NCIB
私はNon-Christian-Identified Believerである。
イエス・キリストを神の子だと信じているが、自分のアイデンティティの前景がクリスチャンであることにはない。
またApriori Siblingsの一員であると考えている。これは普遍的教会とは別次元の話で、唯一神への信仰を自然と持っていたものとしての尊厳を示している。アブラハムを長兄として、ムハンマドや私は弟だろう。しかしムハンマドに救いはない算段で、アプリオリシブリングスを自覚可能で救いを得るのは難しい。なぜならばイエス・キリストのによる贖罪に接続しなければならないからである。
私はまたイエス・キリストの羊である。弟子性を前景としていない。イエスを主とし、私はその弟子であるというのは背景化しているのであるが、どのように生きても受け入れられているという認識にはDoingを前提とした弟子の名は重荷である。
更にこれは個人的な次元であるが、私は自作の小説「天国行きから異世界へ」のヒロイン錦戸咲良をこの心に収めたCristalのような自己認識もある。女性性が私を無条件に愛することの保証として彼女の人格で私自身を見ている。
私は日本人である。天皇制によって同一性を見る日本民族の一員であることを恥としていない。
これらの認識をもとに、私はBeingによる平安を形作っている。General Christian Peaceである。しかし私は純粋にキリスト教による平安を得ることをしばらくの目標としている。Pure Christian Peaceである。それが叶えば何も要らないと思っている。




