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エルデナの祈り  作者: 春乃


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第40話 隠された記録と記憶

夕暮れの光が、公爵邸の高い窓を淡く染めていた。

庭園の木々はすでに秋の色へと移ろい、赤や金の葉が静かな風に揺れている。


――聖女様について


柔らかな灯りの中で、その一言が一瞬の沈黙を呼んだ。


「エルリーナ様」

公爵夫人は、落ち着いた声でゆっくりと続けた。

「あなたは――聖女様のことを、どこまでご存じですか?」


「ど、どこまで……」


思わず言葉に詰まる。


「お祖父様の書斎で、綺麗な古代語の本を見つけて……それを読みました。」

膝の上で、手に力が入る。

「本の最後に……“アナスタシア・オルディアス”と書かれていました」


(そう……あの時、本の最後に“オルディアス”という家名を見て、驚いたんだよね)


公爵夫人は、わずかに目を細めた。


「……そう。アナスタシアの本を読んだのね」


今度はセレーネ様が静かに口を開いた。


「エルリーナさん」

やわらかな声だったが、その瞳はじっと私を見つめている。

「先ほど、お部屋でお話ししていたとき……少し気になったことがありました」


思わず背筋を伸ばす。


「あなたの魔力の雰囲気が、以前と少し変わっているように感じたのです」


「……え?」


セレーネ様はゆっくりと言葉を続けた。


「何か――ありましたか?」


(どうしよう……話す? 話すとして、どう説明すれば……)


その時だった。

私の隣の空間が、ふわりと揺らぐ。

次の瞬間、白猫が姿を現した。


「……え? セラ!」


「猫……?」

セレーネ様が目を見開く。


「セ、セラ! 出てきて大丈夫なの? セレーネ様たちがいるんだよ?……あっ」


思わず声が出てしまった。


『リナ、落ち着け』


セラは、慌てる私の隣に座った。


『私は、リナ――エルリーナの魂を見守るよう命じられた者だ』


「猫が……話している? いえ、違う……頭の中に声が……?」

セレーネ様が瞬きをする。


「え? セレーネ様にも聞こえてる?」


『今は詳しくは話せないが、敵ではない』


その隣で、公爵夫人が小さく息を吐いた。

「なるほど……」


わずかに目を細め、白猫を観察する。

「つまり、その存在は――精神へ直接語りかけているのですね」


白猫の尾が、ゆっくりと揺れた。


『理解が早くて助かる』


「……少しお待ちになって」


公爵夫人は、部屋の隅に置かれていた魔道具を静かに展開した。

淡い光が広がり、三人と一匹を包むように結界が張られた。


「これで大丈夫よ。さあ、聞かせてくださる?」

公爵夫人の言葉に、白猫――セラが静かに尾を揺らした。


『本来、私はリナ以外とは話さない』

低く落ち着いた声が、再び頭の中に響く。

『だが――状況が変わった』


セレーネ様がゆっくりと口を開いた。

「状況……とは?」


白猫の金色の瞳が、わずかに細められる。


『闇が生まれた』


部屋の空気が、わずかに張り詰めた。


『そして今、その気配が急速に強くなっている』


「……っ!」

思わず隣を見ると、セラがゆっくりと頷いた。


公爵夫人もセレーネ様も、驚いている。


一拍置き、セラは続けた。


『リナは――エルデナの加護を受けている。そして、その力に目覚めたばかりだ』


私は小さく息を吸い、ゆっくりと言葉を選んだ。


「エルデナは……太古の昔から受け継がれてきた力を使い、闇から世界を守る役目を持っています」

少しだけ視線を落とす。

「でも……その存在を知っている人は、ほとんどいません」


「……エルデナ……生き残っていたのですね」

公爵夫人は、驚きと共にほっとしたように呟いた。


(生き残り……公爵家は知っている?)


