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エルデナの祈り  作者: 春乃


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第39話 招かれた理由

セレーネ様に導かれ、部屋の奥へと進む。


私室の一角には、小さな応接のような空間が整えられていた。

柔らかな色合いのソファ。窓辺には淡い花が飾られていた。


テーブルの上には、すでに茶器が並んでいた。

湯気の立つポットと、繊細な装飾のカップ。

小皿には焼き菓子も用意されている。


「どうぞ、エルリーナさん」


促され、向かいの席へ腰を下ろす。


侍女たちは手際よく紅茶を整えると一礼し、音を立てないよう扉を閉めて部屋を出ていった。

部屋には、二人だけの静かな空気が残る。


セレーネ様がティーポットを自ら手に取り、カップへ紅茶を注ぐ。

やわらかな香りがふわりと立ちのぼった。


「学園では、いかがお過ごしですか、エルリーナさん」


「はい。授業も増えて、少し忙しくなりました」


「一年生は、この時期に基礎を固めますものね」

優しい声音に、自然と肩の力が抜けていく。


「最近は、薬草学が少し難しくなってきました」


「乾燥薬草の調合を扱う頃ね」


「はい。覚えることが増えてしまって……」


「基礎が出来ているから、大丈夫よ」

セレーネ様はやさしく微笑んだ。


そのまま、しばらく薬草学の話が続いた。

乾燥させるときの注意や、調合のときのちょっとしたコツまで教えていただく。


思わず聞き入ってしまう。


(アメリアにも教えてあげよう。喜ぶだろうなぁ)


