第6話:A国潜入(後編)
23時28分。
残り2分。
「ミランダ、サーバールームBへの最短ルートは?」
マーカスが尋ねた。
「待って...今マッピングする」
画面のミランダが、情報通信省のシステムから詳細なネットワーク図を取得した。その指の動きが速い。
「送ったわ」
ジェイクの画面にサーバーへのルート図が表示された。
「これなら...いけるっす」
ジェイクは破壊プログラムを準備した。手の震えは止まっている。集中すると、彼は別人のようになる。
「23時30分、バックアップが始まる。その15秒間が勝負だ」
23時29分30秒。
「カウントダウン開始」
マーカスが言った。
全員が画面を見つめた。呼吸音すら聞こえない。
30秒、20秒、10秒。
エミリーは両手を組んで祈っていた。目を閉じている。
「5...4...3...2...1...」
23時30分00秒。
「バックアップ開始っす!防御が弱まった!」
ジェイクが叫んだ。
ジェイクの指がキーボードを高速で叩く。カタカタカタカタ——
「第一のファイアウォール...突破!」
「第二...クリア!」
「第三...」
10秒経過。
「第三...突破っす!」
「サーバールームBへのルート確保!」
15秒経過。
「本物のサーバー到達っす!!」
ジェイクが叫んだ。拳を握りしめる。
画面のミランダがわずかに微笑んだ。
「完璧よ」
23時30分20秒。
「データ検索開始...89件確認...転送開始っす!」
新しい進捗バーが表示される。0%、3%、6%。
だが。
その時。
「システム管理者がログインしてきました!」
エミリーが叫んだ。椅子から飛び上がる。
「ヴィクター・ハーレイです!」
画面に「Administrator: Victor_Harley - ONLINE」の文字が表示される。
「くそ!」
ジェイクが舌打ちした。
「見つかったっすか!?」
「いや」
アレックスがログを確認した。眼鏡を押し上げる。
「定期メンテナンスだ。偶然だ」
「偶然でも、見つかるっすよ!」
「ミランダ」
マーカスが言った。
「了解。今、ヴィクターの携帯に緊急連絡を入れるわ」
画面のミランダが別の端末を操作している。
「情報通信大臣の名前で、緊急会議の召集通知を送信...完了」
30秒後。
ヴィクターのコンピューター画面に通知が表示された。「緊急:ロバート・チェン大臣より召集 - 直ちにA棟会議室へ」
ヴィクターは一瞬迷った様子を見せた、だが、大臣からの直接命令には逆らえない。
彼はログアウトした。
「成功よ」
ミランダが言った。
「ただし、会議室に誰もいないことに気づくまで、5分しかない」
「十分だ」
マーカスが言った。
進捗バー:10%、15%、20%。
23時35分。
「転送順調...30%」
だが、その時。
「待って」
アレックスが画面を指差した。眼鏡の奥の目が、何かを見つけた。
「何かおかしい。アクセス権限が...変化している」
「変化?」
「脱出ルートが減っている。最初は5つあったのに...今3つだ」
エミリーが確認した。
「本当です...脱出ルートが閉じられていってます」
「A国のセキュリティチームが、段階的にネットワークを封鎖している」
アレックスが分析した。冷静な声だが、わずかに焦りが滲んでいる。
「おそらく、逆探知は失敗したが、侵入者の存在には気づいている」
「このままだと」
アレックスは計算した。頭の中で、数字が高速で回転する。
「あと15分で、脱出ルートが完全に封鎖される。その時には、痕跡消去も不可能になる」
進捗バー:35%。
「転送速度...落ちてるっす」
ジェイクが言った。
「ネットワークが不安定になってる。このペースだと...完了まで40分かかる」
アレックスは時計を見た。23時37分。
「23時50分のセキュリティスキャンまで、あと13分しかない」
「間に合わない」
マーカスが言った。
全員が彼を見た。
「転送を一時中断する」
アレックスが言った。
「スキャンで、バックドアが発見されるぞ」
マーカスが言った。
「可能性は高い。でも、今撤退すれば確実に失敗だ」
沈黙。
ジェイクが言った。
「アレックスさんに賭けるっす」
エミリーが頷いた。涙目だが、しっかりと頷く。
「...信じます」
マーカスは長い沈黙の後、頷いた。
「やれ。だが、発覚したら即座に撤退だ」
「了解っす」
ジェイクは転送を中断した。
進捗バー:40%で停止。
23時38分。セキュリティスキャンまで、あと12分。
作戦室は沈黙に包まれていた。
アレックスはA国のネットワークトラフィックを監視していた。眼鏡を外し、目頭を押さえる。ジェイクはエナジードリンクを飲んでいた、その手はわずかに震えていた。エミリーは深呼吸を繰り返していた。目を閉じ、両手を組んでいる。マーカスは立ったまま、時計を見ていた。腕を組み、無表情だ。
画面のミランダも緊張した表情で見守っていた。
23時45分。
「脱出ルート...2つになりました」
エミリーが報告した。その声は震えている。
「ファイアウォールが、異常を検知してます」
エミリーの声が震えた。
「私たちの通信を、分析し始めてます」
アレックスが確認した。
「A国のAIが動き出した。このままだと90秒後に、侵入者だとバレる」
「ミランダ、現地の状況は」
マーカスが聞いた。
画面のミランダが答えた。
「大臣のコンピューターから、データセンターの監視システムにアクセスしてる。今のところ、警報は鳴ってない。でも」
彼女は窓の外を見た。
「警備員が2名、データセンター棟に向かってる。定期巡回かもしれないけど、念のため警戒して」
「囮を投入するわ」
ミランダが別の端末を操作した。
「外務省のサーバーに偽の侵入痕跡を残す。AIの注意をそらす」
画面にはA国のネットワークマップが表示されている、そこに赤い点が複数出現する。
「囮、投入完了」
エミリーが報告した。
「AI、そっちに反応してます!こっちへの分析、止まりました!」
「警備員は?」
マーカスが聞いた。
「外務省棟に向かった」
ミランダが報告した。
「囮が効いてるわ」
23時48分。
「通信量が...上がってます」
エミリーが言った。
画面にはリアルタイムで数値が表示されている。130%...140%...145%...
