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エルデナの祈り  作者: 春乃


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第36話 兆し

図書館を出ると、夕暮れの空気がひやりと頬を撫でた。


西へ傾いた陽が石畳を淡く照らし、長く伸びた影が静かに重なり合っている。

風に舞う落ち葉の音が、やけに大きく聞こえた。


(声を失った……保護……即位直前……)


歩いているはずなのに、意識はまだあの本にある。


ルシエン王の急逝。

亡くなった経緯は、何も記載されていなかった。


「………ーナ!」


アナスタシア王妃の沈黙。

言葉を発することはなかった……声が出せない?


「……リーナ!」


そして、オルディアス家の昇格。

何かがあったのか。

それとも――何かを失ったのか。


「エルリーナ!」


三度目で、ようやく我に返った。


「……え?」


目の前に、アメリアが立っている。

肩で息をしながら、少し呆れたように眉を寄せていた。


「どうしたの?大丈夫?」


「あ……ごめんなさい。考え事をしていて……」


「図書館で何か見つけたの?」


問いかけに、一瞬言葉が詰まる。

「……少し、気になることが」

それ以上は、うまく言えなかった。


アメリアは私の様子を見て、「さあ、行きましょう」と言わんばかりに歩き出した。

すると、小さな声で話し始めた。


「それよりね。また、二年生のSクラスで騒動があったの」


「え?」


思考が一気に引き戻される。


「何があったの?」


「午前中の最後の授業が歴史だったみたいでね、最後に聖女様の話が出たらしいの」


「……聖女様」


「先生が、“聖女様は第六代王の王妃となったが、病を患って第七代王の時代に亡くなった”って言ったら……」


アメリアは、さらに少し声を落とす。


「先生が聖女様の最期について話されたとき、小さく“違う”って呟いたらしいの」


「……」


「そのときは、周りも聞き間違いかと思ったみたい。でも昼休みに入っても席を立たなくて、ずっとぶつぶつ何か言っていたんですって」


目の前の景色が、わずかに揺らぐ。


「近くの生徒が声をかけた瞬間、急に立ち上がって――“ちがう!間違ってる!”って叫んだらしいの」


夕暮れの空気が、冷たく感じる。


「それで……?」


「その時、丁度廊下にいたセレーネ様に詰め寄ったらしいの。“あなたは知っているはずでしょう”って」


息が、詰まる。


「押されて、セレーネ様が転ばれたそうよ。怪我はなく、大事には至らなかったみたい。周りには躓いただけだから、大丈夫よっておっしゃって……」


「……そう。怪我はなかったのね」


「ええ」


「よかった……」


小さく呟いてから、安堵の息を吐いた。


そういえば、魔術科の授業の後に、ラファエル様とルイス様が慌てて教室を出て行った。

あれは、セレーネ様のところに向かったのだろう。


「エルリーナ?」


アメリアの声で、はっとする。


「大丈夫? 顔色があまりよくないわ」


「……平気だよ」


そう答えながら、魔力の底にまた揺らぎを感じた。


「……相手の生徒は?」


アメリアは、わずかに躊躇してから答えた。

「隣国から来ている留学生よ。ミラベル・ローゼンベルク伯爵令嬢」


「……ミラベル様」


「目撃者が多いから……何もなかったでは済まないかもしれないわ」


アメリアの声は、いつもより慎重だった。


「セレーネ様は大丈夫だとおっしゃっているけれど、押したことは事実だもの。留学生とはいえ……相手は公爵家。処分は軽くないかもしれないって」


処分。


その言葉が、重く胸に沈んだ。


寮の建物に入ると、ほんのりとした温もりが迎えてくれた。

けれど、廊下を歩く足取りは、わずかに鈍い。

アメリアは何も言わず、私の歩幅に合わせてくれていた。


魔力の揺らぎは、完全には収まっていない。

けれど今は、それよりも別のざわめきの方が大きい。


部屋の前まで来たとき、ふいに力が抜けた。


「……大丈夫?」


「うん。もう平気だよ。図書館で集中して本を読んだから、疲れたのかも」

