プロローグ:炎上
とある国、郊外の工業地帯。
街灯もない一本道の奥に、それは佇んでいた。巨大な灰色の建造物。窓のない無機質な外壁。冷却システムの低い唸りだけが、闇の中に響いている。
Ω-Drive——この国最大のデータ保管施設。
24時間、休むことなく稼働し、厳重なセキュリティに守られている。国家の記憶が、ここに眠っていた。
午前2時37分。
静寂を、警報が引き裂いた。
中央制御室のドアが勢いよく開く。管理責任者が駆け込み、モニターを睨んだ。画面全体が赤く明滅している。
「第7サーバールーム——異常温度検知」
技術者の声が上ずっていた。数値が跳ね上がる。摂氏200度。250度。管理責任者は喉が渇くのを感じた。
「消火システムは!」
彼が叫んだ。
「作動しません!」
技術者はキーボードを叩く。その手が、わずかに震えていた。
温度計は上昇を続ける。300度。350度——数字が、赤く画面を焼いていく。
モニターが一つ、黒く染まった。カメラ映像、途絶。隣接する8番、9番も同時に異常値を示す。管理責任者は息を呑んだ。
「バックアップ棟は」
「応答なし! 副センターも——」
言葉が、爆発音に飲み込まれた。
建物が揺れる。天井が軋み、照明が一斉に消えた。非常灯の赤い光だけが、煙に満ちた室内を照らす。
管理責任者はモニターを見た。表示される文字が、一つずつ消えていく。
第8サーバールーム、消失。
第9サーバールーム、消失。
バックアップ棟全館、通信途絶——赤い警告が、画面を埋め尽くした。
「どうして——なんでこんな——」
技術者の声を、二度目の爆発が飲み込んだ。
より近い。より巨大な爆音。床が波打ち、モニターの半分が火花を散らして沈黙する。壁に亀裂が走った。廊下から悲鳴が聞こえる。
残ったモニターに、数字が表示された。
データ残存率:12%。
9%。
5%。
2%。
1%。
0%。
画面が暗転した。
そして三度目の爆発。
制御室の窓ガラスが砕け散る。
管理責任者は崩れかけた出口へ走った。熱風が頬を焼く。煙が肺に入り込み、咳き込んだ。床の破片を踏み越え、壁に手をついて体勢を立て直す。
後ろで何かが崩れる音がした——振り返らず、前だけを見た。
翌朝。
この火災は公にされなかった。政府は「大規模メンテナンスによる接続障害」と発表した。