「上限は150%です」
アレックスが言った。冷静な声だが、額に汗が滲んでいる。
147%、148%、149%。
「このままだと上限を超えます!」
エミリーの声が裏返った。
149.5%。
23時49分。残り1分。
149.8%、149.9%。
エミリーは息を止めていた。両手を握りしめ、画面を見つめている。
23時49分45秒。残り15秒。
149.9%のまま、数値が動かない。
10秒、5秒、3秒、2秒、1秒。
23時50分00秒。
「セキュリティスキャン...開始しました」
エミリーがか細い声で報告した。
通信量:149.9%で停止。
画面にはスキャンの進行状況が表示されている、まるで巨大な探照灯が、一つ一つのサーバーを照らしていくように。
財務省...クリア。
国防省...クリア。
外務省...クリア。
そして。
データ管理局。
全員が息を止めた。
スキャンの光がデータ管理局のサーバーを照らす。
1秒、2秒、3秒、5秒、10秒、15秒。
アレックスは自分の心臓の音が聞こえるようだった。鼓動が、耳の中で響いている。
20秒、25秒。
「...通過しました」
エミリーが震える声で言った。
「バックドア、検知されませんでした」
「よし!」
ジェイクが椅子から飛び上がった。両手を上げる。
「まだ終わってない」
マーカスが言った。
「転送を再開しろ」
23時50分30秒。
「転送再開っす!」
進捗バーが動き出す。40%...45%...50%...
だが。
「待って」
アレックスが画面を指差した。
「さらに追加スキャンが予定されてる」
「何?」
「23時58分だ。8分後にもう一度来る」
全員が時計を見た。
進捗50%。
「ジェイク、間に合うか」
「...ギリギリっす」
55%...60%...
転送は順調に進む。
23時55分。進捗70%。残り3分。
その時。
ピピピピピ!
「AI検知システムが動いてます!」
エミリーが叫んだ。
「私たちの転送パターンを学習してます!このままだと、侵入者だとバレます!」
画面には赤い警告が点滅している。
「ANALYZING... 45%」
「ANALYZING... 60%」
「ANALYZING... 75%」
「ミランダ、現地は!?」
マーカスが聞いた。
「データセンターの監視室、警報が鳴り始めてる」
ミランダの声が緊迫していた。
「技術者が3名、今から状況確認に向かう。あと2分で現場に到着する」
「やばい...」
ジェイクの声が震えた。
「待って」
エミリーが言った。
全員が彼女を見た。
「このAI...3秒ごとにチェックしてます」
彼女は画面を指差した。指が震えている。
「3秒ごとに転送を止めて、また再開すれば」
「AIの学習がリセットされるってことか」
アレックスが言った。
「やってみるっす!」
ジェイクは設定を変更した。
転送。中断。再開。
75%。中断。再開。
80%。中断。再開。
「AI、リセットされてます!」
エミリーが報告した。
「この方法、効いてる!」
「警報音も止まったわ」
ミランダが報告した。
「技術者たちも引き返してる」
85%...90%...
23時56分。残り2分。
95%。
「もうちょい...」
ジェイクが呟いた。その手は震えていたが、キーボードを叩き続けた。
97%。
23時57分30秒。残り30秒。
98%。
エミリーは両手を組んで祈っていた。画面のミランダも緊張した表情で見守っていた。アレックスは呼吸を止めていた。
99%。
15秒。
99.5%。
10秒。
「来い...!」
ジェイクが叫んだ。
99.8%。
5秒、4秒、3秒、2秒、1秒。
100%。
「完了っす!!」
ジェイクは素早く最後のコマンドを入力した。
「足跡消去...完了!バックドアを2つ設置...1つは目立つ場所に囮として、もう1つは深く隠してます!」
彼は接続を切断した。
23時57分58秒。
2秒後、セキュリティスキャンが彼らがいたサーバーに到達した。
だが、そこには何も残っていなかった。




