第10話 お勉強する0歳児
グレイダさんの肩を揉んだ翌日。
「な、なぜだ……っ!」
朝も早い時間、苦悶と悔しさに満ちた声が自室に響く。
残念ながら、その声の主は僕自身である。
「いいですか坊ちゃん。チョコレートは1日1粒までです」
「だからなぜだと言っている! まだ10個もある!」
「高いからです」
またか! また金の話か!
この銭ゲバ守銭奴インチキ僧侶め!
せめて虫歯になるからとか僕の健康のことを考えて言え!
「聞けばこのチョコレート。贈呈用の特別性ということもあり、1粒1金貨だそうです」
「いちきんか」
「1金貨あれば宿に10回泊まれますしパンが100個買えます。パン1つの値段は1銅貨です。さて、1金貨は銅貨いくつですか?」
「……100銅貨」
「正解です! 素晴らしい! ちなみに、1泊の宿は1銀貨ですよ」
つまり100銅貨が10銀貨で1金貨――はっ!?
いつの間にか算数の授業が始まっていた……!
おのれゲオルディクスめっ!
「“聖癒の待ち人”となるには最低でも10金貨必要です。これは一般の方が1年で稼ぐ金貨といえます」
「それは――」
「この金額を引き下げれば、今度は気軽に“聖癒”を求める人が多くなる。それでは真に“聖癒”が必要な人に届かなくなる」
「…………」
「聖なる魔法は奇跡の御業。その奇跡の恩恵を得る対価としてわかりやすいのが多くの金なのです。お金の大切さ、お分かりいただけましたか?」
まぁ……その通りではあるか。
聖魔法の使い手は基本的に1人。母様が寝たきりの状況だと考えると、やはり僕1人。
一般市民の腰痛肩こりまで治療していたらキリがない。
「それに、簡単な治療でしたら我ら聖教会所属の光魔法の使い手が各地で治療院を開いておりますから。心配ご無用ですよ」
「……ならばよい」
しかし何かが腑に落ちない。
何かをごまかされている気がする。
そうだ、話の本筋をそらされて――!
「失礼します! ゲオルディクス様! こちらにおいででしょうか!」
強めの扉を叩く音。
そして焦った様子の神官の声が響く。
「む? いかがされましたか?」
「重傷を負った冒険者の方が参られました! 我々では手に負えず……聖子様の“聖癒”を依頼したいとのこと!」
「それはそれは……よろしいですかな、坊ちゃん」
「構わない。神官殿、その方を“聖癒の間”にお連れ願います」
「かしこまりました! 聖子様のご慈悲に感謝を!」
本当は昨日同様、既に予定していた治療があるのだろうが。
呼びに来た神官の焦った様子から一刻も早く対応すべき事態だと判断する。
「いやはや。これがただの大けがであればいいのですが……」
「そうだな」
冒険者と言えば常に様々な危険が身にまとう。
それは魔物との戦いによる怪我だけでなく、呪いや毒、中にはダンジョントラップによる異常まであるらしい。
まだ本で読んだ浅い知識しかないが、ダンジョンというのがあるのに驚きだ。
「お連れしました!」
「これは……石化?」
「うぅ……うぅぅ……」
運び込まれたのは若い女性。
見るからに冒険者というような、軽装ながらも丈夫そうな革の鎧を着こんだ女性。
その足、肌の見えるところがまるで石のような見た目となっている。
石化の与える影響か、意識もないようだ。
「その通りです。よくお分かりになられましたね」
「本で見たことがある。触れても問題ないか?」
「はい、他者への移転は見られません」
説明してくれる神官の『他者』という言葉に顔を上げると、近くに冒険者風の若い男、それと初老に差し掛かった男性、10歳くらいの女の子までいた。
「この方たちは?」
「俺はアイリンの冒険者仲間のザックだ。先週の中頃、俺とアイリンで行ったダンジョンで石化のトラップに引っかかっちまって……この2人はアイリンの父親と妹さんだ」
「どどど、どうも……ペデロと申します」
「は、はじめ……まして……」
逞しい体つきの男性に比べ、家族の2人はなんだか頼りない。特に父親はせわしなく部屋を見回している。
まぁ、娘さんがこうなってしまったのだ。正常ではいられまい。
「触ります」
「坊ちゃん、お気を付けて……!」
言われるまでもなく――いつでも指先を切り離せるようにしながら石化した部分に触れる。
感触は石そのもの。こちらに移る様子はない。
後はどの部分まで石化が進行しているかだが……。
「……衣服を脱がせますので、皆様ご退出ください」
「……わかった」
「わわ、わかりましたっ! いくぞ、マリン!」
「はい……あ、あの……」
指示に従い部屋を出る一行だったが、妹ちゃん――マリンさんが泣きそうな顔で振り向く。
「お、お姉ちゃんは……治り、ますか?」
「ああ、必ず治すよ。母様――聖女様に誓って」
「……は、はい……ありがと、ございます……」
うんうん、お姉ちゃん思いのいい子じゃないか。
なんだか足を引きずっているのが気になるけども。
いや足引きずってんのかよ。
「マリンさん、少々お待ちを」
「? はい」
「あーえーっとぉ……治療が大変なのでぇ、手伝っていただけませんかぁ?」
「へ? は、はい!」
わぁ、すっごくかわいい笑顔で喜んでくれてる。
なんとも言えない顔で見つめてくるゲオルディクスとは対照的だぁ。
きっと僕がやろうとしていることをわかっているのだろう。どさくさに紛れて妹さんの足を治療することを。
「坊ちゃん」
「奇跡は迷える子羊にみな等しく訪れる。母様もきっとそう言う」
そう言うと、諦めたように、そして呆れたように溜息を吐いてゲオルディクスも部屋を出て行った。
「ではしゅじゅちゅ――じゃなくて、“聖癒”を行う!」
「はい!」
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