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エルデナの祈り  作者: 春乃


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第41話 扉の向こう

「ソレイユ寮で火事が――!」


そんな使用人の言葉に、一瞬部屋の空気が張り詰めた。


「状況は?」

公爵夫人の声は落ち着いていた。


使用人は息を整えながら答える。

「ソレイユ寮の一角が焼けましたが、現在、延焼は食い止められているとのことです」


「怪我人は?」


「今のところ、大きな怪我人は確認されておりません」


「そう……よかったわ」


だが次の言葉で、空気が再び変わる。


「ただ、所在の確認が取れていない生徒が二名おります。しかも、火元もその生徒の部屋と聞いています」


公爵夫人の瞳がわずかに細められた。

「それは?」


「ローゼンベルク伯爵令嬢と、フォスター伯爵令嬢です」


それを聞いて、セレーネ様と目が合った。


(ミラベル様と……クラリッサ様が?)


「さらに詳しい状況が分かり次第、すぐ知らせなさい」


「かしこまりました」

使用人が一礼して部屋を下がる。


扉が閉まる音が、静かに響いた。


「謹慎中だった生徒がいなくなっている……」


私は胸のざわめきを押さえきれず、ゆっくり口を開いた。


「公爵夫人……お話ししておきたいことがございます」


視線が集まる。


「私は、この世界に生まれる前から、力を……魂を狙われています。だからこそ、セラがそばにいるんです」


部屋の空気がわずかに静まる。


一度息を整える。

「私を狙うその存在は、この地に深い因縁を持っている――そう聞いています」


公爵夫人もセレーネ様も、言葉を挟まずに聞いている。


「その存在が、今……ミラベル様の中にあるように思えるんです。あるいは、ミラベル様自身が強く影響を受けているのかもしれません」


少しだけ視線を落とし、胸に手をあてた。


「本来なら、狙われるのは私のはずなんです……この魂を追って、この地に来たはず……」


その言葉に、セレーネ様の表情がわずかに強ばる。


「なのに、どういうわけか……今は、その矛先がセレーネ様へ向いている」


なぜそうなったのか――そこが分からない。


「だから、もしミラベル様が何かを起こすなら……狙われるのは、セレーネ様かもしれません」


短い沈黙のあと、公爵夫人が静かに口を開いた。


「……あなたの話を真とするなら」

その声音は落ち着いていた。

「少なくとも、セレーネを今この屋敷から出すべきではありません」


セレーネ様がわずかに息を整える。

「外で何が起きるか分からない以上、こちらで状況が見えるまで待機します」


その判断は早かった。

けれど私は胸のざわめきを抑えきれず、さらに言葉を重ねる。


「公爵夫人――お願いがあります」


視線がこちらへ向く。


「アナスタシア様の残した絵本を、見せていただけませんか」


公爵夫人の瞳がわずかに揺れる。


「お祖父様が文字だけを拾ってまとめたものではなく、元の本を見れば……まだ見落としている文字があるかもしれません」


公爵夫人はすぐには答えず、わずかに視線を伏せた。

静かな沈黙が落ちる。


やがて、小さく息をついて立ち上がった。

「……少し待っていてください」


そう言ってベルを鳴らす。

ほどなくして年配の侍女が入ってきた。


「サーシャ、手紙を書きます。便箋を」


「かしこまりました」


机の上に紙とインクが整えられる。

公爵夫人は椅子に腰を下ろし、迷いのない筆運びで書き始めた。


さらさらと紙を滑る音だけが静かな部屋に響く。

公爵夫人は顔を上げずに言った。


「ダレンを呼んでちょうだい」


「かしこまりました」


侍女が下がり、ほどなくして執事が姿を現す。


「お呼びでしょうか、奥様」


公爵夫人は、封をした二通の手紙を差し出した。


「こちらを。それぞれ急ぎで届けて。それから、屋敷の警備を増やすように」


「承知いたしました」


執事は深く一礼し、大切そうに受け取ると静かに部屋を下がった。


その背を見送ってから、公爵夫人はようやくこちらへ向き直る。


