死神
一体いつの話になるのだろうか。私は灰色の下、音のない雫に濡れながら父母の墓前に立っている。周りに傘を差し出してくれる人間なんていない。だが今はそんなことはどうでもいい、どうでもいいのだ――
たしかあれは私が中学校に入学してまもない頃だったろう。母は病に倒れ、もう立ち上がることはなかった。心の優しい人だった。仕事で忙しいときだっていつも私たちのことを気にかけてくれた。決して私の家庭は裕福とはいえなかったし、頼れる親戚もいなかった。けれど私には彼女のあたたかさだけで十分であった。末期癌、それが母の病だった。余命幾ばくもないと告げられた母はそのときどう思ったのだろうか。もう私にそれを聞く術はないが。それでも母は笑顔を絶やさなかった。最期まで私たち家族の光であり続けたのだ。
母が逝ってからというもの、父は悲しみに暮れる暇もなく働いた。一週間に二度会うことができればいいという具合に。以前まで私たちとの時間を大切にしてくれた父はもうそこにはいなかった。辛くてたまらないはずなのに。すぐにでも涙を流したいはずなのに。結局最期まで父の笑顔を見ることはできなかった。母が死んで二年、父は私たちを置き去りに戻ってこなかった。過労死だった。棺に横たわる父の顔は少し穏やかになったように見えた。すっかりと冷たくなってしまった父の手を握り、本当にお疲れ様でしたと言った私の頬にはいつのまにか水に濡れていた。
そろそろ時間だな。二人の墓に花を添え、私は病院に向かった。
「千晴。」
病室のベッドの上で窓の外をぼうっと見つめる少女に声をかける。はっとしてこちらを向いた少女はぎこちのない笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん、来てくれたんだ。」
生まれつき体の弱かった千晴は家で父母や私が面倒を見ていたが、現在私は働いているため千晴のことは病院に頼んでいる。
「ああ、様子を見に来たんだ。最近変わったことはなかったか?」
「うん。相変わらずだよ。」
寂しさを心の奥にしまい、健気に答えるその少女に私は胸が痛んだ。それから数十分にわたる他愛もない会話を終えて、私は帰路についた。
翌日、また翌日と私は働き続けた。私なんかよりあの子のほうが辛いに決まっているのだ。決して塞がることのない深いキズにずっと苦しんでいる。もう悲しませたくない。あの子の光に、支えにならなければ。今、私が抱くこの気持ちは死に際の母や絶えず働いていた父の想いと近いのだろうか。少しは母や父に近づけただろうか。
こんな日々を過ごして実に一、二年後急に千晴の容態が悪化し余命宣告を受けた。もう半年ももたないだって?到底信じられなかった。なにかの間違いであってほしかった。もう失いたくなかったのだ。その日から私の生きる世界から色が消えた。雲ひとつない灰色の空を仰いで思わず失笑した。光を失い、支えを失い、あげく色まで失うというのか?その壊れた世界に私の居場所などもうなかった。だから私は――




