第3話 聖なる0歳児
「イクラウス様、失礼します」
すやすやと安らかな寝息をたてる母様の横で朝の読書を嗜んでいると、いつもの野太い声がドアの向こうから聞こえてくる。
「ゴレイヌ。どうぞ」
「失礼します、イクラウス様。寝坊です」
「ん?」
寝坊とは。今日は何か用事があっただろうか。
一応1時間ほど前には起きていたから寝ていた訳ではないのだが。
「お前たち、頼む」
「かしこまりました!」
「イクラウス様、少し手荒くなりますがご容赦を!」
「ん? ちょっ――ぬわぁぁぁ!」
◇◇◇◇◇◇
いつも世話をしてくれている神官メイドさんたちに大急ぎで身なりを整えられた後。
聖イルミナス教会、その神殿にある謁見の間へと案内される。
自室から3階下っただけだが。
「これは……」
様子がおかしい。
いつもは大教皇しか座ることの許されない最も高い椅子に座らされる。
何よりも眼下に広がるどことなく高貴な身なりの人々が、皆頭を下げて膝をついている。
それなりに広い部屋を埋め尽くす人のほとんどがそうしている。
正直怖い。
「お待たせいたしました。これより現聖女代理を務めるイクラウス、彼の使徒任命の聖儀を行います」
「……?」
「皆様も御存じのように、現聖女は卑劣な計略により今も意識を失った状態であります。そこで――」
普段滅多に会うことがない大教皇。
その彼女が直々に今回の集まりの司会をしているが、全く頭に入ってこない。
そんな、未だ混乱の渦中にいる僕にそっと耳打ちをしてくれる男がいた。
「坊ちゃん。一応言っておきますが……今日は坊ちゃんを正式に聖女として各国の代表にお披露目する会ですよ」
それは中年小太り、張り付いた笑顔が不気味な男、教皇ゲオルディクスだった。
玉座に座った僕の横に立っていた彼が、誰にも聞こえないようにそっと説明してくれる。
聖イルミナス教会は、この大陸で唯一といっていいほどの宗教勢力だ。
地理的にも大陸のほぼ中央に位置し、どの勢力に対しても中立の立場を取っている。
実利的には神官による治療が貴重であり、こうして大陸中の国から使者が訪れるのだとか。
「……なるほど」
「まさかとは思いますが、お忘れで? やはりまだまだ子どもですな」
確かにそんなこともいずれするとは言っていた。
言っていたが、それがまさか今日だとは。
あと僕は男なので聖女にはなれない問題はどうなったのだろうか。歴代の聖属性の使い手は女性だけだったはずだし。
その疑問を解消するためにも、大教皇の言葉に耳を傾けようではないか。
「聖女不在の問題は我々だけでなく世界各国地域の皆様に不安を招く――」
うんうん。
「しかし偉大なる主は我々を見捨ててはおられませんでした。世界に2人といない聖なる魔法の使い手を新たに――」
そう、聖魔法がつかえるのは僕と母様だけ。
「加えて、聖女による“処女懐妊”という奇跡のような――」
あ、母様の話になりそう。
「主は未だこの世界を覆う魔王や魔物といった恐怖を憂い、それに打ち勝つ象徴として男性の――」
というか眠くなってきた。
「それがこの“聖子”イクラウスなのです」
はい、僕です。
……ん? 今何て言った?
「“聖子”イクラウスは既に主の使徒としての実力を我々に示しました。先の遠征で魔王軍四天王の1人を『偉大なる神の怒り』を以て討伐してみせたのです」
「なんと! 彼の偉大なる聖女マリアンヌ様の極大魔法を!?」
「そんなバカな! まだあんな子どもだぞ!」
「しかしそれが本当なら……奇跡だ! 間違いなく使徒様だぞ!」
例の魔法のことを聞いたことで、とたんに騒めきだす高貴なる方々。
見栄えのいい魔法を使ったのは正解だったようだ。
ところで、聖子って……?
「しかし壮大すぎる話を聞いても、まるで絵空事に感じることも事実でしょう。そこで本日は特別に奇跡の御業を皆様にお見せしたいと思います」
ん? 何かすればいいのだろうか。
まさか高貴な方々に向かって『偉大なる神の怒り』を打てとでも……?
「神聖騎士団聖女代理護衛長ゴレイヌ、前へ」
「はっ!」
端っこの方にいたゴレイヌが前の方へ呼び出された。
彼に対して『偉大なる神の怒り』を放てばいいのだろうか。
しかし彼は僕の忠実なるしもべ――。
「ふんはぁっ!!!」
「なっ!? なななななぁっ!?」
そのゴレイヌが自身の左腕を引きちぎった!?
うでを……ひきちぎったぁ!? ちもとびちって――うひぃぃっ!?
「なにぃ!? なんでぇ!?」
「ぐぅぅっ! イクラウス様、どうか……ご慈悲を……!」
「はぇぇ!?」
ちぎったうでをもってにらむようなめで………………あ、そうか。
これが奇跡の御業デモンストレーションか……心臓に悪い。
「こほん。『聖女の癒し』」
「お、おぉ……」
先日の足を負傷したヴァスティーユの時と同様、あたたかな光がゴレイヌを包み込み腕がみるみるとくっついていく。
固唾を飲んで見守っていた高貴なる方々も、先ほどまでの疑心が吹き飛んだ顔で歓声を上げる。
「奇跡だ! 本物だ!」
「聖子様! あぁ、神よ! ご慈悲に感謝を!」
「こうしてはおれん! 早く我らの王に報告をせねば!」
「お静かに願います!」
その歓声を抑えるように大教皇が声を張る。
多少ざわついてはいるが、そこはさすが各国の代表を務めるほどの人々。すぐに大教皇の次の言葉を待つ体制となる。
「ご覧いただきました通り、そしてご存じの通り、通常の光属性では成しえない腕の切断の治療、それをなせるのは聖なる魔法だけでございます」
大教皇が言葉を止め、各国の代表を見回す。
そして大きく息を吸った後、ひと際大きな声を発した。
「聖イルミナス教会大教皇の名において! 偉大なる神の使徒、“聖子”イクラウスの降臨をここに宣言します!」
「聖子様! 聖子イクラウス様!」
「聖子! 聖子!」
「聖子! 聖子!」
各国の代表が心を1つに、謁見の間に響き渡る聖子コール。
そんなアイドルじゃないんだから……。
「皆様、“聖女代理”改め“聖子”イクラウスです。今この時より、母様の代わりに皆様に慈悲を届けましょう。主と母様と皆様のお導きに感謝を」
ともあれ。
こうして、史上初、史上最年少、加えて前世の記憶を持った得体のしれない男性聖女が誕生したのだった。
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