けれど――


セレーネ様がカップを受け皿へ戻したとき、空気がわずかに変わった。


「……ミラベル様のことですが」


私は思わず背筋を伸ばした。


「ご存じかもしれませんが、あの日――午前の授業が終わったあと、廊下でお会いしましたの」


セレーネ様は静かに語り始める。


「突然、腕を掴まれて……その勢いのまま押されるような形になり、私は転んでしまいました」


その口調に怒りは感じられない。


「幸い怪我はありませんでした。ですが、周囲からは……突き飛ばしたように見えたのでしょう。そのため、ミラベル様は現在、謹慎となっています」


そして続けた。


「ただ……処分は、まだ決まっておりません」


カップの縁に指を添えながら言葉を継ぐ。


「おそらくこのまま、しばらくは――処分保留のまま謹慎が続くのではないかと。そのように聞いております」


私は小さく頷いた。

学園でもその話は噂になっていた。


けれど、実際にその場にいたわけではない。

何が起きたのか――本当のところは分からない。


セレーネ様はしばらくカップを見つめていたが、やがて口を開いた。


「……以前から、ミラベル様は」


その言葉に、思わず視線を上げる。


「オルディアス家を、あまり良く思っていないように感じておりました」


「そう……なのですか?」


「ええ。はっきりと言葉にされたことはありません。ただ、視線や態度から……そのように感じることが何度かありました」


その声は責める響きではない。

ただ事実を確かめるような口調だった。


「ちょうどあの日、歴史の授業の最後に、聖女様のお話が出ました。そのあと――廊下で、あの出来事がありました」


“聖女”その言葉に、思わず動きが止まってしまった。


「……偶然、なのかもしれません」

そう前置きしてから続けた。

「ですが、ひとつだけ――お伝えしておきたいことがあります」


私は小さく息を整え、言葉を待った。


「オルディアス家は、はるか昔……聖女様と、少なからず関わりのあった家なのです」


セレーネ様は私の様子を見て、やわらかく微笑んだ。


「それで……少し気になったことがあって、ルーカス様に伺いました」


「兄様に……?」


「エルリーナさんが、古代語の研究室に入られたと」


驚いて瞬きをする。


「それだけではありません。古代語の研究者であり、魔術科主任でもある――ルキウス・リュミエール先生と血縁がおありだとか」


「……はい。学園でお会いして、そうだと聞きました」


セレーネ様は小さく頷く。


「リュミエール男爵家のお名前は、わたくしも存じています。とても古い家系ですもの」


そのとき――侍女が扉を叩いた。


「失礼いたします、セレーネ様」


「どうしました?」


「奥様のお茶会が、まもなくお開きになるとのことでございます」


セレーネ様は一瞬時計に視線を向け、小さく頷いた。

「そう……もうそんな時間なのね」


侍女は一礼し、扉を閉めて退室した。


セレーネ様は少し残念そうに微笑む。

「まだお話したいことがあったのだけれど」


「申し訳ありません……」

思わずそう言うと、セレーネ様は首を横に振った。


「いいえ。エルリーナさんが謝ることではありませんわ」


そして、ふと思いついたように言う。

「……そうだわ」


琥珀色の瞳が、やわらかくこちらを見つめた。

「月末休暇は、始まったばかりでしょう?」


「ええ、はい」


「もしよろしければ――」

少し声を和らげて続ける。

「今夜は、このままお泊まりになりませんか?」


思わず目を瞬かせた。


「え……?」


「わたくし、もう少しお話したいのです」


突然の申し出に、どう答えればいいのかわからない。

思わず言葉に詰まってしまう。


するとセレーネ様は、そんな私の戸惑いを気にした様子もなく、静かに立ち上がった。


「それでは、参りましょう」


セレーネ様に導かれ、サロンへ向かった。


扉が開くと、柔らかな笑い声と紅茶の香りが漂ってくる。

どうやら本当に、ちょうどお茶会が終わるところだったらしい。


叔母様と他の夫人たちが立ち上がり、談笑しているのが見えた。


「あら、いいところに戻って来たわね」


公爵夫人が笑顔でこちらへ歩み寄ってくる。


「ええ、お母様。エルリーナさんと楽しくお話しできました」


その言葉に、叔母様はどこかほっとしたような表情を浮かべた。


「公爵夫人、セレーネ様。本日はエルリーナ共々お招きいただき、ありがとうございました。とても有意義な時間を過ごさせていただきました」


叔母様が丁寧に頭を下げる。


「こちらこそ、来てくださって嬉しかったわ」


公爵夫人が優しく微笑んだ。


そのとき、セレーネ様がそっと口を開く。


「お母様、少しお願いがあるのですが」


「なあに?」


「もしよろしければ――今夜、エルリーナさんをこのままお泊めしてもよろしいでしょうか」


思いがけない言葉に、叔母様が驚いた。

「お泊まり……ですか?」


「ええ。まだ少し、お話したいことがあるのです」

穏やかな口調だったが、その瞳はどこか真剣だった。


叔母様はすぐには答えなかった。

一瞬だけ視線を伏せ、考えるように沈黙する。


そのとき、公爵夫人がやわらかく微笑んだ。


「この子は普段、あまりお願い事をしないのです」

そう言ってから、少しだけ申し訳なさそうに続ける。

「もしよろしければ、娘の願いを聞いていただけないかしら」


公爵家のご令嬢からのお願いを断るのは、簡単ではない。

それでも――

叔母様の視線が、そっと私へ向けられた。

その眼差しには、はっきりと心配の色があった。


やがて叔母様は、ゆっくりと口を開く。

「……エルリーナがご迷惑でなければ」


「もちろんですわ」

セレーネ様がすぐに微笑む。


叔母様は小さく息をつき、私を見た。

「エルリーナ。あなたは、どうしたいの?」


突然話を向けられ、少しだけ戸惑う。


セレーネ様の優しい眼差しが、まっすぐこちらを見ていた。


「……もしご迷惑でなければ、お言葉に甘えさせていただきます」

そう答えると、セレーネ様が嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。きっと楽しい夜になりますわ」


その言葉を合図にしたように、周囲の侍女たちが動き始めた。

客室の準備や、夜の支度の指示が静かに交わされていく。


私はまだ少し戸惑いながら、叔母様の方を見る。

叔母様も同じように、どこか落ち着かない様子だった。


「……急なことで驚いてしまったわね」

小さく苦笑してから、私に向き直る。

「大丈夫だとは思うけれど……粗相のないようにね」


「はい」


「何かあれば、すぐに連絡をするのよ」


優しく念を押され、私はこくりと頷いた。

そのとき叔母様は、控えていた侍女へ視線を向けた。


「オルガ」


「はい、奥様」


「今夜はエルリーナをお願いね」


オルガは静かに頭を下げた。

「かしこまりました。お嬢様のことは、私が責任を持ってお仕えいたします」


その落ち着いた声を聞いて、叔母様はようやく少し安心したようだった。


「それでは、わたくしはこれで失礼いたします」

公爵夫人へ向き直り、丁寧に一礼する。


「エルリーナを、どうぞよろしくお願いいたします」


「ええ、もちろんですわ」

公爵夫人は穏やかに微笑んだ。

「大切にお預かりします」


そうして、叔母様は名残惜しそうに私を一度見つめ――

やがて侍女たちに導かれ、サロンを後にした。


♦︎♦︎♦︎


公爵邸の客間は広く、柔らかな灯りに包まれていた。

その中央で、私は少し緊張しながらソファに腰掛けていた。


向かいには、公爵夫人であるグレイス様。

その隣には、セレーネ様が座っている。


オルガは、公爵家の侍女たちと客室の準備に向かっている。

今この部屋にいるのは、私たち三人だけだった。


やがて、公爵夫人がゆっくりと口を開いた。


「エルリーナ様を今夜お泊めしたのには、少し理由があるのです」


私は思わず背筋を伸ばす。


「学園では、ルーカス様にセレーネがそれとなく聞いてみたり、本日は伯爵夫人であるセラフィナ様に聞いてみました」


(……何を聞いたのだろう)


「そして以前に、夫のアーサーが伯爵であるマーカス様に、それとなく聞いたことがあります」


すると、セレーネ様が続けた。

「先ほど、わたくしの部屋でお話しした時、エルリーナ様だけが反応なさいました」


私は膝の上で、両手を握りしめていた。


公爵夫人は、私をじっと見つめた。そして――


「聖女様について、です」


読んで頂きありがとうございます。

週に一度しか投稿しないし、話の内容もなかなか進まなくて、申し訳ないです。

来週は1話だけの投稿になるかも……


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