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エルデナの祈り  作者: 春乃


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第19話 変わる輪郭

――エルリーナの部屋の扉が静かに閉じた。廊下には、マーカスの靴音だけがすっと伸びていく。


(……見た目はオーレリアにそっくりなのに、雰囲気はリックそのままだな)


そう思った途端、胸の奥が微かに痛んだ。

兄セドリックへの劣等感は、たしかに昔からあった。

だが、それだけではない。

あいつは兄であり、双子であり――誇りだった。


歩きながら、廊下の窓から外を見れば、庭の向こうに小さな屋根がのぞいた。

離れ。

父が若い頃、趣味で建てた小さな家だ。

兄もよくあそこで勉強していた。

エルリーナがあの場所を好むのは、きっと偶然ではないのだろう。


(……距離の取り方が、まだわからん)


娘であることは間違いない。

だが、養女であり、しかも兄の遺した子。

今まで、どう接すれば“正しいのか”と考えるたび、距離をとってきた。


そんな思いを胸の底に押し込みながら、セラフィナの待つ書斎へ向かった。


扉を開けると、セラフィナは立ち上がったまま落ち着かない様子で指先を握りしめていた。


「あなた! エルリーナはどうでしたか?」


「ああ、大丈夫だ。医者も心配ないと言っていた」


安心したように肩の力が抜ける彼女を見て、マーカスはほんのわずかに眉を緩める。


本当は気にかけているのに、それを素直に言えない妻の不器用さが、どこか自分と似ていると思う。

セラフィナをソファに促し、一緒に座る。


「それから、長期休暇に入ったら、日中は離れで過ごすそうだ」


「え……やっぱり、私たちと一緒は嫌なのかしら」


「いや、離れの書斎で本を読みたいそうだ。パンを焼くとも言っていたし、体も動かしたいらしい」


「パンを? 本はわかるけれど……」


「ラフィ、心配しなくていい。気になることがあるなら、エルリーナに直接聞けばいいんだ。遠慮していたら、距離はなかなか縮まらない」


「私たち、エルリーナの親になれるかしら……?」


「いや、親にならなくていいと思う」


「え……どういう意味?」


「私たちは、リックとオーレリアにはなれない。だから、エルリーナにとって“両親の次に頼れる人”になれれば、それで十分なんだ」


私は窓の外に視線を向けたまま、続けた。

「リック……セドリックは優秀で、真っ直ぐで……俺には眩しいほどだった。追いつけないと思っていたが、それでも――あいつは誇りだったよ」


隣でセラフィナもそっと視線を外へ向ける。

「オリィ……オーレリアは優しくて、無鉄砲で……だけど誰より温かくて。私はいつも、あの子に背中を押してもらっていたの」


私は隣にいるセラフィナの手を握る。

「そんなふたりが残した大切な娘だ。焦らずにゆっくり進もう。何かあれば、またこうして話をしよう」


「……そうね、マーク。私、エルリーナが焼いたパン食べてみたいわ」


「ははっ! そうだな! 長期休暇になったら、エルリーナに頼んでみよう」


窓の外には、夏の陽射しが庭を照らしている。

その光景を見つめながら、胸の奥でそっと決意を固めた。


――ここからでいい。少しずつ進んでいこう。


言葉は交わさずとも、隣にいるラフィの温もりが同じ想いを伝えてくる気がした。


♦︎♦︎♦︎


――一方学園では、上級生が明日の試験に向けて、準備をしていた。ルーカスもその中のひとりだ。


「ルーカス!もう十分だ。あとは、明日に向けて体を休めよう!」

剣術・騎士科の同級生にそう言われて、練習を終える。


「ルーカス、一年生が呼んでるぞ」


「え? 誰かな?」


緊張の面持ちで待っていたのは、風と水の二属性の“暴風の公爵家”の嫡男、ラファエル・グランデルだった。


「は、初めまして! 一年生の、ラファエル・グランデルと申します!」

深く頭を下げたその様子には、どこか焦りのような色がある。


「どうしましたか?」

声をかけると、ラファエルはぎゅっと拳を握った。


「……昨日の一年生の試験で、エルリーナさんと同じパーティだったんです。その……彼女の様子が少し気になって……大丈夫でしょうか?」


言葉を選びながらも、真剣に心配しているのがよく伝わってくる。


ラファエルの言葉を聞きながら、私はふと昨日の一年生の試験を思い出した。

(そういえば、ラファエルはエルリーナと同じパーティだったな)


ラファエルが不安げにこちらを見る。

私は軽く息をつき、できるだけ落ち着いた声で言った。


「エルリーナのことなら、心配はいりません。傷も浅く、跡も残らないと、言っていました」


その言葉に、ラファエルの肩からすっと力が抜けた。


「ほ、本当ですか……? 良かった……」


「明日は、私たち上級生の試験を見に来ると聞きました。会えると思いますよ」


ラファエルは安堵と照れが混じったような表情で小さく頷いた。


ラファエルは胸に手を当て、もう一度深く頭を下げた。


「ありがとうございます。……お話を聞けて、安心しました」


「いえ。お気をつけて」


ふと、別のことが脳裏をよぎった。

そういえば、エルリーナは最近、古代語の研究室に通っていたはずだ。


(念のため、エルリーナのことを報告しに行っておこう)