そう答え、部屋の扉を開けた。


「おかえりなさいませ、エルリーナ様。アメリア様いらっしゃいませ」


私の顔を見た瞬間、ミリアが慌てて駆け寄ってくる。


「リーナ様!だ、大丈夫でございますか?」


「気にしないで。少しふらついただけよ。アメリア、送ってくれてありがとう」


「いいのよ。侍女の方がいるからもう大丈夫ね」


それから、私を見つめる。


「私も部屋に戻るわ。無理はしないでね。明日の朝、顔を見に来るから」


「……ありがとう、アメリア」


短くそう返すと、彼女は安心したように頷いた。


「アメリア様、ありがとうございました」

深く頭を下げるミリアに、アメリアは穏やかに微笑んだ。

扉が閉まる音が、小さく響く。


その音を聞いた途端、ソファに身を委ねるように深く座り、ミリアに飲み物を頼んだ。


「は、はい!お、お湯を沸かして……あ!お医者様を呼びましょうか?そ、その前に……お、お茶を――」


「ミリア、大丈夫よ。お医者様は呼ばなくていいわ。落ち着いて」


「で、でも……リーナ様……」


「少し横になれば良くなるから。ベッドに入る準備をお願いね」


「は、はい!わか……じゃない……かりこまりました」


ほどなくして、湯気の立つカップが差し出された。


「蜂蜜を少し入れております。落ち着くかと」


両手で包み込むと、指先からゆっくりと熱が広がっていく。

ひと口含むと、やわらかな甘さが喉を通った。

張りつめていた呼吸が、ようやくほどける。


「少しは楽になられましたか?」


「ええ。ありがとう、ミリア」


ミリアはほっとしたように息をつき、すぐに立ち上がった。


「では、寝支度を整えます」


カーテンが引かれ、灯りが落とされる。

外の気配が遠のき、部屋の空気が静かに変わる。

ベッドに横になると、身体の重みがゆっくりと沈んだ。


「何かあれば、すぐにお呼びくださいませ」


「ええ……おやすみ、ミリア」


灯りが落とされ、部屋は柔らかな闇に包まれる。

目を閉じると、意識が静かに沈んでいった。


♦︎♦︎♦︎


――エルリーナ。

懐かしい声が、柔らかく響く。


(え?母様?)


――さあ、起きなさい


(起きるって?……これは夢?)

優しく微笑む母様が、光の中に消えていく。

(待って!母様!)


手を伸ばした瞬間に、目が覚めた。


『リナ』


「セラ……あのね、今夢に母様が――」


『引き出しの中、少し光が見える』


ベッドサイドにある引き出しから、淡い光が見えた。


「え?……なんだろう」


起き上がり、躊躇いながらもゆっくりと引き出しを開ける。


中にあるのは――“エルデナ”の本。


柔らかく淡い光に包まれたその本を、手に取った瞬間だった。


ふ、と空気が変わる。

音が、消えた。

寮の気配も、夜の静けさも、すべて遠のく。


本を中心に、淡い光の膜が広がり、私とセラを包み込む。


『……これは、結界か』


「セラ、本が勝手に――」


本が、ひとりでに開いた。

ページが風もないのにめくれていく。

止まったのは――ちょうど中央あたり。

何も書かれていない、真っ白なページ。


気づけば、私は無意識にそのページへ手を伸ばしていた。


「……」


指先が白紙に触れた瞬間。

ぱっと光が強く弾け、次の瞬間、すべてが闇に沈む。


音も、気配も、何もない。

静寂。


やがて――

白いページの上に、淡く、古代語の文字が浮かび上がっていく。


“エルデナの加護を持つエルデナの子よ”

“今、目覚める時”


私の中で、何かが確かに変わった。

魔力の底で、眠っていた何かが静かに目を開ける。


温かくて、懐かしい。

包み込むような、優しい光。


そのとき――

頭の奥に、澄んだ声が響いた。


――エルリーナ。我が加護を受けし、エルデナの子よ。


「……だ、誰?」


私の声は震えていた。

けれど、不思議と恐れはない。


――私は、ディアナ。初代エルデナ。


息を呑んだ。


初代。


本の中でしか知らない存在。

けれど、その声は確かに“本物”だと分かる。

血が、魔力が、それを知っている。


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