表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第3話:禁断の作戦(後編)

翌日、午後2時。

国家情報院、地下5階。第三会議室。

アレックスとマーカスは、すでに席に着いていた。

ドアが開く。

入ってきたのは、21歳前後の若い男だった。パーカーにジーンズ、手にはエナジードリンクの缶。軽薄そうな笑みを浮かべている。

「よろしくっす」

軽い調子で言った。

ジェイク。21歳、天才ハッカー。

「遅刻だぞ」

マーカスが低い声で言った。

「えー、だって渋滞が」

「嘘をつくな。お前は徒歩5分の距離に住んでいる」

「バレてた」

ジェイクはニヤリと笑い、席に座った。エナジードリンクの缶を机に置く。カチンと音がした。

「ジェイク、集中しろ」

アレックスが静かに言った。眼鏡の奥の目が、冷たく彼を見ている。

「はいはい、分かってますって」

ジェイクは軽く手を振った。

しばらくして、ドアが再び開いた。

入ってきたのは、28歳前後の女性だった。黒いスーツに身を包み、無表情。その目には何の感情も浮かんでいない。

ミランダ。28歳、完璧な変装技術を持つ女性工作員。

彼女は無言で席に着いた。誰とも目を合わせない。

そして最後に、19歳前後の少女が入ってきた。緊張した面持ちで、小さく縮こまっている。

エミリー・ハート。19歳。

「す、すみません...遅れました...」

か細い声だった。

「定刻通りだ。座れ」

マーカスが言った。

エミリーは慌てて席に座った。手が震えている。

レイヴンが入ってきた。

「全員揃ったな」

レイヴンの声には感情がなかった。彼は手元のタブレットを操作し、正面のスクリーンに画像を映し出した。

「改めて紹介する」

レイヴンは一人ずつ指差した。

「アレックス・オラクル。データ解析とリスク評価のスペシャリストだ」

「マーカス。物理侵入と戦闘のスペシャリストだ」

「ジェイク。ハッカーだ」

「天才ハッカー、って呼んでほしいんすけどね」

ジェイクがニヤリと笑った。

「ミランダ。変装と潜入工作のスペシャリストだ」

ミランダは無言のまま、わずかに頷いた。

「エミリー・ハート。彼女には、特殊な才能がある」

エミリーはビクッと身を震わせた。

「は、はい!」

レイヴンはタブレットを操作した。画面に複雑な建物の見取り図が表示される。5階建て、廊下が入り組んでいる。

「エミリー」

「は、はい!」

声が裏返っていた。

「この建物を見ろ。3秒だ」

エミリーは画面を凝視した。瞳が大きく見開かれ、瞬きもせずに画面を見つめている。

レイヴンがタイマーを起動する。

3秒後、画面が消えた。

「3階の会議室から、1階の裏口への最短ルートは」

エミリーは目を閉じた。頭の中に建物が浮かんでいる。立体的に。廊下、階段、部屋、すべてがそこにある。

「...中央階段を降りて、2階で左折。非常階段。所要時間、11秒です」

その声は、さっきまでの震えが消えていた。

「監視カメラの死角は」

「2階の廊下、柱の影。非常階段の踊り場。カメラの角度から、そこは映りません」

完璧だった。

ジェイクが小さく口笛を吹いた。

「すげえ...マジで天才じゃん」

「映像記憶」

マーカスが呟いた。

「そして、空間認識能力だ」

レイヴンが答えた。

「彼女は一度見た建物を立体的に記憶できる。構造、カメラの位置、死角、最短ルート。すべてを瞬時に把握する」

レイヴンはエミリーを見た。

「彼女の目が、諸君らを生かす」

エミリーは俯いた。耳まで赤くなっている。手を膝の上で握りしめていた。

「す、すみません...こんなことくらいしか...」

「十分だ」

マーカスが言った。その声は、いつもより少し柔らかかった。

エミリーは少しだけ表情を緩めた。

レイヴンが続ける。

「作戦名は、オペレーション・エクリプスだ」

「月食で太陽が月に隠されるように、諸君らは闇に溶け込め。各国のサーバーに侵入し、データを奪還する。手段は問わない。ハッキング、物理侵入、買収、脅迫。何でも使え」