片付けを終え、古代語研究室へ向かう。


(そういえば、今年から魔術科の主任になった先生がいる研究室だったな)


私は古代語研究室の前で足を止め、扉を軽くノックした。


「失礼します」


「どうぞ」


中にいたのは、今年赴任してきたばかりの魔術科主任――ルキウス・リュミエール先生だった。

机の上には文献と書類が所狭しと積まれている。


「初めまして。二年生のルーカス・イグナリエルと申します。本日は、妹のエルリーナの件でお話し――」


そこまで言ったところで、リュミエール先生が勢いよく立ち上がった。


「っ……! エルリーナは、大丈夫ですか?」


思わず、といった様子で声を上げた直後、

リュミエール先生ははっとしたように口を閉じた。


「……失礼しました」


咳払いをひとつして、姿勢を正す。


少し間を置いてから、リュミエール先生は視線を上げた。


「……エルリーナから、私との関係については聞いていますか?」


唐突ではあったが、声色は落ち着いている。

どこか、こちらの反応を測るような響きだった。


「古代語の研究室に通っている、ということは知っていましたが……先生とどういうご関係なのかまでは」


そう告げると、先生は小さく頷いた。


「そうですか……でしたら、私のほうからお話ししておいたほうがよさそうですね」


リュミエール先生は、私をソファに座るよう促し、自身も向かいに腰を下ろした。


「私は――エルリーナの母、オーレリアの親族にあたります。正確には、オーレリアの叔父です」


その言葉に、私は思わず息を呑んだ。


(……叔父?)


あの一瞬の取り乱しも、過剰な心配も、ようやく腑に落ちた気がした。


「私は旅が好きで、何年も帰らないこともありました。

貴族としての役割には興味がなく、思うがままに過ごしていたのです」


リュミエール先生の表情が、わずかに険しくなる。


「長い旅から戻ったとき、姪が……オーレリアが亡くなったと聞き、愕然としました」


(そういえば、エルリーナの実母はハンターになった……と、母上が言っていたな)


「当時、オーレリアの子らしき少女が保護されていたという教会を訪ねました。ですが、すでに三年が経っており、結局見つけることはできませんでした」


「それで……なぜ、学園に?」


私がそう尋ねると、リュミエール先生は一度、天井を仰いだ。


「学園長とは、若い頃からの友人でしてね。『そろそろ腰を落ち着けて、後進の育成をしてみないか』と、声をかけられたのです」


机の上に積まれた書類へ、ちらりと視線を向ける。


「魔術や古代語の研究はもう趣味みたいなものだし、年齢的にも、悪くない話でした」


そう前置きしてから、ほんの一瞬、言葉を選ぶように間を置く。


「……それに、もうひとつ理由がありました」


私は黙って、続きを待った。


「もしかしたら――オーレリアの子が、この学園に入学するかもしれない。そんな、わずかな可能性です」


淡々とした口調だったが、そこには確かな想いが滲んでいた。


(……なるほどな)


魔術科主任という肩書きの裏に、研究者としての誇りと、身内を想う気持ちが重なっている。


「昨日の夜に会った時は、上級生の試験を見に来られると話していました。明日、会えると思います」


「そうか……だが」


リュミエール先生は机へ戻りながら、首を横に振った。


「昨日の試験で、勝手に起動した魔道具を調べなければならない。しばらくは忙しくなりそうでね」


そう言って腰を下ろすと、書類にさらさらとペンを走らせる。


「すまないが、この手紙と本を、エルリーナに渡してほしい」


差し出されたのは、一通の手紙と一冊の本だった。

表紙に並ぶ文字を見て、私は小さく息をつく。


(……古代語か。私には、読めないな)

手紙と本を受け取り、私は静かに立ち上がった。


「お忙しいところ、ありがとうございました。必ず、エルリーナに渡します」


「頼む」


短いやり取りだったが、その一言に重みがあった。


研究室を出ると、廊下には夕方の光が差し込み始めている。

昼間の喧騒が少しずつ落ち着き、学園全体が試験前の静けさへ向かっていた。


(まずは、生徒会だな)


一度生徒会室へ向かい、書類の整理を済ませて、学園を後にし、帰路につく。


腕に抱えた本は、相変わらず内容のわからない文字を並べたままだ。


(エルリーナなら、きっとすらすら読むんだろうな)


そんなことを思いながら、伯爵家の馬車に乗り込んだ。


来週の木曜日を目標に頑張ります

みなさん、良いお年を。

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