第9話 魅了される0歳児
ゲオルディクスと奴隷についての話をした後、午前中は用事がないとのことで趣味である読書に興じる。もちろん母様のそばで。
タイトルは『歴代聖女の秘密と神秘』。なんだかいけないものを見ているようで、母様が見えない位置に移動している。
『聖女は神に選ばれし聖なる魔法の使い手であり――』
残念ながら、中身は健全そのものだった。母様の横に移動しよう。
以前にも似た内容を呼んだが、まあ改めて学ぶことも大切なことだし。
『他の属性は一切使えない』
ほら、こういう重要なことを忘れないようにね。
『もしも使える場合、その者は偽物である』
なんだか僕自身のことを言っているかのような文章だな。
『特に闇属性とは性質が反対なこともあり、聖属性魔法の親和性も著しく低い』
「…………」
周囲をキョロキョロと見回す。
これ、今リアルタイムで誰か書いてるんじゃ……?
『闇魔法は『睡眠』『混乱』などの状態異常を起こすことに加え、『洗脳』や『隷属化』など、対象の精神を汚す恐ろしき存在であり、そのような下賤な魔法の使い手も陰険な者が多い』
「うるさいわっ!」
しまった、勢い余って本を床にたたきつけてしまった。
本は貴重だというのに……。
「坊ちゃま。よろしいですか?」
本を拾い上げたのと同時、ドアをノックする音が聞こえ内心ドキッとする。
見ていた訳ではないだろうが。
「ゲオルディクスか。どうぞ」
「失礼。そろそろ本日の“待ち人”様をお呼びする時間ですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、もうそんな時間か」
本を読むことに集中――していたかは置いといて、本日のお役目の時間が来たようだ。
今日はどういった治療だろうか。
というか事前情報がないのは問題ではなかろうか。
そうだ、問診票を書いてもらうのも手だ。いや、この世界では紙も貴重品らしいから難しいか。
「そうそう、実は坊ちゃまに1つお願いがございまして……」
「何だ?」
「昨日のランド殿の治療、大変見事なものでありましたが……完全治療についてはなるべく控えていただきたく」
「む? なぜだ?」
このゲオルディクスが母様と同じように僕のことを案じている訳がない。
常に腹に一物を抱えているような、そして金にがめつい男なのだから。
「金です」
「やはり」
「はい。傷が完治してしまうと“聖癒”に訪れることも無くなってしまいますので」
つまり治療を引き延ばし引き伸ばし、診察回数を増やしてなるべく患者から金を巻き上げる手法。
どこかで聞いたような話だ。
“聖癒”を受けるために必要な金額は一般的な治療院の比じゃないとも聞く。
「むむ? その顔は呆れておりますな? 金は大切ですぞ! それがなくば満足に腹も満たせず、いざというときに治療も受けられない!」
「それはそうかもだが……」
「いいですか? 金は信頼の証! 苦労の果てに得る対価! 決してやましいものではなく――」
「わかったわかった。完治させるかはその人の状況に応じて行うものとする!」
言いたいことはわかるが……どうもこいつが言うと胡散臭い。
ましてや困っている人を利用して得る物ではないと思うのだ。それこそ、信頼の証なのだから。
「それでは……お連れしますので少々お待ちください」
「うむ」
自身も部屋を移動し、ゲオルディクスが“待ち人”を連れてくる少しの間、改めて問診票についてのいい手段はないか考えていたが、何も浮かばなかった。
そして間もなく扉を叩く音とともに1人のふくよかな女性とゲオルディクスが入室してきた。
年齢は……40を過ぎたあたりだろうか。恰幅の良さが人のよさと言わんばかりの体型と親しみやすい笑顔をしている。
「よくぞ参られた。余が聖子、イクラウスである」
「んまぁまぁ! 頑張って背伸びしてるのねぇ~!」
ん?
「くっくっくっ」
「くすくす――あ、これは失礼しましたわ! 私フォレストロング国の駐在員を務めるヒンリーの妻であるグレイダと申します」
グレイダさん、か。
しかし自己紹介が長い。1度の挨拶で固有名詞が3つもでてきたら覚えられるわけがない。
今度から自己紹介は自身の名前だけにしてもらおう。人は主の元に平等だからとか言って。
「うむ、グレイダ殿。本日はどのようなご用件でしょ――だろうか」
「きゃあん! 言葉遣いも立派でちゅねぇ! 言い間違えちゃいましたねぇ!」
んん?
「――こほん。今日は肩の凝りがひどくって……聖子様にお願いするのもどうかと思ったのだけど……かわいい――じゃなくて、信頼できそうなお方って話だったので~」
「左様、であるか……」
何かがおかしいと、ゲオルディクスを見る。
しかし彼はいつものように張り付いた笑顔をして佇んでいるだけだった。いや、いつもより笑みが深い気もする。
そしてこちらの視線に気が付いたゲオルディクスが口を開く。
「えぇ、お察しの通り、しばらくは比較的簡単な“聖癒”のみ受け付けております。まずは慣れることから始めていきましょう」
「……わかった」
言いたいことはそうではないのだが……まぁいい。
きっと尋ねなおしても無駄なことなのだから。
「ではグレイダさん、さっそく。母様に代わり、慈悲深き光を――『聖女の癒し』」
「はぁ~……あたたかくていい気持ち……」
腰痛の次は肩凝り。
ここは健康ランドか温泉か。感想もまるっきりそれ。
しかしそれだけで終わらせるのももったいない。
「お体、少々触らせていただきますね」
「んまぁ! あらあらどうしましょ……」
絵面としては、おばあちゃんの肩を揉む孫。
肩を揉むふりして指先から細胞を注入する。この程度ならバレはしないだろう。
「ん~ん~……いいわぁ~、本当に気持ちいい~……」
「なかなか凝っておられますね。日頃の苦労が見て取れます」
「うふふ、そうなのよぉ~。というのもねぇ~――」
おばあちゃんによる息子夫婦の愚痴を聞き流しながら、細胞に意識を向ける。
血管の詰まり、それも肩だけでなく全身。苦労だけでなく不摂生も原因だろう。
その詰まりを解消させる程度なら問題ない。
「――わんぱくなお孫ちゃんなんだけど、これがまたかわいくってねぇ~」
「お孫さんもグレイダさんのことが大好きなのですね」
「うふふ、そうかしら――あら、肩が……」
会話が孫のフェーズに入ってしばらく、ようやく異変に気が付いたようだ。
肩をグルグルと回しながらきょとんとした顔で呟く。
「痛くないわ……」
「はい、母様――聖女様直伝のマッサージ法でございます」
その奥義の最も重要な要素は、思いやり。
「嬉しいわぁ~……本当に」
「喜んでもらえてこちらも嬉しいです」
「うふふ。かわいいだけじゃなくて、本当に立派……あ、そうだ。これ持ってきたんだけどお食べになるかしら?」
「これは……?」
嬉しそうな顔のグレイダさんが取り出したのは箱。
開けてみると、中には甘い匂いを発するどす黒くて1口サイズの塊。
これはもしや……そんなバカな……!
「これね、フォレストロングの名産、チョコレートって言う甘~いお菓子なのよ。聖子様にぜひ食べていただきたくって!」
「いいんですか……? 本当にいいんですね!?」
チョコレート! 母様の次の次くらいに大好きなチョコレート!
初めて食べる! いい匂い! 触っただけで溶けちゃう! こんなの口に入れたら……入れてしまったら――!
「あまぁい」
「まあまあ……本当にかわいらしい……連れてっちゃおうかしら」
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