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猿面の部屋の謎  作者: 延々Redo


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3/6

第3話:猿駒

続きは明日にー

 サンハイツ第4を逃げるように飛び出した私たちは、その足で最寄(もよ)りの市役所へ向かった。


 午後3時の庁舎(ちょうしゃ)は、どこか気の抜けた空気に包まれている。

 番号札を呼ぶ電子音、書類を(そろ)える音、淡々(たんたん)応対(おうたい)する職員の声。

 ほんの一時間前まで()いでいた、あの獣臭(けものしゅう)が嘘のようだった。


 それでも、私の指先はまだ(ふる)えている。


「……市役所って、こんなに安心する場所でしたっけ」


 上松が小声で言った。


「危険なものほど、日常のすぐ(となり)にあるからね」


 私たちは2階の郷土資料室(きょうどしりょうしつ)に入った。


 重たい木の机と、背の高い書架(しょか)

 紙と(ほこり)の匂いが、鼻をくすぐる。


「さっきの部屋の、猿のお面ですけど」


 上松が眼鏡(めがね)(はず)しながら言った。


「あれ、やっぱり普通じゃないですよね」


「うん。あれは『猿駒(さるこま)』だと思う」


「……(さる)(こま)?」


「馬を守る猿。民俗学じゃ、割と有名な組み合わせだよ」


 私は椅子に腰を下ろし、水筒の水を一口飲んだ。


日光(にっこう)東照宮(とうしょうぐう)三猿(さんえん)、知ってるでしょ」


「見ざる、言わざる、聞かざる、ですよね」


「あれが彫られてる建物、何か知ってる?」


 上松は一瞬(いっしゅん)考え、首を振った。


神厩舎(しんきゅうしゃ)。神様の馬を(つな)ぐ場所だ」


「……あ」


「昔はね、猿は馬の病を(ふせ)ぐって信じられてた。だから厩舎(きゅうしゃ)に猿を飼ったり、()わりにお面を飾ったりした」


「じゃあ、404号室の壁一面の猿は……」


魔除(まよ)けだよ。必死すぎるくらいの」


 私は立ち上がり、書架から数冊(すうさつ)地域史(ちいきし)を引き抜いた。


「しかも、配置(はいち)(みょう)だった。床下の一点に向かって、集中してた」


「北西の角、ですよね」


「匂いも、一番強かった場所だ」


 ページをめくる音が、やけに大きく響く。


「でも、高水さん」


 上松が言った。


「大家の佐藤さんは、更地(さらち)で買ったって…」


「それを今から確かめる」


 私は司書(ししょ)に声をかけ、閉架資料(へいかしりょう)出納(すいとう)(たの)んだ。


 しばらくして運ばれてきたのは、古い住宅地図と地番対照図(ちばんたいしょうず)

 紙は黄ばみ、角は丸くなっている。


「……あった」


 昭和40年代の地図を開いた瞬間、上松が息を()んだ。


 サンハイツ第4が建つ場所に、太字で記されている。


 ――吉岡牧場(よしおかぼくじょう)


「牧場……」


「やっぱり、そう来たか」


 さらにページを()る。


「昭和50年代。ここだ。今の4号棟の位置…」


 指先が止まる。


「厩舎だ。それも一番大きい」


 空調の音が、ふっと遠のいた気がした。


 私は土地台帳(とちだいちょう)に目を落とす。


「昭和58年、廃業(はいぎょう)……理由は経営難(けいえいなん)異臭(いしゅう)問題」


「異臭……」


「当時から、あったんだろうね」


 地域ニュースのスクラップに、小さな記事を見つけた。


『吉岡牧場、廃業へ―敷地内(しきちない)畜霊碑(ちくれいひ)建立(こんりゅう)し、馬たちの冥福(めいふく)を祈る』


「……畜霊碑」


 その言葉を口にした瞬間、背中が冷えた。


「動物の慰霊碑(いれいひ)だ。畜産(ちくさん)に関わる人間にとって、()れちゃいけないものの一つ」


「それが…」


「どこに建てられたか、見てみよう」


 地番(ちばん)を現在の区画図(くかくず)に重ねる。


 定規(じょうぎ)を当てる上松の手が、震えていた。


「……北西の角」


「404号室の、真下だ」


 部屋の温度が、一段下がった気がした。


「更地で買った、っていうのは嘘じゃない」


「どういうことですか」


「更地にした誰かがいる。その過程(かてい)で――」


(こわ)した。か、()めた」


 上松の声は(かす)れていた。


「畜産やってる人なら、そんなこと……」


「しない。だから、怒る」


 私は別の資料を開いた。


「亡くなった住人の名前、覚えてる?」


「吉岡さん、ですね…」


「牧場主と同じ名字だ」


 上松が、ゆっくり顔を上げた。


「まさか……」


「全部失って、最後に戻ってきた場所が、自分の牧場の()れの()てだったとしたら」


 壁一面の猿。

 狂気じゃない。


「馬を(しず)めるための、最後の祈りだ」


 私は資料を閉じた。


 窓の外は、赤く染まっている。


「……高水さん」


「まだ、確証(かくしょう)が足りない」


 私は立ち上がり、(かばん)から粗塩(あらじお)を取り出した。


「明日は、近所の古い住人に話を聞こう」


「今夜は?」


「なるべく高い場所で寝て」


「え?」


「幽霊は階段が苦手って俗信(ぞくしん)がある。特に馬は、(ひずめ)(すべ)るのを嫌う」


「……気休(きやす)めですよね」


「うん。どこまで効くかは保証(ほしょう)しない」


 市役所を出ると、遠くにサンハイツ第4が見えた。

 4棟のうち、4号棟だけが、(みょう)(しず)んで見える。


 足元のアスファルトが、(かす)かに(ふる)えた気がして、私は歩を速めた。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


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