第4話 お仕事する0歳児
お披露目会から数日が経過した。
今日からは本格的に聖女――ではなく、“聖子”としてのお仕事が始まるという。
聖子のお仕事は何も不浄なるものの浄化、つまり魔物退治だけではない。ましてやアイドルのようにチヤホヤされることでもない。
「聖子イクラウス様、“聖癒の待ち人”をお連れしました」
それは聖属性の魔法による治療が必要な人への対処だ。
“聖癒の待ち人”というのは要するにどこかしらけがをしたりしている患者のこと。
一般的な回復魔法、光属性のそれでは対処できない人へ慈悲を施すというものだ。
「どうぞ」
僕と母様の部屋、その隣に用意された聖癒の間。
そこに教皇ゲオルディクスに連れられ、腰の曲がった白髪のご老人が入室してきた。
年齢を重ねた柔和な顔つきだが、どこか歴戦の猛者を思わせるような凄みを感じる。シンプルなローブを着ているが、その質は極上の物であると見ただけでわかる。
彼は僕の姿を見ると一瞬だけ驚いたような表情を浮かべるも、すぐに頭を垂れた。
「失礼します。こちらの方は彼の有名なフリークス大商会前会長、ランド・フリークス様でございます」
「この度は我が願いを聞き届けてくださり――」
神と僕への長い感謝の言葉が始まった。
事前にこういうこともあるかもとゲオルディクスから聞いていたが、必要ないと言ったところ『そういうものだから我慢しろ』とのことで。
「――ということでございまして、何卒このわたくしめに聖子様によるご慈悲を賜りたくこうしてはせ参じてまいった次第でございます」
「ランド様、お顔をお上げください。それと僕はまだ子どもですので、できれば簡単に説明していただけると助かります」
「ほ?」
申し訳ないが、我が子どもの耳と頭では必要以上に長い言葉は入らないのだ。
だからそんな怖い顔して睨まないでくれないか、ゲオルディクス。
「……なんとなく考えていることはわかりますがそちらではありません。呼称の方です」
「こしょう?」
「『僕』ではなく『余』であらせられます、坊ちゃま」
「よ」
確かにそんなことを言われていた気がする。
『僕』では威厳が出ないうんぬんかんぬん……。
正直威厳方面で勝負するよりはかわいさを前面に出していきたいと思わなくもないが、仕方がない。
「よ、余……」
「はい」
「で、では……よ、余にもわかりやすく説明してくれませんか? ランド様」
「『くれませんか』? 『様』?」
「……余にもわかりやすく……ランド……どの……」
嫌だ……嫌だ……! 自分の中の何かが崩れる!
母様が教えてくださった謙虚の気持ちが薄れていく!
「くっくっく」
「ほっほっほっ! なぜ他の身分ある方々を差し置いて私が最初の“聖癒の待ち人”に選ばれたか疑問でしたが、そういうことでしたか!」
「左様でございます、ランド様。どうぞよしなに」
何やら通じ合った様子のたぬき(教皇)とおじいさん。
説明が欲しい。
「ランド様は何度も聖女様の元へご慈悲を求めてきてくださっているお方なのですよ。つまり――」
「つまり、聖子様の初めての実践にふさわしいと教皇様が判断してくださったのでしょう。ありがたいことです」
「……左様でございますか」
あれか。
初めての営業には安心安全な常連さんで経験を積ませる的な。
1番に選んだのは大商会のお偉いさんだからお金を多く積まれたとかだと思った。
「では改めまして。私はしがない商会を営んでおりましたが、ある時荷を運ぶときに腰を痛めてしまったのです。それからしばらくは痛みをこらえつつ働いていたのですが、ここ数年は耐えられない痛みに襲われることが多く……」
「なるほど。つまり症状が出てからしばらく経つ、と」
「その通りでございます。ですので、こうして定期的に聖女様の元へご慈悲を――痛みを和らげる魔法をお願いしに来ているのですよ」
「それはお辛い……ここに来るのも大変でしたでしょう」
「いえ……ですがおかげで聖子様の今後のご活躍、その礎になることが出来るのです。それを思えば辛さなど吹き飛んでしまいましたよ! ほっほっほっ!」
そう言って貰えるのは嬉しい。どうにか手助けしたいとも思う。
だがしかし……。
「ご存じかと思いますが、けがや痛みなど時が経過した場合、聖属性でも完治することはできません」
先ほどの母様の元へ何度も通っているという話。
それはつまり、母様でも完治することができなかったということ。
聖属性は残念ながら万能便利な魔法ではない。先日の足や腕の欠損も、事後すぐだったから治療できたのだ。
時間が経つことで痛みなどの不具合に対し、体が『これが正常な状態』と判断してしまうから、だと考えている。
「もちろん、存じております。それでも聖女様の光の温かさは腰の痛みだけでなく、私の心も包み込んでくださるようで……こうして何度も来てしまうのですよ」
「そうですか……」
で、あれば……一先ずは。
「母様に代わり、慈悲深き裁きの光を――『聖女の癒し』」
「おぉ……あぁ……これぞ……」
光に包まれ、穏やかな顔をするランドさん。
彼が現在感じている痛みと、それを引き起こしている直接の原因。
ある程度はこれで解消されたとは思うが……。
「聖女様と変わらぬ温かさ……! 聖子様、ありがとうございます!」
「あぁ、いえ……」
根本的なところは治っていない。
これでいいのだろうか。
「聖子様、本日は慈悲深き癒し、そして貴重な経験を本当にありがとうございます。またいずれ――」
母様は……きっと母様は、悔しい思いをしていたに違いない。
救われたという笑顔とともに、『また』と挨拶して帰るこのご老人を見送ることに。
「失礼、ランド様。少々お待ちいただけませんか」
「はい? もちろんご寄付の方は弾ませて――」
「いえ、そうではなく……もしよろしければ、明日また来ていただけませんか?」
「ほ? それは構いませんが……」
できる。
できるはずだ。
母様が大事に育ててくれた僕なら、これ以上のことが。
否、やってみせる。
「母様に代わり、必ずやあなた苦しめる痛みを取り除きましょう」
「……ほっほっほ。では明日、期待してまた参りましょう」
「はい」
そうと決まればこうしてはいられない。
今ある知識だけでは足りないから……本を探さなければ。
この世界にあるだろうか。
確か教会に禁書扱いの場所があったはず。もしかしたらそこに――。
思考に没頭していると、ゲオルディクスが声をかけてきた。
「坊ちゃま口調が戻っておいでです。割と初めから」
「……うむ」
それは勘弁してほしい。
誤字脱字、感想などいただけたらうれしいです!
★★★★★いただけたら泣いて喜びます!!
よろしくお願いします!




