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猿面の部屋の謎  作者: 延々Redo


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2/6

第2話:消えない残り香

続きは明日にー

 翌日、私と上松(うえまつ)は、都心から電車で一時間ほど()られた先にある郊外(こうがい)の駅に降り立った。

 駅前は再開発で小綺麗(こぎれい)だが、少し歩けば空き地や古い生垣(いけがき)が目につく。新しいものと古いものが、まだ()み合っていない住宅街だ。


「ここですよ、高水さん。サンハイツ第4。…あ、あの人が大家の佐藤さんです」


 上松の指差す先に、真新(まあたら)しい集合住宅が見えた。

 白とネイビーを基調(きちょう)とした二階建てのアパートが4(とう)等間隔(とうかんかく)に並んでいる。

 1棟6世帯(せたい)、全部で24世帯。よくある中規模物件(ちゅうきぼぶっけん)だ。

 入り口では、作業着姿の小太(こぶと)りな男性が、手持ち無沙汰(ぶさた)に立っていた。


「上松さん、わざわざすいません。こちらが例の…」


「民俗学の高水(たかみず)です。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げながら、私は敷地内(しきちない)に目を走らせた。

 建物自体は、どこにでもあるハウスメーカー施工(せこう)。新築特有の、清潔で無個性な匂いがする。


 ――問題は、その先だった。


「佐藤さん、ここ、4棟全部『号棟』なんですね。4号棟もそのまま」


「ええ。不動産屋には止められましたけどね。1、2、3ときて4が無い方が、なんだか気持ち悪くて。数字はそろってた方が管理しやすいでしょう?」


 佐藤は(わる)びれずに笑った。

 私は曖昧(あいまい)(うなず)きつつ、心の中でため息をつく。


合理主義者(ごうりしゅぎしゃ)あるあるだな…)


 数字の忌避(きひ)は、迷信(めいしん)というより生活の中の安全柵(あんぜんさく)だ。

 それを気持ち悪い、の一言で()えてしまう人間は、たいてい土地の違和感にも(にぶ)い。


「……ん?」


 3号棟を抜け、4号棟に足を踏み入れた瞬間だった。

 空気が、(みょう)に重くなる。


 風は吹いている。それなのに、吸い込んだ空気が肺に(しず)む。

 鼻の奥を()す、湿(しめ)った獣臭(けものしゅう)


「消毒液、じゃないですよね…?」


 思わず(そで)で口元を(おおう)う。


「でしょう。4号棟に近づくと、急にこれです。…404号室が、問題の部屋です」


 佐藤が(かぎ)を開け、ドアを押し開けた。


 ――瞬間、生臭(なまぐさ)さの(かたまり)が、殴るように押し寄せてきた。


「うっ…これは、きつい」


 上松が顔をしかめて後ずさる。

 私は(かばん)から、日本酒を染み込ませたハンカチを取り出し、鼻に当てた。


 腐敗臭(ふはいしゅう)ではない。

 もっと生き物に近い、(あぶら)と汗と排泄物(はいせつぶつ)が混じった、()い獣の匂いだ。


「特殊清掃は3回、消臭は5回やりました。業者も『もう匂いの元は無い』って言うんですがね。数日すると、こうして戻るんです。床下から()くみたいに」


 佐藤の説明を聞き流しながら、私は室内を見渡した。

 6畳のワンルームは、写真が嘘のように空っぽだ。


 猿の面も、置物も、すべて撤去(てっきょ)されている。

 壁紙も床も新しい。

 それなのに、壁に無数の視線が残っている気がした。


 部屋を一周し、北西の角――クローゼット(わき)に立った瞬間、心臓が()ねた。


 ここだけ、匂いが濃い。

 冷気が足元から()い上がり、膝が震える。


 私はポケットの粗塩(あらじお)を、無意識に(にぎ)りしめていた。


「佐藤さん。亡くなった方、本当にペットは飼っていなかったんですか? この匂い…小動物じゃないですよね」


「飼ってませんよ。ペット禁止ですし。吉岡(よしおか)さんは静かな人でした。猿の面だって、いつの間に集めたのやら」


 その時、バタン、と(となり)の403号室のドアが開いた。


「ちょっと! またこの匂いよ!」


 部屋着姿(へやぎすがた)の女性が、佐藤に()め寄る。


「原田さん、今は調査中でして…」


「そんなのどうでもいいわよ! キッチンまで臭うの! 床下に何か埋まってるんでしょ、動物とか!」


「床下も確認しましたって!」


 言い争いを背に、私は床を見つめた。


(……これは、ダメだ)


 怪談として片付く話じゃない。

 もっと現実的で、重たい何かが、この土地に根を張っている。


(帰りたい。塩風呂入って、安い酒飲んで寝たい)


 撤退(てったい)を口にしかけた、その時。


「…あ、思い出しました」


 上松が、静かに言った。


「これ、死体の匂いじゃありませんよ」


「じゃあ、何です?」


厩舎(きゅうしゃ)の匂いです。それも、手入れされた、生きている馬の」


 私は言葉を失った。


「実家が畜産(ちくさん)農家なんです。鼻が覚えてますよ。これは――群れの匂いだ」


 上松は窓の外、1号棟から3号棟を見た。


「この部屋じゃない。この土地全体から、立ち上がってるんじゃないかな」


 私は、はっとして呟いた。


「……猿は、馬の守り神」


 頭の中で、点が(つな)がる。

 猿の面。

 消えない獣臭(けものしゅう)

 そして、馬。


 私はスマートフォンを取り出した。


「佐藤さん。この土地、昔は何だったんですか。戦前まで(さかのぼ)れますか?」


「い、いや、そんなの知りませんよ…。更地(さらち)で買ったんで」


 困惑(こんわく)する大家と、怒鳴(どな)隣人(りんじん)

 その真ん中で、私は確信していた。


 吉岡老人は狂っていたわけじゃない。

 この場所に押し寄せる何かを、必死に食い止めていたのだ。


「市役所に行きましょう、上松さん」


 床の奥底から、無数の(ひづめ)が土を踏み鳴らす気配がして、私は404号室を後にした。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


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