幕間 2人の祈り
これは、過去の話だ。
2029年11月5日。
あたし――破瀬祭離は、飛行機でヨーロッパ上空を飛んでいた。
……いや。正確には、上空から大地へと墜落しつつあった。
「――な、何がどうなってんのさ!?」
「……わからない。だが、この揺れは異常だ」
あたしはわけもわからず、あわてふためいていた。
そのあたしの隣の席にいたのが、結婚して20年になる旦那の守だ。
いつも無表情な守が、焦ったようすを見せるほどの緊急事態だった。
――――まったく、前世であれだけ争い合ってた相手と、生まれ変わってからこんなに仲良く長いこと付き合うようになるなんてねぇ。……おかしなもんだよ。
あたしらを乗せた飛行機は、ついさっきまで静かに白雲の上を飛んでいた。
なのにこの時には、まるでいきなり乱気流にでも呑み込まれたみたいに、きりもみ回転をしながら急降下していた。――エアポケットなんて、生やさしいもんじゃなかった。
……うぷっ、目が回って気持ち悪ぃ……
――前世ならいざ知らず、ただの人間に生まれ変わったあたし達2人には、どうすることもできなかった。……せめて、探索者資質ってやつでもあれば、少しは違ったかねぇ……
客席は全部、阿鼻叫喚の地獄さ。至るところから悲鳴や叫び声が聞こえたよ。
シートベルトが間に合わなかった者が空中で泣き叫んでいたが、助ける手だてはなかった。
『……じょ、乗客のみなさまっ……! ……ど、どうか、シートベルトをっ……!』
機内放送からは、途切れ途切れのアナウンスが聞こえていた。そのアナウンスにさえ、誰かの悲鳴が交じっていた。
きっと、機長や副操縦士たちは最後まで諦めなかったんだと思う。
――でも、あたしら乗員250人を乗せた飛行機が、そこから高度を上げることは二度となかった。
「……こいつはもう、年貢の納め時ってやつかねぇ」
あたしは顔を引きつらせながら言った。
――死の足音が、急速に近づいて来ていた。
「……かもな」
守の見立ても同じらしかった。
(――――じゃあ、間違いないね)
あたしと守、正反対の2人の意見が一致するとき。それはもう疑う余地のない確定事項ってことだ。
そう思った直後、今世で生を受けてから40年そこそこの人生が、ぶわっと脳裏を駆け巡った。……走馬灯ってやつさね。
「…………ま、悪くない人生だったよね」
あたしがそう結論づけたところ、
「そうだな」
再び、守と意見が一致した。
考えてみれば、あたしも守も前世は似たり寄ったりだ。
お互い立場は正反対だったけど、血で血を洗うような殺伐とした日々を過ごしていた。
だから、この世界でただの無力な人間に生まれ変わって、こうして一緒になって、子供まで生まれて――
――そうやって初めて手に入れた、なんでもないような日常の日々が、何よりもかけがえのないものだったんだ。
「――ただ、あの子らのことが心配だ」
「ああ」
あたしの懸念に、守も短く同意した。
鋼侍とさらら。
この世界で手に入れた2つの大事な宝物だ。
あたし達が急にいなくなっても、2人で助け合って生きていけるだろうか……?
「今のあたしらには前世と違って、何の力もないけど――」
「せめて、祈ろう。――あの子たちのこれからの幸せを」
あたしが言いかけた言葉に、守がかぶせてきた。
あたしは、激しく揺れる機内で軽くあごを引いた。
「そうさね。……でも、こっちの神様には嫌われちまったのかもしれない」
運命にも見放されちまったみたいだしね。
「前世の主神にでも、祈っておこうかね」
「ああ……。俺もそうしよう」
前世の主神――あたしにとってのそれは、混沌を愛する破壊神だ。前世のあたしは、その末端の眷属だった。天使とか、悪魔の類いって言えばいいかねぇ。
守はその逆。秩序を尊ぶ創造神に仕える眷属だった。……こっちの方が天使っぽいか。
あたしらの神様は、水と油で犬猿の仲。あたしらはその小競り合いの最前線にいて、互いに仲間と一緒に切った張ったを繰り返してた、というわけさ。
――最後の戦いでは、当時の守と刺し違えて死んだ。
恨みなんかなかったよ。
お互いどうしようもないのはわかってたし。
ただ、何度も戦場で顔を合わせるたびに「またお前か」って感じはあったね。
……ま、この話はまた今度だな。
それが、あたしと守にとって1度目の死。
……で、2度目の死を目前にして、あたしは祈った。
――この先2人に何があろうと、兄の鋼侍が妹のさららを守ってくれますように、……ってね。
まさか、守も全く同じことを祈ってたなんて、思いもしなかったよ。
――え? 主神があたしの祈りを聞いてくれたって?
えっ、守の方も?
そりゃ、良かった……――って、へっ……?
――――そのせいで、鋼侍の力がバグった…………?
なにそれ。おもしろ。
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4章、スタートです。




