第1章:発着する旋律
○会議室(スリービット展望)
スタイリッシュな内装。重厚な長机を囲むのは、業界を背負う男女15名。
全員、アンドロイドのように無表情で資料をめくる。
窓の外は宇宙。 巨大なリング状のスリービット施設が、ゆっくりと優雅に回転している。 周囲を無数の近代的な輸送艇が、音もなく行き交う。
――誰一人として、その圧倒的な光景に目を向ける者はいない。
企画責任者(以下、責任者)
「今回の映画は、こちらから見えますスリービットで発生した殺人事件を題材としています」
リモコンのボタンを押す。壁面の巨大スクリーンに文字が浮かぶ。
『スリービット殺人事件』 ~宇宙のすべての発着点!消えた乗客と最後の到着記録~
責任者は満足げに一拍置く。
その沈黙は、重厚なターミナルの響きそのものだ。
責任者
「スリービットとは、宇宙全ての交通の発着点です。銀河系単位の輸送路がここに収束し、惑星ごとの時間差も、重力の誤差も、すべて一度ここで整列します。つまりここを通らない移動は、宇宙的には“移動として扱われない”のです」
責任者はプロジェクターの眩い光を背負い、薄く笑う。
責任者
「毎日、計算不可能なほどおびただしい数の乗り物が発着します。にもかかわらず、このターミナルには『遅延』という概念が一切存在しない。……なぜか。全てが、超高次元の演算システムによって管理されているからです」
責任者が部下に合図を送る。 部下が立ち上がり、淀みなく説明を始める。
部下
「事件の概要を説明します。犯行が行われたのは、完全無欠なはずの演算区域……」
その時――。 長机の端に座っていたスモツクが、急に思い立ったようにヘッドフォンを装着する。
カチ、と小気味よい音がし、ラップトップパソコンを叩き始めた。 打ち込まれるのは、複雑な音の粒子。彼だけがその「狂気」を全身で浴びている。
音:スモツクのビートが会議の動きと奇妙に同期。
不思議なのは、その「音」が会議の進行と奇妙にリンクし始めていることだ。
責任者が資料のページをめくる速度、部下が立ち上がるタイミング。スモツクが打ち込むビートが、まるで会議全体の「BGM」であるかのように、空間の空気と密着している。
部下の声が一瞬止まる。 部下はスモツクを一瞥するが、何も言わない。 注意するでもなく、排除す
るでもなく、会議室内を見渡した程度の認識で視線を資料に戻し、説明を再開する。
部下の淀みない説明が続く。
部下
「……当該区域の監視ログは、事件発生の瞬間にのみ、不自然な空白が生じています」
会議室に広がる静寂。窓の外で回る巨大なリングと、パソコンを叩くスモツクの指。
誰もその不協和音を気にする者はいない。この異質な状況こそが、この空間の唯一の「日常」であった。
責任者
「……今回はこの映画のサウンドトラック制作会議ですので、音楽監督の……」
責任者がスモツクを凝視する。
スモツクはモニターの波形など見もせず、ただ腕時計の秒針と、自分の内側で鳴っている拍子だけを合わせている。
スモツク
(モニターを視界に入れず、独り言のように)
「……ミウコ、そろそろかな」
自分のノートパソコンを操作し、目的の画面に辿り着いたら手を止め
スモツク
「……やってるやってる」スモツクのパソコン画面の中に、喫茶「白昼のワーグナー」の店内映像が映し出される。
責任者
「スモツクさん」
責任者は怒ることなく、淡々とスモツクを呼ぶ。
スモツクは謝罪も焦燥も見せず、ただ正確な動作で椅子を引き、静かに立ち上がる。
(パソコン画面が拡大し、店内へと溶け込んでいく――場面転換)