「オルディアス公爵家には、門外不出の書が二冊あります。一つは――アナスタシアの本」


その名前に、思わず顔を上げた。


「そしてもう一つは、アナスタシアの祖父であり、当時の伯爵――リチャード・オルディアスが残した記録です」


公爵夫人は、リチャード伯爵の残した記録の内容を、話してくれた。


――――

王家の一部は、古くからエルデナの存在を恐れていた。

表に出ることなく世界を守り続けるその民を、いずれ国をも左右する力を持つ存在になるのではないかと疑ったのだ。


だが、エルデナの存在を知る者はごくわずか……

だからこそ――王家は、彼らを歴史から消すことを決めた。

同時に、王家の意に従う“聖女”を生み出すための研究が始まった。


長い年月をかけ、強い魔力を込めた魔石が作られた。

それは爆弾のように用いられるものだったという。


その魔石は、少しずつ――誰にも気づかれぬよう、エルデナの民が暮らしていた島の内部へ運び込まれていった。


何年もかけて。


その過程で、命を落とした者も少なくなかった。

だが計画は止められなかった。

そして、禁忌とされた、召喚の儀に成功してしまった。


すべての準備が整ったとき、島の内部に仕掛けられた魔石は起動された。


外から見れば、それは火山の大噴火のように見えたという。


だが実際は違う。


島は内側から破壊され、エルデナの民と共に――海へ沈められた。

――――


「……それが、リチャード伯爵の記録に残されていた内容です」


部屋の中に、重い沈黙が落ちた。


『人間とは、愚かな生き物だな』


「……否定はできませんね」

公爵夫人は続けた。

「やがて――アナスタシアは王宮へ呼ばれました。当初は、第一王子だったルシエン殿下の婚約者に選ばれたのだと……ですが、それは違った」


わずかに間が落ちる。


「召喚された聖女様が亡くなり、ルシエン殿下が王となると――アナスタシアは顔をベールで隠し、“聖女”を名乗ることを命じられたのです」


息が詰まる。


「その日から――アナスタシアという人物は、亡くなったことにされたのです。召喚された少女と、体型が似ていた……ただそれだけの理由で」


公爵夫人の声は淡々としていた。


「そしてオルディアス伯爵家には、第二王女が降嫁し――家は公爵家へと格上げされたのです」


白い猫の尾が、ゆっくりと揺れた。

『……まるで口止めだな』


公爵夫人は、わずかに目を伏せる。

「……そう取られても、仕方のない話でしょう」


「でも、リチャード様は記録を残したのですね」


私がそう言うと、公爵夫人は頷いた。


「我が父、アルフレッドがその扉を開けるまで……それは、誰にも知られずに眠っていました」


アナスタシアの日記――

リチャード伯爵の記録――


先代公爵アルフレッド様は、当主を継いだ時、公爵しか入れないという部屋でその二冊を見つけたという。


同じ頃、幼いセレーネ様が第二王子アレクシス殿下の婚約者候補となった。


「今も“候補”のままなのは、アナスタシアの本とリチャードの記録について調べていたからです」


だが――

アルフレッド様が亡くなってしまった。


「アナスタシア様の本は、なぜ古代語なのでしょう」

私の問いに、公爵夫人は少し考えてから答えた。


「絵本だったのです」


「……絵本ですか? お祖父様の書斎で見た本は、古代語の文字だけでしたが……」


「ひとりの少女が、憧れの王子様のために努力し、やがてその思いが叶い、幸せな結婚をする……という内容です」

公爵夫人は、視線を落とし続けた。

「絵の中に古代語を隠した――つまり、そうしなければ本当の思いは書けなかった、ということだと思います」


名を奪われて“聖女”となったアナスタシア様は、自身の言葉を誰にも言えなかった――いや、許されなかった。


「……監視がついていたのかもしれません」

そう言って、公爵夫人はぎゅっと両手を握りしめた。


「隠された古代語を……お祖父様が文字だけ拾い上げて、文章にしたのですね」


私は、それを本としてまとめられたものを読んだことになる。


『誰か来る。結界を解け。 リナ、魔力が少し乱れている。警戒しろ』


セラの言葉に、公爵夫人はすぐに結界を解いた。


その瞬間――


コンコン、と扉を叩く音が部屋に響いた。


「奥様! 失礼いたします!」


扉の向こうから、切迫した声が聞こえる。


公爵夫人が短く「入りなさい」と告げると、

使用人が慌てた様子で部屋に入ってきた。


「ただいま学園より急報が――」


使用人は息を整える間もなく続けた。


「ソレイユ寮で火事が起きたとのことです!」


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