしあと瓜二つだったからだ。そしてどことなく、いつもメイルの夢の中に出てきたあの女性に似ている気がした。
「あなたは・・・・・?」
レシオンの問いに、彼女は答えた。
「・・・・・初めまして、『イドラ』の少年よ。 私の名はインフェルスフィア。 封印の魔女と呼ばれる存在です」
「えっ? じゃあ、あなたが封印の魔女ユヴェルなんですか!?」
「・・・・・いいえ、それは違います。 ・・・・・あなた方の認識では、封印の魔女とユヴェル様は同じ存在ということになっているようですが、そもそも『封印の魔女』と『ユヴェル様』は別の存在のことを示しているのです。 そして、封印の魔女と呼ばれている存在が、私、インフェルスフィアなのです・・・・・!」
「そ、そうなのか・・・・・!?」
「封印の魔女と、ユヴェルは別の存在だったのですか・・・・・???」
驚いたように、メイルとファティはつぶやいた。
「なあ、おい! 結局、策も何もおまえ自身がさっさと行けば良かったっていう話じゃないか? レイチェルなんか役立たずに頼らなくても、さ!」
それまで黙っていた緑のコートの男が言葉を挟んできた。レイチェルは厳しく緑のコートの男を睨みつける。
「まあ、俺が出て行けば、もっと早く『イドラ』を捕捉できたんだけどな」
「・・・・・我々にはすることがあった。 それだけだ」
緑のコートの男の言葉に、黒いコートの男は淡々と言った。
「それって、つまり――」
レシオンはインフェルスフィアと黒いコートの男を交互に見た。
「今まで何かをしていたってことなのか? 『月の時計塔』の件と何か関係があることなんじゃ・・・・・?」
「貴様らが我らの理由を知る必要などない。 さあ、儀式の準備を始めるぞ」
「・・・・・はいっ・・・・・」
レイチェルは黒いコートの男の言葉に頷くと、レシオンに近づき、彼の腕を掴む。それと同じように、緑のコートの男もファティに近づき、彼女の腕を掴んだ。
「な、なんだ?」
「な、なんですか?」
レシオンとファティは思わず、それぞれ不安げな表情を浮かべた。
その時――
「! ――まずい!」
黒いコートの男が叫んだと同時に、青いコートの男が腰に差していた大剣を両手で引き抜くと真横に振り回した。直後、天上から白い光が彼らに降り注ぎ、周囲を破壊した。
黒いコートの男は厳しい目つきで青いコートの男を見据えると、表情をぴくりとも崩すことなく言った。
「・・・・・貴様、何のつもりだ?」
「逃げるぞ!」
黒いコートの男の問いには答えず、青いコートの男はレシオン達の腕を掴むとその場から走り去っていった。
「!? えっ! あなたは――!?」
レシオンは戸惑いと驚きの声をあげ、同意を求めるように青いコートの男に視線を移した。
だけど、青いコートの男はそれにも答えずに言った。
「詳しい話は後だ。 行くぞ!」
インフェルスフィア達がいた部屋から立ち去った後、螺旋の階段を下りきり、大きな扉の前に立つと、青いコートの男は立ち止まりレシオン達を振り返った。
「何とか、奴らを撒いたようだな」
「はい、何とか・・・・・」
「はいです」
青いコートの男はレシオンとファティを見て満足そうに言った。
「だが、安心はするな。 まだ、先は長いからな。 それに追って来ないところをみると、恐らく奴らはどこかで我らを挟み撃ちにするため、待ち構えているかもしれないからな」
「そ・・・・・、そうなんですか・・・・・?」
――青いコートの男の言葉は、すぐに現実のものとなった。
レシオン達のもとには、インフェルスフィアの配下の魔物達が、次から次へと押し寄せてきたのだ。
だけど、そのすべてに青いコートの男は勝利した。
ありとあらゆる魔物との戦いに勝利し、しばらく次の魔物が現れなくなったところで、レシオンは青いコートの男に訊ねてみた。
「・・・・・ここまでくれば、大丈夫かな・・・・・?」
「・・・・・まだだ」
「どうしてですか?」
ファティは思わず問い返していた。
全ての戦いに勝利してきたのに、青いコートの男の表情はどこか不審そうだった。
「当然、現れるべき連中が出てきてない」
「え? あっ、そ、そういえば、そうですね・・・・・」
「何を考えている?」
青いコートの男が示唆していたのは、恐らくインフェルスフィア達のことだろう。
先程から襲ってきたのは、インフェルスフィアの配下の魔物達ばかりで肝心のインフェルスフィア達の姿がない。
一体、どういうことなんだろうか?
レシオンがそうしみじみと思っていると、
「・・・・・来たな・・・・・」
と青いコートの男がつぶやいた。
果たして、その言葉通り、柱の陰から二つの影がゆっくりと進み出てきた。
「・・・・・あっ!」
その一人に見覚えがあった。それはピンクベージュの髪の少女――レイチェルだった。そして、もう一人は緑のコートの男。
「やはり、待ち伏せか? 戻るぞ! ――くっ?」
元来た通路へと走り出そうとした青いコートの男が、顔をしかめて急停止した。
通路の反対側からも、二つの影が現れたのだ。
恐らくは、インフェルスフィアと黒いコートの男だろう。
「・・・・・逃げられるとでも思ったのか?」
と黒いコートの男は言った。
「・・・・・か、囲まれたみたいだ」
「ど、どうするですか? メイル」
「・・・・・お、俺に聞くなよな!」
レシオンとファティとメイルが動揺の声を上げ、周りを取り囲むインフェルスフィア達を見た。
「・・・・・突破するぞ!」
いうが早いが、青いコートの男は再び大剣を一閃した。直後、先程と同じように天上から白い光が彼らに降り注ぎ、周囲を破壊した、かのように思えた。だが。
「・・・・・同じ手が通じるとでも思ったか?」
黒いコートの男は片手を掲げると、いとも簡単にその効果を打ち消した。
「・・・・・くっ!」
青いコートの男は唇を噛み、大剣を握り直した。
そこにインフェルスフィアは一歩前へと進み出る。
「『イドラ』は渡してもらいます・・・・・。 お父様・・・・・!」
「――おっ、お父様っ?!」
思わぬインフェルスフィアの言葉に、レシオン達は青いコートの男をただただ唖然としたまま見つめるだけだった。