第1話 “聖女代理”の0歳児
ここは……どこだ……。
まるで……暖かい水の中……。
周りには……赤くて丸いものがたくさん……。
なぜだろう、彼らを見ていると……安心する。
僕は……一体……。
何だ……。
◇◇◇◇◇◇
「――ウス様――」
「……んん~……」
「イクラ――様! イクラウス様!」
「……はっ」
耳元で自身の名前を呼ばれたことで覚醒する。
目の前には護衛長のゴレイヌがいた。
鏡のように磨き抜かれたその鎧には、母様に似てとても可愛らしい顔をした5歳ほどの子ども――僕が映っている。
眠そうだと良くいわれるつぶらな半目がチャームポイント。母様の美しいブロンドの色は遺伝せず、真っ黒い髪の毛なのが残念だが。
加えて、遠征とはいえ厳かにということで白いワイシャツに紺の半ズボン。まるで幼稚園児の卒園式のようないで立ち。
道理で寝苦しい訳だ。
「おはよう、ゴレイヌ。今日も逞しい筋肉とチョビ髭が似合っているな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。寝起きのところ恐縮ではございますが、しかしあちらをご覧ください」
野太い声が示すほうを見ると、巨大な骨が複数の人間と戦っていた。
骨のくせに鎧を着ており、顔が2つに腕なんか6本ある。
その手にはそれぞれに剣を持っている。
「くかかか! 骸の魔王、四天王が1人! デュークスカルウォーカー様に敵うものか!」
「戦況が膠着しているからと様子を見に来てみれば! 取るに足らない雑魚共ではないか!」
なるほど、今自己紹介してくれたようにあの骨は魔王の側近の1体らしい。
それと戦っているのは……そうだ、ここまで一緒に来た高ランクの冒険者たちだ。
1人の筋骨隆々の男がひしゃげた足を抑えてうずくまり、他の男女3人がそれを庇うように防戦している。
その3人もいたるところを怪我している様子。
「足がッ! 足がつぶれっっ!?」
「くそっ! 何で四天王なんかがこんなとこにいんだっ!」
「『あの子』は!? 『あの子』はどうしたの!?」
「知らねぇよ! ビビッて震えてんじゃねぇか!?」
うん、完全に思い出した。
もちろん『あの子』とは僕のこと。あの骨みたいな不浄の存在に対して、僕の聖属性は強力に作用する。
アンデッド軍団との戦い、その状況を変えるために“聖女代理”としてこの戦場に派遣されたんだった。
見回すとそこかしこで兵士と小さいスケルトンが戦っている。
「『聖女の癒し』」
ゴレイヌに持ち上げられて馬車を下りながら、足の潰れた男に魔法を唱える。
眩い光が男を包み、みるみる足を復元させていった。
この程度の治療はどうってことない……しまった、読んでいた本もそのまま持ってきてしまった。どうもこの手は無意識に物を掴んだままにする癖がある。
「足が――な、治った……?」
「お待たせしてすみません。つい本に夢中になってしまいまして」
「い、いや助かった。これが“聖女代理”の御業……」
「おいっ! こっちも頼む! こいつ強すぎるっ!」
焦った声の方を見ると、先ほどよりも傷ついている冒険者たち。
彼らも最高レベルの強さだと聞いていたが、あの骨は相当な相手らしい。
「だ、大丈夫なの!? まだ小さい子どもよ!」
「どうでしょう。実践は初めてですので」
「はぁっ!? ふざけんなよ!」
「ぐぅっ!? 悠長なこと言ってねぇで早くどうにかしてくれ!」
「落ち着いてください。魔法の行使にはイメージが、つまり平常心が重要だとこの本にも書かれております」
「本だぁっ!? 何言ってんだこのガキ!」
こちらと彼らの温度差に申し訳がなくなる。
だが、どうもあの骨から脅威を感じないのだからしかたがない。
もちろん、殴られるどころか触れられただけでこの身はバラバラになってしまうだろうが……触れられもしないだろうし。
そうだ、ちょうどいい。この本に載っていた魔法を試してみようか。
「『天にましましゅ――』」
「なんだ! ガキが増えたところで何ができるってんだぁッ!?」
「ケカカカッ! 恐怖で詠唱もまともに言えてねえぜ!」
噛んでしまった。魔法の詠唱があった方がかっこいいと思ったが……もういいや。
「母様に代わり、慈悲深き裁きの光を――『偉大なる神の怒り』」
「それはっ!? 史上最強と詠われたかつての大聖女、マリアンヌ様の――!?」
「あ、うまく使えましたね」
魔法使いっぽい見た目の女性が説明してくれたように、この本に載っていた聖マリアンヌ様の魔法。
試してみたのは初めてだったが問題なく発動したようだ。
そこそこの量の魔力が吸われた感覚、それと同時に周囲一帯の空が光り輝く。
ちなみに、最強はマリアンヌさんだとして史上最高最かわ聖女は我が母様である。
「なッ!? こ、これはぁ……!?」
「逃げッ! ヤバ――ギャァァァッ!!!」
こちらに背を向けて走り出そうとした巨大骸骨。
ちょうどそこに天から巨大な光が雷のように降ってきた。
確かに神の怒りっぽい魔法だ。
「わぁ……!」
「す、すごい……」
「見ろ! そこかしこでスケルトン共が浄化されているぞ!」
「これが……“聖女代理”様の御力……」
「ふむ」
聖属性の超広範囲無差別強攻撃。
しかしただのスケルトンには過剰な攻撃だし、敵のいないところにも魔法が飛んでいたり……コスパ悪いな。見栄えはいいけど。
「ガハァッ……こ、こんなはずは……!」
「我は……四天王の……」
「まだ息がありましたか。敵ながらその精神力に敬意を表します」
やがて周囲のスケルトンも焼失し、魔法の効力が切れたころ。
唯一残っていた巨大な骨が弱々しく地を這いずるのが目に入る。
息も何も、既に死んだ身なんだろうけど。
とどめを刺すために左手にボウリング玉ほどの光弾を作り出し、骨に向かって放り投げる。
「主よ、御許に向かう迷える魂にひと時のやしゅらぎを――」
「――ガッ……」
「む、無念……」
光弾は当たった瞬間、まるで魂を天に導くかのように美しく昇りあがる。
今度こそ巨大骸骨は完全に沈黙したようで、生命力――といって正しいかは不明だが、それも感じなくなった。
それよりも、聖句はもっと子どもでも言いやすいものにするようにと提言しよう。
「終わった、のか……」
「た、助かったぁ~……」
「もうだめかと思ったぜ……」
「“聖女代理”様――いえ、イクラウス様……!」
「では帰りましょうか」
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