第6話 細胞を操る0歳児
「おやすみなさい」
「何を――おやすみ、とは……?」
「『聖女御座す安息の地』」
「こ、れは……聖女フルルーチェ様……?」
ランドさんの疑問の声を無視し、自分だけのオリジナル魔法を展開する。
魔法はイメージの強さによって効果が上昇する。
つまり、母様を模した光の像を作り出すことで僕の魔法は最大最高最強となるということだ。
20代前半、美人というよりもかわいらしく優しい顔つき。胸元まであるふわっとした髪。少しだけぽっちゃり――ふくよかな体。そして修道服。
光の像故に全部白く輝いているのが難点だが、間違いなくほぼ母様。かわいい。
「なん、と……美しい……いや……神々しい……!」
涙を流し、手を組んで祈りだすランドさん。
その気持ちはわかるし、僕も今すぐ祈りたい。否、抱き着きたい。
でもあれは母様ではない。抱き着いたらピリピリすると思われる。
「おぉ……女神よ……!」
我を忘れたかのように祈り続けるランドさん。
ちょうどいい。
「それでは改めて……『強制睡眠』」
「――はふぅ……」
睡眠の魔法――闇魔法を用い、強制的に彼を眠りにつかせる。
これから彼の腰の手術を行うからだ。
単純に痛いだろうということもあるが、方法を知られる訳にもいかないから。
「…………」
母様を模した像も、『がんばれぇ~』とでも言うように見守ってくれている。
この『聖女御座す安息の地』は周囲の者に回復と能力向上をもたらす魔法であり、あくまで僕の集中力向上とランドさんに異変があったときに回復してもらうといった補助的役割だ。
つまり、看護婦さんということ。
とてもえっち――叡智である。
「…………」
心なしか冷たい視線を感じる気がするが、気のせいだろう。
「それでは、手術を開始する」
誰に言うともなく……いや、自分に言い聞かせるように宣言する。
大丈夫、大丈夫だ。問題ないはずだ。彼は寝ているし絶対に成功する。だから震えるな僕の手。必ずランドさんの腰を治療して、それで――。
「…………」
母様の像が、僕を背中から抱くようにして右手を僕のものに重ねる。
「母様……」
「…………」
魔法は不思議だ。意図していない挙動をすることがある。
今も、こうして……違うな。きっと、隣の部屋で眠っている母様が見守ってくれているのだ。
「大丈夫、やるよ」
母様に勇気を貰い、そして――。
「…………」
右手人差し指をランドさんの腰に突き立てる。
そして人差し指の先、そこからまるで注射のような細い細い針を作り出す。
ズブっというような音とともに肉を突き破ったのを感じた後、自身の中の何かを注入する。
もちろん、これは魔法ではない。シンプルな肉体操作……技法とでも呼ぼうか。
「注入完了。散開、解析開始」
きっと、自分は人間ではないのだろう。
普通の人間にこんなことが出来るなんて、前世のことを含めても記憶にない。
イメージとしては、自分の中の細胞を、小さい小さい自分の分身として操作しているようなもの。
自分はいったい何なのか。尽きぬ疑問と不安を押し殺し、今は自分のことを信じよう。
「しかし、体内からだとわかりにくい」
当然だった。細胞からの視点を脳裏に投影しているが、見えるもの全てが巨大なものに見える。
レントゲンのように透かした全体像を見ることが出来れば……。
そうか、点でしか見えない細胞の視点を繋げて投影すれば……。
「おぉ……『レントゲン』! しかも立体的に様々な角度から……もしや背骨以外も……ウゲッ!」
年甲斐もなく……いや、年相応にはしゃいでしまった結果、内臓的なグログロ画像が浮かんできた。
しかしまぁ、これでいい。望む通りの結果は得られた。
「この魔法――技法か? 『聖女の解析』……いや、人に知られる訳にはいられないから……『細胞解析』とでも名付けようか」
第1の作業が完了したところで息をつく。
母様の像が額の汗を拭ってくれる。その姿はやはり看護婦さん。母様が目覚めたら何としてもナース服を――。
「…………」
「いてっ」
またしても意図していない挙動。
人差し指でおでこをつつかれる。
抱き着きたい衝動を必死に抑え、ランドさんに意識を向ける。
「さて、ここからが本番だ」
体全体に散らばしていた細胞を背骨周辺に集める。
自身の右手には、昨夜必死に探した人体の構造について書かれていた本。いわゆる解剖図。
「歪な形を正しいと思っているのならば、1度それを破壊すればいい」
いいのだろうか。わからない。
なんとなく光の母様像も不安そうな顔をしている。
「信じろ自分の直感を……!」
「…………!」
細胞が少しづつ背骨を削り始める。そのそばから正しい形になるように細胞が変化する。
骨と細胞の吸着、問題ない。骨の一部になったと思われる細胞と僕の意識が分かれたのも感じた。
いいぞ、その調子だ……!
「……細胞が、足りない」
再び自身の指先から細胞を注入する。
感じる疲労感から僕自分の負担も少なくないのは理解しているが、確かな手ごたえに中止する選択などない。
「僕を信じてくれたランドさんに……!」
「…………!」
そして、何よりも僕を愛してくれた母様に!
「応えろ、僕の細胞!」
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