「セレーネと同様、少なくとも月末休暇中は公爵家にいてもらいます。伯爵家には今、連絡を出しました」


静かな声だったが、そこに迷いはない。


そして――わずかに間を置く。


「アナスタシアの絵本は、お見せします」


思わず背筋が伸びた。


「ただし、わたくしも同席いたします」


「承知いたしました。御配慮ありがとうございます」

私は深く頭を下げた。


窓の外はすでに深い夜だった。

庭園の灯りが石畳を淡く照らし、その先は闇に溶けている。


公爵夫人は立ち上がりかけたところで、ふとセレーネ様へ視線を向けた。


「……セレーネ」


その声に、セレーネ様が小さく顔を上げる。


「顔色が良くありません」


改めて見ると、たしかに頬の色が少し薄い。

ずっと気を張っていたのだろう。


公爵夫人は静かに侍女へ向き直った。


「サーシャ、セレーネを休ませなさい」


「ですが、お母様――」


「無理をする必要はありません」


やわらかな口調だったが、言葉に迷いはない。

セレーネ様はわずかに唇を引き結び、それでも小さく頷いた。


「……分かりました」


サーシャがそっとそばへ寄る。

その様子を見届けてから、公爵夫人は今度はこちらへ視線を向けた。


「エルリーナさん、あなたは?」


問いかけは静かだった。


「私は大丈夫です」

小さく背筋を伸ばして答える。


公爵夫人は静かに頷いた。

「そう。それなら、今のうちに保管場所へご案内しましょう」


セレーネ様がわずかに申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ごめんなさい……私だけ先に休ませてもらって」


私は小さく首を振った。

「この件が落ち着いたら、また薬草学のことを教えていただけますか?」


その言葉に、セレーネ様の表情がやわらぐ。

「ええ、もちろんよ」


かすかに微笑んで、侍女にそっと支えられる。

静かな足取りのまま、セレーネ様は部屋を後にした。


「こちらへいらっしゃい」

公爵夫人は、穏やかにそう告げると、裾を乱さぬよう静かに身を翻した。


♦︎♦︎♦︎


案内されたのは、屋敷の奥まった一角だった。

人の気配はほとんどなく、壁灯の明かりだけが静かな廊下を淡く照らしている。


その先にあったのは、装飾を抑えた重厚な扉だった。

けれど近づいた瞬間、扉の縁に刻まれた細い紋様が淡く光を帯びる。


(……魔道具)


扉そのものに結界が組み込まれている。

公爵夫人は腰元から鍵を取り出した。


「大切なものですから」

静かな声でそう告げ、鍵を差し込む。


小さな金属音とともに、淡い光がふっと消えた。

扉がゆっくり開く。

中へ一歩足を踏み入れた瞬間――背後で再び淡い光が走った。


振り返れば、扉の縁に結界の紋様が戻っている。


『ほう、なかなかいい仕組みだな』


「ええ。これはリチャードが考えたものです」

公爵夫人は振り返らずに答えた。

「オルディアス家を継ぐ者へ、最初に伝えられる魔道具のひとつですのよ」


室内は思っていたより広くはなかった。

余計な装飾はなく、壁際に落ち着いた色合いの棚が並んでいる。


その中で、公爵夫人が足を止めたのは、扉付きの本棚の前だった。

濃い木目の扉には小さな鍵穴があり、こちらにも細かな紋様が刻まれている。


「こちらです」


公爵夫人は先ほどとは別の鍵を取り出した。

小さな音を立てて鍵が回る。

扉が静かに開かれる。


中には数冊の古い本と、小さな箱が整然と並べられていた。


公爵夫人はそのうちのひとつを慎重に取り出す。

両手で抱えるほどの小さな箱だった。


机の上へ置き、そっと蓋を開ける。

中に収められていたのは、一冊の絵本だった。

淡い色合いの表紙には、小さな花と動物たちが描かれている。


思わず目を引くほど愛らしい表紙だった。


「――これが、アナスタシアの残した絵本です」


そっと視線を落とす。

表紙の隅に、小さく文字が添えられていた。


(え……)


息が止まる。


(日本語……?)



何とか間に合いました。

来週までまた頑張ります!

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