表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猿面の部屋の謎  作者: 延々Redo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

第5話:畜霊碑

続きは明日にー

 重機(じゅうき)の音は、思っていたよりも軽かった。

 鉄が(こす)れる音、土を()(かえ)振動(しんどう)。そのどれもが、祭りの後片付(あとかたづ)けのように事務的で、感情を(ともな)っていない。


 立ち入り禁止のロープの向こうで、業者が地面を掘り進めている。

 私と上松は少し離れた場所から、それを(なが)めていた。


 ほどなくして、石が姿を(あらわ)した。


 最初は、ただの瓦礫(がれき)に見えた。

 (かど)の欠けた灰色の石。土に()もれていたせいで表面は黒ずみ、(こけ)が張り付いている。

 だが、掘り起こされ、土が落とされるにつれて、それが()であることが分かってくる。


 割れている。

 上部は(なな)めに欠け、中央には大きな亀裂(きれつ)が走っている。

 (きざ)まれていたはずの文字は摩耗(まもう)し、判読(はんどく)できるのは数文字だけだった。


 畜霊碑(ちくれいひ)


 誰がどう見ても、丁重(ていちょう)(あつか)われてきたものではない。

 (まつ)られていた形跡(けいせき)もない。供物(くもつ)も、囲いも、注連縄(しめなわ)もない。

 ただ、邪魔にならない場所に放り出され、忘れられ、土に()もれていた残骸(ざんがい)だ。


「これですか」


 業者が声をかけてきた。

 その視線は、石ではなく私を見ている。


「例の、残しておいた方がいいって言ってたやつ」


 私はうなずいた。

 言葉が(のど)で引っかかり、うまく出てこない。


 そこへ、佐藤が現れた。

 作業の進捗(しんちょく)を確認しに来たのだろう。手には書類の(たば)がある。


「へえ、これが」


 佐藤は石を見下ろし、首をかしげた。


「思ってたより、ずいぶんボロいですね」


 誰も否定しなかった。事実だからだ。


 業者はしばらく石を眺め、それから佐藤と私を交互に見て、軽く笑った。


「でもこんなもん、残してても意味ないですよね」


 その瞬間、音が消えた。


 重機のエンジン音も、風の音も、遠くの車の走行音も、すべてが一斉(いっせい)に遠ざかる。

 代わりに、自分の呼吸だけがやけに大きく聞こえた。


 意味がない。

 残しても。


 合理的だ。

 誰にも祀られていない。

 信仰は断絶(だんぜつ)している。

 記録もない。

 学術的価値も、ほとんどない。


 私はそれを、何度も聞いてきた側の人間だった。


 だからこそ、反論は簡単なはずだった。

 文化財的意義(いぎ)だとか、地域史の証拠だとか、倫理的配慮(りんりてきはいりょ)だとか。

 言葉はいくらでも用意できた。


 だが、そのどれもが、口に出す前に(くず)れ落ちた。


 この石は、誰のためのものだったのか。


 祀った人間は、もういない。

 覚えている人間も、いない。

 守ろうとする人間も、今まさに、いない。


 それでも。


 それでも、この石は、確かにそこにあった。

 ここで命を(うば)われた畜生(ちくしょう)がいて、その死を、せめて人の手で(とむら)おうとした誰かがいて、その痕跡(こんせき)だけが、形を失いながら残っている。


 意味がないから、(こわ)していい。

 役に立たないから、捨てていい。


 その基準を、一度でも受け入れてしまえば、私はこれまで何を学び、何を記録してきたのか分からなくなる。


 民俗学をやっていて、辛かった。

 誰にも感謝されない。

 何も守れない。

 間に合わないことの方が圧倒的に多い。


 それでも。


 民俗学をやっていて、良かったと、初めて思った。


 誰も「意味がない」と切り捨てる場所で、それでも「ここにあった」と言い続けるために、私はこの学問を選んだのだと。


 私は一歩、前に出た。


「残してください」


 自分の声が、意外なほどはっきりと響いた。


 業者と佐藤が眉をひそめる。


「え」


「意味がないかどうかは、私が決めます」


 一瞬、場が静まり返った。

 業者が気まずそうに視線を(そら)らす。


 私は石を見たまま、続けた。


「少なくとも、雑に扱われていいものではありません」


 佐藤は何か言いかけて、やめた。

 ため息をつき、肩をすくめる。


「……分かりましたよ。そこまで言うなら」


 その返事が、勝利だったのかどうかは分からない。

 だが、それでよかった。


 重機は止まり、石はその場に残された。

 誰にも注目されず、誰にも祀られず、それでも確かに。


 業者と佐藤が現場を離れた後、上松がぽつりと


「……さっき、静かでしたね」


 とだけ言った。


 私は最後にもう一度、畜霊碑を見下ろした。

 割れていても、文字が読めなくても、ここに在ったという事実だけは、消えない。


 それで十分だと、今は思えた。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


と思ったら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします!


面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


ブックマークもいただけると本当にうれしいです!


なにとぞよろしくお願いいたします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