スクリーンに7カ国の詳細情報が表示された。

「A国は友好国で、昔から技術支援を行ってきた国だ。セキュリティ面での脆弱性を見抜ければ、ハッキングが可能だろう」

「楽勝っすね」

ジェイクが軽く言った。

「舐めるな」

マーカスが低い声で言った。

「友好国だからこそ、警戒が必要だ。表向きは友好的でも、裏では何をしているか分からない」

「はいはい」

ジェイクはエナジードリンクを一口飲んだ。

「B国は中立国。サーバーは完全にネットワークから切断されている。ハッキングは不可能だ。物理侵入が必要になる」

「俺の出番だな」

マーカスが呟いた。

「C国は最高レベルのセキュリティを誇る経済大国。内部協力者が必要になる」

「D国、E国、F国、G国」

リストは続いた。どの国も、一つ間違えれば国際問題に発展する相手ばかりだ。

「各ミッションの詳細は作戦開始前に個別に伝える。まずは最初の目標、A国から始める。準備期間は72時間だ」

レイヴンはタブレットを置いた。

「質問は?」

しばらく、誰も口を開かなかった。

「一つ」

アレックスが手を挙げた。眼鏡を押し上げる。

「何だ」

「万が一、作戦が失敗した場合の撤退プランは?」

「ない」

レイヴンは即答した。

「失敗したら、その場で処理しろ。捕まるな。情報を漏らすな。死ぬなら、国家の秘密を守って死ね」

沈黙が落ちた。エミリーの手が、再び震え始めた。

「他には?」

誰も手を挙げなかった。

「では、解散だ。72時間後、再びここに集合しろ」

メンバーは立ち上がり、三々五々部屋を出ていく。

廊下で。

「ねえ、ジェイク君」

エミリーが隣を歩くハッカーに話しかけた。声が小さい。

「何っすか?」

ジェイクは振り返った。いつもの軽い調子だ。

「ジェイク君は怖くないの? 私、手が震えちゃって...」

エミリーは自分の手を見た。まだ、わずかに震えている。

「大丈夫っすよ。ミランダ先輩がついてるじゃないですか」

ジェイクはニヤリと笑った。

「でも」

「失敗したら、その時考えればいいんす。今から心配しても、意味ないっすよ」

エミリーは少しだけ笑った。

「そうだね。ありがと」

後ろから、ミランダの声がした。

「エミリー」

「は、はい!」

エミリーは慌てて振り返った。ミランダは無表情のまま、彼女を見ている。

「集中しろ。余計な思考は任務の邪魔になる」

「すみません!」

エミリーは慌てて姿勢を正した。背筋がピンと伸びる。ミランダは彼女の師匠だ。厳しいが、それは期待の裏返しだと、エミリーは信じていた。

「あなたは私の補佐に入りなさい。変装の準備、監視機材のチェック、逃走ルートの確認。一つでも手を抜けば、全員が死ぬと思いなさい」

「わかりました!」

ミランダはわずかに表情を緩めた。口角が、ほんの少しだけ上がる。

「あなたは、やればできる子よ。自信を持ちなさい」

エミリーの目が輝いた。

「はい!」

三人は廊下の奥へと消えていった。

その夜、アレックスは自宅のデスクで各国の情報を分析していた。

A国、友好的な関係を築いてきた国だ。だが過去に3度、我が国のサーバーへの不正アクセスが確認されている。友好的な顔をしながら、裏では監視していた。

B国、中立国。軍事力は高くないが、情報機関は優秀だ。システムは物理的に侵入しなければ突破できない。

C国。

アレックスはその国の情報を見て、しばらく画面を見つめた。眼鏡を外し、目を細める。

最高レベルのセキュリティ。多層防御。内部協力者なしでは不可能だ。

だが、同時に気になるデータがあった。C国の諜報機関は過去10年間、我が国に異常なほど関心を持っていた。単なる監視以上の、何か。

「まさか」

アレックスはその考えを頭から追い出した。今は、目の前の任務に集中するべきだ。

彼はコーヒーを一口飲み、再びキーボードに向かった。

72時間後、A国への侵入が始まる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