善と悪
男は手に持っていた杖が何かに当たる感触を感じ取った。どうやらここが分かれ道らしい。
右側の道を進むと『善人村』
左側の道を進むと『悪人村』
『普通村』の村長がそう言っていた。特別迷うこともなく男は右の道を選び、カリカリと道の先を杖で確認しながらいつものようにゆっくりと歩きだした。
どのくらい進んだだろうか。そろそろ休憩しようかと思っていた矢先、賑やかな声が聞こえてきた。
ようやく村に着いたようだ。
しかし村に着いたはいいものの男には誰一人として寄ってこない。
今までは村に着くと必ず誰かが寄ってきて声をかけてくれた。
他の村ならいざ知らず『善人村』と名乗っているにもかかわらず誰も助けに来ないことを不思議に思った男は、きっと『普通村』の村長が左右を間違えたんだろうと考え、一番近くで世間話をしているであろう人達に一か八か大声で声をかけてみた。
「隣の村へ行きたいんですけど」
するとその声を聞いた一人が近づき、手を男の腰に当て、「こちらの方角をまっすぐ言ったら隣の村に着きますよ」と村の出口までわざわざ案内してくれたのだ。
「ありがとうございます」
「いえ当たり前の事をしただけです」
今度はそこまで歩く事もなく村に着くと、大勢の人が男に寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「目が見えないのなら私が付いててあげましょうか?」
「宿泊先はお決まりですか?」
男は村人に全てを任せることにして宿の手配をしてもらった。その後は料理に温泉、マッサージと贅沢な一日を過ごすことができた。
「今日は楽しかったですか?」
「いやあ大満足です」
「じゃあゆっくりお休みになってください」
そう言って村長が部屋を出た後、男はすぐに眠りについた。
翌朝
「すみません、すみません」
男はドアを開け外の廊下に向かって人が来るまで叫び続けた。
「どうされましたか?」
「僕の荷物が見当たらないんですが」
「いただきましたよ」
「は?」
「だから、いただきました」
男には村長がどんな顔をしているのかわからなかった。
「いや、冗談きついですよ。返してください、じゃないと宿泊代払えないですよ」
「だから宿泊代としてお荷物全ていただきました」
「は?何も聞いてない」
「言ってないですからね」
「まるで詐欺じゃないか」
「詐欺ですね」
「開き直りやがって、もうこんな村出ていく。隣町へはどう行けばいい」
「教えたくありません」
「ふざけるな!頭おかしいんじゃないのか」
「いえ、当たり前の事をしただけです」